魔法学園の生徒
84
日も沈み夜になると小雨から本降りになった屋外は、厚い雲に覆われて月明かりもなく、酒場や商店の明かりを頼りに一つ二つの人影を見掛けるのみになる。
街の外れにある廃屋同然の建物からも、明かりが僅かに漏れていたが、気にする者はいなかった。
「魔物の群れを誘導し足止めには成功したが、まさかエルフが合流するとは…」
「たった一人だろう?問題ない。予定通り対象を確保して迷宮へ向かうぞ?」
「決行は奴等が出払ってからだ。ギルド職員の買収は完了しているか?」
白い修道服を着た男達が、薄暗い室内で顔を突き合わせている。ガタがきているボロボロなテーブル上には何処かの見取り図があり、羊皮紙を押さえる紫色の手は干からびたように骨と皮のみで、手首には荊の腕輪をしていた。
「奴等は信用出来るのか?」
「この旅が終われば後がないのだ。必ずやる」
部屋から見上げる白い塔は、複数ある窓から光りが漏れていて、その周辺のみ昼のように明るい。
男は手首に嵌めていた荊を掴みグルリと捻ると、皮膚と同じ紫色した血が滲み出し、すぐにも荊が血を吸って毒々しい色に染まる。痛みを感じていないようで、フードから覗く男の目は濁っていた。
リース達は白塔内部の円形広間に入ると、壁際に遥か高みにまで続く螺旋階段が見えてげんなりする。しかしミリアンはそちらの階段には向かわず、中央の精緻な月と魔法陣が描かれた床へ案内した。
「旧文明の昇降機か。豪勢だな」
「みなさん乗ってください」
全員が魔法陣の内側へ入った事を確認したササネが床の一部を踏む。するとその陣の輪郭に合わせて床板がゆっくりと上昇を始めた。
リースは驚きと違和感から僅かにバランスを崩したが、カーマインに手を取ってもらい中央へ引き寄せられた。
「あ、ありがとうございます」
「動き始めの感覚が変だろう?」
笑いかけてくるカーマインが正面の壁を指差すと、等間隔に空いたアーチ状の大きな窓が上から下へ流れていき、外の様子が垣間見えた。
今までに経験のない高さまで上がっている事に、リースは膝が震え始めてカーマインの腕にすがり付く。
「大丈夫ですよ。この昇降機は事故防止機能もありますから」
「あ…はい」
俯くリースの背中に触れながら、シャルロットが顔を覗き込む。緩やかにウェーブがかかった髪が流れ、輝いているかのように煌めき、おっとりした綺麗な目にきめの細かい肌は、思わず触れたくなる程だった。
「今の私は魔法学園の一学生です。お気軽にお話しください。その服は…学園の旧学生服ですね?」
「迷宮都市の孤児院から来ました」
「なるほど…魔素儀式を受けれる程の魔法才能をエルフの方に見込まれたのですね」
「いえ…そんなことは…」
話題を変えようと学生服の話をすると、彼女は友人が新しい学生服を着ているはずなので見せてもらえると話し、自身は街の代表に魔物討伐を依頼しに行った帰りでドレス姿なのだと言った。
「あの代表はダメですね…仕事は全て部下に丸投げ。街の周辺状況も理解していなかった。興味があるのは自由民国から伝わってくる娯楽ですか…」
「ギルドも迷宮にしか目を向けていません。街の戦力はあてにならないかも…」
ミリアンとササネが肩を落とすと、シャルロットは冒険者達一人一人に、直に交渉する事も考えようと提案する。
昇降機は結構な高さまで上昇したが、窓から見える景色は雨雲により暗くて見えない。壁の螺旋階段は途中で途切れ、ここから上には昇降機か、別の場所にある階段からしか上がれないそうだ。
「この塔は魔法王国からの多大な技術支援で再建されたそうです。昔は賢者も住まう塔だった様ですが、南大壁国との争いの最中、人の欲に嫌気がさして去ってしまったと聞きました」
シャルロットは悠長に話しているが、天井が近づくにつれリースは焦りが募る。しかし昇降機は緩やかに減速していき、一階層手前で停まると、周囲の壁から円盤に向かい床がせり出してきた。
