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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
73/169

バルーンの正体

72


すべてが真っ白な世界でリースは目覚めた。

見渡す限り何もなく、自分がどこに立っているかもわからない。何かが開く音がすると、少し先にアーチ状の白い窓が現れていた。


中を覗こうと一歩踏み出せば、スゥーっと窓の方から近づいてくる。目の前まで来ると純白のカーテンが左右に分かれ、目も眩むような美しい光景が広がった。


窓の下には雲海が広がり、雲に覆われていない遥か下には緑豊かな大地と、見たこともないキラキラした街並みがあった。

そこでは不思議な乗り物に股がり空を駆ける人の姿や、大きな全身甲冑が向かい合い激しく闘う姿が見えた。


上は青い空と、とてつもなく巨大な船を中心に、円を描く虹が幾重にも重なり広がる。周囲には黄金色の髪と純白の翼を持ち、白い布を身体に巻き付けて着た人が優雅に飛び交う。


そんな中、リースは目の前の存在に釘図けになっていた。

窓の正面にはお姫様の部屋にありそうな、天蓋付きの白いベッドがある。上質な絹のシーツは乱れ、リースと同じくらいの白髪の少女と赤髪の少女が密接に絡み合い、艶かしく口付けを交わしていた。


リースは一瞬で顔から火が出そうなほど真っ赤になり、目を逸らそうと考えるも逸らせず、固まったまま見つめる。二人の少女は裸で、白いシーツが下半身を隠しているが、一目で図書館の本で見た大人の行為をしているとわかった。


お互いを激しく求め合う少女達を見ていると、赤髪の少女に組み敷かれた白髪の少女と目が合い、リースの鼓動が跳ね上がる。銀の瞳でじっと見つめられるとボーッとなり、ハッとした瞬間には目の前に少女がいて、リースの頬を優しく撫でて顔を近づけてきた。


なにがどうなっているか、訳もわからずあたふたしていると、一瞬フラウの顔が浮かび、近づいてくる白い少女の唇に思わず顎を引いて逃れる。するとおでこに痛みを感じた後、背後に引かれて落ちていくような感覚に呑まれた。




「―――あぁ!?…っ!…え?」


おでこの痛みで覚醒すると、目前まで迫った小さな少女を見る。瞼を閉じて悲しそうな顔をした少女のおでこは赤い。


「…何をしてるの?」


リースが問うが少女は何も答えず、俯いた後に振り返り、背中を向けてくる。すぐに少女を持ち上げて向き直らせると、微笑む顔を向けてくるが、おでこを突っつくと顔を背けた。


「…あなた誰?フラウさんじゃないなら誰か答えて」


しかし頑なに答えようとはせず、リースが普段フラウに好き勝手されてるように少女の身体をまさぐると、顔を赤くして逃れようとする。


(喋れないのね…私が寝てる間にキスしようとした…よね?)


しばらく弄り回すが、我慢している様子が可哀想になり解放してあげると、少し怒ったような顔を向けてきた後、明るくなりだした洞穴の外を指差した。


入口から少し入った場所の平たい岩の上には、野菜や木の実が置いてあったが、細かく切ってあり、小さなパンと同じく見るからに小人向けの量であり、リースのお腹が鳴く。


(予想はしてたけど、これじゃさすがに足りない…それより喉が渇いた)


