リース帰る
76
夜が明けて、里からは鳥の囀ずりと朝食の支度をする音が聞こえてくる。疲労のせいか夢も見ずに熟睡できたリースは、スノウに起こされ徐々に覚醒していく。
「ん~…まだ眠いわ」
目を擦ろうとする手をスノウに止められ、ひんやりした小さな手で顔を撫でられる。びっくりしたリースが肩を掴んで遠ざけると、残念そうに眉を下げた。
脇のランタンを見ればピクシー達は既に起きているようで、リザはキャスの髪を手櫛で梳かしている。
「あっ!朝食は洞穴だったわ。どうしよう…」
リザは冷めた目でリースを一瞥すると、どこから取り出したか、胡桃をキャスと分け合い栗鼠のように食べ始める。
(リザはしっかりしてるわ…キャスと話してる時の笑い方や話し方は、調子を合わせていたのね。貴族のような…気品みたいなのもあるし、特別なピクシーなのかな?キャスは見たままの感じね…でも時々暗い目をしてる)
じっと見ているとリザに睨まれ、食べこぼしの欠片を放ってきて、キャスと共に嗤う。
(くっ…いらないわよ!たくっ!)
憤慨したリースは藁葺き屋根の祭儀場中央にある、金色の羽を頭から垂らし、金色の翼を持つ木像を調べた。
天人サルサユエルの木像は大きく、細部にまで細かい装飾がされている。
(顔はわからないけど…どこかで見たような気がする)
横の石碑には読めない文字で長々と何かが書かれており、下にはお供え物がたくさん並べてあった。
見ているとリザ達が食べればいいと勧めてきて、再びバカにしたように嗤う。
(も~!ピクシーってほんと性格悪いわ!――っ!)
外から足音が近づいてくるのに気付き、リースは自分から出ていくと、二人の小人が驚いた顔をする。
「お?おめぇ生きてたのか!?」
「グレモスと一緒に里を飛び出してったはずよ?なのになんで祭儀場に?」
「マッチとマーチ!グレモスは倒したわ!里長に会わせて」
リースがそう言うと、マッチ達は喜んで里長に知らせに行く。ランタンの中にいるピクシー達に、大人しくしているように言いつけて待っていると、里長と数人の若い小人達がやって来る。
「…グレモスを倒したとか。何か証拠はあるかな?」
疑いの視線を向けてくる里長に対し、リースは薄桃色のマジックバックから長い髭や毛無しの尻尾、肝入りの瓶や肉が入った銀色の箱を取り出して見せる。
驚いた様子の里長を押し退け詰め寄ってきた若い小人達は、角切り肉を見て大喜びする。リースは一瞬マジックバックに気付いたかと焦ったが、彼らは肉に夢中で安堵した。
「おぉ!ようやったようやった。この甘い薫りはたしかにグレモスの霜降り肉。ささこっちに寄越してくれ」
「――え?なんでですか?」
「何を言っとる?グレモスは里にいたのだ。里の牧草を食べ、里の水を飲んだ。それはつまりわしらが世話したも同然。なればわしらの物であろう?」
「そんな…ならモースに乗せてください。地上に帰りたいんです」
「それはならん。里を出たければ実を食べよ」
「――!?話が違うわ!」
リースが怒ると隣で話を聞いていたマッチ達が慌てる。
マッチは昔グレモスを退治した者に友の証を持たせて地上に帰した話をするが、里長は昔は昔だと言い、最後に天人と会った際に変わったのだとつっぱねた。
「地上には実を食べる以外に戻る手段はない。さぁわかったなら肉を寄越しなさい。代わりに里の一員として食べ物を分けてあげ――」
「――その必要はない」
若い小人達が肉欲しさにリースを取り囲み、徐々に詰め寄ってくると、急に背後の木像が輝き始め、威厳のある声が聞こえてくる。
「――なっ!?なんと!!」
「天人様だ…天人様ー!」
里長が驚愕し、若い衆は身を投げ出して平伏する。
「その者から話は聞いている。里長…すいぶんと勝手をしているようだな。私はそのような決まりを設けた覚えはない」
「そ、それは…」
「どういうこった?」
里長は後退り、マッチが疑う。
リースは右腰に下げている二冊の本の内、エルゥスィスの本から木像の声が彼女の演技だと知って、話を合わせた。
「わ、私も聞きました!戒めの魔法か、泡の夢の実のどちらかを選ぶか、里の為にグレモスを退治して友の証を貰えばモースに乗って帰れるって!」
「そういやぁ、そんな人が昔いたって話聞いたな」
