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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
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帝国からの一団

78


昼前、雲が緩やかに流れる青空の下、南部山脈の西側に位置する峠を、北上する四つの人影がある。

先頭を走るのはエルフの男エルトゥスと、続く男女二人のエルフ、その後ろをフードを深く被ったカーマインが続く。


「もう一体いると、確かに言ったのだな!?」

「あぁ言っていた。冒険者風の格好をしていたが、帝国兵だと思う」

「国に仕える兵士が幻獣の誘拐とはな!妖精種代表の我らエルフと交わした誓いを忘れたか!?」

「誓いを立てたのは魔法王国の前身、西人国だ。帝国は魔法王国と仲が悪いからな、不可侵の誓いも軽視しているのだろう」


昔、大陸の西側から移民してきた人種の先人達は、エルフより魔素と魔法に関する知識を授かる際、幾つかの誓いを立てた。その中には幻獣の扱いの取り決めもあり、今回の幻獣誘拐はそれに反するものだった。


「老賢者会とかいう集まりもたいしたことないな。やはり天人様が直に会するまでもないと思わないか?」

「今は一刻を争います。先を急ぎましょう」


カーマインと並走する隣の男エルフが嫌味を言うが、女エルフが諌めて先を急ぐ。


急勾配の坂を下り峠を抜けると、開けた場所に出る。北東へ向かって緩やかに曲がった道の左側には森が広がり、反対側の崖下には流れの速い渓流が北へ続いていた。


「――います!」


女エルフの警告に従い森へ注意を向けたカーマインは、奥から争うような音を耳にする。


「金属同士を打ち合わせる音…そう遠くはないな」

「獣臭がする。散れ」


エルトゥスの合図を受けて、エルフ達は散開して森の中へ消えていく。


(森の中をエルフについて行くなんて無謀だな…ん?)


森の外周を移動していくと切り倒された木の跡があり、近くで車輪の痕跡を発見する。その時、藪から気配を感じたカーマインが杖を構えると、四足の獣が飛び出してきた。


「ハウンド…いや、コボルトか!」


杖を軽く振って、立ち回れる空間を確認する。

後続がいないか一瞥すると、森の奥ではコボルトの群れと争う男達が、矢を受けて倒れていくのが見えた。


駆けて来る赤い目をしたコボルトは、ゴブリン並みの体格をしており、口には粗末ながらも金属製の歪なナイフを咥えている。反時計回りに距離を詰めてくると、カーマインの左手側からナイフを手に飛び掛かった。


