羽根と玉子
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リース達は白塔二階の商業層に辿り着く。
螺旋階段のある円形広間には、商人には見えない冒険者や一般人もいて、様々な物を路上販売していた。
広間から通路へ繋がる出入り口は広く設けられており、他の階よりも遥かに明るい通路は、左右の店がはみ出していたり、人が立ち止まっていたりして混んでいた。
「人が多いですね…帰らないのかな?」
「夜間に活動する人もいますし、商業層はいつもこんな感じですよ」
ササネはここで生活していた時期があるらしく、パメラの知り合いの商店へ行くまでの間、色々と聞かせてくれる。
扱っている物のほとんどは一般的な生活用品ではなく、冒険者の必需品や迷宮産の品、他国からの輸入品が多い。
塔の地下に広がる迷宮は珍しい魔道具を出す事で有名で、魔物はよく武装し、魔石ではなく素材を残すそうだ。
輸入は自由民国からが最も多く、最近は嗜好品の流通が多いという。
話の途中、自由民国の品を扱う商店の前を通りかかると、ササネは色柄の綺麗な筒を取り上げてリース達に見せてくる。
端のガラス窓から中を覗くと、キラキラ光る何かが中に散りばめられており、筒を回すと変化する綺麗な模様に感嘆の吐息が漏れた。
「うわぁ~♪綺麗ですね!」
「万華鏡と言います。若い女性に人気なんですよ」
「…欲しいなら買おうか?」
少し緊張した面持ちのカーマインが、そう言いながら反応を窺ってくる。急な申し出に始めは真意がわからないでいたが、彼女が姉らしい事をしたいのだろうと察したリースは、お礼を言ってお願いする。
「あぁ、もちろんだ。店主――」
「ふふ…仲がよろしいですね」
「シャルロットさんは兄弟は?」
シャルロットはさん付けは不要と前置きしてから、兄と姉がいるという。姉と言う際に少し間が空いたような気もしたが、顔を見る限り笑顔のままだった。
そこへ両手に木箱を持ったカーマインが戻ってくる。
「店主が咥えている物が気になってな。煙管と言うらしい」
長方形の木箱から取り出した物は笛のような物で、先端の金具部分が上を向いていた。
それを見てササネは微笑むと、着物の衿元から似た物を取り出してみせ、後で使い方を教えるという。
皆の視線が逸れている間に、リースは万華鏡の入った箱をこそこそとマジックバッグへ入れていたが、じっと見ていたシャルロットと目が合うと、お互いにぎこちない笑顔を浮かべて目を逸らした。
狭い通路を何度か曲がって奥まったところまで来ると、振り返ったパメラが両手を広げて皆に示す。
「ここが私の親戚が経営している魔道具店です。扱っている魔法石の種類ならこの街一番ですよ!」
袋小路には左右をガラスの壁で塞ぎ、中央の入口を厚手の布で覆っただけの店があり、ガラス越しに日常生活でよく使う魔道具が数種類並んでいるのが見えた。
他の店のように店先まで品が溢れるような事もなく、客の姿もない寂れた感じに戸惑うリース。
「…ここ?」
「あはは…開業資金に余裕がなかったようで、場所取りや内装にお金を費やせなかったみたいです」
少し恥ずかしそうなパメラに続いて中へ入ると、足元には木箱が重ねてあり、その上のガラスケースには魔道具のランタンや時を知らせる鐘、方位を知る磁針盤など冒険者の必需品が並んでいた。
奥はさらに曇りガラスの壁で仕切られており、目を凝らすと狭い部屋には幾つもの棚が並んでいるのが見えた。
パメラが奥へ声を掛けると、恰幅のいいおじさんが狭い通路を無理して出てくる。
「おぉ、パメラちゃんどうした?」
「おじさん、魔法石見せて」
パメラは中州街に着いてから既に数回訪れているらしく、気軽に奥の棚を漁り始める。おじさんは棚からオススメのセットを選び見せてくるが、水が流れ出す石や熱を発する石など一般的な物だった。
