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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
9/169

フラウ視点

8


永遠とも思える時を過ごした。

安らぎは不安へ。望みは恐れへ。

友と無数の言葉を交わし。

決意した――


日の光が届かないほど鬱蒼と生い茂った森の中で目覚めた。

辺りは薄暗く静まり返っている。つい先程までの事が思い出せず、徐に手で顔を覆い自身について考える。だが何も考えられなかった。


ただただ急がなければという強い思いがあるだけ。体の内側から突き上げてくるような激しい焦燥感。

はじめて感じた強い感情に戸惑いながらも、再び辺りを見回した。


(なにか…あるな)


そして足元に薄汚れた鞄が落ちているのを見つけると、自身の中の何かがこれは重要な物だと知らせている。鞄を拾うとまだ乾いていない赤い血がベッタリと付いていた。

それを見た瞬間、自然と前へ駆け出した。


木々の合間を風の様に走り抜ける。

周囲の景色が高速で背後へ流れ、新たな世界の情報が吹きつけるように迫る。

僅かに早まる鼓動。上昇する体温。力強く踏み出した足に感じる確かな大地。

草木の匂いに混じって血の匂いがした。


不思議とこの世界の大まかな情報や、自身の能力、身につけている物が何か理解する。

ただ今は目の前の不安の元を払うだけ。

鎧に意識を向けると力が流れ、無地の鎧には雪の結晶模様が浮かび上がり、周囲の気温を急激に下げていく。今少し離れている獣を視界に捉え、次の手を思案する。


左手の籠手。その手首の内側に付いている小さな蒼い宝石を一瞥し、脳裏に浮かんだ目的の物を取り出す。

左手に現れた小型のボウガンを握りしめ、正面に捉えた獣に狙いを定めた。


引き金に指を添えると、自身の中から何かが抜けていく感覚を覚える。

ボウガンには高密度に圧縮された風の矢が生成され、引き金を引けばヒュンヒュンと風を切る音を残して発射されていく。


ボウガンとは思えないほどの連射性能。そして引き金に指を添えただけで所持者の魔力を自動で引き出し、瞬く間に魔法の矢を作り出す。

神話級の魔法武器――魔弩ガトリングボウガン。

風の矢は指向性でもあるかのように、獣の左胸と左脇腹目掛けて曲線を描き突き刺さる。


(…浅い)

「ガァ!?ギァーゥ!」


血が吹き出し暴れ始めた獣へと瞬時に間合いを詰める。頭の中でボウガンを納めるイメージをしつつ、右手で左腰に差した剣を抜き放った。

まだ剣の間合いの外にいる獣の首を下から掬い上げるように振り抜く。その瞬間刀身からは光が溢れ、長大な刀身を形作り、首を何の抵抗もなく切り落とした。

そのまま走り抜け、倒れる音を背後に聞きながら光の収まった剣を鞘に納める。

まさに一瞬、風の如く現れ魔狼の命を刈り取った。




振り返ると目の前の足元には、血だらけの少女がグッタリとして倒れている。

顔は真っ青で左肩からは大量の血が流れだし、腕を赤く染めていた。


(まだ間に合う)


少女の側で片膝をつき、手をかざして回復をイメージする。あたたかな光が少女を照らすと、傷は癒えて強張っていた表情が和らぐ。


「あ、ありがと…っ!」


少女は立ち上がろうとしてバランスを崩す。倒れ込むのを咄嗟に抱き寄せて支えた。


(―――!!)


少女と密接に触れ合うと、身体の内側から激しい感情が沸き上がる。

覚えのないどこか遠い記憶、思いにフラウは泣いた。


少女を救えた喜びに震え、自身の奥で何かが薄れていく悲しみに泣いた。

頭ではわかっていても泣き止めず、少女が必死にあやしてくれる。


(この思いは…いったい…)


落ち着きを取り戻し、じっとその少女の顔を覗き込む。少女は何かを言いたそうではあったが、とりあえず外套で包み込み、体力の回復を促した。


この外套はあらゆる病や穢れを祓い、体力を回復させる力がある。

表は草花の冠を戴いた乙女が祈りを捧げる意匠が、裏には美しい角と鬣をもつ一角の幻獣ユニコーンの意匠がそれぞれ刺繍してある、神話級の魔法の外套――無垢なる乙女だ。


その効果は絶大で、みるみる顔には赤みが差していき、身体に付いていた泥や血は空に溶けるように消えていく。

改めて見てみると服はボロボロではあるが、汚れは綺麗さっぱり落ちている。

ただサイズが合ってないのか袖丈には余裕があり、小柄な少女に見えた。


「これに覚えは?」


先程拾った物を見せると、驚いた顔をして鞄に飛びつき中身を確認している。


(死にかかっていたのに…元気な子だ)

「ありがとうございます!ありがとうございますっ!」


少女は本を抱きしめ何度も頭を下げる。命より大事な物なのだろうか、不思議に思っているとまたオロオロしている。そのまま動かず反応を見ていると、堪えられなくなったか、少女は問いかけてくる。


「っ!…あ、あの私はリースと言います、お名前をお聞きしてもいいでしょうか?」


(名前?私は…私の名前…)


何も思い出せないことに不思議と不安はなかった。


(ゆっくりでいい、まだ始まったばかりだ)

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