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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
94/169

大川討伐完了

93


――ゴオォォォン――


大川に鐘の音のような音が響き渡る。南では浮遊海月が暴れ回り、最早当初の作戦通りには進んでいない事がわかった。


「水の精霊よ!荒れ狂う川の流れを鎮めてくれ!」


アリエル達は中州街の真東に当たる渡し場周辺で鎧鰐と戦っていたが、矢魚を含む津波が発生するとササネは鎧鰐諸とも津波に呑まれ、カーマインは破壊された桟橋から川へ投げ出された。


(なんだこれは!?北の川底に檻のようなものがある?)


水の精霊が周辺の川を捜索した所、北の川底に魔力でできた檻を発見した。


範囲を拡大すれば川の上流には数ヵ所同じような場所があり、矢魚の群れが現れた地点と一致する。


矢魚の群れによってボロボロになった最後の鎧鰐をミリアンが仕留めると、魔法で周囲の水を押し広げ、沈んでいたササネを発見した。


「まだ脈があります!治療を!」

「よし!ミリアンはカーマインを――あれは…」

「っ!ヒドラが動き出しました!そこの影に隠れましょう!」


ササネを抱えて戻って来たミリアンの背後、中州街からは数隻の渡し舟が向かって来ている。舟には大勢の冒険者達が乗っており、武器を掲げ口々に助けに来たと、どこか楽しげに叫んでいた。


