雀はどうやら電線では焼き鳥にならないようです。
最寄り駅から遠くもなく、だからと言って近くもない中途半端な位置にある公立高校、比奈町高等学校、通称比奈高。制服も、学力も、そして部活もいたって普通のこの高校に、新入生を迎える日が来ていた。
これはある晴れた日、桜が舞う季節。
時は比奈高の入学式が行われた後。
空を見上げると、電線に鳥が止まっている。めっちゃ電気流れてる線に、足そのまま着けてて感電しないのかな、靴下なんて履いてないよね…なんて小さい頃は思っていたけど、あれはどうやら止まり方が特殊らしいの。そんな器用な事は出来ないから、私は鳥になれないな…残念。多分感電して焼き鳥になってお終いだ……。でもさ、もし、もし鳥になれたら、空飛べるんだよ!頑張ったら宇宙行けるかもしれないんだよ!そう思ったら空、飛びたくない?ああ…鳥になりたい……そして焼き鳥食べたい…共食いじゃん…
「…おちゃん、奈桜ちゃん!!!」
奈桜ちゃんって誰だろ……?焼き鳥のことかな…?奈桜って焼き鳥、どんな味だろ…、塩かなタレかな、どっちもじゅわ~ってして美味しいよね…!……あれっ、もしかしてこれ私の事だったりする?
「な~お~ちゃんっ!!自己紹介、奈桜ちゃんの番だよ!」
はっ、と幼馴染の凛子の囁きで我に返る。今は入学して初めての、クラスでの自己紹介。出席番号順なんだけど、「い」から始まる苗字の私はすぐに順番が回ってくるとは分かってたんだけど…。妄想癖は、そう簡単には治らないみたい。だって焼き鳥美味しいし。だから前の席の凛子もいつの間にか手っ取り早く自己紹介を終わらせていたらしい。因みに凛子の苗字は「朝霧」だから、2番目だったみたい。あさぎりりんこ、可愛い名前だよね…私もそれくらい可愛ければな…っと、危ない危ない。凛子に「ありがとう!」とグッドサインを送って、椅子を引かずにそのまま勢い良く立ち上がる。その刹那、私の体重を今まで預けていた椅子は呆気なく後ろに倒れ、支点がなくなった椅子はそのまま後ろの子の机にがちっとぶつかった。
「なっ…奈桜ちゃん……」
どうやら後ろの子の机が案外前にあったらしい。
「あわわわわ、ごめんね…」
とっさに椅子を避けたけれど、ぶつかった事に変わりはないので謝る。でも後ろの子が肩を抱えてぷるぷるしてるのは気になるけど……。風邪かなぁ?いや風邪にしてはマスクとかしてないなぁ…うーん、スライムのものまねの練習中とか?おーう危ない、自己紹介しなきゃ。
「今川奈桜と言います!えっと…神谷北中学から来ましたっ!好きな食べ物は~、素麺と、肉っ!!好きなものはアニメっ!!!宜しくお願いしますっ!」
ぱらぱらと拍手が聞こえてきたことで、変な事はしていないと分かり安心する。出身中学は…言わない方が良かったな…。でもまだひそひそと噂する声が聞こえないから、多分セーフなんだろう…。
後ろで椅子が動く音がしたので振り向いてみると、さっき机に椅子をぶつけちゃった子が自己紹介の番だった。肩を抱いていた手を外し、さっきより落ち着いている雰囲気だった。風邪治ったのかなぁ?
「小野…小野つぐみです。藤崎中学校からです。好きなことは…特に無いですが、高校では勉強を頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします。」
うわああああっ。凄い。どうしてこんなに大人っぽく自己紹介出来るんだろう。心做しか私の時より拍手が大きい気がする。心に一つ傷がついたが、私の心は強化ガラスなのでびくともしない。それより小野…さん?が美人すぎて吐きそう。ぱっちりお目目に白い肌、赤い唇に…あれっ、頬も赤い…?熱でもあるのかなぁ…。やっぱり風邪なのかっ?心配だし、取り敢えず、話してみたい人のうちの一人に入った。それに美人は捕まえておいて損は無い…よね…?
