妖魔のピクシー
75
リースはスノウを連れて、鏡の建物から外へ出た。
空を見上げても太陽は無いのに、暖かな日差しが照らしている。裂け目から吹き込むひんやりした風が優しく頬を撫で、庭園に咲く草花の香りに癒された。
生垣の間では、不揃いな姿のゴーレム達が脇目も振らずに仕事をしていて、綺麗な鳥が頭に止まって悪戯をしている。
「スノウ、ピクシーのいる場所がわかるの?地上にいたのよ?」
頷いたスノウはリースの手を引き、迷路のように入り組んだ生垣の道を先導する。まるで目が見えているかの様に進んでいくが、瞼は閉じていて、普段と違い真剣な表情をしていた。
時折、植物の間から飛び出してくる栗鼠や兎に驚かされながら進むと、水の流れが止まった噴水の前に出た。
噴水には不思議な模様の彫刻がされていて、中央には透明な羽を背に、髪と耳が長い美しい女性像がある。その手に持った鏡は何も写さず、スノウはリースに噴水に溜まっている様々な色が混じった液体を指差した。
(う~ん?なんなの?…っ!?)
疑問を解消しようと鞄の口からエルゥスィスの本に触れたが、意味をなさない膨大な情報が頭に流れ込み、目眩がして噴水の縁に手をついた。
目を開けると水面に波紋が広がり、吸い込まれるような感覚に囚われる。顔を上げると虹色の羽に変わった妖精像は色づき始め、鏡からは水が流れ出していた。
そして、その背後の空は極彩色に染まっていた。
「――なっ!?何が…あ!?」
隣から顔を覗き込んできたスノウは目を開けていて、虹彩がキラキラした銀の瞳を向けてくる。再びリースの手を取ると迷路に向かって駆け出す。
「――ちょ!?ちょっと待って!?無理…あ!?あれはなに!?ねぇ!」
今までにない速さで駆けるスノウに手を引かれ、不思議とついていけたリースは、見る角度によって色が変わる植物に驚く。
迷路の曲がり角では、真っ白な絹の衣を着た小さな子供や、光る鱗粉を振りまくフェアリーの姿を垣間見る。
極彩色の空には色とりどりの蝶が舞い、さらに上空には虹色に煌めく大きな魚が悠然と泳いでいた。
(ど、何処なのここ…もしかして妖精達の世界?)
迷路を抜けて庭園に戻ると、鏡の建物があった場所には、虹色の実を一つだけ付けた大きな木に変わっていた。
その実から抗い難い魅力を感じたリースは、我知らず一歩踏み出すと、手を強く引かれて振り返る。
首を横に振って引き止めたスノウは、庭園の入口を指し示す。そこには裂け目の代わりに、空と同じ極彩色の塔が立っていた。
「こんなの無かったのに…これを登るの?」
塔は非常に高く、天辺は見えなかった。
スノウは微笑むと縦長の入口に向かう。中の通路は曲がりくねり、時に来た道を戻っている錯覚に陥る。そこを手を引かれて中央に出れば、吹き抜けに魔法陣が描かれた石の円盤があり、スノウと一緒に乗ると上昇を始めた。
円盤はかなりの速さで上昇を始め、リースは上から下へ流れていく景色に驚く。どこかの田舎の村が見えたかと思えば、暗い森や明るい坑道、煌めく湖へ変わり、マッチ達がいた里に良く似た場所が見えた後には、地上にあるはずの奈落の裂目に掛かった橋が見えた。
「な…なんで?地上なの?」
円盤から降りたスノウは、橋から逸れた先にある林を指差した。
(――!あんな林なかったわ…やっぱりここは妖精界なの?)
足音を抑えて林に近づくと、高さ一メートル半くらいの家があり、笑い声が聞こえてくる。
「―――だよねぇ♪笑える~」
「――もいい感じ♪おいし~♪」
その笑い声を聞いた途端、リースは顔を真っ赤にし、今までの苦労が脳裏をよぎる。
(許さないっ!捕まえてきっちり罰を与えてやるわ!)
