白塔の過去
92
まどろみの中、心地良い風を受けて寝返りをうつリース。
目を開けると頭上からは微かな光が照らしている。薄汚れた深緑色の天井や苔むした壁が、地下水路にいる事を思い出させた。
僅かに手を動かすと、柔らかな感触に触れる。すぐ隣りにはパメラが仰向けで寝かされており、その先には黒髪の女性が瓦礫に腰掛け煙管を吸っていた。
反対の手には扇子を持っており、リース達に向かってゆっくりと扇いでいたようだ。
「――フゥ~…目が覚めたかい?」
「えっ…私!?」
「大丈夫だよ。パメラちゃんもリザもいる」
身を起こして辺りを見回すと、女性がいる入口付近の壁は崩れ、床に蜘蛛の巣状の亀裂が出来ていた。
「…なにがあったんですか?」
「紫肌の男が悪趣味な腕輪を投げたのを覚えているかい?蓄えられていた負の魔力を解放したのさ」
まともに受けていれば、今頃リース達は魔人となっていたと言われ震え上がる。その際に自身の身体を確認すると、脚の擦り傷や蝙蝠に負わされた怪我が治っており、服の汚れも落ちていた。
女性は微笑み、青い人影が身を呈して守った事により難を逃れたが、負の魔力を浴びて暴れ出した為、追い払ったと言う。
「あれは…」
「待ち。パメラちゃんが起きたら移動するから、そこで話をしよう」
女性は気だるげに煙管を吸う。
リースは違和感が増している事に気付き、辺りを見回すふりをしつつ窺うと、女性の姿が一瞬ブレる。
異様に長い黒髪は変わらないが、そのほっそりとした美しい顔の輪郭は僅かに線が濃くなり、中性的な顔に見えた。
「…人の顔をそんなにジロジロ見るんじゃないよ。ん?起きた様だね」
ハッとしてパメラを見ると身動ぎして、うっすらと目を開ける。
「パメラ!私よ。リースよ!」
「…え?リース…さん?なんで私達の部…や?」
パメラの胸の上から転げ落ちるリザを拾い上げ、混乱する彼女を落ち着かせる。一通り話し終えると泣き出してしまい、背中を擦ってあげながら怪我がないか確認した。
「大丈夫なら移動するよ」
よろめくパメラと一緒に立ち上がり、広間から出ていく女性を追いかける。
「私を助ける為に迷宮に!?無茶です!…嬉しいですけど」
「なら喜んで。私もパメラも無事会えた。後は帰るだけよ」
「迷宮に来るのなんて簡単よ。帰りが大変なんだから」
パメラの肩に乗ったリザは終始不機嫌だった。
てっきり自分の肩に戻ると思っていたが、手を出したら引っ掻かれ、こっちの方がマシだと歯を剥いて威嚇された。
色々聞きたそうなパメラを連れて、離されつつある女性の後を追いかける。
広間を出ると地下水路を進み、オーガのいた広間の手前で曲がる。再び地下水路を暫く行くと、急に明るい場所へ出た。
「わぁ…地上みたい」
「家がありますね」
リースが最初に着いた花畑のような広い空間には、奥には家が建ち、周りは地上と同じく土の地面が広がっている。
天井は無く不思議な光が揺らめき、幾つも空いた壁の穴からは小鳥が飛び交う。
「ちょっと待ってな…じいさん。生きてるかい?」
女性は苔むした家の戸を数回叩き、声を掛ける。
奥から物音がし、戸が開かれると緑の苔と同色のローブを着た老人が現れた。
「…なんじゃ。来てたのか」
「ちょっと野暮用でね。連れがいるんだ。少し休ませておくれ」
こちらを見る老人は、つい先程出会った白ローブの連中と大差ないほど痩せ干そっており、深く被ったフードから覗く目は暗く、口を動かさずに会話をしていた。
「子供じゃと…おぬしいつの間に産ん――」
「そう言う冗談は好きじゃないよ。髪を見りゃわかるだろ?」
扇子はいつの間にか小刀になっており、老人の首に押し当てるとそのまま家に上がり込む。家の中には棚が所狭しと並び、天井からは様々な物が吊るされていて、床には塔の魔道具店で見た小物が無造作に転がっていた。
「汚いねぇ。少しは掃除しなよ」
「わししかいないんだ。わしの勝手じゃろ」
時折足元を掠める黒い影に、リース達は身の毛を逆立てつつ、奥の壁まで案内される。傾いたテーブルの場所まで来ると、老人がテーブルの裏側を触り、壁の一部を軸に床ごと回転した。
壁の反対側は埃一つない白い通路になっていた。
「ようこそ。お嬢ちゃん達、白塔最深部へ」
その老人は好好爺然とした笑顔を向けてくるが、白ローブ達とダブる姿にリース達は微妙な顔をする。
白い通路を進み作業場の様なテーブルがある、最初の部屋で休ませてもらう。
周りには魔道具が綺麗に並べられた棚があり、何処かへ通じる扉が幾つかある。それぞれ席に着くとお互いに自己紹介をした。
パメラが老人の名を知ると急に興奮し、代わりに教えてくれた。
老人の名はウォロー。魔法王国で魔道具や魔導設備の研究開発をしていた魔導科学技術の第一人者。