大半は北と南に分れていき、ミリアンがアリエル越しに見たヒドラの姿を見て向かって来る舟はない。


「なんてことだ…あの男!」


舟を出さないよう言っておいたが、寝起きの格好とも思える姿をした街の代表の、軽い返事を思い出し怒りが込み上げる。


崩れた渡し場の小屋に隠れてササネの状態を確認すると、かすり傷を無数に負ってはいるものの、気を失っているだけだった。


「無事です!どうやら対策をしていたようですね。さすが冒険者です」


ミリアンに抱えられたカーマインは気を失ってはいるが無傷で、川に落ちた割にたいして濡れていなかった。


「良かった。彼女の炎の魔法がなければヒドラ戦は絶望的だ…これか?」


懐に抱えるようにして持っていた黒い短杖を川に翳すと、水面は震動する。ミリアンが魔法で川底を表したのと同じ現象が起きた。


――ボロッ――

「あっ…ヒドラは北へ向かったようだし、少し様子を窺おう」


手にしていた短杖は急にボロボロになって崩れてしまう。話題を変えるアリエルは、北へ向かった冒険者達の舟が川底の仕掛けを発動させ、魔獣に囲まれるのを見た。




「助けに来てやったぞ!」


ろくな準備もせずに剣を片手に北の渡し場へ上がった男は、アリエル達が優勢とみると慌てて舟に乗り込んできた者達だ。


一人二人なら止めもした街の代表は、次々に乗り込んでいく冒険者達に早々に諦め、塔から来た知らせに慌てて帰っていった。


鉄蟹の死骸に嬉々として向かう冒険者達は、本来なら他人の獲物を横取りする問題行動だが、その場には倒れた騎士と従者しかおらず、止める者はいなかった。


「うっ…た、助けて、ください」

「チッ…生きてんのかよ。おいお前いけよ」

「はぁ?なんで俺が。お前が気付いたんならお前がいけよ!」


全身打撲ながら息があった従者ロランが助けを求めるも、冒険者達は鉄蟹の死骸から素材となる甲殻を剥がすのに夢中で誰も動かない。


――ドバァァァン――

「ぎゃあぁぁぁ!」

「た、助けてくれ!魔獣だ!」


その時、後続の舟が水飛沫を上げて沈む。

川から飛び出した醜悪な巨大魚は、宙に浮いて旋回しており、渡し場の桟橋を破壊して現れたのは、半透明の身体に光りが明滅する帯のような生き物だった。


「な、なんで…」

「あぁ!?きっ来たぞー!ヒドラだー!」

「てめぇ!何勝手に舟出してんだ!?」


慌てふためく冒険者達を置いて、一人舟で逃亡を図った冒険者は巨大魚の体当たりを受けて川へ落ちる。

追いかけていった冒険者も明滅する帯が放った電撃に撃たれ、煙を上げて倒れた。


「囲まれちまった!助けてくれー!」

「どっから現れた!?全部倒したんじゃねぇのかよ!」


激しく暴れまわる巨大魚に退路を絶たれ、南東の湿地からはヒドラが接近してくる。その大きさは別格で、まだまだ距離があるにも関わらず見上げる程だった。


「うぅ…デ、デリック様」


微かに動くデリックにロランが這っていき傷薬を裂けた脇腹にかけると、親蟹の死骸に潜り込む。


巨大魚と魔力帯相手に逃げ惑う冒険者の一団から、数人の冒険者が東の世界樹の森へ走って行くが、途中の岩場から蜥蜴人リザードマンが現れて乱戦になっていた。


「どんどんわいてきやがる!も、もうだめだ!」


三隻の渡し舟でやって来た二十人近い冒険者達は、すでに半数になり、後続の舟は引き返していく。




浮遊海月は半透明の長い触手を嵐のように振り回し、ブロンを追い詰めているかに見えたが、青い残像を残して振り抜かれたハチェットからは、不可視の斬撃が飛び触手を断ち切る。


素早く動き回るブロンは危なげなく触手を避け、振るうハチェットは空を切るように浮遊海月をバラバラにしていった。


「柔い柔い。だがこれでもシルバーランクの魔獣だったはず…?」


浮遊海月が触手を引っ込め身体全体を収縮する。

ブロンが距離を取った直後、落雷が先程までいた場所に落ち、浅瀬を伝う余波を受けて膝をつく。


「ぐおぉ…くそっ…やはり魔の森の魔獣か」


全身が痙攣を起こし動きが鈍るも、迫る触手を前転して回避し、下から振り上げたハチェットで浮遊海月を深く切り裂く。だが体積が大きく軟体の浮遊海月はなかなか致命傷にならず、再び収縮し始める。


「せいっ、やぁー!」


突如、浮遊海月の側面に矢のように飛び蹴りを与える人影。

打撃に耐性のありそうな浮遊海月が大きく吹き飛び浅瀬を滑る。


ボロボロの白いローブを破り捨て、上半身の盛り上がった筋肉を露にした坊主の男は、腰に構えた両手に光りを纏わせ、突き出すと同時に光る矢を放つ。光の矢は浮遊海月に深々と刺さり、全身を大きく震えさせた。


「おぉ…これも神がお与えくださった試練ですな。このレノマン。全身全霊を持ってお受け致しましょう!」


詠唱を終えると一瞬膨れ上がったように見えたレノマンは、再び矢のように浮遊海月に向かって飛び、だいぶ縮んで短くなった触手を避けつつ、殴る蹴るの肉弾戦を始めた。


「いやぁ…つき合ってられんわ」


ブロンは後ろから来る冒険者達の舟を一瞥すると、ヒドラが移動して離れた腐敗湿地に向かい、途中待ち構えていた蜥蜴人の骨槍をなんなく避けて首を飛ばしていった。


「よっしゃー!一番乗りだぜ!岩亀の心臓は俺のもんだ!」

「お?なんか光るもんが沈んでるぞ?」

「…ロメロ、ロメロを追わなくては」


レノマンの光を纏う拳が浮遊海月を確実に削っていき、とどめを刺すと、岩亀に群がる冒険者達を余所に、ロメロを追って南に向かっていく。後には欲にまみれた冒険者達の奇声だけが残った。




目覚めたカーマインはアリエルから話を聞き、状況の悪さに舌打ちをする。北では未だ怒声や悲鳴が聞こえ、南では欲に目が眩んだ者達の奪い合う声が聞こえた。


「バカなことを…川底の仕掛けはまだ一つ残っているんだな?」

「あぁ、北の浅瀬の上流だ。恐らく魔獣だろう…これは罠だ。魔獣の群れがこの地に留まっていたのも何者かの誘導だ」

「ササネ動けるか?…ヒドラが到達する前に数を減らさなければ。ここで引けばさらに状況が悪くなる」

「問題ありません――蜥蜴人は冒険者達に任せ、私とミリアンで魔力帯を引き離します」

「なら私が巨大魚を相手しよう…なにバカな冒険者達を囮にすれば大丈夫だ」


残っている冒険者が多い方が良いと、素早く行動に移る。

巨大魚はいくらか傷ついてはいたが、まだまだ激しく暴れまわり、冒険者に噛みついては身体を旋回させ、耳障りな音を立てて引き千切り、被害者は絶叫した。


魔力帯はほぼ無傷で、有効打になる攻撃手段がない冒険者達は、逃げ惑うだけだった。


ササネがカーマインから受け取った魔法石を投擲すると、冒険者達も巻き込んで魔力帯を地に打ち据える。

ミリアンは魔槍で突くと水の槍が伸び、魔力帯を貫きそのまま引き摺って離れていく。


そこへ巨大魚が向かってきたが、アリエルの呼び出した風の精霊がまとわりついて動きを制限すると、ここまで生き残っていた冒険者達が攻撃に転じた。


「よし!今だ!」


カーマインの不死鳥の魔法が迫ってきていたヒドラに向かって飛び立つ。ヒドラは五本ある首の内、二本が根元からなくなっていて、徐々に再生されているようだった。


――シャーー!――

(赤の魔力紋か!足まである)


