罪の行方
98
「まっ待ってくれ!」
「こっち来んな!?ふざけっ――」
周りを見渡せば地獄のような光景が広がっている。
ある者は宙に浮く表皮を失ったような巨大魚に身体の一部を噛み千切られ、ある者は光る半透明の帯から発せられた雷に撃たれて弾け飛んだ。
(はぁ、はぁ、はぁ…)
俺は人の流れに合わせて走り回り、夢を見ているような感覚に囚われていた。
南大壁国。大陸で一番新しい国だと死んだ村長が言っていた。
世界の端には壁がある。そう思わせるほど巨大な壁の東に、骸森と呼ばれる気味の悪い灰色の森が広がっている。そこに隣接する灰村が俺の故郷だ。
物心ついた時から父親と二人暮らし。父に似て口数の少ない子供だった。
南大壁国でも一、二を争う貧しい灰村は自給自足が基本で、村の者達は大川沿いの痩せた土地を耕し、僅かな収穫を得て生きていた。
死んだ村長と痩せ細った父だけは大きな斧を片手に、暗いうちから森へ入り、暗くなる前に帰る生活をしていた。
取ってくるものは赤黒い苔や骨にしか見えない細長い卵、血のような赤い草や青白い根っこで、味は酷く量も少ない食事に、いつも空腹だった。
ボロい家にはすきま風どころか毒持ちの蛇が入り込む。噛まれたりすれば薬を買う余裕などないので、死を覚悟しなければならない。だが父だけは嬉々として毒蛇を捕まえ、新鮮な肉を腹一杯食べさせてくれた。
唯一の不安は森へ踏み入った者がだんだんと痩せ細り、背が縮んでいく事だ。
村長などは子供くらいの身長になり、骨と皮だけになって死んでしまったが、父は年を取れば皆そうなると言って聞かなかった。
村の者達は壁内の犯罪者の処刑場である骸森は、呪われていると恐れていた。
ある日、身なりの良い男が馬車に乗って現れると、村では数少ない子供の中から仲の良かった幼馴染みを馬車に乗せ、どこかへ連れて行ってしまった。
その娘の両親は虚ろな表情をして見送っているのに対し、共に見送っていた新しい村長はニコニコしていたのを覚えている。
新しい村長は外から移り住んできてまだ日も浅い元商人の男だった。
四六時中ニコニコしていて気味が悪かったが、羽振りがよく、村の者は様々なものを分けてもらったり、相談事を聞いてもらい、あっという間に信頼を得ていった。
しかし村に立ち寄った冒険者が馬車を見て、帝国の奴隷商人じゃないかと噂するのを耳にして、気になった俺は父に問い、呆れた顔をしつつ拳骨で答えられた。
来年で十五になる俺は既に体格だけなら、大人と変わらないほどになっていた。
より痩せた父はいつものように出掛けていき、帰って来なかった。
いつかはこのような日が来ると薄々わかっていたのだが、泣きながら森を見て過ごした。
二日後の朝、足を引き摺って帰ってきた父は黙ったままで、この先の生活を思うと俺は父を質問攻めにして殴られた。
それ以来、家にある僅かな物を売り払い、村長の家でほぼ奴隷に近い雑用をして食べ物を恵んでもらっていた。
暴力を振るう事が多くなった父。いつか見た奴隷商人が脳裏を過り、俺は柄の長い両手斧を持ち出して村を出た。
「川を遡って行けば冒険者達が集まる大きな街があるんだったな…」
僅かな保存食と斧を手に、雨が降り頻る暗い夜道を歩く。
時折聞こえてくる獣の遠吠えに身体が震える。そんな時は父が骸森から持ち帰った赤い種を噛み砕く。焼けるような辛さの種を飲み込めば、不思議と震えは止まり勇気が湧いた。
父の事は気になるが、頭を振って思考から追い出す。その時、近くで気配を感じた。
明かりもない状況で川に沿って歩いていたが、たしかに感じた気配に身を低くし、歩幅を狭くしてゆっくりと歩く。
(野犬か?四足…後ろ!)
振り向き様に振るった斧に、岩の影から飛び出してきた四足の獣が吹き飛ぶ。初めての事だが赤い種のお陰で気持ちは昂り、難なく対処できた。
下から振り上げだ斧に獣の腹は裂けて、荒い息をしている。
僅かに動く獣に近づいてよく見れば、荒野に彷徨くウルフ系の魔獣だった。
(やった…初めての討伐だ。これで冒険者になれるかな?)