カーマインに魔爪杖を見せてやるよう言われ、外套の内から出すと、おじさんは見せてくれと言いながら取り上げるように持っていく。
「こいつは驚いた!魔爪杖じゃないか!こんな高価な物をどこで…いやいや待てよ?これはもしや…今一番合う物を持って来よう!」
興奮するおじさんは店の奥の、更に奥へ入っていき、代わりにパメラが箱を持って出て来る。
「この羽根ペンは学園で人気なんですよ。この地で出会った記念に交換しませんか?」
「さすが商家の娘!しっかり商売の手伝いをしていますね」
シャルロットに褒められて赤くなったパメラから、羽根ペンを受け取り光りに翳すリース。美しい羽根は光りに当てると、芯から羽根先へ向かって波打つように煌めく。
「綺麗…」
「他にも沢山あるので見てください」
羽根や色は種類あるようで、三人で棚の箱を開けていく。
「極楽鳥の羽根ペンは魔法王国内では品薄なのに、沢山ありますね」
「本当は秘密なんですけど…新たな生息地が見つかったみたいですよ。南部にはまだまだ未開拓地が沢山ありますから」
赤や青はもちろん、紫や桃色に金色などまである様々な色の羽根から、リース達はそれぞれ気に入った物を選ぶ。
リースは靴と同じ赤から黄色へと移り変わる羽根を選び、シャルロットは傾けると空のように青色から茜色へ変わる羽根を、パメラは川に光が反射し煌めくような翠の羽根を選んだ。
戻ってきたおじさんに払った代金はなかなかのもので、魔法石を買うお金があるか、リースは内心不安に思う。
リースはシャルロットに、シャルロットはパメラに贈り、パメラからは翠の羽根ペンを貰った。
「魔法石は種類が沢山あって、合う物と合わない物があるんだよ。うちには色々とあるから見ていきなさい」
ちょっぴり自慢気なおじさんがお盆に載せてきた物は、見たことある物から全く違う物まであった。
大きさは片手で包み込める物から、大人の拳くらいある物まであり、形も歪な物、棒状の物、真ん丸な玉、輪っかや多角形など様々だった。
更には表面に文字が彫られていたり、半透明で中に模様が浮かんでいる物まである。その種類の多さにリースは目を回した。
「こ、こんなに!?」
「ずいぶんと珍しい物まであるんだな。形成石は買えるかもしれないが、刻印魔法石や陣中魔法石は高くて買えないだろう?」
短杖を片手に後ろから近づいてきたカーマインが、高級魔法石を見ながら話す。
「あぁいやいや、後学の為に見せたのだよ。魔爪杖には…こちらだ!」
おじさんがお盆を引っ込めて代わりに取り出したのは半透明の玉子で、表面には文字がびっしりと彫刻され、中にはゆっくり回る魔法陣が浮かんでいた。
「なんだこれは?」
「フッフッフッ…知らないか?そうだろう、そうだろう。これは世界に二つとない、新作の魔法石――再充填式魔法石だ!」
「再充填?そんな物、学園でも王国でも聞いた事がないが?」
「うむ。つい最近ある筋から入荷したのだ…あ!ちゃんとした物だから安心しなさい」
カーマインが怪しむ中、どちらにしてもお金に余裕のないリースは断るが、おじさんは条件を出して勧めてくる。
「魔素儀式に向かうのだろう?なら帰りにもう一度この街へ寄るだろうから、使い勝手の良し悪しを聞かせておくれ」
迷っているとカーマインがリースの肩に手を置き頷くので、了承し使い方を聞きつつ玉子型魔法石を受け取る。カーマインは他にも数個の魔法石と手に持っていた短杖を購入し店を出た。
おじさんに見送られた後、一階層に続く螺旋階段の前まで来る。道中キャスが玉子型魔法石まで欲しがり騒いだが、さすがにリザが止めてくれた。
だがその理由が得体のしれない物に対する警戒心からで、最初にリースに使わせてから奪おうと話しているのを聞いて、一瞬でもリザに好感を持った自身にイライラする。横で聞いていたパメラはリザ達の自由な言動に驚いていた。