体表に不気味な赤い模様が浮かび、胴体には二本の太い足が生え、進化した個体だ。


色模様は属性持ちを表し、足、手、翼と進化するにつれ体格が変わっていく。失われた二本の首は既に二股に分かれ、数が増す前兆があった。


炎の鳥はヒドラに対しあまりに小さく、残る三本の首の一本に当たると、激しく燃え上がり、僅かに歩みを鈍らせた。


「火属性だ!私一人では倒しきれない!」


カーマインが叫ぶが、それぞれの相手で手一杯な仲間から返事はない。ミリアンは引き離した魔力帯が放つ放電を受け、片膝をつきながらも槍を手放さず地に縫い止めていた。


「ここで逃げても追い付かれて死にますよ!勇気を振り絞って戦いなさい!」


ササネは傷つき倒れている冒険者達に、魔法薬を振りかけて回りながら鼓舞する。すると何人かは再び得物を手に果敢に挑むも、ほとんどは尻込みして逃げていってしまった。


「精霊よ!…っ!?だめだ!そっちには行くな!罠が――」


巨大魚を抑えていたアリエルが、逃げていく冒険者達の先に罠があることを伝えるが間に合わず、矢魚から続いて四度目の水飛沫が上がる。


「うわわわっ!たす――」

「キシャー!」


先頭を行く冒険者が水中に消え代わりに現れたのは、全身が暗い灰色の鱗で覆われた魔物だ。

串刺しにした冒険者をそのまま、黒い骨の槍を振るう蜥蜴人は大きく、岩場の蜥蜴人達が同調するように吠える。


「蜥蜴人の親玉か!…早く倒せ!」

「ぜはぁ、ぜはぁ、う、うるせぇ!言われなくてもガフッ!」


いつまでも巨大魚に手こずっている冒険者達は疲弊し、堅い鱗にやたらと打ち付けた剣や槍はボロボロになる。背後から来た灰色蜥蜴人にやられてしまう者もいた。


炎の槍を追加に放ったカーマインは、燃えてはいるヒドラの再生力と五分五分で、不死鳥を維持する為に流し続ける魔力の限界が急速に迫る。


(だめだ!敵が多すぎる!)


ミリアンが再度の放電を受けて倒れると、だいぶ小さくなった魔力帯が追加で電撃を放つ。ギリギリで避けたササネが余波を受けて転がる。


魔力帯がその帯状の体を波打たせ、半透明の身体の中に光りを収束させていく。最後の攻撃に入る瞬間、どこからか飛んできた大きな岩が当たり盛大に弾け飛んだ。


「シャー!絶妙なタイミングで救世主登場!」


岩場の蜥蜴人二人を瞬時に切り伏せた人影が跳躍し、僅かに残った魔力帯の核をばつ印に切り裂く。

その後からは黒い全身鎧を着た大男が、身の丈程もある幅広の大剣を振り回し、灰色蜥蜴人に挑んで行った。


「アリエル!間に合ったわ!」

「オリヴィア!」


岩場を越えてくるのは荒野の怪物相手に囮になり、行方がわからなくなっていたオリヴィア達で、側には二人の魔法使いの姿があった。


明るい緑の外套を纏う者はフードを深く被り、パッと見ではわからないが、ササネを助け起こす腕は細く女性のようだった。

もう一人の暗めの灰色ローブの少年は明るい灰色の髪をし、ミリアンに魔法による治療を始めている。


「ゴライオ!?ジェスター!なぜお前達が!?」

「カーマイン!ヒドラなんて大物、やるなら声をかけてくれよ!お楽しみの独り占めはずるいぞ!」


灰色蜥蜴人の振るう黒骨槍を大剣で払い、そのまま一回転させ、両腕を切り落とすとさらに旋回させ肩から上を両断する。

暴風のような勢いで振り回される大剣に、切り離された灰色蜥蜴人の肩から上はしばらく動き続け、周りの冒険者達が腰を抜かして後ずさる。


「ヤッホゥ!レビテラカンスちゃん!もう少し状態のいい時に会いたかったよっ!」


うっすら青が混じる金髪の優男は巨大魚の下に滑り込み、両手に持つ細身の両刃剣を微かに触れ合わせ、炎のように揺らめく氷を生み出す。

巨大魚の腹を裂き氷漬けにすると、身動き一つできない巨大魚はあっという間に死に絶え、氷漬けの状態のまま残った。




オリヴィア達が負傷者の治療に当たり、カーマイン達がヒドラに向き合う。既にブレスの範囲にまで迫られ、頭上を紅蓮の炎が襲い、何名かの冒険者がブレスの中で揺らめいて崩れ落ちた。