それからしばらく経ち、自己紹介に1通り拍手をした後、明日の概要を説明された。まあ…なんか早速勉強らしい…。やめてくれ…うっ、私の頭が混乱する…。それが終わり、先生から解放された私は一緒に帰る約束をしていた凛子に一言告げ、ぐるっと後ろを向いて、こう言った。
「小野、つぐみちゃんだよね?さっきは椅子ぶつけてごめんね…。もしよかったら、仲良くしてもらえると、嬉しいな…!」
必殺!素直に言う作戦っっ!こうすれば大抵の人は笑っていいよって言ってくれるんだ!
そう言うと小野さんは俯き、胸のあたりを押さえて、深呼吸してからこう返した。
「ええ…。名前を覚えてくれて、嬉しいわ。椅子の件は気にしないでください。それで呼ぶのは下の名前で宜しくてよ。我も…あっ違う、私も貴女を奈桜、と読んで宜しくて?」
うっ…、まさかのお嬢様口調なのね…!私の性癖に刺さるよ…。ちなみにさっきの行動にどんな意味があったのかは分からない。うーん、貴族の習慣?でも快諾してくれたことに違いは無い。あとたどたどしくて可愛い。
「ありがとうっ!もちろんだよ!奈桜って呼んで~。つぐみって呼ばせてもらうね!やっふぅぅ!友達できた!よろしくっ!」
そう言うとつぐみは何故かネットでよく見る心肺停止の様なポーズをしながら深呼吸していた。
「ええ、こちらこそ。奈桜。……そう言えば、今から部活動を見学できるのではありませんでしたっけ?あの…その…目当ての部活、一緒に見て頂けません?もし良ければでいいのですが…」
そんなものは一切頭の中になかった私は、
「いいよっもちろん!!あっそうだ!よかったら…同じ部活、入らない?」
と軽率に言ってしまった。特に入りたい部活は無かったので、まあいいか、なんて思っていた。そしてつぐみはまた心肺停止ポーズをしていた。
「つぐみぃ~。目当ての部活って、一体どこなの?教えてよぉぉぉ!!」
校舎の慣れない廊下を二人で並んで歩きながら尋ねる。でも何故か、親しみを感じる廊下。これから通うって、ちゃんと脳も理解してるのかも。そう、つぐみって…何に入りそうだろう…?やっぱり手芸とか書道とかかな~。お嬢っぽいし。いや意外性を求めるなら柔道とか剣道とか?しかも、なんか素直に教えてくれなさそうだし。あああ、わかんないや。お手上げです。
「あの…えっと、その、意外かと思いますが聞いてくれます?」
案外素直に教えてくれるらしい。
「うんうんっ!私部活どこでも良かったからつぐみに合わせるよ!」
いや…もしめちゃハードな部活だったらどうしよう…なんて事が頭を掠めたけど、ちょっと無視した。
「えっと……えっとその実は…。吹奏楽、に入りたくて……。」
すい、そう、がく。、イメージが、薄すぎて。よく映画とかに出てくるやつか…。アニメ映画なら、見に行ったことあるけど、何言ってるのかわかんなかったとか、感情移入ができなかった部分もあったな…。
「すいそーがく?なんか縦笛と横笛とごついヤツとドラムとかがあるやつだよね~。中学の時やってたの?」
我ながら凄い記憶力だと思う。どうりでテストの点数が取れない訳だ。そのつぐみは、あばばばってなって…いや本当になってたんだよ…ふうっ、てしてからこう言った。
「う、うん、まあやっていたと言えば、やっていましたよ…?」
えっ?!つぐみは、あのごつい金属の塊をコントロールできる人種だったんだ!!
「へぇぇぇぇっ!!凄い!つぐみ凄いね!」
素直にこう思った。
「いやっ……いやっあのっ……あの、ひとつよろしくて?」
「うん?」
嫌な予感がする……。
「ここ、どこですの?」
入学したての私達には、吹奏楽部がいる音楽室の場所など分かるはずがなかった。まあ、よく考えればわかる話なんだけどね。そこまで頭が回りませんでした。あてもなく、廊下を歩いていただけっていう。
でもそれを解決する方法に思い当たりがあった私は、つぐみにそれを伝えることにした。
「ねぇつぐみ。ちょっと真面目な話してもいい?」
「えっ…ええ。」
大真面目な顔をして言う。私の大真面目な顔など、見たことがなさそうなつぐみは、ちょっとびっくりした表情で私を見ている。
「実は私さ………。」
「はい…。」
カミングアウトぉぉぉ!!
