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かなり残酷な描写が強いです。ご注意ください。
「あの遊園地に行って帰ってこないんだってさ」
「知ってる。あの噂調べに行ったんでしょ」
「そうそう。遊園地の真ん中にあるお城の地下に━━拷問部屋━━があるっていうやつ」
「ホントにバカなやつよね。きっと今頃……━━━━」
噂話。きっと嘘だと思っているが誰も確かめないこと。
この町にもある。七不思議のひとつとでも言えるだろうか。町外れにある、昔に廃園になった夢のテーマパーク。その中央にそびえ立つ寂れた城。テーマパークのシンボルとも呼べる所に、ありもしない、狂気に満ちた地下室がある。
そんな噂話を抱えて、オレの彼女は消えていった。
賑やかに車が横行していた県道から街灯が消えれば、ただの暗闇がオレたちを誘うようにその手を大きく広げて行く手を阻んでいるようだった。
車のヘッドライトもあまり有効ではない。道の先が数メートルまでしか照らせないから。
そんな、行きたくもない道を3人で進んでいるのは、あの日、噂話を嘘だと証明するために単身で廃園に身を繰り出した彼女を助けるためだ。
それなのにそんな話しさえも、いや、誰一人として重たい口をあけないのはこの圧倒的恐怖が原因なのか。それとも……。
「なぁ……」
エンジン音に埋もれた声。重たい口を開けたのは助手席に座る龍太だった。普段はおちゃらけているのに今日の神妙な顔もきっと彼が今から口にする事が原因だ。
「香苗大丈夫かなぁ?」
オレはハンドルをしっかりと握り、龍太の言葉になんて返せばいいのか考えていた。
「メールも信憑性薄いっしょ」
そんなことない。そう否定するとその内容を思い出してしまった。
『助けて』
親指のない手で書かれたその血文字の写真を見てゾッとした。そして、苦しくなった。
オレのあげた、安物のペアリングをしていたのだ。本人である証拠はそれだけで十分だった。
「だからさ、今からでも遅くないからさぁ……」
「いや、行く」
オレの目先には既に不穏な影が見えていた。
月明かりを吸い込むようにして次の来客を今か今かと口を開けて待っているように、遊園地。その門が大きく開けられていた。
車を止める。昔の名残だろう、鉄の杭が等間隔に並べられて車の侵入を拒んでいた。ここからは歩かなければならないようだ。
「うぅ、行きたくない」
後部座席でうずくまる彼女は震える心の声を口にした。
「勝手に着いてきたのお前だろ」
と龍太。彼女はばっと起き上がり血相の悪い顔で彼を睨みつけた。
「私だってカナのこと心配だし! それに……」
龍太を一瞥して口を閉ざした。
「ったく、早く行ってとっとと帰ろうぜ。みんなでよ」
オレと龍太は同時に扉をあけた。その瞬間に入り込む蒸し暑い感じは夏を実感させてくれる。車から降りて既に開けておいたトランクから懐中電灯と護身用のサバイバルナイフを持つ。
一歩遅れて出てきた愛香も手際よくそれらを身につけていった。
「よし、準備出来たな。中はどんな感じなのかわからない。そしてどんな奴が待ち構えているかも」
オレの言葉に耳を傾けるふたりは小さく頷いた。
「身の危険を感じたら逃げる。最悪これで刺す。最後にオレたちが生きていればいい。なにがあっても生きて帰るからな」
勇んでテーマパークの門を潜った。あの、狂気に満ちた城のその地下に侵入するために。
裏野ドリームランド。
錆びたレールのコースター。塗装がひび割れたキャラのハリボテ。自由気ままに伸びきった草。血に塗れているかのように塗料が溶けているメリーゴーランド。
城に辿り着くまでに様々な恐怖を煽る物を見てきたが、そんなに動揺もしなかった。きっと、あの写真を見た後だからだろう。ホラ丸出しの噂話なんて怖いものでもなんでもない。
ただ、この場所だけは違った。
『ドリームキャッスル』
このアトラクション名が書かれている看板は未だに綺麗だった。そう、異様なほど。