鳥籠風のランタンを抱えるスノウを入口に残すと、裏手に回り込み、勢いよく家に体当たりした。
「キャー!」
「な、なに!?」
驚いたピクシー達が飛び出してくると同時に、スノウがランタンの蓋を開き、栗色の巻き髪をしたピクシーが吸い込まれる。
「――キャス!?」
「イヤー!助けてリザ!!」
紫色の長髪を振り乱したピクシーは、煙突から飛び出して難を逃れた様で、スノウを恐ろしい表情で睨みつけると、手に渦巻く風を作って飛びかかっていく。
しかし背後から近づいていたリースによって鞄を打ちつけられ、地面に叩き落とされた。
「観念なさい!ピクシー!よくも落としてくれたわね!」
「――!?あの獣と一緒に落ちて死んだはずじゃ!?」
「リザー!イヤー!」
リザというピクシーがリースに手を向けると、スノウがランタンを振り回し、キャスと呼ばれたピクシーが中で滅茶苦茶に転げ回る。
「や、やめて!」
「返しなさい!庭園から盗んだ物があるでしょ!?」
リザがリースを睨むとランタンが地面に落とされ、底に当たったキャスが潰れたような声を上げる。泣きそうな顔をしたリザは叫ぶように家の中にあると話す。リースが窓から中を覗き込み、金色の筒を取り出した。
「もういいでしょ!その子を解放して!」
「だめよ!あなた達のせいでどれだけの人や妖精が困ってると思うの!?」
リザは目に涙を湛えてリースを睨む。スノウはランタンを地面に置いたまま、事の成り行きを静かに見守る。
「おまえ達だって私達を狩ってるじゃない!キャスは目の前で両親を殺され、連れ去られたわ!」
「っ!?そ、そんなこと…私は知らない。無関係な人を巻き込んでい――」
「無関係!?無関係なもんか!おまえ達人はみんな一緒!妖魔は殺して当然!どんな風に扱っても気にしない!おまえも結局死ぬまで働かせるか殺して素材にするんでしょ!」
「――!!」
リザの言葉に怯むリース。
妖魔は人に害をなす存在であり、殺すのは当然という認識は世界共通であり、リースにも漏れなくある。
唯でさえ好戦的な種が多い妖魔は、魔族に支配されると自我を失い、赤い目をしていない者を見境なく襲う。そうなると殺すか、魔法により隷属化してから働かせ、動けなくなると殺す。どちらにしても死体はバラして素材にするのが一般的だ。
リースが戸惑っていると、リザはなんと自身の羽の片方を引きちぎり、懇願してくる。
「――あっ!?な、なんで…」
「これが…望みなんでしょ?私をバラして素材にすればいいわ…お願い…その子は逃がして…」
背中から血を流して倒れるリザ、キャスは床に当たった際に気絶しているようで静かだ。
(…違う、違うわ!私はそんなこと望んでない!)
目の前の力無く横たわるピクシーと囚われたピクシーを前に首を振り、リザと千切れた羽を丁寧に拾い上げると、スノウを呼んで円盤に乗り降る。
ピクシー達を見つつ、エルゥスィスの本に触れる。
キャスはピクシーであり、リザはハイピクシーらしく、瞳や血、羽は魔法薬の素材になると知る。
俯き暗い顔をするリース。
塔から出ると急に空が青くなり、庭園が元通りになる。
隣のスノウは目を閉じていて、あの不思議な空間でのみ目を開いていられるのだと推測する。
中央まで来ると鏡の建物が現れ、入口ができる。建物をよく見ると、大きな球体が無造作に積み上げられたような形をしていた。
中には前に案内してくれた自動人形が待っており、一番奥のエルゥスィスの部屋まで通される。
(おかえりなさい、早かったわね、怪我もなく、良かった)
(エルゥスィスさん!治療のベッドを使わせてください!)
(…あらあら、ピクシーを、連れてきて、しまったのね…いいわ、場所は、覚えているわね?)
部屋を出ようとすると、自動人形が手を出してくる。
黄金色の鏡筒と渡すとベッドのあった部屋まで駆ける。
(…彼女は、違いますね。あなた様の知る、あのお方なら、妖魔には、容赦しなかった)
走り去るリースの背中を見つめるスノウは、無表情で何を思っているか窺い知れない。
ベッドの部屋の前には、案内してくれた自動人形と瓜二つの自動人形がいた。
顔は凹凸はあるが目や口はなく、のっぺらぼうで、頭から首までは黒く金属質の光沢があるが、体や手足は灰色の石膏のような感じに見えた。
リザを見せると、暖かみのある温和な声で羽はあるか問われ、あると答えると一番奥のベッドを指差す。
