おでん
おでんはなぜ、おでんというのだったっけ。
首を捻って思い出そうとするが、思い出せない。もとはおでんなんていう、可愛らしい名前ではなかったはずだ。
もっとこう、勇ましいような、それでいて庶民の味方のような、楽器のような、とにかく不思議な名前だったような気がする。
「なあ、何でおでんはおでんなんだ?」
「は? いきなり何?」
「いや、どうしておでんはおでんというのか、思い出せなくて」
「おでんの語源は田楽。宮中の女房達が御をつけて、おでんと呼び始めたことに由来するの」
そういえばそうだったなと思いながら、がんもを口に入れる。隣をみると、同じようにたまごを口に入れていた。
俺はいま、妹と一緒に公園のベンチに座り、おでんを食べていた。
「それよりも、これからどうするの?」
「どうするって言ったって、おでんを食べるしかないだろ」
「はあ……」
「大丈夫さ、きっと父さんが来てくれる」
俺達は母さんと口論をして、家を飛び出してきたのだった。かなりの勢いで飛び出してきたから、帰るに帰れず、こうしておでんを食べているのだ。
過去にもこのようなことは何度もあったが、そのたびに父さんが迎えに来てくれた。不思議なことに、父さんは俺達がどこにいても見つけ出してくれた。
学校の屋上で桜餅を食べていたときも、映画館でポップコーンを食べていたときも、遊園地の観覧車に乗りカレーまんを食べていたときも。
だから、きっと今回も探し出してくれるだろう。唯一の不安要素としては、俺達は隣県にいることぐらいか。
「ねえ、がんもばかり食べるのやめてくれない?」
そう言われて、容器の中身をみる。
「がんもばかりってお前、50個しか入ってないじゃないか」
「おでんの容器の中身が一面がんもで埋め尽くされて、こわいって言ってるの」
「一面がんも、良いことじゃないか。それに、お前には言われたくないな」
ちらりと妹の容器をみる。
一面たまごだった。
「何よ。たまごが悪いって言うの?」
「そういうわけじゃないが、一面たまごはちょっとな……。店員さんも困ってたじゃないか」
「お兄ちゃんには言われたくない。お兄ちゃんのせいで八軒もまわるはめになったじゃない。しかも、全部がんもだし」
「そもそもがんもって何よ。所詮、もどきじゃない。本物にはなれないのよ」
「なんだと……。がんもは、がんもはなあ……」
愛すべきがんもについて、想像を巡らせた。
「よし、今日こそ一番を決めようじゃないか!」
「どうしたんだい、たまご」
「ちくわか。今日こそ、誰が一番か決めようと思ってね。まあ、僕以外ありえないけど!」
「いや、僕だと思うけどね」
「いや、この俺、だいこん様に決まってるだろ」
「いえ、昆布よ」
「つみれだよ」
「がんも」
「…………」
こうして、熾烈な戦いが幕を開ける。
まっさきに動いたのは、たまごだった。
「たまごパワー!」
大声で叫ぶと、つみれに猛突進する。
たまごにとてつもない速さで体当たりされたつみれは、ペシャンコになった。少しだけ勝ち誇るたまご。
しかし、次の瞬間、たまごは黄身をぶちまけることとなった。
「油断したな、たまご」
だいこんがその身を車輪のようにして、たまごを轢いたからだ。
「え……」
突然の出来事に呆然とする昆布。
「ぼーっとしてる場合かな?」
はっとして、振り返ったときには遅く、ちくわに呑み込まれてしまう。
「やるな、貴様」
「だいこんもね」
「はあ!」
たまごのときと同じ手段でちくわに襲い掛かるだいこん。
それを見た目に似合わず、素早い動きで避けるちくわ。
「なっ」
だいこんは最初から予想していたように、すぐさま逆回転をしてきた。避けきれずに潰されるちくわ。
そのスピードのまま、がんもを轢くだいこん。がんもは潰されたかのようにみえた。
しかし――
「そんな馬鹿なっ」
がんもは一度分裂すると、再生して元通りになったのだ。
「所詮もどきだろってよく言われるさ。でももどきだからこそ、できることがある」
「貴様のことを少々舐めていたようだ……。だが、再生するなら、再生できないように轢いたあとで、この身をおもしにするまで!」
だいこんはスピードを上げ、がんもを轢く。がんもは今度は分裂したまま、まるで礫のようにだいこんに反撃した。倒れるだいこん。
そして、勝者が決まったのだった。
「……出汁が一番」
想像終了。
「やっぱり、がんもが最強だな」
「は?」
「母さんもがんもの魅力がわかればいいのに」
「たまごもね」
何を隠そう母さんと口論した理由はおでんの具が原因である。
夕飯はおでんだったのだが、がんもの量が少なかったのでがんもを入れようとしたら、なぜか怒り始めた。
妹もたまごを入れようとしていたので、さらに激怒した。
そして、俺達と母さんの口喧嘩が始まり、いまに至る。
ちなみに、その間父さんは穏やかな表情で俺達の喧嘩を眺めていた。
妹と話しながらおでんを味わっていると、公園に父さんがやってきた。
その手にはコンビニの袋が提げられている。
「父さん」
「ごめん、もう少しで食べ終わるから」
「ゆっくりでいいよ」
父さんはそう返すと、俺の隣に腰をおろし、袋からおでんの容器を取り出し、ふたをあけた。
こんにゃくが一面に入っていた。
おでんのたまごって美味しいよなあって思って書いた話です。