計画的犯行
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「そうか…シャルロットから聞いたか」
「復讐なんでしょうか?」
翌朝、日が昇る前には起きていたらしいフラウとカーマインに、シャルロットから聞いた話をする。
アリエルは目覚めた時には出掛けていて、オリヴィア達が到着していないかを、渡し場へ確認しに向かったらしい。
フラウは話に興味がないのか、日課になりつつあるリースの髪弄りをするが不満顔で、その理由が石鹸のせいでリース自身の匂いがしないからだという。
秘密結社やローズ公爵家の話をする際、カーマインはひどく苛立たしげに聞いていた。
「…貴族社会ではよくある事だ。ローズ公爵家に利用され騙されたからといって、私達の母を不幸にし、犯罪組織に与していい訳がない」
「…そうですね」
「それより魔力操作の訓練をしよう。朝食後では時間がないからな。私達が出ている間はシャルロット達とこの部屋にいるんだぞ」
リースを取られたフラウはベッドの背もたれに寄り掛かると、サイドテーブル上のケージランタンの格子から指を入れ、飛び回るリザ達を相手に遊び始める。ピクシー達はフラウに対しては大人しく、どこか怯えてさえいるようだ。
魔力操作の訓練に励んでいるとアリエルが戻り、渡し場で聞いた話をフラウへ報告する。
「オリヴィア達の安否は不明です…今朝方、西の渡し場で一泊していた商隊が来たそうで、道中争った形跡が北の黒森まで続いていたそうです。あの怪物は森には入らないですから、まだ希望はあるかと思います」
「…よし。見つかるかわからないが探してみよう」
と言ってフラウは左手首の、蒼い宝石が嵌まった腕輪を見つめる。すると左手の中に青水晶の筒が瞬時に現れて、カーマインが驚く。
「マジックボックス…」
「聖霊様、それは?」
「遠見の水晶鏡。ただ覗いたのでは適当な場所が映るだけだが、行った事のある場所であれば、特定して見ることができる。アリエル、黒森を通った事があるなら、これを使って探してみるんだ」
アリエルは大袈裟に感激した後、水晶鏡を受け取り覗いてみるが、南部山脈の麓を東西に広がる黒森は深く、同じような場所が続くので、オリヴィア達の姿どころか魔物の姿も見つからなかった。
「それは預ける。それと魔獣退治に出掛けるらしいな?これを…無理はしないように」
フラウは愛用の魔弓を渡すと横になり、すぐに眠ってしまった。
「どんな夢を見てるのかな…」
(――リースを見てる。いつも…)
(っ!…フラウさん?)
一瞬、頭の中にフラウの声が直接聞こえ、念話で返してみるがそれっきりで、彼女の耳に銀の耳飾りがない事を確認したリースは、気のせいだと思い直す。
いつまでもボウガンに頬擦りしていて動かないアリエルを、カーマインが引っ張って朝食へ向かう。
食堂へ入ると奥にはルヴァルの護衛をしている、ゲールディナ伯爵家の騎士二人と、従者三人が二つのテーブルに分かれて食事を取っていた。
騎士二人はこちらを無視し、相変わらず怠そうにしながら軽食を取っている。従者三人の内、頬に青あざが残る二人はこちらを一瞥すると、わざと音をたてて食べ始めた。
「通路を塞いでいた奴らは罰を受けたようだな」
「あの様子だと行いを正す為というよりは、もっとうまくやれってところだろう」
初めて見る三人目の従者はまだ若く、身体も痩せていて、見るからに雑用を押し付けられていそうな感じの、パッとしない青年だった。
そんな彼らをチラ見してから昨日の失態を反省し、パンに野菜などの軽い朝食を選ぶ。カーマイン達も同じくらいの量で、これから魔獣退治に向かうのにお腹が空かないのか聞くと、腹を満たして戦いに赴くのは賢明ではないと言う。
「身体が重くなるし集中力に影響する。普段よりは少なめがいいんだ」
席に着くと間もなくシャルロット達もやって来て、食事を始める。シャルロットとパメラは魔法学園の新学生服姿で、ササネは変わらず着物姿のままだ。
