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第1章 訳あり物件

 2DK、家賃2万円(管理費4千円)、○○駅徒歩15分、敷金4万円、礼金なし、築20年……


 俺は自分の目を疑った。安い、安すぎる。今どき都内で家賃2万円、しかも2DKだなんて。駅からも歩ける距離だし、築20年ならそれほどオンボロなところでもないだろう。


 俺はもう一度目を凝らして、じっくりと読み直してみた。すると下の片隅の方に小さい字で何か書いてある。


<訳あり物件、詳細はお問い合わせください>


 やはりそうか。だが家賃2万円というのは魅力的だ。大抵の訳ありには目をつぶってもいい。俺は意を決して不動産屋の中に入った。


「すみません。あの家賃2万円の2DKの物件なんですけど……」

「あ、ああ、あの訳あり物件ですね。まあどうぞ、お座りください。さあ、どうぞどうぞ」


 店員は愛想よく椅子を勧めたが、その表情はなんとなく作り笑いに見えた。


「訳ありって書いてありましたけど、どんな訳があるんですか?」

「いや、実はですね、あの部屋で若い男女が心中しましてね。新聞やテレビでも報道されたもんですから、なかなか借り手が付かないんですよ。ずいぶん格安にしてるんですけどねえ……」


 店員の説明によると、たんなる心中事件とい うだけな らまだましなのだが、遺体が発見されたのが死後一ヶ月近く経ってからで、夏場だったので腐敗していて、部屋の中はそうとうひどい状態だったらしい。俺は蛆や蝿がたかる腐乱した二つの死体が転がっているマンションの部屋を想像して怖じ気づいた。


「や、やっぱり他の物件にしようかな……」

「じゃあ僕、その部屋を借ります!」


 突然の声に後ろを振り返ると、小柄な若い男が立っていた。

 

いきなり声をかけてきたのは、短髪でキリッとした感じの、凜々しい美少年だった。


「お、おい、ちょっと待ってくれよ。俺まだ断るとは言ってないだろ」

「いいえ、あなたは別の物件にしようとおっしゃいました。都内でこんな有利な条件の物件は他にはまずありませんから、僕が借ります」


 そう言われて急に、俺はこんな格安物件を他のやつに渡すのが惜しくなってきた。腐乱死体があったとはいえ、今はちゃんと内装も整えてるだろうし、まさか幽霊が出るというわけでもないだろう。


「いいや、俺もこの物件が気に入った。俺が借りる!」

「そ、そんなあ。あなたさっきたしかに、別の物件にしようかなと言ったじゃないですか」

「しようかなとは言ったけど、するとは言ってない」


 男は涙目になって俺の方をじっと見つめた。ちょっと可哀想な気もしたが、俺だって金がないし、安くていい物件を探してるんだ。他人に同情している場合ではない。


「ま、まあ、お二人ともまだ物件をご覧にもなってらっしゃらないんですし、実際にお部屋を見てからお決めになってはいかがですか」


 店員が取りなすように言った。それもその通りだと思い、俺と若い男は店員に案内されて、現地へ行った。


 閑静な場所で、コンビニも近くにある。建物もきれいだし、部屋の中もきちんとリフォームされていて、腐乱死体が転がっていたようには見えなかった。訳あり物件でなければ家賃は8万はするだろう。


「気に入りました。俺、この部屋借ります」

「いいえ、あなたはさっき迷ってました。借りると決断したのは僕の方が先でしたから、僕に借りる権利があるはずです」


 俺と若い男はお互いに睨み合った。こいつ、小柄な優男のくせに、意外と気が強そうだ。店員は困り切っておどおどしてたが、何かを思いついたように口を開いた。


「そうだ、よかったらお二人でこの部屋をお借りになったらいかがですか。2DKですから個室もふたつございますし……」


 なるほど、キッチンやバストイレは共同だが、六畳ぐらいの個室が二つある。シェアハウスだと思えば、それもいいかもしれない。相手の男の方をみやると、少し考え込んでいるようだったので、俺の方から先に返事をした。


「俺はシェアハウス形式でもいいけど。その分一人あたりの家賃負担も安くなるでしょ」

「そうですとも。一人あたり家賃はたった1万円、管理費込みでも1万2千円。今どきこんな値段で都内には住めませんよ」


 店員がとりなすように言うと、男は「管理費込みで1万2千円……」とつぶやき、顔を輝かせながら俺の手を取った。


「ぜひそうしましょう。よろしくお願いします」

「あ、ああ、こちらこそよろしく」


 こうして俺は、数ヶ月前には蛆と蝿のたかる二つの腐乱死体が転がっていたという格安の賃貸マンションで、小柄な凜々しい美少年風の男と同居生活をすることになったのである。

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