パンを少女の前へ持ってくるが受け取らず、食べないのか聞いても首を振るだけだった。


リースはそれらをハンカチで包むと鞄にしまい、騒がしい外へ出た。




外には数人の小人と昨日襲ってきたボルナフがいて、何やら揉めていた。


「あの娘はどこだよぉ!隠しているんだろぉ!?」

「何言ってんだ?この人の男は?しらねぇよ!」

「しつっこいとバーン!だぞ?」

「――くっ!ぼ、ボクにそんな態度を…いつか後悔するぞぉ!」


リースは咄嗟に岩影に隠れてやり過ごす。


「――あ~あ。まったくあいつは…以前落ちてきた人も、あいつにいいようにこき使われた挙げ句、騙されて煙突を登ったり川を潜って下って行ったよな」

「あぁ。ほんとなら実を食べる筈なのに、証拠がないと言って逃れやがった」

「可哀想に、あの娘も捕まればひどい目に合わされるぞ?」

「でもそうなれば今度こそ実を食べることになるさ」


リースは自身が狙われていると知り、昨日の恐怖が甦る。震えていると、少女が精一杯腕を広げて頭に抱き付き、撫でてくれる。


「…ありがと。あの男には気をつけなきゃね」


小人達が去っていくと、西側に回りつつ地理を確認する。


(西側の草原はほとんどが偽物…川の半分は里の中に続いてる。果樹園は囲いがしてあって、牧草地までぐるっと回るのね)


モースは今日も暖かい風に当たりながら寝ていた。

柵の外にマッチとマーチがいて、リースに気付くと声を掛けてくる。


「起きたか。食事置いといたけど悪いな。おれらの働き分からじゃあれが精一杯なんだ」

「…ごめんなさい、人の…り、リース。水は西側の川から汲めるわ」

「だいたいわかってたからいいです…私も働くなら何をしたらいいですか?」


リースは牧草地や果樹園、里の方を見渡すが小人達はせっせと働き、仕事が空いているようには見えない。


「ここじゃ小人だけで事足りる分しかねぇんだ。仕事は自分で探さねぇと…あっ、あの男には気をつけろよ?朝から里に乗り込んできておまえを探してたぞ?里長がぶっ飛ばしたがな」

「…わかってます。仕事…いえモースとグレモスの見分け方は毛の色だけですか?」

「髭が長いわ。あと近づくとソワソワし始めて、鼻息が荒くなる。ただ見つかったとわかれば逃げ出すから、すぐ捕まえないとならないわ」


マーチから話を聞くと柵の外を回りながらモース達を見にいく。皆同じ様に風上を向き、時折風の流れに合わせて寝返りを打っている。


(風の流れに注意が必要ね。寝返りに潰されたり、間に挟まれたら助からないわ…)


モースの数は多く、パッと見では判別できない。試しに柵を越えて入ってみるが、初っぱなから寝返りを打つ、モースの壁のような背中に押し潰されそうになった。


(――っ!む、無理よ…こんなの)


すると少女は腕を引いて何かを伝えてくる。

少女に引かれてモースの間を恐る恐る進むと、モース達は一度もリース達に向かって寝返りを打たず、間に挟まれて道が途絶える事もなかった。


そのまま進むとモースの群れの中に、一匹だけ髭が倍近く伸びて焦げ茶色の体毛をしたグレモスを見つける。


(――いたぁ!ひっ!うそ!?)


グレモスを見つけられた事に喜んでいると、クリクリしていて妙に可愛い目をしたグレモスは、鋭い前歯を見せると空高く跳躍して彼方へ消えてしまう。


すると風の流れが急に変わり、モース達が一斉に寝返りを打ちだし、少女は慌ててリースの手を引いて案内する。右に左に倒れてくるモースの壁を避けながら柵まで走ると、リースは柵に寄り掛かるように膝をついて休む。


(あ、危なかった…逃げられると風の流れが急に変わるなん――!?)


急に左腕を捕まれ、強く引っ張られて倒れた。


「やっと見つけたぞ!ボクの女♪」

「あっ!?い、いや!」

「暴れるなよ!腹減ってるだろぉ?来いよ!いっぱい食わしてやる!」


太った小男のボルナフに、腕を強く握られて痛みが走る。必死に抵抗すると魔法を使われたのか、身体から力が抜けて引き摺られていく。


「よしよし♪今日は肉を焼くぞ~♪酒が欲しいがここじゃちっとしか手に入らないんだ!チビどもめ!貯蔵庫には入れさせないんだ!」

「い、いた…い、やめて」


少女はリースが抵抗しようとした際に手を離されてしまい、音と手探りでリースを探している。


「おいっ!ちゃんと歩けよ!チビどもに見つかると面倒だろ!」

「――!た!…けて!」

「あっ!?騒ぐなっての!」

「――ぐっ!う…」


遠くの果樹園に小人の影が見え声を上げるが、ボルナフにお腹を蹴られて息が詰まる。


「チッ!なんだよ!このボロい鞄は!?捨てろよ!」

「や、やめて…」

「―――ぶぎゃ!?」


リースの肩掛け鞄を取り上げて、道端に投げ捨てるボルナフ。すると鞄が飛んでいった先から変な声が上がり、ボルナフはビクッとした後、リースを一気に引き摺って行こうとした。