「直感が、よく当たるんだよね…。多分、音楽室はこっちだ!!!」
「はいぃぃぃぃぃ?!」
昔から、良くあったんだよね…。道に迷っても、ゲームの進め方も、大体のことが直感頼れば出来ることが。今も、音楽室の場所を脳がここだと教えてくれている。
ものの3分後、着いた。
どくどくどく……
なんの音かって?毒じゃないよ?そう、私達の心臓の音。楽器の音であろう音が溢れかえっているそのドアの向こうに、私達は容易に足が踏み入れられなかった。音楽室、と書かれたプレートが掲げられている引き戸の大きさが多分今実物の3倍くらいに感じられる。威圧感が半端ない。つぐみがドアに手を伸ばし、ノックしようとした。あと10cm、5せん…
「君達、入部希望だったりするの?」
びくうぅぅっ
私達の身体が跳ね上がる。もう、びっくりするじゃないですか。
背後からソプラノのころころと鈴を鳴らす様な声の人が、声を掛けてきた。危うく心臓が飛び出そうになった私達は二人揃って心肺停止ポーズをして、深呼吸してから彼女に向き直った。
長い少しクセのある髪を、高い位置でポニーテールにしていて、丸くてぱっちりした目にぱっつん前髪の身長は小さめの方だ。身長に関しては地雷の人もいるから…触れないでおこう。そして私の可愛いものに反応するメーターは針を振り切って一周して戻ってきた。
「うーん。そんなに花菜のことじろじろ見ても、何も出てこないよ?」
「「いや、凄く可愛かったので」」
思わず答えてしまったが、どうやらつぐみさんも同じ気持ちなようで。
「ところで、入部希望だったりするの?だったら1回楽器吹いてみるといいのよ~!!」
そこでつぐみがはっと我に返って、おもむろに鞄をあさりだす。そうして出てきたのは黒くて細長いポーチ。なんだこれ、ヌンチャクでも入ってる…?
「フルートやってたの~!すごいの!花菜もフルートしてみたいの~!」
思い出した…これが所謂横笛だ…。あのぴろぴろ言うやつ…。えっ、つぐみ、これ吹けるの?!
「あのっ…あのっ、がんばるので、その、吹部に、いれ、入れてもらえたらっっ…!!」
あぎゃぎゃ!照れてるつぐみ可愛い!!
「わわわっ!この子可愛いの~!入るには、入部届けを顧問の先生に出してなのよ!小野さん?っていうのー?下の名前は何なの~?」
そうか。あなたも同じ気持ちか……分かるよ。
「小野、小野…つぐみです…」
「つぐみたん!つぐたんだ!!あっ、花菜も自己紹介するね。奥山花菜っていうの!花に、菜っ葉の菜ではなっていうの!クラリネット吹いてるのよ~!」
うわっもしかしてクラリネットってあの黒い縦笛か。あれよく吹けるよね…。
「よっ…よろしくお願いします!!」
という一連の流れを横で聞いていた私は、ここはなんて人と人とが触れ合う暖かい部活なんだ!と1人で感動していた。
「うーん。隣の子は、吹部入るの?」
花菜、さん?の質問の先こちらへ向いてきた。ああ可愛い。じゃなくて答えなきゃ。
「つぐみと同じ部活入ろうって。決めたんです。よければ、私も入れてもらえれば!」
そしたら、花菜さんは意地悪っぽい笑みで、
「うふふ~、吹部はそんなに甘くないのよ~!それで、お名前は?」
と尋ねる。
「今川、奈桜っていいます。えっと、今川は戦国武将のあれで、なおは奈良のな、に桜です!」
そう言うと花菜さんの顔がぱああっと輝き、こう言う。
「そうなのね~!可愛い名前なの!あれちょっと待ってなの、一つ心当たりがあるんだけど、奈桜ちゃん、聞いてもいい?」
なんだろう。楽器の経験とか?ないんだけど。
「あの…楽器、触ったことない?」
真剣な面持ちでそう言う花菜さん。
「ない…と思うんですけど。」
そんなこと言われると、もしかしたらあるかもしれないなんて考えてしまう。
「じゃあ率直に聞くけど、お母さんは、打楽器奏者だったりしないの?」
あっ…それは…