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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
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赤い髪の繋がり

77


「リースが落ちた!?ついさっきまで後ろから声がしていたが…」


時は遡り、アリエル達エルフ一行が、奈落の裂目に架かる橋の中程まで進んだ場面に戻る。


アリエルはリースがいなくなった事にまったく気付いておらず、後方の警戒に当たっていたエルトゥスが呼び止めた。


「突然馬車後部の窓から飛び出して裂目に…だが不自然な点もある。あの狭い窓からはいくら子供でも出られるはずがない。それに出た後も、真横へ向けて一回転しながら落ちていった。羽でも生えて飛べたとしても不自然な軌道だ」

「――魔法か?でも私達が気付かないとは思えないが…?」


アリエルが馬車内部を確認すると、後部の窓枠には霜が張り、半開きになっていた。


「これは…氷の精霊は何かに気付いて、窓を固定しようとしたようだ」

「聖霊様と同じく、だいぶ弱っているみたいだな」

「奈落の裂目に落ちた者はほとんど助からない。以前は妖精里のワーカーが連れ帰った事もあったが…まず里長と話そう」


アリエルは馬車を出発させて橋を渡り切ると、赤い髪の女性が対岸に現れ、裂目を覗き込む。


「リース…」


そのまま裂目に沿って北の山岳地に向かっていく。




フラウは夢を見ていた。

赤髪の少女が見知らぬ土地でさ迷い歩きながら泣いている。助けに行こうとしたが、身体は言うことを聞かず、代わりにすぐ隣から現れた白髪の少女が駆けていく。

少女は途中で立ち止まり、フラウの背後を指差すと、赤髪の少女ともども消えてしまった。


身体の自由が利くようになったフラウが振り返ると、そこには闇深い森が広がっていた。


森の中では大小様々な獣が列をなし、どこかへ向かっていく。それらが幻獣と呼ばれる、遥か太古から存在する獣だと記憶していた。


向かう先を見れば、黄金色に染まった田畑が美しい里が見える。しかし次の瞬間には森から真っ黒な手が伸びてきて、幻獣達を拐っていくと、辺り一面火の海となり、フラウは炎に呑み込まれた。




アリエル達が茜色に染まる田畑を越えて妖精里に到着すると、里は大いに賑わっており、馬車の進みは悪くなった。


「やはりこの時期は混むな…エルトゥス!里長の居場所を調べてくれ。オリヴィア!拠点に着き次第、あの方を寝所にお連れする」

「「はっ!」」


エルトゥスと数人が人混みの中へ消えていくと、里の様子を窺いながら進む。里は藁葺き屋根の平屋が多く、中央の広場から放射状に建ち並んでいた。


ほとんどが飲食店で、出入りしている者達はドワーフかその近縁種のハーフリング、それに混じって人や獣人が少数いた。酒好きなドワーフは、度々北西の鉱山都市から奈落の裂目の北端を迂回して、南部山脈沿いに仕入れに来ているのだ。


住んでいる者は大半がハーフリングで、見た目は人種に近いが背丈は人の半分程しかなく、目が幾分か大きい妖精種だ。働き者で陽気な彼ら彼女らは、種族の垣根を越えて人気者だった。


「麦の出来が年々悪くなってやがる。酒の質も量も不満だ!おーい!おかわり!」

「麦だけじゃない。全ての収穫が悪いらしい。大地の恵みが足りないんじゃないか?」


野外にまで設営された飲み屋のテーブルでは、ドワーフ達が浴びるように酒を飲み、ハーフリングの給仕が慌ただしく駆け回る。その近くを進む途中で、漏れ聞こえてきた話に、アリエルは疑問を持った。


(大地の恵みが?ここは天人様の加護があり、豊作を約束された場所のはずだ…祭事に何か変化が?)


前もって押さえておいた拠点へ到着したアリエル達は、護衛のエルフ達に後を任せ、オリヴィアと数名を連れてフラウを中へ運ぶ。


「お顔の色が優れない様子。このままでは世界樹までの道程は厳しいのでは?」

「だがここで立ち止まっていても悪くなるばかりだ。リースには悪いが予定通り早朝出発する」


フラウを絹のシーツが敷かれたベッドに寝かせ、オリヴィアに後を任せると、アリエルは里長を探しに出掛ける。


外は徐々に暗くなり夜の帳が近づく。拠点の周囲を警戒しつつエルトゥスを待つと、ハーフリングの里長を連れて戻ってきた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ…お待たせしました。私が今年度の里長を務めております、ラハルと申します。この度は――」