「あぁ、いたいた。天人様がお許しになられたんだ。あの頃は収穫祭も三日四日に一度あって楽しかったなぁ」
他の小人達が昔話を始め、今と違う点が次々と露になる。
昔、まだ天人が収穫祭に顔を出していた頃、収穫祭は数日おきに行われ、地上では連日夜になると田畑が輝いていたという。その他にも妖精里と繋がる道が幾つかあり、途中のガラクタ置場を介して、落ちてきた物を物々交換していたそうだ。
そういった重要な事を忘れていた小人達に、リースは怒りを覚えたが、里長の返事に愕然とする。
「だって面倒なんじゃもん」
「「はぁ!?」」
「祭りの最中、命脈を開いて煙突から供給する祭事も、グレモスを抑えておくのもわしの役目だし…交易路の維持や転落者の生活支援もわしなんじゃよ?」
里長は天人が姿を見せなくなってから、徐々に決まりを変えていったそうだ。
始めは小人里から少し下った先にある、落下物が溜まりやすい岩棚へ行く通路と、妖精里との中間地点にあるガラクタ置場へ繋がる交易路を閉鎖した。
次に転落者に施す生活支援をなくし、祭の回数を減らし、戒めの魔法をしなくなった。
「それに二年前から他の里と繋がる道も閉ざされて、ミニマムの数が増えても移住先はないからの」
「だ、だからって決まりを破った者に、次から次へと実を食べさせて飛ばしてきたの?」
「仕方ないじゃろ?増えすぎれば住居の問題や食料の取り合いも起こる。転落者なんぞに構ってられんて…お前達も実を食べさせる時は楽しんでおったではないか!」
若い小人達に八つ当たりする里長の言い分を聞いた天人像は、ここ数年の生活の不自由を詫びると、里間の通路の復活を伝える。そして怠け者の里長を解任し、里を下って下層に来るよう命じた。
里長は青い顔をしながら帰っていき、天人は新たな里長にマッチを就けるという。
「お、おれ?なんで…」
「お前の事は聞いている。良識ある判断ができると期待している」
天人像の光が収まると、外へ散っていく小人達。
マッチが里長になるのに不満な小人もいたが、収穫祭が昼に迫っていることもあり、しぶしぶ従うようだ。
「な、なんか急に里長になっちまったが…まぁいいか。昼過ぎから収穫祭があるからな。リースも帰る準備しとけよ」
「マッチが里長なんて不安ね。きっとグレモスの里になってしまうわ」
マッチとマーチが冗談を言いながら去ると、リースも一旦北の洞穴に向かう。道中スノウにランタンを持たせていたら、すれ違う小人達が驚いたのでリースが運び、洞穴に着くと保存食やお酒をマジックバックに詰めていく。
(結構入るのね。さすが大食いグレモスの胃袋…消化されないかしら?ふふふ♪)
まさか王侯貴族が持つようなマジックバックを入手できるとは思わなかったリースは、満面の笑みを浮かべる。
マジックバックの効果に驚いたキャスは、フサフサのしっぽに飛び付くと飛んで逃げようとしたが、リースの力に勝てるはずもなく、力尽きてリザに引き戻された。
洞穴の入口から物音がして振り返ると、いつの間にか岩影には小人がいて、東の洞穴に他の里の小人が現れ、周辺を掃除していると言う。
「なんか珍しい物があったようだ。一緒に来てくれるか?」
「え?あ、はい…?」
その小人には見覚えがあり、いつも遠巻きにリースを見ていて、ボルナフが実を食べさせられた時には、実を持つ役をしていた者だ。
(里長の息子さん…だったわね。珍しい物ってなんだろう?正直行きたくないな)
荷物を粗方納めて小人についていく。小人はなぜか前を歩かず、リースの斜め後ろを歩きながら急かしてくる。
里の外周を回り東の洞穴に近づいた辺りで、派手に転んだリースは舌打ちのような音を聞く。
「――いったぁ。なんなの?」
「…バカな子。何度騙されるのよ」
「――!?」
「くそっ!外した!」
ランタンの中にいるリザがリースの背後を指差しており、小人が何かに向かって駆けていく。
スノウの手を借りて立ち上がったリースは、小人が薄汚れた革ベルトを拾っているを見た。
「なんのつもり!?こんなことして――」
「うるさい!黙ってこれを付けろ!」
小人は高々と跳躍して、リースの首に革ベルトを巻き付けようとする。鞄から銅の柄を取り出そうとするが、急に石にでもなったかのように身体が動かない。小人が目の前まで迫ると風が巻き起こり、頭上を越えていった。