「い!いた、い!」

「は、早くこぶべっ!!」

「てめーか!!この野郎!!」


草むらの影から小人が現れ、ボルナフが何かの力で吹き飛ぶ。騒ぎを聞きつけた小人達がワラワラと集まってきた。


両足に無数の擦り傷を作り全身泥だらけで動けないリースと、泥の中で逆さまになっているボルナフを見て、事情を察っした数人の小人が、リースとボルナフを軽々担ぎ上げて走り出した。


「ひゃっほーい♪とうとうやりやがったぜ~♪」

「それ走れ~♪収穫祭前の景気付けだ~♪」

「――ス、リース!――あった!?」

「実ぃ持ってこ~い♪」


マッチが小人達の間を必死に分け入り、リースに近づこうとするが、押し出されていく。小人達はなにが楽しいのか、リース達を里へ運ぶ間はしゃぎ回り、声を上げて笑う。


「――ぎゃあぁぁぁ!!やめろぉ!ボクは貴族だぞ!降ろせー!!」

(な、なに!?怖い!!助けてフラウさん!!)


ボルナフは狂ったように暴れるが、小人達は不思議な力で簡単に持ち上げ、キャッチボールのように投げ合い運んでいく。


里の中央まで来ると、里長が困った顔をして待っていた。

ボルナフが小人達の輪の中央に仰向けに寝かされて、リースが隣に座らされると、里長が話し出す。


「あれだけ決まりを守れと言うたろうに…しょうがない人の男だ」

「ぐうぅ!ま、待て!?ボクがなにをした!?」

「バカめ!今回は現行犯だぜ!?話し合うことなんてねぇさ!」

「――!ま、待って、待ってくれ!?」

「…決まりに従い罰を与える。実を!」


里長が若い小人を呼ぶと、青色のツルツルした風船のような実を抱えて現れた。


(あれは!?まさか!?)


小人達の不思議な力で取り押さえられたボルナフは身動きできず、口を大きく開けられると、その変な実を押し込まれた。


「んー!?んー!!」

「「さぁ行け!それ飛べ!」」

「んんん!!んぁああっがあぁぁーー!!」

「―――!!きゃー!?」


ボルナフは目を見開き涙を流してお漏らしまですると、頭が何倍にも膨れ上がり、苦痛に絶叫する。耐えられなくなって口を開くと同時に、青色のツルツルした風船がどんどん膨らんでいく。風船が膨らむにつれて頭が縮小していき、目は虚ろになっていった。


「おぉ♪結構デケェな♪以外と色々詰まってたんだな!わっははは♪」


青い風船は最後に、生気がまったくなくなり人形のようになったボルナフを吸い込むと、ふわふわと宙に浮き始め、空高く上がっていく。


(そんな!?あそこに浮いているのが全部人なの!?)


あまりの事にリースは全身が激しく震え、回りで喜んでいる小人達に恐怖する。


「泡の夢実は食べた者の記憶分膨らみ、その中で様々な夢を見せる。あれが割れる時は夢の中で記憶を手放す決意をした時じゃ。解放された者は最低限の知識を持って、余生を生きる」

「…ひ、ひどい」

「なに、奈落の裂目に落ちた時点で本当なら死んでいるのを、やり直す機会を得るのじゃよ?あぁ、頭が膨らんだのは口を開けないよう抵抗したからじゃ。痛くないし一瞬の事じゃ。食べる気になったかな?」