「ここだな」
「いやぁ」
小さな声で拒否する愛香は龍太の後ろをピッタリとくっついていた。まったく、これだからコイツらは。
「さて、地下を探せばいいんだよな」
オレはため息を吐きながら、城の入口に手をかけた。
「ここの建物、設計上地下室はないんだ」
直ぐに顔色を変える愛香は龍太に強く抱きついたようで、龍太は嗚咽を吐いた。
「じゃぁ、なんでそんな噂が?」
「それを確かめに来たんだろ」
扉を開ける。錆びた音をたててゆっくりと開いていく。中はどうなっているのか、どんなものが待ち受けているのか。
不安がピークを振り切っている。それでも中から漏れでる空気は生暖かった。
ライトを点ける。中をゆっくりと照らしていくと、どうやら最初の広場、いわゆる玄関に通されるようだ。大きな広場に左右の部屋に行ける扉。そして目の前には赤絨毯が引いてある広い階段とその中央にいる……。
「ラッポくん?」
このテーマパークのメインキャラクター。ウサギなのかネコなのか、はたまたリスなのか判断がつかない、ピンクと白の色合いがチャーミングなその容姿は、この場で直ぐに逃げ出してしまいそうなほどショッキングなものだった。
「はは……。意外とそのままだったんだね……」
愛香の言葉に多少の冷静を取り戻した。そのままだ。幼い頃に連れられて来たまま。本当にそのままなら、中に入るとラッポくんが案内を始める。このお城で今起こっていること。悪い奴がこの城を支配していて、それを助けて欲しいという案内が。その後に案内人がオレたちを道順に案内してくれる。
「まさかな……」
本当に昔の話しだ。電気も通っていないこの施設にまさかそんなこと起こるはずなんてない。オレは勇気を振り絞って中へ進み出す。
「さて、やっぱり1階から探すか」
「そうだな」
ラッポくんの前で立ち止まり辺りを見回しならがどうするか話し合う。
中は綺麗なものだ。廃墟ならゴミや使っていた工具などが散らかっているイメージがあるが、そんなもの一切なく今すぐにでも開業できそうであった。
「バラけるより、固まってた方が安心か」
愛香が強く頷く。オレもその方が安心だ。
「じゃぁ、先ずは……」
ドン!!!
予期せぬ大きな音に振り返ると、入ってきた扉が閉ざされていた。
「えっ?」
「誰か閉めた!?」
「いや、オレは……」
風か? それとも誰かに閉められた?
龍太が扉に駆け寄り扉を強く押す。しかし開く気配がない。直ぐに手法を変え、体当たりをする。
「くそ! あかねぇ!」
「えっ……。やだ、やだよ!」
━━━━閉じ込められた!? 誰に? どうして!?
ライトを振り回すように周りを確認する。仮説としての最悪を排除するため。
「落ち着いて、誰も、いないから……」
落ち着かせようと言葉を発した瞬間だった。
『ようこそ! ドリームキャッスルへ!』
その軽快な電子音は、この場に不釣り合いにも程がある。
そして、この音がどこから発せられているか、オレたちは知っている。自然とライトをそこへ向けた。
『こんな楽しいパーティに集まってくれて嬉しいよ!』
ラッポくん。幼い頃に聞いたあの始まり。なぜ。なぜ、流れているんだ!?
『でもね……、今このお城には悪い奴がいて、パーティができないんだ』
後退り。自然と扉のあった方へと足が向く。その先に逃げ道なんかないのに。
『お願い! みんな、僕と一緒に……』
音が滅茶苦茶になる。電圧が落ちて正常に流せなくなったみたいに。それと同時に耳障りな口笛が部屋中を覆い尽くす。
その直後だ。
『━━━━死のうよ━━━━』
ドスの効いた音。間違いなくラッポくんから流れた。そう、これが始まりと言わんばかりに……。
扉が勢いよく開いた。オレは咄嗟に振り返る。
「マジかよ……」
そこには、まるで金曜日の悪魔の様な大男が、血塗れの斧を担いで立っていた。
「逃げろ!!」
誰が言ったのかわからない言葉を合図にオレたちは走り出した。
死なないために。
ここから逃げ出すために。
香苗を救うために。