「小人の里で小人を相手に勝てる訳ないでしょ?ほんと頭悪い」
「バカなやつ~♪キャハハハ♪」
リザが助けてくれたようだが、蔑み罵ってくる。リースは一瞬カッとなったが、助けを呼ぼうと口を開きかけた所で小人が手を振り、スノウを巻き込んで横薙ぎに吹き飛ばされた。
その拍子にランタンも草影に転がっていく。
「なんだ?ピクシーか?そんな薄汚いもん里に持ち込みやがって!」
「うぅ…あ、いやー!誰か助けて!!」
小人は首輪を嵌めようと飛び乗り押さえつけてくる。周囲に人影はなく、みんな祭の準備で忙しいようだ。
首に革の感触がすると急に全身が粟立ち、悪寒が走る。涙が溢れてきたが、次の瞬間には馬乗りになっていた小人が吹き飛び、金縛りが解けて自由になった。
「なんだぁ?しばらく来ない内にずいぶんと物騒な里になったなぁ?」
リースが声のした方を見ると、鉱山などにいそうな格好をした小人達が、スノウに連れられて洞穴の方からやってくる。
「変な光が漂ってると思ったら、朝っぱらから人の子を襲っとるぞ?上里の里長はなにしとんだ?」
「お?ありゃあ祭の準備か?そういやそんな時期か」
「うぐっ…あっ…ちくしょう!」
小人が逃げようと走り出すが、がっしりした体格の小人達に取り抑えられ、担ぎ上げられると里の方へ運ばれていく。
後からきた黄色い鉄兜をした年配の小人が、リースの手を取り見た目以上の力で引き上げ立たせてくれた。
「人の子、よく知らねぇがとりあえずついてこい」
リースは慌ててランタンを探して見つけると、リザ達は目を回していた。
「ぐぅ…」
「ダフ!てめぇ祭りの準備ほったらかして、なにしてんだ!?」
「ありゃ?里長は変わったのか?こいつぁ東の洞窟前で人の子を襲っとったのよ。俺らは下の里のもんだ」
ダフと呼ばれた小人は道中暴れたのか、ボコボコにされて延びている。マッチがリースから事情を聞くと、ダフの持っていた首輪を調べ、人の世で使われている奴隷の首輪だと判明した。
「こんなもんをどこで…あ!あの川で溺れた人のか!?」
「あんたが犯人だったのね。しかもリースに首輪を付けて言いなりにしようとまでした。重罪だわ」
マッチ達がどうするか話合っていると、何かを持つ小人が話し掛けてくる。
「おめぇさんが東の洞窟に住んでた人か?すげぇ汚なかったぞ!?通り道なんだから汚物くれぇ掃除しろ?」
「――なっ!?ち、違いますっ!私が住んでた場所じゃありませんっ!」
勘違いされたリースは激怒し目に涙を湛えて抗議すると、下層の小人は布に包まれた黄色や緑の石と、青いナイフ、汚れた銀製のカードを押し付けてくる。
「あぁ!あぁ!わかった!わかった!恥ずかしいか。でもこれらは人のもんだろ?片付けはしといてやるから!もう汚すなよ?」
「ちがっ!?…ぐぬぅ~!!」
ひどく傷ついたリースはマッチ達を見るが、ダフを叩いて起こそうとしていて気付かない。下層の小人達が里に散って行くと、汚れたカードを指で摘まむ。
(ボルナフめ~!…あれ?これ迷宮都市登録のギルドカードだわ…シルバーランク!?ならあの銅の柄やこの青いナイフは上級冒険者の持ち物だったのね)
石はあの時見た魔法石の残りらしく、スノウや小人達が嫌そうな顔をしている。リザ達に至っては暴言の嵐をリースに吐き捨て、耐えられず泣きながら川へ逃げ出した。
「ひっく…うっ…」
嗚咽を堪えながら石やナイフ、カードを洗い、バケツに放り込む。ランタンを支えながら飛んできたリザ達が悪態をつく。
「置いてかないでよ!妖魔の私達が妖精の里に放置されたらどんな目に合うか知らないの!?」
「…ごめんなさい」
ランタンに付いた汚れを落としているとマーチが来て、マッチから話があるという。ついていくと先ほどよりも大勢の小人達が集まっていた。
「お~きたか。リース、こいつはここの生活に嫌気がさして、おまえを奴隷にして地上に行きたかったんだとよ。追放は確定だな。親子揃って下層にやる予定だが…いいか?」
「どうでもいいわ…」
「?…あぁ!もうすぐ収穫祭だ。やり残した事はねぇか?」
気落ちしているリースはここでの出来事を思い起こすが、あまりいい思い出もなく項垂れる。するとスノウが手を握ってきて、悲しげな顔をして物陰に誘う。
(――あっ、ここを離れたらスノウは…消える?そんなっ…?)