ミリアンは青髪とお揃いの青みを帯びた金属鎧に、白の甲冑マントを纏っている。昨日の夕食と違い、パンにスープだけという質素な朝食だった。
「ゲールディナ伯爵家には話しておきました。それと街の代表からも、三人ほど協力を得られるそうです」
最後の方は声が小さくなり、浮かない顔をするササネ。
その様子にカーマインは視線でミリアンへ問う。
「どうやら罪人の様です。この戦いに参加することで減刑され、死罪を免れるとか」
今朝、西から来た商隊に連れられた男は殺人罪で、この街の地下迷宮で同業者狩りをしていた男二人を合わせて、三人とも死刑らしい。
七都市連合で認められていない死刑がこの街ではある事に驚き、ここが連合と南大壁国の微妙な立ち位置にある事を再認識した。
「…今は朝食を楽しみましょう。パメラいつものように鍋ごと持って来て良いのですよ?」
「――!?そんな事しません!ひどいです!」
話の間、野菜スープを黙々と食べ続けていたパメラの尊い犠牲により、暗い雰囲気になりかけていた場に笑いが生まれる。朝食を終えるとアリエルとカーマインは打ち合わせがあると言って、ミリアン達と共に残った。
シャルロットとパメラを部屋へ招き入れ、食堂から持ち出したお菓子と紅茶を用意していると、リザ達が飯をよこせと騒ぎ始める。
「はいはい悪かったわよ。ちゃんと持ってきたわ。ちょっと出すのが遅くなっただけじゃない」
「はぁ?また肉?あんたじゃないんだから肉ばかり食べる訳ないでしょ?」
「――!?そっそうだそうだ!もっとうまいもん持ってこい!豚土竜!」
「ぐっ!このっ…」
キャスは喜んで受け取っていたが、リザが不満を漏らすと一緒になって暴言を吐き始め、怒ったリースがランタンを揺する。
「まぁまぁ…ほらクッキーですよ」
「いらないわよ!お菓子で食事を済ませてたら、どっかの誰かさんみたくなっちゃうわ」
「誰かって誰よ!?」
パメラが差し出したクッキーを拒否し、リースの腹回りを一瞥してから口元を吊り上げたリザ。
旅に出てから馬車で過ごす時間が増え、食事は味の濃いものがほとんど。昨日の夕食の事もあり、密かに気にしていた体型を指摘されてリースは憤る。
ランタンの蓋を開けようとするが、なぜか開かず、振り回しているとカーマインが戻ってきた。
「何をしてる?…私達は討伐に行くから、部屋から出るなよ?」
「あっあの!大丈夫なんですか?魔の森の魔獣はそこらの魔獣より強力だと聞きました。その上同数以上を相手にするなんて…」
「一匹ずつ誘き出して狩るから大丈夫だ。それと先程街の代表が来て話を聞いたが、数が減っているらしい。人数も増えたし二、三日で片付くだろう」
カーマインは急いでいるようで、自身の荷物を取ると足早に出て行く。丘の村での恐怖が思い返され不安になると、シャルロットが気遣ってくれた。
「大丈夫ですよ。ミリアン達魔法王国の騎士は皆、最低でも魔法士課程を卒業した魔法騎士なんです。特にミリアンは水の魔法を得意としてますから」
「ゲールディナ伯爵家は実力主義の貴族だと聞きます。その騎士達は帝国との戦争で数々の功績を上げたとか」
パメラの話と食堂にいたやる気のなさそうな騎士達を比較し笑うと、丁度いい機会だとゲールディナ伯爵家について聞いてみる。
するとルヴァルは妾が産んだ三男になるらしく、嫡男ボルナフの行方不明に次男は魔法才能がなく、心労から病を患った正妻は死去して、急遽魔法才能があったルヴァルが次期当主候補になったという。
今年度中に魔素儀式を終えたいのも、ゲールディナ伯爵の弟、ルヴァルからすれば叔父に対する牽制なのだとか。
「次男のジェナスが魔法を使えないとわかると、伯爵家は追放したらしいです。ただ人望はあったようで、嫡男の横暴に耐えかねた者が何名か、共に領地を出ていったと噂で聞きました」