「いや、すまないが時間がない。挨拶は省略しよう」


アリエルが拠点の中へ里長ラハルを招き入れ、要件を伝える。


「私が禍精霊対策班の班長アリエルだ。実は迷宮都市から来る途中、奈落の裂目で人の子が馬車から落ちてしまってな。救助を依頼したい」

「なんと!…それは困りました。実はここ数年裂目を下ったワーカーはいないのです。途中までは進めるのですが、いつからか道が閉ざされたままなのです」

「やはり…小人里との連絡は完全に途絶えているのか?収穫量の問題もそれで?」


大地の恩恵を受ける一部の妖精種達は、奈落の裂目に里がある事を知っている。ワーカーと呼ばれる特別な役目を持つ妖精が裂目を下り、下層の里と連絡を取っていた。


心苦しそうにしながらラハルは現在の里の状況を話した。


妖精里は三年前から、裂目の小人里との繋がりが途絶えていると言う。発端は祭りの回数で、小人里の長は回数を減らしたいと一方的に伝えてきたようだ。


以前は冬の末から春先まで行われる祭事により、田畑に十分な恵みが行き届くのだが、回数を年々減らされて収穫に影響してきている。


毎年代わる妖精里の里長が抗議してきていたのだが、今年の夏には最後の通路が閉じられ、通信の魔道具が置かれたガラクタ置場にすら行けなくなったそうだ。


「こちらで三年と言うと小人里ではもっと経つのだったか?」

「はい。ただ半妖精界の時の流れはあてになりません。五年にしろ十年にしろ、長命のミニマム達にとってはあっという間でしょう」

「そうだったな…彼らは妖精種の中でも伝説的な存在。私達で言うならエルダーエルフと並ぶ者達だ…して今年の夏からとなると何かあったか?」


しかしラハルは首を振りわからないと言う。アリエルがリースに起きた不審点を話すと、魔法でないなら妖魔の使う固有能力かもしれないと言った。


「あの…実は妖精里は今、大変な問題を抱えていまして…お力をお貸し願えないでしょうか?」

「すまないが翌朝にはここを立つ予定だ……ふぅ。一応話してくれ」


ラハルの思い詰めた表情に気が変わり、話を聞くとアリエル達も放置できない重大な問題が起きている事に驚く。


「幻獣が…行方不明だと?」

「は、はい…毎年この時期には幻獣達が集まってくるのですが、なぜか今年は特に集まりが良く、その中で見掛けたナイトメアシープの子供の行方がわからなくなっています」


ラハルが言うナイトメアシープは、闇の力を持つ羊のような獣だ。

子供の行方がわからないままだと親が暴れ出す恐れや、幻獣を神のように崇める獣人達が知れば騒ぎにもなる。


「私達が捜索に出れば何かあったと騒ぎになり、祭りも滞ります。エルフの方々に精霊の導きで探してもらえないかと」


判断に迷っていると部下の一人が現れて、フラウが目覚めたと言う。驚くアリエルは足早に奥の部屋へ向かうと、うっすら目を開けているフラウの、弱々しい言葉を聞いて頷いた。




ラハル達のいる部屋へ戻ったアリエルは一つ溜息をつく。


「…わかった、協力しよう。だが私はここを離れる訳にはいかない。エルトゥスとオリヴィアは数名を連れて、幻獣捜索に力を貸してやってくれ」

「「はっ!」」


ラハルは祭りが無事行われれば、小人里の者がモースに乗り現れるだろうと言い、何か聞けるかもしれないと話す。


里長を送るついでにエルトゥスは里の状況を確認しに向かい、オリヴィアは班の編成を話し合っている。

その間、アリエルはフラウとの会話を思い起こす。




「聖霊様!お気付きになられましたか?ここは妖精里の仮住まいです。私達は世界樹に向かっています」

「…リースは?」

「申し訳ございませんっ!…彼女は奈落の裂目に掛かる橋を渡る途中、馬車から落ちてしまい、現在行方不明です」

「そうか…何となくそんな気がしていた。私は…まだ大丈夫、だからリースを見つけ連れ帰ってくれ」

「で、ですが…」

「いや…リースは大丈夫か。おまえ達はいなくなった幻獣の子を探せ」

「――!?な、なぜそのことを?」

「幻獣の子が戻らなければこの地一帯は炎に呑まれ、全てが灰になる。その炎は更なる災いを呼ぶだろう…リースが帰って来る場所を守ってくれ」




夜も更けて里の騒ぎも一段落した頃、アリエル達は集めた情報を交換する。


「今のところ騒ぎにはなっていない。幻獣は南東の塩森から東の流星の丘を巡り里へ移動してきていた。だが件の幻獣の子は群れから離れ、北の黒森で目撃された後、行方がわからなくなったらしい。他の隠れ里から親らしき幻獣が黒森をさ迷っていると、知らせが来たようだ」

