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扉の先はまた廊下。くねくねしていて、そこら中から誰かの骨が突き出ている。時折それに当たり痛みを感じるがそれどころではない。
どこから来る……。後ろ? それとも前から? 今どこだ? 早く、逃げなきゃ。どこへ? どこなら逃げ切れる?
全速力で扉を開け辿り着いたのは、ロッカールームだろうか。縦長の無機質なロッカーは十数人は使用できるだろう。休憩室になってるのか机とパイプ椅子が並び、水道もある。
「か……隠れよう……」
1番近くのロッカーを開ける。しかし、直ぐに閉めた。
「う、ウソだろ……」
中は血で塗れていた。それが何を意味するか判断する必要も無い。次の場所、次の場所、血に染まっていようが染まってまいが結局はどこも危険な気がした。
水道の隣りにある扉から、奇怪な口笛が聞こえた。恐る恐る振り返るがまだ誰もいない。……大丈夫。でも、早く隠れなきゃ……。
オレは人生最大の賭けにまだ綺麗なロッカーに入る。
ライトを消せば暗黒の世界。物音さえしない。少しでも動けば軋む音が出る。冷静に、息を殺して、悪夢が過ぎ去るのを待つ。
扉が開く音と共に、アイツの音がしっかりと聞こえるようになる。
この部屋に……来た。
そう思うと同時に強烈な音で恐怖に染め上げられた。机が破壊される音がした……。
恐怖で過呼吸状態。息を殺さなければと両手で口と鼻を押さえる。聞こえるな。聞こえるな。そう思うほどに苦しくなっていく。
口笛が近くに寄った。間違いなく、ロッカーの前にいる。愉快そうに鳴らすその口笛は、まるで宝探しをしているかのようだった。
ガン!!
どこかのロッカーが破壊される音がした。右から。そんなに近くない。
ガン!!
また右から……。まさか虱潰しじゃぁ……。
ガン!!
右から……。段々近づいてくる。死にたくない、死にたくない、死にたくない!!
ガン!!
直ぐ右から音がした。あまりの恐怖に息が、心臓が止まる。終わった……。
ガン!!
次は左からだった。少し遠い。助かった?
ガン!!
すぐ横だ。もう嫌だ……。早くどこかに行ってくれ……。
ガン!!
鉄板が腹に触れた。ロッカーの扉が凹まされたようだ。
━━━━ダメか……。
ガン!!
顔のすぐ横を何かが通った。とても鋭利な何かが。
ガッ!!
それが抜かれると闇に穴が空いたようだった。明かりが着いているのか外の様子が少し見える。逆を言えば見つかる可能性がある……。覗くな! 覗くな!
「ざーーんねーーん! チャレンジ失敗!」
館内放送か? 空から聞こえるラッポくんの声に奴の動きが止まった。
「これから迎えにいくから、そこから逃げるなよ」
誰かが何かを失敗したようだ。助かるかもしれないという安堵が涙を流させた。
それと同時に奴の背中が見えた。間違いなくこの場から去ろうとしていた。よかった、助かる……。
そう思った瞬間に携帯が場を読まず震える。最悪なことにそれがロッカーに触れていた。生存者がここにいると言わんばかりに大きく音を鳴り響かせる。
やばい……。
脳裏に死が過ぎった時には奴が振り返っていた。急いで携帯に手を伸ばしバイブルを止める。しかし、もう遅い。間違いなく━━━━殺される━━━━。
ガン!! ガン!! ガン!!
物凄い勢いでこちらに走ってくると1つ右のロッカーを殴りつけた。それで気が済んだのか、それとも先を急いでいるのか、この部屋から出ていった。
口笛が完全に聞こえなくなると、壊れたロッカーをこじ開けてようやく外へ出た。
「……もう、いやだ……はぁ、はぁ。うぅぅぅ……」
この部屋全てが壊されていた。ロッカーも自分の入っていたところ以外は滅茶苦茶に破壊されている。まるでオレをおちょくっているかのようだ。
情けないことに漏らしていて、ズボンがびちょびちょだ。最悪だ。こんな場所から早く逃げたい。力の抜けた足では立ち上がることも出来ないオレは涙だけを流した。
それでも、生きているだけでも嬉しいことだと、前向きにとらえることにした。
携帯を取り出した。そこにはメール1件と、着信が1件だ。
メールは龍太からだった。内容はさっきの放送のことだった。
『しくった。気をつけろ! こっちには地下への道がない』
それだけだった。連絡は取らないでおこう。自分の二の舞になるのことが怖かった。
着信は愛香だった。オレを死の淵にまで誘ったこの電話に文句をつけてやろうという気分になり、折り返した。
コールは直ぐにぶち切られる。
「お前なぁ、今オレ……」
「ってことは、さっきの放送……龍太!!?」
そう叫ぶなり落ち着きなくどうしようと呟いている。
「お、おい! 落ち着けよ!」
「落ち着けるわけないじゃない! さっき殺されかけたのよ!!」
「…………」
返す言葉がない。
「なんかよくわからないけど、急にラッポくんが『2階事務室』みたいな事言ったと思ったら、私無視してどっかいったんだから!!」
……それはきっとオレだろう。愛香はオレに助けられ、オレは龍太に助けられ……。
「助ける……」
小さく呟いて彼女との通話が切れた。
……情けない自分。2人を巻き込んだのは間違いなくオレだったのに。
はやく、地下室を探そう。それで、奴を倒して、みんなで帰ろう。
立ち上がる。次に待ち受けているものは何か、それだけ考えてオレは立ち上がる。
しっかりとナイフを握り、ライトを点ける。アイツの消えていった扉に入る。
また廊下だ。ご丁寧に道の端にはホルマリン漬けだろうか、子どもの生首の標本が謎の液体につけられて並べられている。慣れてきたとはいえ吐き気が収まることがない。
進んでいけばまた扉があった。今度は何が待ち受けているのか。慎重に、ゆっくり開けていく。ライトの光で中を照らせば、とりあえず安全に事は把握できた。
中に入る。中はラッポくんが中央で待っているお決まりの構図だが、周りは相変わらず異臭がする。
「この部屋は……?」
もう一歩踏み出す。
ドン!!
入ってきた扉が勢いよく閉まる。……お決まりかよ。
ナイフを構えて奴の気配を追う。確実に仕留めるために。
「よーーこそ!! 楽しい楽しいゲームの時間だよ!」
耳に響く電子音。オレを歓迎するかのようなモーター音。この部屋の明かりだけが現役の時のように輝くと、この部屋の異常なトラップを見ることができた。
円状の部屋に隙間なくつけられた2本の刃。その回転に沿って塗りつけられている血の後。
「━━━━テケテケゲーム━━━━」