4
テケテケ……。あの、足切りお化けの事か?
冷静にナイフをラッポくんに向け、間合いを取る。
「ゲームの参加不参加は自由!」
そう前置きするとラッポくんのお腹が開き、2色のボタンが出てきた。
「緑色が参加。赤色が不参加。対応するほうを押してね!」
もちろん、こんなゲーム不参加だ。成功することが意味を成さない。
「ちなみに、成功した場合、外への扉が開きまーす」
……どういうことだ? 成功しなければ出ることができない!?
「失敗した場合は、楽しい楽しい、ゲストルームへご案内しまーす!」
……。拷問室のことか?
「選ぶのは自由! まぁ、死にたくないなら選ぶ方は決まってるけどね」
くそっ! あのやろう!
そうやってナイフをラッポくんに突き刺すが、これこそ意味の無いことだ。
「さぁ、選んで! ボクと遊ぼうよ!」
半ば強制じゃないか。このゲームに勝たないと、どのみち拷問部屋へ連れていかれて、どんな仕打ちを受けるのか。
「くそ!!」
緑のボタンを力一杯押した。すると、この場に似つかわしくない軽快な音楽が流れ出し、ラッポくんの足下にあるモーター音がより激しく吹かしている。
「参加してくれるんだね! 嬉しいな! ここからルール説明だ」
下の刃物が回り始める。ゆっくりと回るそれを跨いで避けながらそれを聞く。
「ルールは簡単! ボクの頭にあるボタンを押せばクリア!」
なるほど。簡単だ。すぐにでもクリアできそうだ。と思っても頭にボタンなんかない。
「そして、そのボタンを絶対的に押せなくなった時点で君の負け」
……。どういう事だ? 押せなくなる状態?
まさか! それって!!
段々と早くなる刃物と音楽に恐怖を感じても、既に後の祭りだった。
「さぁーて。そろそろはじめるよーー!!」
モーターが唸りをあげる。跨ぐと言うよりは飛んで避けているのもそろそろ限界が近かった。
・・・・・・テケテケって確か。
そのオバケの避け方を思い出す。確かしゃがめば・・・・・・。
一瞬の隙を見て地面に倒れるようにして頭まで床につける。
頭を掠めるような風圧。頭を立ててギリギリの幅だ。
「よーーい! どん!」
モーターが悲鳴をあげる。部屋の中は刃物のせいで風が荒ぶっている、一瞬でも境界線を出れば、その体の部分はオレから消えてなくなるだろう。
くそっ!
睨みつけるようにラッポくんを見上げる。すると頭の部分がボタンになっているではないか。
くそっ!
耳障りな音楽が音を外したり飛ばしたりしている。
これじゃぁまるで、錯乱した世界じゃないか。
「くそっ! くそっ!」
寸ミリも動けない。動けば何かしらなくなるに決まってる。どうすればいいんだよ!! クソ野郎!!
風の影響か、ゆっくりとネズミが落ちてきた。
それが刃の餌食になることなんて容易に想像出来た。その、境界線に入った瞬間だった。
ビシャッ!
原型が消えた。元から液体だったかのように粉々になった。
「嘘……だろ!!」
ありえないありえないありえない! なんでこんなことになってるんだよ! 死にたくねぇよ!
動けない状態からどうしたらいいのか。頭を巡らせても何も思いつかない。過呼吸を起こして肺が痛い。もういっそのこと死んでしまった方が楽なのかとも思ってしまう。
考えろ! この状態からの打開策を!
すぐに頭を過ぎったのは、敗北の打開策だった。
「絶対的に……」
頭のボタンを押せなくなる状態。足や手が無くなればその状態になる。このゲームに敗北するが、オレの気をおかしくさせているこの刃物が止まる。
「うぅ……うぅ!」
怖い。怖い。怖い。
その行為を行おうとしても体が許してくれなかった。
しかもだ、ゲームの敗北、それは死を意味するのだ。それでいいはずない。
ゲームなんだ。なら、なにか頭のボタンを押す方法があるはずだ。例えば物を投げるとか、刃物を止めるとか。
めまいのする視野て見回す。なんの変哲もない隔離された空間。廃墟のくせに瓦礫さえもない。なにか違和感はないか。いや、違和感しかないのだけれども。
床にこびりついた血。刃物の回転に沿って伸びている。まだ新しいそれはまるで遠心力に飲まれたかのように壁に張り付いていた。
違和感。やっと見つけた違和感。さっきのネズミの残骸、普通ならその壁際に落ちているはずだ。なぜ、そこにはない? いくらミンチになったとしても固形は残る。
あそこだ、あそこに何かある。
確信を持って20メートル先の壁に向かう。なんて文字に書けば簡単な話だが、少しでも頭を上げれば脳みそが顕になるだろう。
浅知恵のほふく前進。状態を浮かさないようにゆっくりと。
体感的にはかなり進んだ。体力的にかなりきつい。風の影響か体温も奪われ凍え死んでしまいそうだった。
もう少しだ。急ごう。腕を前に出した時だ。
そんな焦りが命取りだと改めて痛感する。
刃物に振れたのだ。運良く髪の毛だけ奪われただけだった。
「もぅ、やだぁ……」
涙が出てきた。意味のわからない状況に完全に精神を壊されていた。進むしかないのにもう動きたくない。どうすればいいのかもうわからない。
次の一歩を出した。今更になって何も無かった時のことを思い浮かべてしまった。何も無かったら、きっと頭をあげるだろう。それできっと楽になれる。
残り少し。後2歩ぐらいだろう。あって欲しい。そこになにかがあって欲しい。なんでもいい。この現状を打破できるものが。
たどり着いた。ここに、なにがある! ボタンか? ボールか?