リースは身体の自由が戻ると、一目散に小人達の輪を掻き分けて走り出し、牧草地の近くで必死にリースを探していた少女に飛びつくと、わんわんと大声で泣いた。




「…う~ん。耳がいてぇ。もう泣き止めよ?」


あれから夕暮れまで、白い少女を強く抱き締めて泣き続けたリース。少女は痛がりもせずに、リースの頭を優しく撫でている。近くには耳を押さえたマッチとマーチがいた。


「――うっ、ぐすっ…あっち行って」

「人…リースを心配してるのよ?子供のあなたにはちょっと刺激的だったわね。人の子がここに落ちて来るなんて今までなかったから、気が回らなかったのよ」

「そもそもここは隠れ里だぜ?誰が落ちても奈落の裂目を落ちていくだけで、結界に守られたここには入れねぇはずなんだが…」

「――?…どういうこと?」


マッチとマーチが話すには、ここ忘却のミニマムの里は、その昔、神話の時代に天人サルサユエルという者が妖精種で一番力の弱かったミニマムの為に用意した場所らしい。


奈落の裂目の壁面に存在する里は複数箇所あり、魔物の侵入を拒む結界が張られている。昔は小人達だけの里だったが、いつからか人や鳥が落ちてくるようになり、最近はより増えてきたという。


「――!…もしかして」

「んあ?なんか知ってんのか?」

「…私は奈落の裂目に掛かる橋から二人組みのピクシーに落とされたの。さっきの人もピクシーに?」

「なんだって!?ピクシーがわざと落としてんのか!?」

「まさか結界が消えてる?そ、そんなはずないわ…何かあればサルサユエル様が教えてくれるはず…」


マッチ達はひどく怯えだし、里長と話してくるという。


「おまえもこんなとこに一人でいないで、あの洞穴に帰ってろ?後で食事持ってってやるから」

「――え?」

「もうすぐ日が暮れるわ。あの男はいなくなったけど、暗くなったらモースがうろうろし始めるから気を付けるのよ?」


マッチ達が駆けて行くと、リースは腕の中の少女を見た。

少女は相変わらず微笑んでいて、リースの頬を優しく触る。


(一人?小人達にはこの子が見えていなかったの?…あれ?そう言えばミニマムって?言葉が理解できた!?天人!ど、どうなってるの?)


少女は優しく頬を撫でつつ顔を近づけてくるが、リースが手で止めると残念そうな顔をした。


(…この子はなにがしたいの?あっ!早く戻らないと!)


少女を抱えて道端に投げ出されたままの鞄を拾い、里の北側にある洞穴へ急ぐ。




外は暗くなり、洞穴にはリースと少女の二人きり。この洞穴ははっきり言ってしまえば、生活できる環境ではなかった。


しかしここへ落ちてきて以来、急な出来事に悩まされ続けるリースにとって、安心していられる場所だった。しかし両足の擦り傷の痛みと腹部を蹴られた痛みはいつまでも続き、無理矢理にでも忘れようと、少女を抱いて横になって休んだ。


(わからなかった事がわかるようになったわ…朝見た夢のせい?どんな夢だったか…とりあえず今は帰る方法を考えないと…ミニマムってたしか…!)


急に思い出して鞄から一冊の本を取り出す。

リースが常に持ち歩いている、異世界勇者物語だ。


(――!あった!ミニマム…谷間の小妖精との出会い。モース…これだわ!グレモスの風下より近づいた勇者は、しっぽを掴むと空高く飛び上がるグレモスの背中を駆け上がり、後頭部に拳を叩き込んで倒した――)

「――ってだめじゃない!?真似できないわよ!」


リースが大きな声を出すと再び少女が頭を撫でてくるが、その手を掴んで引き寄せる。


「とりあえずグレモスに近づくのは背後からよ…え~と名前は…じゃあフラウさんの名前からスノーを取って、スノウちゃんね」


少女は微妙な顔をしていたがリースは気付かず、洞穴の外に人影が現れると、マッチとマーチが大量の食事を持って入ってきた。


「ふぅ疲れた…里長が感謝してたぞ?結界はやっぱ解かれてたらしい。今は緊急用の結界が張られてる。食事はお礼だってよ」

「あの男が使っていた洞穴で、欲しい物があれば持って行っていいそうよ。グレモス退治に使えるのがあるといいわね」

「――!ありがとう!」


二人は早々に帰って行き、リースは明日の予定を考えながら、二日ぶりの食事をとって眠った。

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