それに対し左足を軸に、半回転しながら杖を振るい、ナイフを握る手を砕いてやり過ごす。


「ギャウ!!」

「それっ!もう一つ!」


コボルトの背後から杖の尖端で首を貫くと倒れた。


「金属製のナイフ…奴らが近くにいるのか?」


杖を払い前を見ると、手負いの帝国兵が逃げていき、その後をコボルトが追っていく。


すぐ横の木の上に女エルフが現れて、商人風の者はなかったと告げる。


「近くに隠れ家があるはずだ。いこう」


カーマインは車輪の痕跡を杖で指し示し、早足に後を追う。




森の中を進んでいくと、意外な事に崖を利用した木造の建物があった。それは即席の砦のようで、屋上には見張りの姿がある。


身を低くしたカーマインは、木の影に身を潜めるエルトゥス達と合流した。


「生き残りは建物の中へ入った。少なくとも三人はいる」


辺りをよく見てみると、眉間に矢を受けたコボルトの死体があり、少し離れた位置の木にも刺さっていた。


「ここは帝国領なのか?」

「すまない。この辺りの地理には明るくないんだ」

「俺が様子を見てきます」


そう言って立ち上がった男エルフは、何事かを呟きながら木々の間を通っていく。その姿は忽然と消え、足音もしなくなった。


少しの間、静寂が訪れる。だが急な違和感を覚えると、見張り場にいた一人の弓士が素早く矢を放ち、右側から呻く声がした。


「探知の魔法か!下がれ!」


木の影に現れた男エルフの肩には矢が刺さっていて、ひどく出血していた。


「くっ!風の守りを越えてきた…中には五人。見張りを含めて七人だ」

「治療をしてやってくれ。相手に魔法使いか、探知の魔道具がある。あの弓士は侮れない…カーマインと言ったな。魔法で見張り場の二人を倒せるか?」

「もちろん可能だ」


自信たっぷりに返事をしたカーマインは、砦までだいぶ距離があるにも関わらず、杖を正面に構えて詠唱を始める。

戸惑うエルトゥス達を他所に、カーマインの頭上には豆粒程の火が生まれ、徐々に火勢が増していく。


「これは…不死鳥!?そんなはずは…」


小さな火種は今や炎へ変わり、鳥の姿を形作る。異変に気付いた弓士が弓に矢をつがえる中、カーマインは勢いよく杖を振り上げた。


翼を広げると三メートルを越える炎の鳥が急上昇していき、砦の真上から見張り場を急襲する。


茫然とする二人の弓士は一瞬にして高温の炎に包まれ、柵を越えて地面に落ちる。瞬く間に二階部分が燃え上がり、多数の怒声と悲鳴を上げながら、門から飛び出してきた。


「や、やり過ぎだ!」

「大丈夫だ。私の不死鳥は灰に還す相手を選ぶ」

「――!?」


不死鳥とは幻獣の一種で、カーマインが学生時代に編み出した創作魔法だ。


その言葉通り、砦二階を激しく燃え上がらせた炎は唐突に掻き消え、見張り場だけが黒く炭化し崩れる様子が見えた。


エルトゥス達が砦に急接近し、飛び出してきた五人の男達と対峙する。しかし商人はおらず、隊長らしき男が剣を抜いて叫ぶ。


「殺せ!生かして帰すな!」


エルトゥス達が細身の剣を抜き、今にも刃を交えようとした時、突如、騎馬兵の一団がなだれ込み周囲を駆け回る。


「なにっ!?」

「人の増援か!?」


八騎の騎馬兵はカーマイン達のみならず、男達をも取り囲み、手にする槍を突き付けた。


すぐ後から帝国の旗印を掲げる四騎の騎馬が現れ、先頭の黄金の騎士が手を上げると、騎馬兵達が槍を引く。


「そこまでだ!皆武器を収めよ。これ以上争うなら私、ミランダ・ガーネットが相手になろう!」

「…ミランダ様が戦う必要はありませんよ。もう終わっています」

「…わ、わかってるわよ」


現れた女性二人の後ろには旗手の少年と退役間近な老騎士がいる。


名乗った女性は見るからに高貴な家の令嬢だとわかる美しい容姿をしていて、歳は十代後半の金髪金目、琥珀のような透明感がある全身鎧を着ていた。


全体的に丸みがあり一瞬、金色のスライムにでも呑み込まれているかのようだ。


(ガーネット…帝国の四宝公爵家がなぜここに…)


隣の女性は軽装に弓を持ち、腰に短杖を差していて、無表情に男達を見つめている。ミランダは男達より自身と同じ金髪の、尖った耳をしたエルトゥス達が気にしている。


「――エルフ?なぜ帝国領に?」

「ミランダ様、ここは帝国領ではありません。先程緩衝地帯に入りました」

「え?あ、あぁ…そうだったわね。えぇっと…」


急にオロオロするミランダに、業を煮やしたエルトゥスが話し始める。


「我々は禍精霊対策班の者だ。訳あってそこの者達を追って妖精里から来た」

「禍精霊…懐かしいですな。帝国がエルフの方々と不仲になってからは領内に妖精種を見掛けなくなり、地方では禍精霊の被害が拡大しているとか…」

「おまえ達が我らの同胞を捕らえ、奴隷にしたからだろ!」


老騎士に食って掛かる男エルフを諌めるエルトゥス。

水色の髪をした女性が男達を睨みつけながら話を戻す。


「今はその事を話す時ではありません…おまえ達。見たところ帝国の者だな?ここで何をしている?」


男達は何も話さず挙動不審で、逃げる隙を窺っているかのようだ。


「…仕方ない。無力化してあの建物へ。エルフの方々、申し訳ありませんが事情を窺っても?」


エルトゥスの話を聞いた四人は驚き、事の重大さに慌てた様子のミランダ。


「ど、どどどうしよう、リアナ…幻獣とか聞いてないわよ?迷宮都市に行って、ちょっと話を聞いてくるだけじゃないの?」

「ミランダ様、落ち着いてください。とりあえずあの建物を調べましょう」

「いやいい。我々だけで調べさせてくれ。精霊の導きに人は妨げになる」

「あ…っ!い、いいだろう。では皆はそこの男達から事情を聞き出すのだ!」

「はいはい姫様。お任せあれ~」

「南楽平野からここまで急行してきてお疲れでしょう。茶を入れますよ」


騎馬兵達は砕けた口調で答える。

南楽平野は広大な領土を持つ帝国の南部域を指し、方位とその地域の特長、楽団を合わせて呼ばれていた。


周りを囲んでいた騎馬兵達はかなりの高齢で、凛々しく指示を出すミランダを娘か孫のように微笑ましく見ている。だが古参の従士らしく、男達を引き立てる際には力強さがあり、槍を持つ手もしっかりしていた。


「あなたは…人種のようですね?何者です?」

「私は魔法王国登録の冒険者、カーマインだ」

「――!…そ、そうですか」


リアナと呼ばれた女性はカーマインが魔法王国と言うと、挙動不審になり、急に話を切り上げてミランダの元へ向かう。


(なんだ?リアナ?リアーナ…いや知らないな。なぜ警戒する?)


