討伐開始
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食堂ではカーマイン達が魔獣討伐の打ち合わせをしていた。
魔の森の魔獣に詳しいアリエルが中心となり、伯爵家の騎士達が黙って話を聞く。今までやる気を感じられなかった二人の騎士も、命に関わる事には真剣な様で、従者がよそ見をしていれば殴りつけ、話に集中させていた。
そんな伯爵家の様子を窺っていたカーマインは不安を抱く。
(騎士の実力は高そうだが…従者は素人も同然だな。若いのに至っては震えてさえいる)
「警備兵の話だと、東の渡し場周辺の魔獣は数が減っているらしい。だがその先の湿地には多頭蛇ヒドラが健在だ。中央は私達が請け負おう」
中州街には東西に三ヶ所ずつ渡し場があり、対岸にも粗末な家屋と桟橋の渡し場がある。北西の黒森から東寄りに弧を描いて南へ流れる川には、所々浅瀬がある為、魔獣達は流れが緩やかになっている場所に居着いてしまったようだ。
とりわけ街周辺に集まり人の往来を止めていたが、今朝には魔獣の数が減って、多頭蛇さえどうにかできれば突破できそうな状況になっていた。
「北東の渡し場周辺に集まる鉄蟹アイアンクラブを伯爵家に任せたい。無理をせず川の流れに乗って南下してくる魔獣の注意を逸らすだけでいい」
「足の遅い鉄蟹は渡し舟には追いつけない。弓や魔法などで距離を取れば安全だろう」
「それなら…できるだろう」
アリエルの指示に最初は渋い顔を見せた騎士達も、ミリアンの提案を受けて頷く。伯爵家の騎士二人はどちらも三十代後半の熟練騎士だ。
顎先にちょびっとだけ伸ばした髭を指で弄るのが癖なのだろうダントンは、穂先に炎を纏わせた槍を使い、剃るのが面倒になったのか、無精髭を生やしたデリックは振動する斧槍を使う…と事前の戦力把握に無理を言って聞き出した。
三十代前半のバーキン、ビンスに二十になったばかりのロランの従者三人は、初歩的な魔法しか使えず、槍や弓を使って騎士の補佐をするようだ。
「いやぁ皆さん。お忙しいところ失礼致します。飛び入りで参加したいという酔狂な…あ、いや失礼。人の役に立ちたいという素晴らしい心意気を持った方々が現れたので、お連れしました…ささっどうぞ」
仕事をするような格好に見えない、ゆったりとした服を着た街の代表が現れ、白いローブを着た二人の男と、その後ろにずいぶんと薄汚れている太った男を連れてくる。
太った男は頭にサークレットを嵌めており、憔悴した顔には不満を露にしていた。
「私達は神聖教国教会本部所属、シダンとレノマンと申します。この度は魔獣の驚異から街を救おうと立ち上がった方々がいるとお聞きしまして、微力ながら私達もお力添えしようと参りました」
「神聖教国…」
二人とも顔を薄手の白い布で覆っていて素顔はわからなかったが、体格はローブ越しでもわかるほどに筋骨隆々で、近接戦闘を好みそうな者達だった。
背後の男は罪を犯して本国に連行中だという。
「なぜわしが…」
「人々のお役に立てるのです。喜びなさい、ロメロ」
「罪の償いにはなりませんが、神々は常に見ておられます」
彼らは罪人組と南東の渡し場を受け持ち、ヒドラに次ぐ大きさの浮遊海月フライングジェリーを誘導する役目を負う。
「東は浅瀬に鎧鰐アーマーアリゲーターが三頭いる。舟で渡し場へ向かい陸から攻めたい所だが、ヒドラもいるので注意が必要だ。南は渡し場の家屋に浮遊海月が取り付いている。家屋の北側の浅瀬から攻められるだろう」
ミリアンが話終え、アリエルが纏める。
「…よし。作戦を確認する。北東渡し場を伯爵家が鉄蟹の誘導を、中央渡し場は私達公爵家が、南東渡し場を教会主導の元、浮遊海月の誘導をお願いする。主目的はヒドラ討伐。一体ずつ誘き寄せて倒す。北と南は無理に討ちに行かなくていい…代表は私達以外の舟を出さないようお願いしたい」
「え?あ、あぁわかりました」
冒険者が参加しないのは年末はゆっくり過ごしたいから…ではなく、魔の森から南下してきた強力な魔獣を少数で相手するというリスクを負いたくないからだ。
作戦通り順調に事が進み勝算が高くなると、後から助けに来たなどと言い、おこぼれに預かろうとする者達が現れる。戦況がよく理解できる者ならいいが、早まった行動をする者は作戦を台無しにし、余計な敵を誘うので、舟を出さないよう依頼したのだ。
打ち合わせが終わるとすぐにも出発となり、各自装備を取りに部屋へ戻る。ケージランタンを手に暴れていたリースへ出歩かないよう言い付けたカーマインは、予め買い足しておいた魔法石を確認し、短杖を懐へしまった。
東側の渡し場へ来ると四隻の渡し舟があり、伯爵家、公爵家、教会監督官、罪人組と分かれるようだ。
先に来ていたアリエルが近づいてきて小声で話す。
「教会の監督官達は戦わないらしい…もう一人は西から来た殺人罪の男の見張りだそうだ」