解体方法など知らない俺はとどめを刺すと、流れ出る血に気を付けながら背負う。晴れている日なら血の匂いに魔獣が集まる危険もあったが、雨のお陰でその後襲われる事はなかった。
夜が明けて朝日に照らされた中州街を見る。生まれて初めて見た余所の街は大きく、とても美しかった。
大きな川には数隻の舟が浮かび、村にはいない屈強な男たちが忙しく働いている。
「街へはどうやって行くんだ?」
「あぁ?そんなの見りゃわかるだろう?…乗ってくか?銅貨二枚だ」
「金はない…これじゃだめか?」
背負っていた獣を見せれば解体していない事や、血抜きが不十分である事を指摘され笑われた。
「しょうがねぇな…いいぜ。引き取ってやるよ。渡し賃を引いて鉄貨三枚と銅貨四枚だ…乗れよ」
色々と文句を言われはしたが、川を渡り中州街に入る事が出来た。
街では大勢の人々や初めて見る獣人に珍しく興奮を覚える。店先では見た事もない様々な品物を見て回った。
「当冒険者ギルドの登録は鉄貨八枚になります。残念ですが鉄貨四枚銅貨六枚ほど足りません」
「…え?」
道行く人にギルドの場所を聞きながら、大きな白い塔まで来る。正面の円形カウンターにいた綺麗なお姉さんに声をかけると、登録にはお金が必要だと言われ全てを出した。
「もうない…」
「…ギルドに借金して登録も可能ですが、その場合は身元保証人が必要になります。どなたかいらっしゃいますか?」
「いない」
俺は一瞬、背負っていた斧を売るか頭をよぎったが、そんな事をすれば冒険者として稼げないと諦めた。
地下にあると聞いた迷宮も、ギルドカードか身分証なしには入れず、警備に外へ追い出され途方に暮れる。またウルフでも狩ろうかと渡し場まで戻ると、なにやら騒ぎを聞き付けた。
「見ろよ!鉄蟹を倒したぞ!?」
「鎧鰐もだ!あっという間に二匹も!あいつらすげぇ」
「おっおい?どこいくんだよ?」
「あぁ?決まってんだろ?へへっ♪助けに行くんだよ」
人混みの中、十数人が渡し場へ駆けていき舟に飛び乗る。身なりの良い男が控え目に止めていたが、早々に諦めて何処かへ行ってしまった。
(魔獣か?ついていこうか…)
舟に飛び乗った男達は、躊躇う者達を誘っている。その顔は不安と期待が半々で、少人数では行きたくない様子が読み取れた。
俺も舟へ飛び乗ると、木の棒を押し付けられて漕ぐように言われる。明らかに一番若かった俺は、黙ったまま言われた通りにした。
二十人近い男達を乗せた三隻の舟が北へ向かう。皆たいして変わらない格好をしており安堵した。
ボロい布服や何かの毛皮を巻き付けているだけの男達は、剣や槍を持っているだけで、一見冒険者に見えない。中には剥ぎ取り用の小さなナイフしか持っていない者までいて、他の男達から笑われていた。
川の流れに逆らい北寄りに舟を進める。何人かは俺を見て驚いていたが、俺には理由がわからなかった。
他の二隻の舟は四人がかりで舟を漕いでいたが遅れ始め、俺達が北の渡し場に一番乗りした。
「助けに来たぜ~♪おやっ?皆死んじまってるぞぉ?」
「しゃ~ね~なぁ。残ったもんは俺らがしっかり役立ててやるよ!」
男達はニタニタと笑いながら、鈍く光る大きな魔獣に向かっていく。俺は始めて見たそれの大きさや、凶悪な姿にショックを受けて出遅れてしまった。
(こんな化け物を…人が倒した?)
「チッ…生きてんぞ?」
魔獣の側に倒れていた男が僅かに動き、小さな声で助けを求めるが、誰も相手にしなかった。
俺も剥ぎ取りに参加したかったが、その声を無視できず近寄っていくと、すぐ後ろで大きな音がした。
「魔獣だ!助けてくれー!」
振り返えれば後続の舟の間から、巨大な魚が飛び出していた。
転覆した舟からは多数の男達が投げ出され、無事だった舟は引き返して行く。
泳げない者は溺れながら流されていき、浅瀬に辿り着いた者は、すぐ横の渡し場から現れた、透き通った帯に驚き動きを止めた直後、帯が瞬くとスパーン!という音と共に隣にいた男が弾け飛ぶ。
(な、なんだあれ?あれも魔獣なのか?)