「黒森!あそこはまずい…魔物以外にもアレがいる」


アリエルが唸っていると、オリヴィアが里の商店で聞いた話をする。


「秋の終わり頃から帝国の商人が、里に出入りしているようです。一介の商人にしては護衛の数が多かったとか。迷宮都市で起きた奴隷問題と繋がりが?」

「まさか…幻獣にまで手を出したか?帝国から来たなら奈落の裂目北端の、南部山脈の峠を通るはず。まずはそこから調べてくれ」




翌朝アリエルに見送られ、エルトゥス、オリヴィアが二名ずつ連れて里を出た。


エルトゥスは北の南部山脈沿いに西へ進み、痕跡を追う。山脈沿いに西へ行けば国境に至る峠があり、東へ行けば黒森という木々が真っ黒な森があった。


魔物、魔獣がよく見掛けられる他、どちらでもない異質な存在が徘徊していて、黒森の北側にある、山頂が大きく抉れた崩山と並んで危険地帯となっている。


オリヴィアは西の奈落の裂目沿いに北へ進み、裂目の様子を窺う。裂目は橋から北へ鐘二つの所で急に終わり、山に囲まれた峠となっている。


西へ進めば鉱山都市に続き、北へ行けば帝国領に入る。道は険しく魔物が頻繁に現れる為、利用者は少ない。




エルフ達が捜索を開始した頃、裂目の西側を北上していた赤髪の女性は、岩場に囲まれた野営地を後にし、降りられそうな場所がないか探していた。


「困った…この辺りの地理はわからないぞ。学園に通っていた時は、魔素儀式を受けに馬車で通っただけだし…それにしてもバルーンの数が増えたな。いったいどのようにして増えてるのやら」


手頃な石に腰掛けて、皮袋から水を飲んで一息つく。

周囲を見渡しても岩だらけで、なんの面白味もない。


二十代前半に見える女性は鋭い目つきをしていて、勝ち気な感じの美しい顔立ちをしている。装いは黒地に赤の刺繍がされた魔法使いが好んで着そうなローブで、襟や袖口には朱色の紐が通してあった。


腰に短剣と、手には身長と同寸の鳥の造形が美しい杖を持ち、足元は黒のブーツを履いていて、地面に背負い袋を置いていた。


懐から安物である黄色い紙の手紙を取り出し、ひどく読みにくい字で書かれた内容を読む。




カーマイン、元気か?

迷宮都市で野郎の情報を掴んだぜ。南部のどこかにあるって話の、流れ星のもんしょがある異跡を探してるらしい。今度こそぶん殴ってやるぜ。

それと迷宮都市に妹かもしれない子がいた。

これがびっくりでよ!以前助けた子なんだぜ!?

一応アレは同居人に渡したから届いたと思う。

出自に関してはまだ子供だから聞いてないだろうな。

なんか事件にま――




内容はひどい出来で、誤字脱字に加え紙の余白がなくなるにつれ、字は小さくなり、終いには文章が途切れている。

手紙を持つ手は震え、怒りに肩を戦慄かせる。


「名前を書け!名前を!探すのに手間取って街を出てしまったじゃないか!こんな奴が異母姉弟なんて…グレンの奴、教育してやる――ん?」


その時、裂目の対岸に大きな箱のような物を担ぎ、北へ向かっていく一団が現れ、咄嗟に隠れる。


その一団は担い手が全員ボロい服を着ていて、奴隷のようだった。周囲を囲んでいる男達は全員革装備の冒険者風だったが、足運びや隊列の組み方が正規の訓練を受けた者だと見抜く。その護衛達は冒険者にしては珍しい、揃いのボウガンを所持していて、既に矢をつがえてあった。


警戒しているだけにしては危険な雰囲気を放つ一団に、緊張が高まる。


(怪しい奴らだな…いかにも悪いことしてますって感じだが)