「最上階の下、四層になります。塔は五層に分かれ、下から冒険者ギルド。各商店が入る商業層。一般宿泊層。高級宿泊層になり最上階は管理層で立ち入りできません」
床を恐る恐る渡り、窓と同じく扉のないアーチ状の入口へ向かう途中、ササネが階層の説明をしてくれる。管理層には街の代表や役員達がいるが許可がなくては入れず、高級宿泊層は各国の上流階級の出資により、貴族専用にされていた。
一般人の立ち入りは三層までで、不規則に配置された螺旋階段は、攻め込まれた際の対策であり、ちょっとした迷宮のようになっているという。
商業層には二十を越える様々な商会が入っていて、店は一日中何処かしら開いているらしい。
冒険者ギルドは一階層を丸々治めているが、半分以上は地下迷宮の異変対策に当てられているそうだ。
「後で一緒に見て回りましょう」
「は、はい…」
「ふふ…大人しい方なんですね」
飾り気のない入口の先は、急に高級宿の佇まいとなっていた。
「「お帰りなさいませ、シャルロット様」」
天井は高く、吊るされた水晶のシャンデリアが眩しい玄関ホールには、高級そうな絵画が飾られた壁に、床は赤い絨毯が敷き詰められ、モコモコしていて歩きにくい。
正面の受付には口髭のある壮年の紳士と、キリッとした若い女性がいる。物語の本でよくある設定の人物達に、リースは口元が緩む。
「急な話で申し訳ないのですが、私の友人に部屋をお願いできますか?」
シャルロットはリース達をチラリと見た後にそう伝える。
「はい、畏まりました」
即答した若い女性は名簿へ名前を記載し、素早く手続きを済ませる。その後フラウを抱えるアリエルとササネを連れて、右側の緩やかに曲がりながら続く廊下を進んでいく。
リース達もついていこうとすると、口髭の紳士がシャルロットを呼び止めた。
「実は…」
「――パメラ?どうしたの?」
「シャルロット様…」
紳士が視線で示す方を見ると、カウンターの左側にはガラスのテーブルや椅子が並ぶ休憩所があり、窓際には一人の少女がいた。
「シャルロット様をお見送りしてからお部屋へ向かわれた様ですが…お連れの方々がいて、戻れずにいるようです」
「ごめんなさい。嫌な思いをさせて…」
「いいえ!私なら大丈夫です。シャルロット様がお気になさらなくても…」
その場の全員に見つめられ縮こまる娘を紹介される。
ボブカットの金髪は緑がかり、薄い金の瞳は貴族の特徴を表している。左目の下から目尻に掛けて、特徴的な青い痣があった。
服装は紺のブレザーに白のブラウス、胸元には赤いリボンをして、同じく赤のチェックスカートを革ベルトで留め、黒革の靴を履いている。彼女が今回魔素儀式に向かう同級生二人の内の一人パメラで、魔法王国の商家の娘だそうだ。
もう一人の伯爵家の少年からは度々、嫌がらせを受けているらしい。
「ルヴァルは貴族意識が強く、彼女がここに泊まることに反対しているのです」
「私は下の層でも大丈――」
「一緒に戻りましょう」
シャルロットは有無も言わさずパメラの手を取ると右へ続く廊下を進む。左側に大きな両開きの扉がある場所に来ると、二人の男が何をするでもなくボーッとしていた。
先頭のミリアンに気付くと顔を見合わせ、わざとらしく世間話を始めるが、次にシャルロットに連れられたパメラを見ると廊下を進んでいき、右側の扉に入っていった。
「みっともない奴等だな。子供の嫌がらせに加担するなど」
「仕える家のご子息の命令ですから…」
「違いますよ。あいつらも楽しんでる。私の部下なら死ぬほど鍛え直してやりますが…」
カーマインが呆れるとパメラは従者二人の肩を持ち、ミリアンは扉を睨み付けながら奥へ進む。
途中、再び大きな扉が左側に見えてくると、ミリアンが階段や食堂、厨房に使用人室等がある場所に続いていると言い、向かいの右側は男性用浴場があると話す。