手を引いてリースを中腰にさせると頬を撫で、顔を赤らめつつ必死にキスをせがんでくる。リースは少し躊躇うが、目を閉じて軽い口付けをすると、何かが覚醒するような感覚を覚えて身体が震えた。
あなたを守る…常に共に…永遠を…誓う…
赤の聖霊…――――の名にかけて…
あなたを救う…常に共に…永遠を…誓う…
白の聖霊…――――の名にかけて…
たとえ世界に終わりが訪れようとも…
私達は一つ…変わらず共にあると…誓う…
遠くマッチ達が呼ぶ声に気が付くと、スノウはどこにもおらず、いつの間にか涙が頬を伝っていた。
「――スノウ?どこなの?スノウ!」
「なにやってるのよ。獣に乗るんでしょ?」
リザが急かしてくるが、リースは無性にスノウに合いたくなり、腰のブックホルスターにある白い本を撫でる。だが反応はなかった。
エルゥスィスの本も沈黙したままで、焦った様子のマーチが来て早く祭儀場に来るようにと手を引かれた。
(どこ…どこなの…スノウ…)
「おせぇぞ?…大丈夫か?」
「えぇ。ごめんなさい…」
「ほいっ。これがミニマムの友の証だ!それがあれば世界中に散らばって隠れてるミニマム達は、おまえを仲間だと認め、困ってる時は助けてくれるぞ!たぶんな!…大事にしろよ?」
「食べちゃだめよ。不味いから」
「おい…食べたことあんのかよ?」
マッチから渡された物は、飴色の団栗で硬くて食べれそうにない。帽子部分には紐が通してあり首から下げられるようになっていた。
「それじゃあ…収穫祭を始めるぞ!鐘を鳴らせー!」
「「おー!」」
里の中央、二階建ての高さがある楼の上では鐘が鳴らされ、遠くモース達がいる牧草地から鳴き声が上がる。
藁葺き屋根の祭儀場前には小人達が集まり、天人の姿をした小人が仰々しく羽の扇を振るう。
入口が大きく開かれた建物内では、天人像の裏手から延びる煙突が、徐々に七色の輝きを帯びていった。
(綺麗…あれは…っ!?もぅ…エルゥスィスの本はたまにしか役にたたないわ)
七色の輝きの正体を知ろうとするが、意味のわからない膨大な情報が頭に流れてくるだけで、頭痛に悩まされた。
空を貫く煙突は全体が七色に輝きだし、小人達が天人像に祈りを捧げてる。
振り返るとモース達が牧草地から出てきており、小人が乗ったモース数匹が祭儀場前に着いた。
「リース、お別れだ。収穫祭は俺達ミニマムの祭りだ。おまえは地上に帰ってあっちの祭りを楽しめよ」
「色々ありがとう!助かったわ。また遊びに来ます」
「いつでも落ちておいで。ぷぷっ♪」
マーチの冗談に苦笑し、用意されたモースに向かう。
しっぽを掴むと背中まで上がれるようだが、目の前のモースはしっぽを振って意地悪をしてくる。
リザ達にバカにされつつしっぽを捉えて背中まで上がると、モース達は順に七色の煙突に駆けて行く。
「え!?ちょっと待って!?大丈夫なの!?」
モースは軽々飛び跳ねて貯蔵庫や藁葺き屋根の上を走り、煙突に当たる。するとリースは身体が軽くなったような感覚を覚えた。
下を見れば急速に小さな点になっていく、マッチやマーチが見える。
七色に輝く光の道をモース達は泳ぐように上がっていき、あっという間に出口が見えてきた。
「出口だわ!――フラウさん!」
なぜかフラウの顔が思い出され、叫ぶように呼びながら飛び出すと、星空の下は祭り一色の広場で、光り輝く田畑に囲まれた里は明るく、たくさんの人でごった返していた。
しかしリースは迷うことなく、縮んでいくモースから飛び下りると、正面で手を広げて迎える者の胸に飛び込む。
「ただいま!フラウさん!」
「おかえり!リース!」