重厚な白い箱はまるで石柩のようで、誰かの遺体を搬送している風に見えなくもない。だが担い手の歩む揺れ以外にも時折揺れていて、中に何かがいるとわかる。


慎重に後をつけていくと、気付かれずに北の峠に辿り着く。

峠の先からは馬車に乗った商人が現れ、護衛の男と言葉を交わし、急に歓喜する。


(遠いな…もう少し近づくか…!」


その時、東側の山頂付近から複数の何かが飛び立つ。

遠すぎてわからなかったが、商人や奴隷らしき男達の慌てようで、魔物か魔獣だろうと予測する。


山頂付近から飛来した存在は体長二メートルを越える、上半身が人の女で両手両足が猛禽類の、俗に言うハーピーだった。


七体のハーピーを前に六人の護衛は、慌てずにボウガンを構えて放つと、一体につき二本ずつ、正確に胴体を射抜き三体のハーピーを地に落とす。すぐさまボウガンを置くと、剣を抜いて商人を庇うように囲む。


(予想以上に練度が高い…あの構えは!?帝国兵!)


カーマインが驚いている間も、上空から急襲するハーピーを護衛達は落ち着いて対処する。だが石柩らしき物を運ぶ奴隷達は守ってもらえず、肩や頭を鷲掴みにされるとそのまま空高く舞い上がっていき、岩が露出している山腹に落とされて断末魔をあげた。


そのうち、一体のハーピーが箱を掴んで飛び立とうとしたが、思ったよりも重いらしく、箱が転がって蓋が割れると中身が覗いた。


(――っ!?)


隙間から見えたものは、青白い繭のような物に包まれたモコモコした生き物で、カーマインは思い当たる存在に驚く。


(幻獣!?まさか拐うつもりなのか!?)


商人が慌てて回収の指示を出したが、残る四体のハーピーに翻弄されて、箱に近づけずにいる。その時カーマインの頭上に大きな影が走り驚いて見上げると、ハーピーよりも一回り大きな、人の腕を持つクィーンハーピーが飛んでいく。


(不味い!あの幻獣は子供か!?魔物にはご馳走だ!)


カーマインが杖を前に構えて詠唱を開始する中、護衛達はクィーンハーピーの登場に浮き足だち、ハーピーに止めを刺していた一人の護衛は、背中を鋭い爪で切り裂かれた。


「もういい!撤退だ!もう一匹の方を確実に連れ帰るんだ!」

「あぁ!くそっ!」


隊長らしき男が撤退を指示すると、商人が馬車に飛び乗り、護衛二人を連れて走り出す。残った護衛達は、ハーピーに引き裂かれる最後の奴隷を見届けると、追撃してくる二体のハーピーを牽制しつつ駆け出した。


クィーンハーピーは逃亡する者達には見向きもせず、徐々に石柩に近づいていく。次の瞬間、岩影から飛び出したカーマインが杖を振り抜く。


「フレイムランス!」


前方に現れた炎の槍は真っ直ぐ飛んでいき、クィーンハーピーの背中を貫くと盛大に燃え上がらせた。


「ぎいぃぃぃやあぁぁー!!」


大音量の悲鳴を上げると旋風が巻き起こり、炎が掻き消えてる。その風は突風となり、カーマインの元まで到達すると手前の岩にヒビが入った。


「ファイヤーアロー!」


続けて魔法の火矢を放つと、振り返ったクィーンハーピーの顔面に命中し、悲鳴も上げれず墜落して事切れた。


(…っ!や、やっぱり恥ずかしい!ほんとに意味あるのか?マリさん…)


カーマインは最近学園が取り入れた、魔法名の発声による効果上昇を実践していたが、慣れない事に恥ずかしく思っていた。


ふと残る一体のハーピーが見当たらず、辺りを見回すと背後から聞こえる風切り音に、咄嗟に岩影に飛び込む。

ハーピーの爪が空を裂き、そのまま東の山へ飛んで逃げていく。すると下から数本の矢が放たれ、全身に受けたハーピーは落下した。


「――動くな!不審な振る舞いをすれば即座に矢を放つ!」

「…わかった」


いつの間にかエルフ達に取り囲まれていたカーマインは、弓矢を向けられる。東の山道からもエルフ達が現れ、石柩を確認した男エルフがカーマインを睨む。


「おま――」

「リースの姉のカーマインだ。よろしく頼む」

「「――は?」」


頭を覆っていたフードを払うと、カーマインはエルトゥスの誰何に先んじて、早口にそう名乗った。

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