「どうもどうも。この度は災難で…こいつはろくでもねぇ奴ですが、腕は立つのでお力になれますよ。罪人達には死ぬまで持ち場を死守するよう命じておきますんで、安心してくださいな」
気味が悪い笑みを浮かべた小男がやって来ると、左目に眼帯をした男を紹介する。ブロンと言う四十代位の男は首輪をしており、ボロい布の服に小さなハチェットを腰に差しているだけの、軽装と言っても無理がある装備だった。
話せないのか鋭い視線を向けてくるだけで、小男に棒で叩かれながら罪人組の渡し舟へ戻っていった。
(ただの罪人には見えないが…他の二人は見たまんまの悪党でわかりやすい)
弓矢を背負った盗賊風のベセルは、迷宮で同業者狩りの手引きをしていた男で、傍らにいる熊のような男ボルポは戦槌を担いでいた。
どちらもいやらしい目付きで見物人の女達を見ていたが、小男に話かけられると急に舟の準備を始める。ブロンと同じ首輪をしていて、命令には抵抗出来ないようだ。
「これより魔獣討伐を開始する!出発!」
四隻の渡し舟はそれぞれの持ち場へ向けて進み出す。大勢の見物人から声援が上がるが、そのほとんどが嘲りを多分に含む笑い声だった。
流れに逆らって向かう事になる北と中央へは、水の魔法を使えるビンスとミリアンが舟を加速させていく。南へ向かう監督官と罪人組の二隻は、川の流れに乗って出過ぎないようベセルと小男が舵を取っていた。
カーマインは先日購入した品を確認しつつ、倒すべき敵を確認する。川の対岸、渡し場の南側にある浅瀬には渡し舟に匹敵する大きさの鎧鰐が、晴れた空の下で寝ていて、その先の湿地帯には手負いの大きなヒドラが見えた。
遠く南の渡し場では、家屋に覆い被さる浮遊海月が大きなキノコに見える。
「私が鎧鰐を誘導してきます。ミリアンとカーマインさんで倒してください。アリエルさんはヒドラを警戒していてください」
「わかった。だが回復の魔法を受けれる範囲で行動するようにな」
渡し場に近づくと急に警告を発するササネに、ミリアンが魔槍を、アリエルがボウガンを構える。
「リバーサーペント!桟橋の下です!」
「私にお任せを!」
桟橋の下からは川の水が保護色となる透明水蛇がスルスルと泳ぎ出て来る。舟に達する直前、ミリアンが魔槍の切っ先を水面につけると、水蛇はブルッと震えて川から飛び上がった。
すかさずボウガンの引き金に指を掛けるアリエルだったが、急速に失われていく魔力に一瞬意識が遠退く。風の矢が立て続けに撃ち出されると、隠密性は高いが柔い水蛇は、頭の付け根を大きく弾けさせた。
「アリエル!?そのボウガンを多用するな。いくら妖精種のエルフでもその消費量は危険だ!」
「…わかってる。鎧鰐が来るぞ!」
水音に引かれたのか、鎧鰐は都合がいいことに一頭だけ近づいて来ていた。
北東の渡し場へ向かった伯爵家は、南側の浅瀬に四メートル近い大きさの鈍く光る鉄色の蟹を見て舌打ちをした。
「つがいだと…子蟹が三匹。どうする?デリック」
「やるしかないだろう?ここで引けは中央の争う音に引かれ子蟹が向かっていく。そうなれば親蟹も動くぞ。それに…如何なる理由があろうと、領主様は敵前逃亡を許さないだろう」
「くそっ!バーキン!ビンス!子蟹が動き出したら殺れ!ロランは舟を座礁させるなよ!」
対岸にいる親蟹は寝ているのか静かで、まだ小さな子蟹達は忙しなく動き回り、ダントン達に気付くと鋏を振りかざして威嚇し始めた。
バーキンらが注意を惹き付けている間に、ダントンとデリックは渡し場を回り込み親蟹の背後を取ると、子蟹の出方を窺う。
南の罪人組は、浮遊海月の大きさに二の足を踏んでいた。
家屋の屋根にでもなったつもりか、海月自体は微動だにせず、十メートルを軽く越える長さの触腕だけがユラユラと揺れている。
「ちくしょう…なんで俺がこんな目に…」
「なぜわしがこんな奴らと…」
「ぐだぐだ言っても無駄だ!俺らに選択肢はねぇ!」
「……!」
まだまだ先にいる浮遊海月ばかりに注意を払っていたベセルが舟の操舵を誤り、川から僅かに顔を覗かせていた岩へ座礁させる。
「ばっかやろう!なにやっ――!?」
「――っ!?岩じゃないぞ!?」
岩だと思っていた物が徐々にせり上がって舟を転覆させると、二つの赤い光りを発する岩にしか見えない頭が顕になった。
「ロックタートル!?」
「ぶはっ!ぐぼぁ!?泳げっ!たすっ!」
ボルポが流されていくのを無視して、ベセルは浅瀬まで泳ぎつき、六人乗りの渡し舟より大きな岩亀が、水飛沫を上げて舟にのし掛かり、沈没させるのを呆然と見る。
ブロンはロメロにしがみつかれ溺れかけるが、素早く腕の関節を極めて動きを制限すると、仕方なしに浅瀬まで連れていく。
「ブッハハハッ!バカな奴らだ。さっそく余計な相手を起こしやがった!」
「……」
小男は愉快そうに笑い、教会の監督官達は無反応にロメロだけを見つめていた。