そこからだいぶ距離を空けて受付にいた女性が待つ部屋に到着する。中を覗くと扇状の広々とした部屋には大きなテーブルと椅子、壁に姿見の鏡やクローゼット、高級時計まであった。
床はふかふかの絨毯で天井にはシャンデリア、奥には革張りのソファとアーチ状の窓にはカーテンがしてある。入口すぐの左側は段階的に高くなっていき、一番奥にベッドが並ぶ。
そこにあるどれもが高級品で、リースは絨毯の上を必要以上には歩き回らず、磨き上げられた家具には触ろうとしなかった。
「うわぁ…広いですね。こんな部屋初めてです」
「わたしもです。落ち着かなくって…」
リースの言葉にパメラも同意する。外套を衣装掛けに吊るしていると、受付嬢が部屋以外の食堂や浴場の利用案内を始めた。
食事は朝夕六時からと昼十二時からで、三時間利用できると言いながら部屋の高級時計を示し、食堂に並ぶ様々な料理は好きなだけ選んで食べていいそうだ。
その他廊下をさらに進むと女性用の浴場があり、自由に入っていいと話す。伝える事は全て話したのか、受付嬢は一礼して出ていった。
「好きなだけ…お風呂…すごい」
「すごく広いですよ♪」
「後で一緒に入りましょう♪」
シャルロットに一緒に入ろうと笑顔で言われるが、ドキッとしたリースは顔を真っ赤にして目をそらす。
横にいたカーマインはお風呂に入った経験があるようで、赤い顔で俯く姿に察してくれる。
「学園には大きな浴場があるが、慣れてない者には抵抗があるかもしれないな」
「あっごめんなさい。そうですよね」
「い、いえ…大丈夫です」
アリエルとササネが降りて来ると、テーブルを囲んで予定を決める。最初にフラウの事を話し不干渉を頼むと、シャルロットはあっさり了承した。
「あの方が特別な方なのは一目見てわかりました。私達から詮索しないとお約束致します」
「すまないな…よし。夕食は八時からにして魔物討伐の勧誘をしてみよう。魔物の正体はわかっているのか?」
ミリアンは鎧鰐や鉄蟹、浮遊海月と陸にはヒドラの目撃情報があると話す。
「ヒドラ!?ヒドラの生息地はもっと東の山間部のはず…」
「水棲魔物の相手だけでも大変なのに、ヒドラも出てくれば難しいかもしれないな」
ここで悩んでいてもしょうがないと、アリエルとミリアンはギルドに勧誘に向かう事にし、リース達は商業階層に買い物に出掛ける事にする。
その際に蒼鋼のナイフの話題が出ると、ミリアンが興味を示し買い取りたいという。さっそく出来た資金を元に魔法石の相場をカーマインに聞いていると、今度はパメラが知り合いの商店を紹介してくれるといった。
それぞれが立ち上がると、床に置いていたケージランタンが揺れて、シャルロット達がピクシーに気付く。
「わぁ~ピクシーですね。もう従魔を持っているなんてすごいです!」
パメラの言葉を聞いたリザ達はピーピーと抗議し始め、慌ててリースは否定する。するとシャルロットが従魔の証がない妖魔を自由にしていると、奪われるか最悪殺されてしまうと言い、帰りにギルドで証を貰う事になった。
部屋を出るとシャルロットやパメラと同年代の、少し痩せ気味の少年と出会う。
まさに貴族然とした姿で、灰色の髪と濃褐色の目、高級そうな服を着て腕組みをしている。背後には初老の執事と軽装の騎士が二人、廊下の左右を怠そうに立ちながら見張っていた。
少年はミリアンが出ていくと強張った顔をし、アリエルが続くと困惑した表情を見せる。ササネ、パメラには顎を上げ、見下した様な目をするが、シャルロットが続くと目をそらし、カーマインに至ってはビクリと反応した後一歩後退り、最後にリースが出て行くと、その服をじろじろ見た後で一番良い顔をした。
「ルヴァル君…こんばんは。どうしたの?」
「いえ。街の代表との会談の結果が気になり、お話を聞ければと…こちらの方々は?」
シャルロットが多少面倒そうに紹介する。
「――でこちらがリースさんです。彼がゲールディナ伯爵家のルヴァル君です」
(――ゲールディナ?…あっ!)