「魔法王国からと言われると、ここへ来る途中、迷宮都市を通られたかな?街で起きた事件や変わった人が現れたなど、何か知らないだろうか?」


考え事をしていると、黒髪に白髪が混じる老騎士が尋ねてくる。騎馬兵達は皆、革の軽装だが老騎士だけは年季の入った金属の全身鎧で、通常の大剣よりも大きい、板のような幅広大剣を担いでいた。


「依頼を終わらせて、すぐ街を出たので何も…ただここで遭遇したコボルトが金属のナイフを所持していた。奴らが近くにいるかもしれない」


実際は貴族殺害事件や禍罪大迷宮の侵攻など知っていたが、話が長くなりそうなのでとぼけ、先程から気になっている事を話す。


「なに!?ヴーグが…情報感謝する」


妖魔の中には好戦的で魔族に支配されてもされなくても、人や妖精種を襲う危険な輩がいる。ヴーグはドワーフに似た姿をしていて、厄介なのは鍛冶技術がある点だ。


最初こそ粗末な物だが、時が経てば人の技に迫り、実用性ある武具を作り出して魔物や人に仇なす妖魔に配り始める。現れる時は大概近くに妖魔か魔物の集落がある場合が多い。


目の前の少年兵は、ただでさえ凶暴な妖魔や魔物が武装すると聞き、不安そうに辺りを見回す。


(老騎士はお嬢様でなく、少年の側を離れないようだ…金髪に金目…西人国の王家の血の流れを強く顕す若者が二人も…いろいろありそうだ)




砦の入口から商人が叩き出され、そのあとをエルトゥス達が出てくる。男エルフは布に包まれた何かを背負っており、無事発見されたようだ。


「この男が半地下の部屋に隠れていた。幻獣の子は無事ではないが保護した…我々は行かせてもらうぞ?」

「わかった。男達は厳しく取り調べたのち――」

「――極刑をもって罰してくれればいい」


エルトゥス達は足早に立ち去り、峠に向かう。


「――ふぅ。エルフを初めて見たわ。それに初めてガーネットの名を出しても動じない人…エルフに会った」

「それは良かったですね。と言う私も初めてです。とても美しい方々でした」

「ルシウス、あなたも初めてよね?どう思った?」

「え!?ぼ、僕は…お嬢様方の方が、綺麗だと、思います」

「あら、お世辞が上手になったわね。以前は口ごもって何を言っているのかわからなかったのに」


ミランダがルシウスと呼んだ少年兵をからかうと、騎馬兵達が笑いだし、老騎士が二人の内、より美しいのはどちらかと問えば、ルシウスは顔を真っ赤にして馬の世話に向かう。


「あなたはあの魔法使いと何を話していたの、ユウヤ?」

「いえ、大したことは話していませんよ」


老騎士の首には変わった布製のお守りが下げられており、懐かしむように触っていた。




カーマイン達が峠まで戻ると、オリヴィア達は未だに待機していて、予定では先に里へ向ったはずだと不審に思う。

慎重に近づいていくと、突然オリヴィア達の背後に巨大な獣が現れてカーマイン達は驚く。


「な、ナイトメアシープの親か…」

「エルトゥス…子は?戻ったなら解放して…」


青い顔したオリヴィア達は、張り付けにされたように動かず、震える声で問う。


エルトゥスの背後にいた男エルフが背負う、布に包まれた幻獣の子を見せると、ひどい傷だらけでぐったりとしていた。


ナイトメアシープの親は見るからに怒っており、鼻息荒く足踏みを始めると大地は激しく揺れ始め、エルトゥス達が青ざめる。


「子供はまだ無事だ!里へ行こう!お前達は知っているのだろう?聖霊様がいると!」


カーマインの言葉に、ナイトメアシープの親は徐々に落ち着きを取り戻す。


峠に戻る前、幻獣の子の様子から親は許さないだろうとエルトゥスに問えば、里には聖霊様と呼ばれる存在がいると言う。聖霊に関しては魔法学園の魔導師課程で少し習う神話の存在だ。


