第11話:ロタが歩けば、人にぶつかる
暖かな日差しが照りつける中、僕は両手で荷車を押しながら街を歩く。まだ夏ではないけれど、僕の額からポタリポタリと汗が落ちた。
「あと、一件・・・」
今僕のしているのは、ギルドの買い出しの仕事。インクとか羊皮紙とか、そういう足りてなかった備品を買い付ける役。あとは修理に出してた魔導具の引き取りとかそう言うのもこの仕事だ。正直言ってかなりしんどい。
毎日走り込んでるとはいえ、まだまだ僕に体力が無いのもあるだろうけど、やっぱり今日の荷物の量は多すぎると思う。
その証拠に、もうすでにシグルスの街中をぐるりと一周歩き回り、後ろの荷車はパンパンになっている。
はぁ・・・それにこのままのペースだと今日やらなきゃいけない他のことまで手が回りそうにない。
徹夜したらいけるかもしれないけど、もうヘトヘトだしきっと無理。
頭の中で、リリーナさんが僕を見下して笑っている光景が思い浮かんだ。
やっぱり何とかやりきらないと。
リリーナさんに理不尽を押し付けられたままなのも癪だから、僕は歩くペースを少し早める。
一心不乱に足を動かす。何としてでも。
そう思った結果、昨日してしまった失敗をまたやってしまった。
ガシャン
ふと昨日のリリーナさんとの衝突を思い出す。
何かとぶつかって倒れそうになる。
今度は昨日みたいに相手が避けてくれたんじゃない。その事を理解するのに1秒とかからなかった。
「ご、ごめんなさい!」
半分倒れかけながら、謝る。
荷車は完全に横転してしまっているけれど、そんな事を気にしている余裕は僕にはなくて、僕は怖くて相手の顔を見ることも出来ずに頭を下げた。
「あ、あのー」
「ごめんなさい!」
何をどうすればいいのか分からないから、ただただ謝る。
そのせいで相手の人が僕に声をかけようとしてくれたのにも、大通りで色んな人の注目の的になってるのにも気づかない。
「ほんとにごめんなさい」
「えっと、だから私は大丈夫ですから・・・」
もう2分くらい謝ったのかな?
そのくらい経った時に、ぶつかった相手は優しく僕の肩に手を置いて、僕はやっと我に返る。
「私なんかよりも、あなたの方こそ大丈夫ですか?怪我とかないですか?」
顔を上げると、そこには優しそうな灰色の長い髪の大人びた、まるでお姉ちゃんのようなオーラを纏った女性が僕のことを心配そうに見つめていた。
「だ、大丈夫です、お姉さん。それとあの、ありがとうございました」
ぶつかったのは僕なのに、逆に心配されてしまって、何て言えばいいのか分からなくって、思わずありがとうと述べる。
すると、お姉さんはホッとしたような表情になって僕の頭の肩から手を離す。
「なら良かったです。でも倒れちゃいましたね、これ。一緒に起こしましょうか」
「え?あの!僕の責任なので、お姉さんはやらなくて大丈夫ですよ!」
少し思考が停止している内に、お姉さんが荷車を起こそうとして、僕は慌てて止めようと声をかける。別に手伝って貰いたくないわけじゃないけれど、申し訳ないからそんな言葉を発したのだ。
と、ここまで来て僕はあることに気づいた。
お姉さんの服装について。
お姉さんが着ているのはは赤と黒の二色を基調とした、学生服と軍服を足して2で割ったような洋服。
ちょうど、僕の物の色だけ変えたものだった。
「あれ?お姉さん、その服って・・・」
「ん?ああ、これですか?そうですね自己紹介がまだでしたね」
お姉さんは一旦荷車から手を離すと僕の方に改めてむき直す。
こうして見ると、お姉さんの背は僕よりも頭一つ大きくてちょっとジェラシーを感じた。
「私は王都ブレイザブリクの冒険者ギルドで受付嬢をしています、ウルリーラです。それでお嬢さんも受付嬢、なんですよね?」
「え、あっ、はい。僕はつい最近この街の冒険者ギルドで働くことになったロタです。あと一応男の子です」
お姉さんのリーラさんからの自己紹介に対して、僕も自己紹介をする。当然男の子であることも付け加えながら。
でもなぜだろう。どういうわけかリーラさんは僕の言葉を冗談だと思ったらしく、笑い出してしまった。