聞き覚えのある家名に、小人里で会ったボルナフを思い出す。急に視線を反らしたリースに、怪訝な表情をするルヴァルだったが、シャルロットの話しに適当に相づちを打つ。
パメラの件を聞かれると面倒そうに知らないと言い、後で確認すると話を切り上げ、逆にリースの魔素儀式を受ける資格を問う。
「あなたは魔法の教育をどれくらい受けていますか?あぁその前に、魔法ギルドをご存じですか?」
「…」
「私達は急いでいるので失礼しますね」
公爵家には頭が上がらないようで、シャルロットがそう言って一歩前へ踏み出すと引き下がるが、リースが背負っていたケージランタンの中にピクシーを見つけると、再び話し掛けてきた。
「ピクシー?魔法の知識もないのに?従魔の証もない…扱いを知らないなら買い取りますよ。今の相場は?」
「ピクシーなら金貨――」
「売りません!」
勝手に話を進めるルヴァルと執事に突き放すように言うと、露骨に顔を顰め何か言い返そうとする。だがカーマインがリースの背後に立つと顔を反らしてそのまま帰っていった。
「君が嫌がらせを受けるのは貴族ではないからと言うより、その髪と目の色に嫉妬しての事か?」
カーマインの推測にパメラは俯くだけで否定しない。
「ごめんなさい…ご不快な思いを…」
「いいえ!大丈夫ですよ」
シャルロットが頭を下げようとするのを止めるが、担がれたケージランタンの中ではリザ達がご立腹で、リースの髪をぐいぐいと引っ張りながら文句を言っていた。
昇降機で降りるアリエル達と別れ、階段の位置を覚える為にも、歩きで二層を目指すリース達。
廊下に出て塔の中心側にある扉を開けると、迷路のような通路があり、少し進めば明るい高級料理店が見えてくる。中からは楽しそうに談笑する声が聞こえ、忙しそうに歩き回る使用人とすれ違う。
使用人達は急に現れては通路の影に入ると消えてしまうので、リースが不思議に思っていると、ササネが使用人は目立たないよう隠し通路を通っていると教えてくれた。
入り組んだ通路の突き当たりにある、傾斜の急な階段へ向かう。
「部屋からはこの階段が一番近いですが、もっと大きな階段が反対側にあります。改装をしたと言っても元々は避難所兼砦だったので、多少不便な所もあります」
「迷いそうですね…」
壁に手をつきながら急な階段を下ると、明るくて広い、賑やかな場所へ出る。一般宿泊層は高級宿泊層より人の姿が多く見られ、狭く感じる通路を進む。
宿は複数あるようで、様々な看板が天井から吊るされている。ガラス張りのちょっと値の張りそうな宿や、木目が暖かい感じを与える宿、石壁がむき出しな安宿などがあった。
出入りする者は、商人や冒険者の他、裕福そうな子連れの一家などがいるようだ。
塔の端に面し繁盛している宿の脇、大きな螺旋階段前に着く。壁には照明があり明るいのだが、階段には手摺もなく、中央の吹き抜けから下を覗くとけっこうな高さが窺える。
「三層から下は螺旋階段になります。稀に中央の吹き抜けから落ちる者もいると聞きますので、お気を付けください」
「リース、壁際を歩け。危ないぞ」
「だっ大丈夫ですよ」
下を覗き込んだ際の高さに腰が引け、多少ふらふらしながら降りていくと、心配したカーマインに手を繋がれる。
だが年下のシャルロット達の視線が気になり嫌がっていると、急に足下が滑って落ちそうになった。
怒ったカーマインからコツンと拳骨が落ちると、シャルロット達の忍び笑いに重なり、背中からケラケラ嗤うピクシー達の声がする。
何をされたか理解したリースは、段差を降りる際に跳ねるように身体を揺すり、ケージランタン内から聞こえるピクシー達の鳴く声に満足するが、さらに怒ったカーマインからゴツンと拳骨が落ちて涙目になった。
一段一段の幅が広く段差が高い石の螺旋階段を下り終えると、夜にも関わらず沢山の人が路上販売をしている階段下の広間に着く。
円形広間の壁の一面が大きな入口となる商業層は、昼の様な明るさと賑わいがある、一つの街の様だった。




