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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
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リースの初迷宮

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「きゃ~~~!!」


その日、塔に住まう人々は、何処からか聞こえてくる少女の悲鳴を聞いた。


ある者は迷宮帰りの疲れた身体を休めている時、ある者は店に並べる商品の整理をしている時、壁の中や床下から響く悲鳴は遠くからやって来て、近くをよぎり遠ざかっていった。


「こっこいつは!?噂の子供の亡霊か!?」

「口減らしに塔から落とされたっていう戦争孤児のか?賢者が供養したんだろ?」

「だが実行犯の警備隊長は逃げて捕まっていないというぞ?それで成仏できるだろうか…」


古くから塔に住み着く商人達は、ある事件を思い出すが知るものは少ない。まだこの街で七都市連合と南大壁国との間で争いが起きていた時期、親をなくした子供達を、賢者は塔に受け入れていた。


中州街は周囲が川に囲まれている為、食糧の大半を輸入に頼っていたが、南大壁国の包囲網に供給が一時途絶えた事がある。街では配給制が始まり警備隊長は兵の食糧を優先して塔への配給を制限し、内部では昼夜空腹を訴える孤児達が泣き続いて街全体に響き渡った。


士気に関わると眠っている孤児達を、塔の隠し穴から落とした警備隊長は、地下の脱出路を確認していた賢者の怒りに触れて呪いを受けた。


その後、警備隊長は行方不明になり、時折落ちていく子供の叫ぶ声がするという。




リースは傾斜の急な隠し通路を滑り落ちていた。

始めこそ揺るぎない覚悟を持って飛び込んだつもりだったが、想像以上に長く続く滑落に、目を閉じて悲鳴を上げ続けていた。


(怖い!でも奈落の裂目よりマシだわ!!)


どれくらい滑り落ちたか、方角も高さも曖昧になる頃、滑り落ちる先に光りが見えてきた。


狭い円筒形の通路から勢いよく飛び出すと、明るい場所に投げ出される。仰向けに倒れたリースが見上げた先に天井はなく、揺らめく不思議な光りが降り注ぐ。上体を起こしてざっと見渡しただけでも、壁には人が通れる大きさの穴が十ヵ所以上あった。


一面に良い匂いがする花々が咲いていて、投げ出された際に痛みがなかったのはそのお陰らしい。



「どこだろう?あっ!外套が…」


尻に敷いていた魔法の外套はボロボロになってしまい、フラウからの貰い物を駄目にしてしまった事に深く悲しむ。


しかし脚には所々擦り傷があり、こうしていなければ酷い怪我を負い、この場で動けなくなっていただろう。


他に怪我がないか確認した後、幾つかの穴を覗き込むが、全て緩やかに登り坂になった円筒形通路で、自身が滑り落ちてきた穴と同じもののようだった。


――ァァアアアッ!!


その時、突如遠くから断末魔の叫び声が聞こえ、一瞬にして全身が強張り、毛が逆立つ。そしてここが安全な場所などではなく、危険な何かが潜む場所だと理解する。


(も、もしかして…地下にあるっていう…迷宮…なの?)


急に肌寒さを感じ身震いしていると、風の流れを感じたリースは風上が穴で風下が盛り上がった花畑の反対側であると知る。


マジックバッグから魔爪杖と卵型魔法石を取り出し準備を始める。表面にびっしりと何かが刻印してある半透明の魔法石の中では、中央で赤く光る魔法陣がゆっくりと回っていた。


三本の爪でしっかり掴まれているのを確認すると、両手で構え、慎重に花畑の外周を回り込む。すると数段の下り階段の後に、中央が水路となり左右の壁際に通路がある場所を発見した。


(地下水路…やっぱり迷宮なんだわ)


水路の先は花畑のある場所と違って暗く、一歩踏み込むと急に生臭い匂いがして顔を顰める。顔を背けた先、通路と広間の境に巻き貝が数個転がっているのを見つけた。


顔を近づけてみれば、生臭い匂いを貝が吸い込んでいるように感じる。壁際には古びた魔道具のランタンがあり、誰かがこの花畑を管理しているようだ。


「使える…ちょっと借りま~す」


誰に言うでもなくそう呟くと巻き貝とランタンを拾い上げ、ブックホルスターの革ベルトの隙間に挟み込む。


(勇気を出して!進むしかないの!パメラを助けないと!)