「ああ、あの、すいません。そういう設定ですね。最近は男の娘の需要も増えてますし。こんなに可愛い娘がそんな事を言ってるのは初めてきいたものですから、つい」
「・・・えっと、僕は本当に男の子なんですけど」
「はい、分かってますよ。そういう設定なんですよね。でしたら私もその設定に乗っかる事にしますので安心してください」
うん、リーラさん、何にも分かってないね。
まぁぶつかっておいて文句は言えないんだけど。
「はぁ・・・じゃあそういうことでお願いします」
僕はリーラさんの誤解を正すのを諦めることにする。
こういう人はどれだけ頑張っても僕が男の子だって信じてくれない事が多いからだ。
せめて冒険者試験に受かってたら、こんな事にはならなかったのになぁ・・・
つくづくそう思うけど、実際に今、試験に落ちて受付嬢をする事になっている事実は変わらないので、僕はまた溜め息をついた。
「どうかしましたか、ロタ君?あっ、なるほど、色々察しました」
「・・・何を察したのかは聞かないことにします」
「えっと、つまりこの倒れちゃった荷車とこぼれた荷物をどうやって運ぶかを考えてたんですね?」
だから言わないでって言ったのに。それに違うし。
でも、実際問題、その事に困ってたのも事実なので、僕は取りあえず頷いておくことにする。
「ほら、やっぱりそうだったんですね!安心してください、ロタ君。お姉さんも運ぶのを手伝いますから」
「え、いやだからこれは僕のせいなのでって・・・」
「大丈夫ですよ、問題ありません。ちょうど私もこの街の冒険者ギルドに向かおうとしてたところなので」
ニコニコとそう語るリーラさん。
そっか、確かにリーラさんは王都の受付嬢らしいし、ここの冒険者ギルドに向かってるって言うのは本当かもしれない。
だったら、ちょっとだけ手伝って貰ってもいいのかな?
「じゃあ、お願いできますか?」
「うんうん、もちろんです。寧ろ私の方からお願いしたいくらいですよ」
「分かりました、それじゃあよろしくお願いします」
そう言って僕とリーラさんは一緒に荷物を運ぶことにする。
倒れた荷車を持ち上げて、落ちてしまった紙とかを入れ直してから、茶色の布で落ちないように2人をする。
5分くらいかけて、僕達はようやく荷物を詰め直した。
ふぅ・・・
思わず溜め息がもれるけど、仕事はまだまだ終わっていない。
「今からあと一件お店を回ってから、ギルドに向かいますね」
「了解です、ロタ君。私はギルドまで行ければいいので構いませんよ」
一応リーラさんの確認をとってから僕はまた荷車を押し始める。今度はリーラさんがいるおかげで荷車が大分軽い。というかほぼ重さがない。
「あの、もうちょっとゆっくりお願いします」
「あ、ごめんなさい。ついいつものペースで歩いちゃいました」
さらっと衝撃的な事を言われた気がする。
この重さを軽々と運ぶの?教会のシスターさんとかアリスさんとかもそうだけど、みんな怪力すぎじゃないかなぁ・・・
「す、凄いですね」
「まぁ結構長いこと受付嬢やっていますからね。買い出しなんてちょちょいのちょいですよ。きっとロタ君もそのうち出来るようになります」
「は、ははは・・・」
どう考えても慣れたら出来るってレベルじゃないように思えるのは気のせいかな?
そんな意味を含んだ苦笑いを浮かべていると、リーラさんが話しかけてくる。
「そう言えば、ロタ君はどうして受付嬢をやろうと思ったんですか?まだまだ小さい体には少しきつい仕事なのに」
隣からそんな質問が飛んできて、少し困る。
まさか冒険者試験に受からなかったから、なんて事恥ずかしくて言えないよね。
「そうですね、僕は田舎ものだったので、取りあえずお金を稼がなくちゃいけなくって」
取りあえず無難にそう答える。
もちろん、あんまりこの話が続くと困ってしまうからだったんだけれど、どうやら僕が無難だと思っていた返答は全く持って無難じゃなかったらしい。
「なるほど、でもそこでわざわざ受付嬢を選んだのはどうしてでしょうか?見た目華やかな仕事の割に結構しんどいですし、試験勉強とかも大変だったと思いますけど」
え?受付嬢ってなるのに試験があるの?