ぶっきらぼうな話し方でダルそうに動く自動人形に困惑しつつ、リザと羽を横たえガラスの蓋が閉まると、リースの時とは違い何かの液体で満たされ、多方面から光線が無数に照射される。
リザの背に羽が添えられ傷が癒えていく様にリースは驚く。
(すごい…欠損まで…世界中の人がこれを欲しがるわ…)
背後にスノウが現れると、手に持つ鳥籠風ランタンの中ではキャスがわんわんと泣いており、耳が痛い。
「大丈夫よ!彼女は元気になるわ!」
「わぁーん!あーん!」
「…キャス…うるさいわ…泣かないの」
ベッドはガラスの蓋が開いており、リザがダルそうにしながら上体を起こす。濡れた背中には羽が元通りになっていた。
「…あなた達を素材になんてしない。私には私の考えがあるの。人の中にだって良い人もいれば悪い人もいるわ。妖魔は…どうなの?」
「私達は…正直悪い奴の方が多いわね。だって親が――よ…それによそ者だし、みんなから嫌われてる。生きていくには食べなきゃならないのに…どこ行っても―――がいる」
「私が…あなた達の住める場所を探してあげる。だから人に迷惑を掛けないで」
「――!?そ、そんなの信じられるわけない!私達はおまえを殺そうとしたのよ?」
リースが契約神に誓いを立てると、リザは未だ泣いているキャスを見つめた後、小さく頷いた。
スノウがランタンを見せると一瞬強張った顔をしたが、目を閉じて諦めた顔をすると自ら這っていき、キャスの頭を撫でる。
その姿にフラウがダブって見えたリースは、目頭が熱くなるのを隠すように振り返る。すると待っていた自動人形が、エルゥスィスが呼んでいると言った。
部屋に入る前、ピクシー達は何かを感じ取ったのかガタガタと震えだし、キャスは泣き出してしまう。
(あらあら、泣いているようだけど、無事、治ったようね。こちらもお陰様で直ったわ。じきに力が戻り、里までの道を、開ける)
(――!良かったぁ。まだ間に合うかな…)
(大丈夫よ。モースに乗れるよう、手配するわ。その前に、ピクシー達をここへ)
自動人形がリースの前にきて、ピクシーを渡すよう手を出してくる。リザは泣きつかれて眠るキャスを庇うように伏せると、エルゥスィスはここの事を他言しない様、戒めを掛けるだけだという。
(…これでいいわ。後はリース、グレモスの魔道具は、帰りが早く、間に合わないの。代わりに、同じ物を渡すわ)
(あ、ありがとうござ…います?)
自動人形が持ってきた物は、薄桃色のフサフサしたしっぽだった。
リースが疑問に思っていると、エルゥスィスはどこか楽しげに話す。
(毛皮は、特別な加工をすると、薄桃色になり、毛が伸びるのよ。内側は、空間拡張の効果がある、胃になっているわ)
(――え!?それじゃあマジックバックですか!?)
(そう。私達の時代では、子供が最初に作る魔道具だった。中には、他の素材が入ってる。グレモスのお肉は、至高の食材なのよ。フフフ…)
力が戻りつつあるようで、徐々に流暢に話すエルゥスィスは、昔を懐かしんでいた。
フサフサのしっぽにはベルトが付いており、腰に巻けるようだ。リースは試しにすぼめてある口を開き、中に手を入れると、脳裏に様々な物のイメージが浮かぶ。
その中に高級な紙に似た材質不明の物があり、取り出して見ると、いい年したエルゥスィスがグレモスの着ぐるみを着て腰に手をつき、お尻を振っている姿が写っていた。
その顔は自信に満ち溢れていて、お尻のフサフサしっぽは見事に揺れている。
(キャーーー!!)
突然、エルゥスィスの悲鳴が響き渡り、自動人形がリースの持つ写真とマジックバックを奪う。
そしてガラス容器の裏手に回ると、何やらブツブツと呟くエルゥスィスの声がする。容器越しに写真が数枚舞うのを見ていると、何事もなかったようにマジックバックを渡してきた。
(…戒めを受けなさい…受けないなら記憶を無くす泡の夢の実を食べるか、生涯ここで私の話し相手よ?)
(えー!またですか…)
(また?どういうこと?)
よほど写真を見られたのがショックだったのか、急に聞き取り安い話し方になり、里での顛末を話すと怒り出した。
(なんてこと…ミニマム達。勝手な事をして、決まりでは落ちてきた者には充分な支援をし、戒めの魔法か泡の夢の実を選択する事になっているのに…お説教が必要ね)
(え!?そうなんですか…)
(…まだ時間があるわね。リース、保管庫へ行って欲しい物があれば持っていきなさい。この建物内にある物は、全て私が暇潰しに製作した物だから)
(あ、ありがとうございます!)