エルトゥスが伝えるはずだったのだが、対峙したナイトメアシープの親は三メートルを越える体躯をしており、恐怖に声が出なかった。


親は子と違い二足で立ち、肩から胸、背中全体に金色の毛並みが広がっている。


オリヴィアの頭に乗せられた前足は大きく、少し力を入れるだけで、その細い首は折れてしまいそうだった。


逆に子供はモコモコした純白の、羊の姿をしている。

親の足元にもう一匹の子が現れ、親が抱え上げると、エルトゥスからもう一匹も受け取り、両腕に抱えて妖精里を目指して歩いていき、途中から霞んで消えていく。


「――す、すまない。私が伝えるはずが…」

「それより急ごう。もし治療出来なかったら不味いだろう?」


カーマインの言葉に顔を曇らせるオリヴィア達は、最後に見たフラウの姿に不安になり、里へ急ぐ。


(やれやれ。最初はどうやってエルフ達に近づこうか悩んだが、なんとかなりそうだな。後はリースを探さないと…)




夕方には里へ戻り、アリエルと引き合わされるカーマイン。

アリエルは幻獣救出の礼を言うが、赤髪や赤目の特長だけではリースの姉とは信じられず、リースの母の出自を知るという女性をどう扱うべきか悩む。


「リースの捜索は出せないのか?」

「裂目を下る事はできない…ただ、聖霊様が彼女は帰ると仰られている以上、私達は待つ予定だ」

「帰るって――」


そこへフラウに付き添っていたエルフが現れ、目覚めた事を伝えてくる。


「来てくれ。ただ聖霊様はお身体の具合が良くない。あまり時間を掛けないよう頼む」


アリエルに連れられてフラウの部屋を訪れると、壁には大きな影が映っており、フラウが横たわるベッド脇では、白い羊の子供が元気にじゃれ合っていた。


「あぁリース…ずいぶんと長い間冒険したのだな」

「――は?」

「ち、違いますっ!聖霊様!彼女はリースではありません」

「…そうだな。リースの目つきはこんなに悪くない」

「――なっ!?」

「…堪えてくれ。聖霊様は弱っておられるのだ」


白い衣を着たフラウは赤い髪に触れようと手を伸ばしたが、ムッとしていたカーマインは一歩下がって話を切り出す。


「あなたが聖霊か?ずいぶんとやつれているようだが…私はカーマイン。リースとは異母姉妹になる」

「フラウだ。幻獣の救出に協力してくれたそうだな。ありがとう」

「リースは帰ると聞いたが、どうしてわかる?」

「もう一人の私が囁くのだ。すぐそこまで来ていると…迎えに行こう」

「せ、聖霊様!?ご無理をなさらないでください!」


フラウはアリエルの静止を聞かずベッドから身を起こすと、しっかりとした足取りで歩きだす。壁に映るナイトメアシープの影がフラウを支えていた。


そのまま外へ出ると、すぐ目の前の広場には多数の人が集まり、中央付近には近づく事が出来なかった。


里の中心にある古びた井戸の周りには、たくさんの食材が並んでいる。その時、里の周辺の田畑が山吹色に輝きだし、風が吹けば美しい光の波が起こり、光の粒がユラユラと夜空へ上がっていく。


祭りの参加者達が一様に感嘆の声を上げる中、フラウの身体も淡く光り、青白かった顔に赤みが差した。


そして広場の中心を指差すと、目の前の人垣が自然と分かれ、井戸の前に辿り着いたフラウは、空を見上げて両手を広げる。


アリエル達には始めわからなかったが、そこには徐々に大きくなっていくリースがおり、フラウの元へ飛び込む。


「ただいま!フラウさん!」

「おかえり!リース!」


七色に輝く井戸から光の粒が吹き出すと、淡く光るモースの群れが食材の山をパパパッと次々に消していき、人々の目を釘付けにする。


「リース、よく戻った。心配したぞ」

「フラウさん…フ、ふぇ!?ちょ!やめっ――」

「――な!なにをしてる!?どこ触ってるんだ!」

「怪我がないか確認しているのだ。邪魔をするな」


髪の匂いを嗅ぐフラウに揉みくちゃにされるリース。

グレモスの髭を通して背負われた小さな鳥籠風ランタンは激しく揺れ、中ではピクシー達がピーピー鳴きながら転げ回っていた。


神話に聞く聖霊のまさかの行動にカーマインは止めに入るが、アリエル達は見て見ぬふりをした。

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