見てもなにもわからない。他とかわりない。壁に付着し血液が滴り、その場所の地面を……。
広がっていない!
耳をすませば微かだけれど高い音がヒューヒューと聞こえる。ここに穴がある!
開ける方法なんて考えなかった。壊せばいいのだから。押したり引いたり、殴ったり殴ったり。拳から血が出たくらいだろうか、鉄板が取れて小さな穴が現れたのは。そしてその先には誰にも触れられていないと感じさせる、鮮やかで綺麗な白いボタンがあった。
「このクソ野郎!!」
力いっぱいだ。渾身の一撃をボタンに向けて放てば、ボタンが押される手応えがある。それと同時にカナキリ音と共に一瞬で刃物の動きが止まった。
「よっしゃぁ!!!」
勝利。これで心置き無くボタンが押せる。
はずだった。
3秒後だ。再び動き出したのは。ゆっくりと動き出すそれをただ呆然と見ていると、再び元の速さで回転していた。
絶望? 違う。焦りだ。不測の事態。まだ方法は残されているはずだ。
作戦を立てよう。もう1度押して、全速力であの気味悪い人形まで走る。床から2メートルくらいのアイツの頭をぶん殴る。
「いけるか……?」
距離的にはギリギリだ。下手したら間に合わない。それでも早くなる前にたどり着ければいい。そうだ。できる!
ビーチフラッグの要領でボタンを押し立ち上がって走り出す。
既に2秒。丁度加速したくらいで刃物が動き出す。
ハードル走の如く飛ぶ。案外上手くいった。もう少しだ。
回転がキツい。また飛び上がる。
目の前にボタンがある。押せ!!
しかし、指1本届かない。
「くそ!!!」
着地してすぐに飛び上がる。つま先になにか触れた。
ボタンをしっかりと押す。すぐに下を向いた。
カナキリ音が聞こえる。けれどもすぐに止まらなかった。
しまった、と思えど落下していく。
「とまってくれぇ!!!」
尻もちをついた。お尻を擦りながら、まだ腰は存在することに安堵した。足は……、バタバタできる。どうやらちゃんと止まってくれたようだ。ほっとため息を吐いて視線を前にやる。
と、すぐ真横に刃物があった。一瞬、心臓が止まった。もし、あと少し動いていたら……。
立ち上がる。勝ちは勝ちだ。これで逃げ道を確保出来た。
自然と刃物から距離をとると足がスースーすることに気がついた。
「……つま先が……」
右足の靴から親指が見えていた。
「はは。こりゃ笑えねぇや」
乾いた笑いが出た。
「ゲーム成功! おめでとうございます!! 出口は開けておいたけど、逃ゲラレルト思ウナヨ」
奥の扉が勢いよく開いた。それと同時にモーターが激しく叫び出す。
直感した。やばいと。
急いで奥の扉まで走る。カナキリ音がどんどんと強くなる。
扉寸前。ブチンと強烈な音がする。それと同時に扉の奥へ飛び込んだ。
間一髪とはこの事だろうか。転がった先の真っ赤な絨毯にくるまり、若干の痛みを感じる太ももから出る赤黒い血を見て思った。
「奇跡……」
少し休憩しよう。この極限状態では冷静に動ける気がしない。
絨毯に身をゆだねた。今更思ったがこの絨毯から血の匂いがする。この赤色って……。
携帯がバイブルした。本当にタイミングが悪い。今度こそ死ぬかと思った。
嫌味の1つくらい、今度こそかましてやろうと思って通話ボタンを押した。
「んだよ、愛香」
「逃げて! お願い!!」
地獄に堕ちたような声がした。それと共に、ドンドンと何かを叩く音が絶え間なく続いている。
「君だけでもいいから逃げて!! お願い!!」
「ちょっと待て! 何言ってるんだよ!」
「やだよ! 死にたくないよ!」
「だから! どこにいるんだよ!!」
「いや! いや! 来ないで! お願いだから!!」
何が起こっているんだ? 鳴り響く打撃音。どこか狭いところに隠れているのだろうか。そんな音がする。
「やだ! やだやだやだ! いやぁ……」
声が途切れた。
……………………。
立ち上がる。ライトを取り出して先を照らし走り出す。とうとう階段を下り出した。