カーマイン達はアリエルと緑外套の女性が同時に呼び寄せた、水と風の精霊達が防ぎきっていた。

お互いに目が合い、風で捲れたフードからはエルフと言われれば疑いようがないほどの美少女が顔を出す。


「アーシェ!火力が足りない!力を貸してくれ!」

「貸しだよ!風の精霊よ、破壊と再生を顕す炎に力を!」


足元に転がる冒険者や蜥蜴人の死体を丸呑みにし始めたヒドラは再生力が増していき、炎に包まれていた頭が元通りになる。


「おおっと!どんどん再生してるぜ」


ジェスターは軽率とも見える動きでヒドラの足元に駆けていき、氷の刀身で撫でるように片足を切りつけると、ヒドラは嫌がり中央の首が噛み砕こうと迫る。


下げた頭をゴライオの大剣が捉えたが思いの外頑丈で、断ち切るまでにはいかず逆に吹き飛ばされた。

長い首と尻尾を振り回し、負傷して倒れていた冒険者を吹き飛ばし、叩き潰す。手がつけられなくなった頃、カーマインの準備が整う。


「いくぞ!」

――ゴオォォ!――


生まれた炎の鳥は周囲に渦巻く風を受け火勢が増し、ヒドラの中央の頭へ向かい飛び立つ。頭のない首が叩き落とそうとする中を避けて通り、中央の頭に当たると、周囲の再生しつつある首も含めて燃え上がった。


暴れ回るヒドラから繰り出された尻尾の横薙ぎを避け、ありったけの魔力を送り、再生を上回る勢いで炭に変えていく。


「オラアッ!」


再びゴライオが駆けていき、突き上げるように胴体の中央へ大剣を突き立てる。

ヒドラの全身が波打ち、赤い模様が明滅して消えるとドッ!と、その巨体は崩れた。




生き残りの蜥蜴人と後から誘われてやって来た武装ゴブリンを倒し終え、負傷者の治療に専念するアリエル達。


伯爵家の者は全滅と思っていたが、ヒドラが薙ぎ払った親蟹の下からデリックとロランが発見され、一命を取り留めていた。


生き残った冒険者達はもう素材を取り合う気力もなく、中州街から来る渡し舟をボーッと眺めていた。


実は廃屋の影で身を潜めている間に、フラウから渡された遠見の水晶鏡を使い、北の様子とオリヴィア達が向かって来るのを見つけていたアリエルは、姿の見えないエルフ三人の報告を聞く。


「――以上、三名は怪物により命を落としました…」

「そうか…里へ帰ったら弔おう。よく戻ってきてくれた」


悲痛な表情のアリエルは頭を振って切り替えると、水晶鏡を使い気になる場所を確認していく。


隣ではカーマインがゴライオ達との再会を喜び、アーシェとは睨みあっていた。


「なんで私がお前の弓矢を新調しなければならない」

「私に借りがあるんでしょ?ここへ来るまでにだめにしちゃったのよねぇ。中州街の一番高いのでいいわ」

「ふざけるな。さっきのは私がやらなければお前も一緒に死んでただろうが」


言い争う二人にゴライオとジェスターは早々に離れていき、ヒドラの素材剥ぎを始めた。


「…ん?なんだ?――カーマイン!急ぎ聖霊様の元へ戻らねば!」

「どうした!?」

「部屋にリースの姿がない!」


到着した渡し舟にも冒険者達が大勢乗っていて、滅多に見かけない強力な魔獣達の死骸に目が釘付けになっている。

それをアリエル達が立ち塞がり、舟を先に使わしてもらうことを承諾させた。


「うぉい!ヒドラもか?ヒドラもなのか?あの素材だけでゴールドランク一季分の稼ぎになるんだぞ?」

「残りたければ残れ。しばらくは魔獣も現れないだろう」

「私も疲れたから行くわ。レインもおいで」


常に無表情な灰色髪の少年レインは、デリックの折れ曲がった斧槍を引き摺ってきて、アーシェと手を繋いで引き上げていく。


ヒドラに這い上がる冒険者を引き剥がし蹴落とすゴライオ。

ジェスターは凍らせた巨大魚に抱き付き、群がる冒険者達と口汚く罵り合っていた。

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