「だいぶ自由なピクシーですね…」
「他でピクシーを見たことがあるの?」
「ありますよ。魔法王国の魔法使いは従魔を持つのは当たり前と考える方もいますから」
シャルロットの話を聞いたリザ達の反応は睨み殺す勢いで、仕方なく外套の下にケージランタンを入れて落ち着かせる。
「魔法王国にいるピクシーは北部のピクシーだ。南部とは違い好戦的で、追い払ってもすぐ人里に戻って来ては妖魔特有の能力で人を襲う」
「ピクシーにも種類があるんですね…特有の能力ってなんですか?」
「さっき螺旋階段でやられたろう?突然足をすくわれていた。賢者達は異能と呼んでいる、魔法以外の何かだ」
螺旋階段では冒険者の姿が極端に増え、これから地下の迷宮に向かう者、傷つき帰っていく者がいて、その間を通り階段を下りながらカーマインは話す。
妖魔のゴブリンが小柄ながら鍛えた大人の男と拮抗する程の力を持つのは、異能のせいだと言う。オークの繁殖力やオーガの生命力、トロルの不死性、ピクシーなら念じる事で影響を与える力などだ。
「だか妖魔だけと決まった訳ではない。人には心気と呼ばれる力を使う者がいるだろう?」
「あっ院長先生も使えますよ」
「剣聖モルトか…会って見たかっ――」
「「えっ!?リースさんあの竜撃の剣士の知り合いなんですか!?」」
後ろを静かについてきていたシャルロット達が騒ぎ、周りの冒険者達の視線が集まる。ただでさえ目立つ一行は足早に降りきり、一階層の冒険者ギルド前に着く。
「院長先生…孤児院の院長です。北では有名人らしいですが…」
「有名も何も、子供に聞かせる物語もありますし、飛竜の群れの被害から救われた村には木像もありましたよ!?」
「私も幼少の頃、家に招いた吟遊詩人から聞きました。ある迷宮で異変が起きた時には、溢れ返る魔獣の群れを薙ぎ払い、一晩で迷宮主を討ち倒したとか」
「――え…えー!?」
カーマインやササネも普通に知っているようで、モルトの別の一面に驚くリース。そこへアリエル達がやってきた。
リース達は一通り用事を済ませ、後は従魔の証を貰うだけだと話すと、アリエル達は暗い顔をして冒険者の勧誘は出来なかったと首を振る。
「どいつもこいつも年内は飲んで騒いで過ごすと言うのだ。今迷宮に潜っている者達も、安全な浅い層で体が鈍らない程度にしているだけらしい」
「ギルドには街から依頼が出ていましたが、緊急性の低い白紙に書かれていましたよ。報酬額も割りに合わないものです」
アリエルは九人で一体ずつ誘きだし倒すしかないと話し、時間のかかる方法にミリアンは明日からでも始めようと決めた。
冒険者ギルドは塔の中央に位置し、広い円形広間には全方位に入口がある。受付も円になっており、多数の窓口には冒険者達が並ぶ。シャルロット達に待っていてもらい、カーマインと共に空いている受付に向かう。
「いらっしゃいませ。ギルドカードを」
「あ、いえ、私はまだ十四歳なので…」
「…なにかようですか?」
未成年と知ると急に面倒そうに話す受付の男へ、カーマインが代わりにギルドカードを出すと、ビクッとして姿勢を正し頭を下げる。
返却される際、チラリと見えた銀色のカードにはルビーの欠片が付いており、補足欄には枠いっぱいまで何かが書かれていた。
「失礼しました…本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ…じゅ、従魔の証を貰いに来ました」
「畏まりました…はい。従魔はどちらにいますか?」
リースが外套の下からケージランタンを出すと、ピクシー達は寝袋に潜り込んでいて姿が見えない。
「ちょっと。出てきてよ」
「……」
「…えっとピクシーです。二…匹?」
「匹ってなによ!虫じゃないわ!」
「ばっか!ばっか!」