「ボルナフは創作魔法が使えて、将来を期待されていたらしいですね。ただ魔法至上主義な王国の風潮に当てられ、自己中心的な考えを持ち、伯爵家は手を焼いていたとか…行方不明になると領民達は喜んだようですよ」
「へぇ…嫌な奴なんですね」
半眼になって言うリースに、二人は不思議そうな顔をし、その後はお茶会をして過ごした。
暫くすると、いつもルヴァルの背後にいた初老の執事がやって来て、パメラの親戚という者が階下まで来ていると話す。
「おじさんが?」
「ええ、大事な用事があると言っておりました。すぐそこの非常階段のところです」
「どうしよう?部屋から出るなと言われているのに…おじさんに来てもらえませんか?」
「私もそうお願いしたのですが、大きな荷物を持ってきているようで、来てほしいと…」
「…非常階段までなら直ぐですし、行ってきます」
パメラがそう言うとシャルロットはついていくと言い、迷ったリースも一緒に向かうことにする。その際、執事はなぜか安堵した顔をし、ルヴァルの元へ戻っていった。
部屋を出る際、ピクシー達にフラウと共にお留守番をお願いしようとしたが、二人とも妖精界に行っているのか見当たらなかった。
廊下を進み食堂への扉に着くと、反対の外側、男性浴場の前ではローブ姿の二人の男と支配人がいた。
一人は床に置いたバッグを漁り、もう一人は支配人と話をしていて、故障した噴水風呂を修理しに来たようだ。
「――でいつになるかね?」
「そうですねぇ…」
その脇を通り抜け様とした時、顎に手をやり話をしていた男がリース達を一瞥する。その際、男の手首に毒々しい色をした荊の腕輪が見えた。
「…今だ!」
合図を受けたもう一人が何かを床に叩きつけると、煙が周囲に満ちて何も見えなくなる。誰かの短い悲鳴と支配人の叫び声が重なり、誰かが駆けていく足音とガラスの割れる音がした。
「シャルロット!?パメラ!?」
「リースさん!私はここです!パメラが!」
煙が引いてくると床に倒れた支配人と、すぐ側にシャルロットがいたが、パメラの姿はなかった。
食堂側の扉からは使用人が出て来て悲鳴を上げ、遠くから数人の足音が近づいてくる。
「パメラが拐われました!」
「拐われた!?」
シャルロットは泣きそうになりながらも男達がいない事と、男性浴場の奥のガラス扉が割れている事を指摘する。
リースはシャルロットの手をしっかり握って浴場内に立ち入ると、ガラス片に紫の血痕を発見した。
「紫の、血?」
風呂場へ続く左のガラス扉は開いており、脱衣所の床には気味の悪いことに人の顔の皮が落ちていた。
中央にあったはずの噴水が僅かに移動して、下には人が通れそうな斜めに空いた穴があった。
「壊れたんじゃない!これは計画的な誘拐だわ!」
「支配人が私を庇って、代わりにパメラを…リースさんどうしよう!?」
「――っ!」
その時シャルロットの姿が以前アニィが拐われた際の自分自身に見えて、レイジの気持ちを知った。
つい先程まで側にいた者が突然いなくなる恐怖、不安、更に判断を迫られて吐き気がする。
(ごめんなさい…)
「私が後を追います!シャルロットは部屋へ戻って!」
「そんなっ!?私も――」
「ダメよ!相手の狙いはあなたなんでしょ!?」
大人しかったリースの思いがけない気迫にシャルロットは怯え、何度も振り返りつつも戻っていく。
(部屋から出なければっ!また判断を間違えた…私がやらなきゃ)
「ほんとバカな娘ね…あんたが行く必要はないでしょ?」
「――!リザ…必要あるわ!見捨てられない!それに…人に強いておきながら自分は逃げるなんてできない!」
「…あいつらは魔法使いよ?夜中からごそごそと何かやっていたからキャスと見てた。質の悪い魔法使い…今度はエルフの助けはいないわよ?」
リースは外套をマジックバッグから出して穴の入口に敷いて座ると、リザと目を合わせる。
「フラウさんを守って――」
暗く先の見えない穴へ、半ば落ちる勢いに滑落していく。