「邪魔だ!どきやがれ!」
川から逃げてきた男に殴り倒されると、宙を浮く巨大魚が頭上を通り過ぎていき、駆けていった男の肩に噛みつくと、旋回して耳障りな音を立てながら引き千切った。
「ギャー!」
「に、逃げろー!」
血が顔にかかりハッとした俺も右往左往して逃げ惑う。それを巨大魚は遊んでいるかのように追い回し、群れの端から順に殺られていった。
何人かが岩場へ逃れて行くのでついていくと、岩影から何かが飛び出し、目の前にいた男の背中に尖った骨が生えた。
「ごふっ!?た、助け…」
「蜥蜴人だ!」
何かの骨の槍を持つ蜥蜴人は赤い目をしていて、鱗に覆われた身体は大きかった。
乱戦になるとすぐにも一匹が向かって来て、突き出された骨槍が脇腹を掠める。歯を食いしばり、お返しに斧を頭に叩きつけた。
刃は滑って肩に当たり、蜥蜴人の半身を縦に割って倒した。
周りで戦う男達は劣勢で、振るわれた骨槍はただの布服や毛皮を容易く引き裂き、突き破る。
囲まれる前に岩場を抜け出すと、山のような魔獣が近づいて来るのが見えて呆然となった。
その手前では巨大魚が不自然に止まっていて、綺麗なお姉さんが早く倒せと叫んでいる。三人の男達が剣や槍を突き立てるが、鱗は堅く、まるで岩を叩いているようだった。
「そこのお前!頭を狙うんだ!」
「――!?」
耳の尖ったお姉さんに怒鳴られ、巨大魚の頭へ斧を横薙ぎに叩き付けると顎を断ち切り、目に見えた傷を負わせる事に成功した。
「よし!――っ!まっ待て!」
そのまま上段に斧を構えると、巨大魚は身を翻して一回転、尾びれを胸に受けて吹き飛ばされた。
転げ回った俺は息ができず、胸に触れれば不自然なへこみを感じる。そして口から生暖かい血を大量に吐いた。
不思議と痛みはないが息苦しさと硬直する身体に何もできず、青く晴れ渡った空を見上げる。周りの喧騒は遠退き不思議な感覚の中、父と過ごした平穏な日々が思い返された。
意識が霞み眠くなり始めた頃、急に温かな光が差す。重い瞼を開けると先程とは違う、耳の尖ったお姉さんが見下ろしていて、俺が目を覚ましたのを確認するとそのまま他の人の元へ向かっていく。
戦いはいつの間にか終わっており、中州街から舟が向かって来るのを眺めていた。
疲れ果てて恐怖に震える俺は街の隅で一晩を過ごし、そのまま西へ渡り灰村に帰った。
父親に殴られはしたが、そのまま抱きしめられて一緒に泣いた。
村には薄汚れたローブを着て、頭に輪っかをした変なおっさんが流れ着いていた。
翌朝には目覚めて村の者達に深く感謝すると、無償で治療をして回り、父の足もすっかり良くなった。
数日後、そのおっさんはやって来た商人が村長と結託し、薬を使って村人を騙していると訴えた。
結果、商人は中州街の警備に突き出され、村長は被害にあった家の者達に引き摺られていき、その後はわからない。
それからも川で命を落としかけた子供を救い、村の者に混じって痩せた土地を豊かにしようと、泥を浴び汗を流している姿を見かけた。
年が明け、今では神の奇跡を代行するロメロ様に父と一緒に仕えている。
大川沿いの土地は僅かだが豊かになり、村の者達はその人柄の良さや奇跡の力が、他の村に知れたら連れていかれると心配し、父が代わりに村長を演じ、極力外に出さないようにした。
相変わらず父は森へ入り不味い食材を取ってくる。それを見たロメロ様は、どれも貴重な魔法薬の素材だと話し、調合した薬が村の大きな収入になった。
しかし骸森の呪いもまた判明した。
森に立ち入る者から生気を奪い取っていたのだ。
処刑場が利用された翌日は、収穫が良くなったりしたのもそのせいらしい。
ロメロ様の話を聞いた父が、困ったような顔をして笑う。薄々気付いていた様だが、俺の為に森へ入る事をやめなかったのだ。
その後、年に数回森を訪れるエルフ達を観察し、呪いの影響を受けない道があることを知り、父の容態も良くなった。
道を変えたせいなのか、時折森からは死霊が出てくる。父は森へ立ち入った際に数匹の死霊を駆除していたと言い、新たな道には死霊がいないらしい。
豊かになった灰村に変な男達が現れた。
皆揃いの白ローブを着て、顔に白い布を垂らした得体の知れない連中だ。
断りもなく人の家に上がり込み、説明を求める父を振り払って何事かを呟くと、ロメロ様が苦しみだした。
家から引き摺り出されていくロメロ様の姿に頭に血がのぼった俺は、気付くと血が滴る斧を目の前の男の頭へ食い込ませていた。
辺りには男達の死体があり、ロメロ様は人を殺めた事で震える俺を抱きしめ、罪を共に背負うと言って泣いてくれた。
村の皆も俺達を庇ってくれて、この件を口外する者はいなかった。
俺には特別な力があるようで、斧を振るうと青い光が後を引く。むずかしい事はわからないが、それ以来ロメロ様を探しに来るものを人知れず始末して森へ放り込んでいる。
今日も灰村には穏やかな時間が流れ、子供達が元気に走り回っていた。