魔法王国で昇降機の復元に貢献した他、学園都市で最初の封魔石の作製にも貢献して賢者になった人らしい。
「ここに住んでいるのですか?」
「うむ…人の世のしがらみが嫌になっ――」
「魔法使いってのは隠れて怪しげな実験をするのが好きなのさ」
「怪しくないわ!魔道具の開発は人々の役に立っておろうが!…まったく何しに来おった?」
誘拐事件の事を話すと、老人は連中が数日前から地下を彷徨いていたと言う。
「脱出路の先から入り込む魔物や魔獣を先導しておっての。わしも困っておったのじゃ」
北西の黒森まで続く脱出路からは、魔物や魔獣が度々入り込むそうで、上の階層の迷宮路まで広がっているそうだ。
連中が来てからは最下層の地下水路にまで強力な魔獣が侵入し、賢者と言われても戦いに慣れていないウォローは、引きこもっていたと話す。
「彼らは…たぶんアンダーロザリウムと言う魔族崇拝の秘密結社です」
「パメラ!?何か聞いたの?」
「うっすらと話声が聞こえました。シャルロット様を誘拐するはずが失敗したと…私の…手足でも送りつけて誘き出せばいいと…」
目を閉じ震えるパメラ。その手を取り肩を寄せる。
「むぅ…奴等は脱出路から地下水路迄に三体の強力な魔獣を連れてきておった。おぬしはどこから入ってきた?」
「西の抜け道から入ったよ。迷宮路の女王蜘蛛と、地下水路の大魔眼蜥蜴なら片付けておいたよ」
リースは巨大な爬虫類の頭を思い出し、気分が悪くなった。
青い顔していると、パメラの肩に乗っていたリザが、頬を足蹴にしてきて悲しくなる。
「ならば障害は脱出路の、地上に上がる階段横に伏せた混合魔獣じゃな…ふむ?おぬしなら一人でも倒せように?あやつの力を借りに来たのか?」
「あぁその事なんだけどねぇ…」
女性はリース達が気を失っていた間の事も含め話をした。
青い人影はどうやら老人の知り合いらしく、リース達を守る為に、負の魔力を一身に浴びて狂ってしまったと話す。
「――そうか。あやつが…」
「どんな方なんですか?」
「あやつは昔、中州街の警備隊長をしていた男じゃ…少し長くなるがこの白塔で起きた事件の真相を聞くかね?」
パメラが少し反応するのを見た老人が、真相を話すと言い頷く。
昔、まだ中州街が南大壁国の軍隊と争っていた時代、食糧難から警備隊が配給制に切り換えた時期があった。
塔に受け入れていた戦争孤児達は空腹で、泣き喚き、配給に来る一部の警備隊と問題を起こす様になった。
ある日、警備隊の若者達が隊長の命を受けたと言い、何処からか食べ物を持ってきた。
腹一杯に食べた孤児達は幸せそうに眠り、ウォローは静かな間に脱出路を確認しようと地下に潜った。
その夜、一部の警備隊員の行方がわからなくなり探していた警備隊長は、塔に非難している人々が騒ぐ声を聞き駆けつける。
すると塔のいたる所から子供の悲鳴がこだまして聞こえ、慌てて駆け上がり緊急脱出路の穴の前に着く。
そこには暗い目をして立ち尽くす若者達がいて、孤児達は一人もいなくなっていた。
こだまする子供の悲鳴を追い、地下水路の一角に駆けつけたウォローが見たものは、広間の壁に複数ある穴から次々と飛び出してくる、真っ赤に染まり変わり果てた姿の孤児達だった。
いつまでもこだまする子供の悲鳴とウォローの叫び声に、白塔は震え、若者達の首を背負い現れた警備隊長に呪いを掛けた。
翌朝、南大壁国の軍隊は唐突に引き上げていき、包囲網の解かれた中州街の人々は歓喜して、塔の事件を気にする者は少なかった。
「酷い…」
「噂とは違いますね…」
二人は涙を流し、リースはあの花畑の場所が、子供達の眠る場所なのだと思い当たる。
「…憎悪に呑まれたわしの呪いにより、魔人に成り果てた警備隊長は地下水路を死ぬまでさ迷い続け、死後も精神体が留まった」
「――そこへ私が現れて、じいさんをぶっ飛ばして正気に戻してやったのさ」
「わしが間違っていた…あやつの墓を作り解放の儀式もしたが…」
警備隊長の魂は呪いから解放された後も、地下水路の墓地を守る為に留まっていたらしい。
「濃密な負の魔力を浴びたならば、その魂は変質していよう…最早消滅させる他に手はない」
「なんとか助けてあげれないのですか?」
「ない…いや…あれを試してみるか?危険な賭けだが…」
ウォローが奥へ向かうと、女性は着物の袖から青い液体が入るガラス瓶を出して飲む。
じっと見ていると、ふと違和感がなくなり最初にあった時に見た美しい女性にしか見えなくなった。
「…え?…ん?」
「パメラ?」
「おやおや、感のいい子だねぇ。でも教えちゃだめさ。リースが自分で気付かないとねぇ」
「――っ!?あ?っ!?」
パメラはその女性を見たまま愕然としていて、リースに向かって何かを言おうとして口ごもっている。
(これは!?パメラに戒めの魔法?)