リースはエルゥスィスの容器に近づき、先に戒めを受けると言うが、既に掛けてあると言われて驚く。
(私ほどになると何気ない会話の中で、様々な魔法を仕掛ける事ができるわ。怪しいと思った相手には常に気を張っていないと。微かな違和感でも感じたなら、攻撃されていると思いなさい)
リースとスノウ、ランタンのピクシー達が自動人形の案内で保管庫まで来ると、またしても自動人形がいて、まったく同じ外見をしていた。
(う~ん!紛らわしいわ!片方は声が冷たい感じなのに言動は親切なのよね…こっちは親しみやすい声なのに不親切…)
リースが唸っていると、自動人形は左右の部屋に別れていき、何やら持って出てくる。
「え?これは?」
冷たい声の自動人形は、棚に積み上げられていた木箱の中から赤い箱を選んで持ってくると、中には赤い花の蕾が二つ入っていた。
リースがエルゥスィスの本に触れると、蕾は古代人達が作る魔法の靴らしく、消音、消臭、抗菌、抗毒の効果があるらしい。
「ありがとう♪」
リースが今履いているものは、旅立つ前にモルトが狩りにいって用意した、大蛇の鱗皮靴だ。
ちょっと作りが悪く、爪先が痛い。さっそく履いてみようと足を上げると、蕾が開き足首から爪先まで包むように閉じた。
踵部分は白く、少し高くなっていて、大きな赤い花びらは爪先や足首に向かうにつれ、小さな黄色い花びらへと変わっていく。まるで花の中に足を入れているような見た目をしていた。
「~!!ふにゃ~♪」
リースは経験した事のない快感に惚け、だらしない顔になる。
(き、気持ちいい~♪なにこれ!もう他の履けないよぅ!院長先生ごめんなさい♪)
反対の部屋から来た優しげな声の自動人形は、革製のブックホルスターを持っていた。
「え?どうして?」
疑問に思って聞くと、鞄に魔道具の本を入れたままマジックバックにしまうと、効果が途切れるからだと言い、リースに半ば押し付けるように渡してくる。
「あ、ありがと」
その行動が照れ隠しに見えて笑うリース。ふと部屋を見ると、なぜかピクシー達が勝手に物色していた。
「あー!やけに静かだと思ったら、だめよ!勝手に取っちゃ」
「ケチくさいこと言わないの…あっ、これいいわね♪」
「わたしこれがいい~♪うまうま~♪」
ピクシー達は勝手に引き出しを開けて中を漁り、木の実を食べ散らかし、棚から高価そうな小袋を引っ張り出す。
「ちょっと!やめなさい!せめて一つ選んで持ってきて!」
「うるさいわね…」
「うぜ~」
リースが顔を真っ赤にして怒る中、さすがに重いものは持てなかった様で、リザは橙色の小さな巾着袋を抱えてきて、キャスは金の模様が浮かぶ木の実を持ってくる。
本で調べると巾着袋には一年草のアマラスという種が入っているそうで、リザはそっぽを向いているが、リースの住める場所を探してあげると言う話を前向きに捉えてくれているようだった。
キャスのは魔法薬の素材らしく、それ一つでは特に効果がないらしい。
「う~ん…キャスのは素材らしいわよ?それだけじゃ意味がないって」
「いいじゃない。この子が気に入ったんなら」
「これがいい~♪」
そうこうしていると、自動人形達がまた部屋に行き何か持って来ようとするので、リースがもう充分だと断る。
(ちょっと!そんな大きな槍?弓?使えないわよ…やっぱり声だけだわ。もぅ…)
スノウだけは選ばず、微笑みながら側にいた。その表情はいつもとどこか違っていて、リースが不思議に思う。
「スノウも選ぶ?」
首を横に振り、リースの腕に抱きつくと幸せそうな顔をした。
エルゥスィスの部屋に戻ると準備が出来たようで、お別れをする。
(また来なさい。今度来る時はそれを妖精里の里長に見せなさい)
(ありがとうございました。時間ができたらまた来ます)
リースは自動人形から金の指輪を受け取ると、転送陣がある部屋まで案内される。ピクシー達は魔道具の力で捕らえられている訳でもないのに、鳥籠ランタンの中に戻り、スノウに抱えられていた。
(…捕獲用の魔道具は頑丈で、負の魔力を受けないから入っているのね)
転送陣の部屋には荘厳な雰囲気が漂う。中央の一段高い場所には金色の円陣が描かれ、赤や青など様々な色で文字が掛かれている。壁や天井まで複雑な模様が広がり、淡く明滅を繰り返していた。
円陣に近づくと白い光の柱が立ち、緊張から身体を強張らせるリース。
「里に戻ったら里長にグレモス退治の話をして、収穫祭でモースに乗るわよ」
頷くスノウと手を繋いで光の柱に入ると、あっさりと何処かの広間に出た。
「どこ…かな?」
振り返ると大きな木像と左右には碑石があったが、読めなかった。両開きの扉を開けると外は夜で、里が正面に見える。
(たしか…祭儀場だったわね。すぐ里へ行くべきかな…)
隣を見るとスノウは平気そうだったが、ピクシー達はスヤスヤと寝ていて、その姿を見たらリースも眠気が増してくる。
「スノウ、少し休みましょ。疲れたわ」
スノウを抱っこすると、入口横の藁が積み上げられた場所の前に座る。
(地上では何日経ったかな…アリエルさん達は待っててくれてるかな…)
リースはすぐに深い眠りに落ちた。