全く知りもしなかった情報に驚きつつも困る。
さすがにそんな言葉が帰ってくるとは思っていなかった。ほんとにどうしよう。今の僕にはぱっといい返答が思い浮かびそうにない。
「・・・あっ、そんなことよりも、僕はお姉さんの事が聞きたいです。何でリーラさんは受付嬢になったんですか?」
苦し紛れに話題を変えてみる。すると、お姉さんはちょっとだけ間をおいて、僕の質問に答えてくれた。
「んー、そうですね。私は昔から受付嬢に憧れてたので、地道に勉強してましたね。幸いこの国は庶民でもある程度裕福なら教育を受けれますからね。学校で読み書きと計算、あとは地理の勉強を頑張って受付嬢になりました」
「えっと、何でそこまで憧れてたんですか?」
ある程度説明してくれたのに、僕はさらに掘り下げて聞く。
理由はリーラさんへの興味が半分と、僕のことに話題が向いてほしくないというのが、もう半分だ。
「なろうと思った理由は母が受付嬢してた事と、父がその担当冒険者だったことですかね。そういう感じの出会いに憧れてたんだと思います」
そこまで言って、リーラさんは何か思い出したように言葉を追加した。
「あっ、そうです。話は変わりますけど、今みたいにむやみやたらに人の過去を詮索するのはよくないですよ。私は別に大丈夫ですが、ロタ君はこれから沢山の冒険者を相手すると思うので、注意しといてくださいね」
「あっ、はい、分かりました。あと、すいませんでした」
「うんうん、分かればいいんですよ。それに、私は寧ろもっと自分語りしたい人なので、知りたいことがあったらじゃんじゃん答えますから」
そう言われて、少しほっとする。リーラさんが優しい人で良かった。
「えっと、リーラさん。もうすぐ次のお店なので、外で待っててもらえますか?」
「いいですよ。盗られないようにちゃんと見張っておきます」
「ありがとうございます」
僕はリーラさんに感謝を伝えると、荷車を推すのを止める。
止まったのは、大きなお店の側だ。
鞄にお金が入っていることを確認して、お店に入る。
終始、ギルドに向かう間、リーラさんにどんな事を聞こうか考えていたのは、バレると怒られそうなので誰にもいえない。
けれど、いろいろ購入して、戻ってきた僕は、パンパンに詰まった麻袋を荷台に詰め込むと、早速考えてきた話題を切り出した。もちろん、僕の事について聞かれないために。
「後はギルドに戻るだけですね。それで、リーラさんはどういうお仕事で黄金都市まで来たんですか?」
「仕事ですか?それはですね、私は言っちゃだめなんですよ」
会話をしようとして、僅か数秒後に途切れる。
話せないって言うのは、仕事上の理由だろうから諦めよう。
僕はもう一つ考えていた話の種を切り出した。
「えつと、変なこと聞いてごめんなさい。でも、お姉さんはギルドに向かってたんですよね?」
「はい、そうですよ。この街のギルドを目指してぶらぶらしてました」
ほうほう、なるほど。これは多分あれですね。
僕は少しだけ楽しい気持ちになる。いつもアリスさん達に弄られてる憂さ晴らしではないけれど、僕はちょっとだけリーラさんを困らせてみることにした。
「どうして僕がぶつかったとき、ギルドと逆方向に歩いてたんですか?」
僕がそう訪ねると、途端に顔が赤くなっていくリーラさん。
凄く可愛い。
「あ、え、いえ、あれは、その・・・ちょっと寄り道したいなーと思ってただけですよ?」
「へー、それで、どこに行こうと思ってたんですか?」
「へ?あーそれはですね。秘密です。ほら、さっきも言ったじゃないですか、他人の事二首を突っ込むのはマナー違反です」
リーラさんは僕の頭を軽くたたく。リーラさんの力が強いのか、僕の体が弱いのか、お姉さんは軽くのつもりだったみたいだけど、結構痛かった。
「うう、リーラさん、自分の事話したがりやって言ってたじゃないですか」
「それは、その・・・そういう物なんですよ。理解してください」
これ以上殴られても嫌なので、僕はとりあえず頷いておく。
そんなこんなで、僕たちは歩き続けて、ギルドまでの道のりの半分くらい歩いたころ、僕は見知った顔を見かけた。
「あれ?イズさん?」