パメラをなだめ女性を見ると、ニヤリ顔で見下ろしていた。
ウォローが戻ると、手には白い巻き貝を持っていた。
地下水路の通りで拾った物よりもだいぶ大きく、ツルツルの表面ではなく、小さな角が等間隔で並んでいる。
「見たことあるかね?私が長年研究してきた負の魔力を吸い無害な魔力に変換する魔道具だ」
「あっ、花畑の所にあった巻き貝を一つと、このランタンを持ち出してしまいました…ごめんなさい」
リースがランタンと黒くなった巻き貝の破片を出すと、問題ないと許してもらえた。
「迷宮核の跡地に設置される封魔石の上位互換ですね?」
「うむ、あれは溜め込むばかりじゃが、これは変換するのじゃ」
パメラの問いにウォローはにこりと笑い、手渡す。
「うまくいくかはわからんぞ?、もしその巻き貝も黒く変色するようなら遠くに投げ捨てなさい。巻き貝が負の魔力を変換しきれず壊れた時に、近くにいるのは危険じゃからの」
女性はウォローと込み入った話があると言い、部屋を出ていく。
リザはパメラの左目の下の薄青い痣が気になるのか、ペタペタと触り、パメラは部屋に並ぶ魔道具が気になるのか見て回っている。
「――の話。当たったねぇ――は諦めるけど何かあるよ」
「――じゃからなぁ。まぁわしはここを治めているだけでも荷が重い。――に任せるよ」
リースは部屋の外で話す二人の会話が気になり耳を澄ますが、禁啓言語でほとんどわからなかった。
少しすると戻ってきて、リースを見て何かを思い出したような顔をする。
「そうそう、この子が珍しい物を持っていたよ」
「ん?なんじゃ?」
「見せてやりなよ。あんたの武器さ」
そう言われ魔爪杖を出すと、ウォローは驚き、嬉しそうに手に取った。
「おぉ!おぉ!魔爪杖じゃな。それにこれはわしが開発した再充填魔法石か!ハッハッハッ!トワンの奴、いい組み合わせを考えたな」
「おじさんを知っているのですか!?」
「うむ。奴がまだ駆け出しの頃から知っておる。時折わしの作品を扱って貰っているのじゃ」
「やっぱり!ここに並ぶ魔道具に見覚えがあります」
卵型魔法石はしっかり効果が出ていると話すと、とても嬉しそうに笑った。
そろそろ行こうと女性が立ち上がり、部屋を出ていくと、ウォローがリースに向き直る。
(リースちゃん、あれには気をつけるんじゃよ?)
(――!…警備隊長さんですか?)
(いやいや、あの異様に長い黒髪の男じゃ)
(え?男!?どう見てもお姉さんにしか見えないですけど?)
(わしも詳しくは知らぬが、あれは元は男のはずじゃ。そもそも人であるか疑わしいが…優しくされても心を許してはならんよ)
そう言うとウォローは行ってしまい、念話の耳飾りをしてなくても出来た事に驚くリース。
心配顔のパメラの手を引き後を追いかける。
「では健闘を祈る」
「ふん、誰に祈るんだか」
家の前まで見送られ、地下水路を少し入った所まで来ると、突然女性に肩を掴まれ無理矢理向き直された。
「悪い子だねぇ。奴から何を聞いた?」
「――っ!?あ…わ、わた」
「リースさん!?や、やめてください!」
「別にどうこうしようって訳じゃないさ。私と彼女のただのお遊び、でもズルはいけないだろう?」
手を離してもらえたが、鼓動は早まったままで、見つめられるとキョロキョロと落ち着きなく視線を逸らしてしまう。
「ご、ごめんなさい…でっでも私から聞いた訳じゃないんです…」
「まぁいいさ。それで私の秘密はわかったのかい?」
じっと見つめてくる切れ長の黒目は、威圧感があり口ごもる。
「…あ、貴女は…お、男の人、ですか?」
リースがなんとか言葉を絞り出しそう尋ねると、パメラがビクッと反応し、リザは青い顔して震える。
すると目の前の女性は目を細めてより顔を近づけてきた。
「男の人?ク、クックックックッ!…いいえ。違います」
そう答え、至近距離で目を見開く女性は、何も映さない黒い目玉があるだけで、一気にゾッとなるリース。
パメラは驚愕し、リザは縮こまって襟の中に入ろうとする。
「…プッ!アハッハッハッ!」
「「――!?」」
「ハッハッハッ!…ふぅ…笑えた。今は人じゃないけど昔は人だった。そして男でもあったし女でもあった」
「…?」
「半分正解にしてあげようかね?そうだねぇ…ナナシン。私を呼びたきゃそう呼びな」
そう言うと一人先に行ってしまった。