震える左手でランタンを掲げ、水路に注意を払いながら左側を進む。水は緩やかに奥へ向かって流れていて、思ったていたほど汚れていない。


時折パシャパシャ、パシャンという水音がし、通路の先の暗闇に何かがいるとわかる。ランタンを左右に揺らして確認すると、少し先の水路で何かがユラユラと動いており、凍りついた様に動きが止まるリース。


(た、ただの草よ…近づかなければ大丈夫…)


壁に背中をつけて横歩きで脇を通り抜ける。触手の様に揺らめく草は少し遅れてから、リースの通った後をヒタヒタと触り探り始めていた。


怖い思いをして通り抜けた先は行き止まりで、右側をランタンで照らせば道が右折していた。


リースは黙ったまま下の暗い水路を見つめて思案する。


(いけそう…だめだめっ!戻るわよ…はぁ…)


来た道を戻り再び草の脇を通り抜けて右側の通路を進むと、小柄なリースからすれば大きな草の塊が、左側の通路に乗り上がろうとしているのを見る。


(ただの草な訳ない…こんな場所にいる生き物ならきっと毒が…っ!)


見ていると、草はリースの足跡に反応しているのか、左側の奥へ向かっていく。


追われている…そう思うと震える身体を、魔爪杖を握る右手で抱えて静かに右折した。




緩やかに左へ曲ながら続く通路を進むと、だんだんと道幅が広くなる。暗い水路から何かが飛び出してくるのではと、不安になっていたので多少安堵した。


匂いは巻き貝が吸っているせいかそれほど酷くない。

しかし魔獣の匂いまで吸っているとは気付かないリース。

そしてシンと静まり返る地下水路は確実に精神を磨り減らし、緊張感も薄れてきていた。


――ヒュー~キッキッ!キィーキィー!!

「――っ!?いった!きゃー!」


リースは空を切る音が目の前まで迫らないと気付かず、突然の暗闇と額に鋭い痛みを覚えて悲鳴を上げる。


自身の頭より大きな黒い蝙蝠に襲われてパニックを起こすと、ランタンを振り回した拍子に魔爪杖を落としてしまう。


「ひぃ!いたっいたい!やめて!」


左手にガリガリという痛みが走り、ランタンまで落としてしまうと、伏せて頭を両腕で覆う。


(いたい!いたい!助けて!フラウさん!)


するとバシンという音と共に、バサッと目の前へ何かが落ちる音がした。


「だから言ったじゃない」


顔を上げると大きな黒い蝙蝠が床に落ちていて、上には脚を組んだ状態で浮遊するリザがリースを見下ろしていた。


「リザっ!リ――」

「――うるさいっ。魔獣が来るわよ…こんな低級も倒せないで何をしようと言うの?私が来なければあんたは痛みで気を失って、後でゆっくり血を吸われて死んでたわ」

「…え?」


気付けば額の左側から血が流れて目に入りそうになっている。拭った左手も甲に無数の傷があり、手首にかけて血だらけになっていた。

痛みも見た目以上にあり涙が溢れてくる。


「痛傷蝙蝠ペインバット。傷には魔法的に痛みを増加させる効果がある。早く治療しなさいよ」

「痛みをっ!?治療…」

「あんたまさか…薬とか持ってないの!?」


青い顔したリースにリザは持ち物を出させ、僅かにあった蜂蜜酒を掛けさせた。


一時アリエルに取り上げられたが、もうすぐ成人だと言って返してもらっていたのが幸いした。


「っ…まだ痛い」

「ちゃんと治すなら魔法薬じゃないと無理よ…なんで傷薬の一つも持ってないのに来るのよ」

「……」


リザにグチグチ言われつつ落としたランタンを拾うと、多少金属部分がへこんだだけで済み、魔爪杖は水路の縁ギリギリに留まっているのを見てリースは冷や汗をかいた。


「リザ、ありがとう…」

「…助かってから言うのね。今のあんたは迷宮を知る者から言えば死んだも同然よ?」


蝙蝠は消えずに残り、リザがしまえと言うので素直に従う。

触るとぶにゅっとして、しっとりした感じの気味の悪い蝙蝠には傷がなく、小さな牙にリースの血が付いているだけだった。

マジックバッグになっている薄桃色のふさふさしっぽに入れたい物ではなかったが、今はリザに従っていたいという気持ちが強かった。


「キャスは?」

「こんな危ない場所に連れてくる訳ないでしょ?あの…白い人の所にいるわよ」




泣きそうな顔でゆっくり進むリースと、少し先行して進むリザは、それ以降魔物に会うこともなく、大部屋の入口まで来る。中からは強烈な異臭がしており、リザも今までになく警戒していた。