リザ達が騒ぐのを半眼で見ながら、受付の男の話を聞く。
「――になります。以上を踏まえた上で従魔登録をしますか?…はい。承りました…では証ですが魔法印にしますか?証票を付けますか?」
魔法印とは何かを聞くと、従魔の身体に魔法による焼き印を付ける事で、証票と違い外れないという。それを聞いてリースは紐状の証票を選んだ。
受付カウンター上では話を聞いていたリザ達が怒り、ピーピーと騒ぐので注目を集めてしまう。
「もう!いちいち騒がないでよ!」
「うるさい!バカ娘!私達に何かしてみなさい。只じゃおかないわ!」
「…以上で従魔登録を終わります。くれぐれも従魔に人を襲わせないようにしてください。その責任は所有者になりますので」
さっさとケージランタンを担ぎ、外套の下に入れてシャルロット達の元に戻る。
「よし。やり残しはないな…八時過ぎか。思ったより時間がかかってしまったな」
「塔の中は常に明るいので、時間の感覚が鈍りますね。さぁ戻りましょう」
ミリアンの先導で塔外周を回ると壁の一角に警備兵が立っている。シャルロットが公爵家の印を見せると、隠し扉を開けて通してくれた。
四層に上がると一旦部屋に戻り、荷物を置いてから食堂へ向かう。少し暗めの広間には四人掛けのテーブルが点々と並び、先に来ていたシャルロット達がリースに向かって控えめに手を振っている。
入口からテーブル席へ向かう迄には、料理が並ぶ長テーブルがあり、前を行くカーマインに習って好きな物を取っていく。だがシャルロット達のテーブル隣に来ると、自身の欲深さに恥ずかしくなり俯いた。
リースが選んだ料理は普段、滅多に食べれない高級なお肉を使ったふんわりキッシュとコロコロステーキを選び、野菜は少なめ、果物の代わりにクッキーのお菓子と果物ケーキが二つもあり、バランスは悪く量も多かった。
それに対しシャルロット達は茸のリゾットと色とりどりの野菜が入ったスープ、魚の蒸し焼きに果物数種で、いずれも少量だった。
どちらかと言うと、見た目に反して大食いだったミリアンの食事内容に近く、僅かな慰めにとチラ見したササネやカーマインも大人しい内容だ。
アリエルに至ってはエルフであり、既に知っているので見なかった。と言うよりも肉料理の前であれこれ迷っていると睨まれたので、目を合わせない様にしていた。
(も〜っ!今すぐベッドに潜りたい!私のバカバカッ!)
席に着くと少し離れたテーブルにはルヴァルが一人で座っていて、その傍に執事が控えている事に気付く。リース達を完全に無視しており、僅かな食事を静かに終えると帰っていった。
(あのボルナフの弟なのよね?…ぜんぜん似てない)
食事が始まるとリースはやけ食い気味に食べ始めた。
その様子にカーマインは呆然とし、気分が悪くなったのか、胸を擦っていて食事は進まない。
我慢ならなかったのか、アリエルは自身が選んだ野菜をリースの皿に分けて、野菜を食べろと口煩く言った。
腹が膨れていっぱいいっぱいのリースは、今や青い顔をしており、残す二つのケーキをマジックバッグに入れようとして、カーマインから拳骨を喰らう。
アリエルは野菜を食べないリースに呆れ返り、食事が終わると先に浴場へ向かってしまう。気分を害したのかと気にしていると、エルフは人より低温の湯を好むから、一緒に入らないのだろうとカーマインが教えてくれた。
代わりに食事を終えていたシャルロット達がケーキを一つずつ選び、テーブルの空いている椅子に座った。
学園や迷宮都市の話をしつつ何とか食べきると、ササネが用意してくれた紅茶を飲みながら涙ぐむ。
(なんて良い子達なの…ランタンの中身を捨てて入れ替えてしまいたい)
結局隠していたコロコロステーキの幾つかは、リザ達への土産となり、喜んで食べていた。
しかし手掴みで食べるキャスはベトベトになり、浴場へ向かうリースは連れて行く事にした。