「誰かいる…人…あれが?…人?」

「人なの?探索者?」


リザの整った顔には明らかな怯えが見え、リースの肩に止まると悲しそうな表情で頬を撫でる。他に道もなく進むしかないという。


「いざとなったらそれをちゃんと使いなさいよ?」

「…うん」

「その本も、頭が痛くなるからってあんまり使ってないでしょ?」


リザの指摘通り、エルゥスィスの本はあまり多用していない。禁啓言語に触れると頭痛が起きるからだ。


「…ふぅ…よし。行きます」


暗い部屋の中へ入ると、正面には血みどろの巨大な爬虫類の頭があり、飛び出した目玉がリースを捉え、開かれた口は今にも丸呑みにされそうな感じだった。


あまりにショックな光景に絶句し後退ると、部屋全体が見えてくる。その頭の先には山のように積まれた魔物や魔獣の死骸があり、どれも滅茶苦茶で、とても素材を欲しがる探索者の手によるものとは思えなかった。


――キンッ、キンッ――


つい最近、何処かで聞いた音に横を見ると、真っ暗な中に赤い小さな光りが灯る。静寂に包まれた大部屋で、金縛りにあったように動けないリースは、暫くの間ただただ赤い光りを見つめていた。


「――フゥ~…本当に来るとわね。あの男の勝ちか」

「……」

「赤い髪に赤い瞳――フゥ~…―――か―――も念入りな事で」


リースにはその声が男であるか、女であるかの区別がつかず、また若いのか、年寄りなのかもわからなかった。


「…いつまでそんな所にいるの?」

「っ…」

「パメラちゃん。助けに来たんだっけ?」

「――っ!?」


声を掛けられる度に身体が自然とびくついてしまう。

赤い光りが少し高くなり、ゆっくりと近づいてくる。

どうやら何かに座っていたようで、徐々にランタンの明かりの範囲に入ってきた。


息の詰まるような空気が場を包み、頬に触れているリザの手が震えているのか、自身が震えているのかわからない。

だた頭の中に危険を知らせる早鐘が鳴り響く。




その相手は変わった靴を履いていた。

カラン、カランと乾いた音の独特な足音がする。白い靴下らしき物を履き、紺に銀糸を合わせた紐が二本、変な形の木の板に留めてあった。


服はササネが着ていた着物と同じ物か、黒に赤い綺麗な花が刺繍してあり、ルーティが羽織っていたものと同じだが、やや濃い紫色の羽織りを肩に掛けていた。


「――フゥ~…ん~?ずいぶんと傷だらけじゃないか。ここらは粗方片付けておいたんだけどね」


目の前まで来た相手はリースの頭や左手の傷を見て、意外そうな声で話す。左手にはカーマイン達が楽しそうに吸っていた煙管を持ち、吸うと赤い光りが強くなって口から色煙を吹く。


「あ…あ…」

「それにしても…あの男の筋書き通りとは――フゥ~……実に…気に入らない!」

「――っ!!」


急にリースの顔を覗き込んできた相手は、切れ長の黒い瞳をした綺麗な女性だったが、狂気に歪んだ様な表情をしていた。


その瞬間リザが頬をつねりハッとしたリースは、魔爪杖を突き出そうとして、あっさり取り上げられてしまう。


「おや?珍しい物を持っているねぇ」

「っ!?あ…か…かぇし…」

「…ふん…まぁいいだろう。ここまでにしておこうかね」


急に張り詰めていた空気が解け、その相手は魔爪杖をリースに放って返すと、カランカランと軽い音をさせながら奥へ向かっていく。


「どうしたんだい?早くついておいで。助けに行くんだろう?」

「え?…あ、あの」

「フフフ…ちょっと試しただけさ。来ないなら置いてくよ?」


明かりもつけず真っ暗闇に消えていくその相手に、呆然とするリースだったが、リザに頬を叩かれ、ついていくよう言われた。


「なんだかわからないけど殺気はなくなったわ!追いかけて!助けにいくんでしょ?」

「――!」


慌てて走り出すリース。

後には夥しい数の死骸の山だけが残った。

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