表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
72/169

マッチとマーチ

71


馬車から奈落の裂目へ転落したリース。きつく閉じた目からは涙が溢れる。


(落ちた!?死んじゃう!!)


仰向けになって落下していく途中、弾力のある何かに当たって勢いよく跳ね返った。


痛みから目を見開くとぐるぐる回る視界の中に、バルーンと呼ばれていたものが映る。


赤や青、黄や緑など、淡い色したツルツルのバルーンは掴み所がなく、爪を立てようとしても滑り落ちていく。


「うっ!?ぶっ!!ぎゃ!!」


下に行くほどバルーンの密度や大きさが増していき、落下よりもバルーン上を滑り落ちる間隔が長くなっていった。


どれくらいの時間跳ね、滑り、落ちたのか。気絶もできず精神的にも肉体的にも辛くなった頃、下に小さな光を見つける。


最早身体に力が入らず朦朧とする意識の中、柔らかい毛布へ飛び込んだ時の感覚を最後に気を失った。




「――うっ…」


しばらくして目覚めたリースは、自身がふかふかの絨毯のようなものに、うつ伏せで寝ている事に気付く。辺りは昼のように明るく、暖かいそよ風が吹いていた。


起き上がろうとして全身から鈍い痛みを感じ、顔を顰めて倒れ伏す。不幸中の幸いか、命に関わりそうな大きな怪我はなく、しばらくの間、歯を食いしばって痛みを堪えた。


(うぅ…痛い。あの羽虫め~!)


このような目に遭った原因である、羽の生えた小さな女の子二人組を思い出し憤る。倒れたまま空を見上げるが、青く晴れ渡った空には大きなバルーンが無数に浮遊しているだけで、どこにも裂目などなかった。


(どうなってるの?私は裂目に落ちたはずじゃ…)


ふと自身の足に絡む物に気付き、痛む身体を無理して曲げると、足元にはリースの肩掛け鞄があり、少し坂になっている先には白い小さな本もあった。


鞄を引き寄せて本を回収しようと身をよじると、痛みと共に不思議な鼓動を耳にする。


(――ひっ!?こ、こここれ生き物なの!?)


身を横たえる絨毯のような地面からは鼓動が、さらには視界の先の景色が上下している事に気付き、とてつもなく大きな生物の背中に乗っている事を知った。


大きな生物が身動ぎした拍子に、白い本はコロコロと転がりだして視界から消えてしまう。


「あぁ!!だめ!行かないで!」


痛みも忘れて身体を起こすと、周りにはブタの様でいてモグラの様でもある、大きな生物が複数いて、暖かな風に当たりながら昼寝していた。


モコモコして歩きにくい背中を這って行くと、毛無しの細いしっぽがあり、地面までは孤児院の二階から見下ろした位ありそうな高さだった。


(あの本を失ったら綿の妖精が死んじゃう!!)


しっぽにしがみついて滑り落ちる中、くすぐったかったのか、勢いよく振るわれて落とされる。


「きゃ!?――ぐっ!うぅ…」


背中から地面に落ちると、今までで一番の痛みに息が詰まる。それでも懸命に這っていき、白い本を取り戻すと再び気を失ってしまった。




夕焼けが眩しい時分に目を覚ますと、目の前には大きな耳をした小人の男がいた。


「まただ。また落ちてきたよ」

「人の子だわ。赤い髪なんて珍らしい」


隣にも大きな耳をした小人の女がいて、小さな声で話している。リースが鞄を手繰り寄せつつ警戒していると、男の小人と目が合った。


「おい、人の子。ここで寝てたらモースの寝返りでぺしゃんこだぞ?」

「歓迎はできないけど、こっちへ来なさいよ。人の子」


(――なんなの!?この小人…私の腰くらいまでしかないのに、大人みたい)


身長が七十か八十くらいしかなく、それでいてドワーフ等とは違い、身体のバランスは人に近い。外見年齢も二十代くらいで、成人しているように見えた。


どう答えるべきか悩んでいるリースを置いて、二人はトタトタと走っていき柵の外へ出る。するとリースの背後を指差しながらひそひそ話を始めた。


(なにを…!?)


その時、頭上に影が差した。慌てて振り返ってみれば、巨大な生物が寝返りを打っており、リースの上へ倒れ込んできていた。


「ぎゃー!!」


激しい痛みを訴えてくる身体を無視して走り出すと、手招きする小人に一瞬躊躇うが、意を決して向かう。


「どんくさいな、人の子。潰れてもいいけど、モースの牧草地を汚すなよ」

「困った人の子ね。まぁここへ来る者はみんな厄介者だけど」

「――はぁ、はぁ、はぁ…ここはどこ!?あなた達は誰!?」

「声が大きいぞっ、人の子」

「耳が痛いわっ、人の子。わざとなの?」

「ご、ごめんなさい…」


大きな耳を押さえて蹲る小人らは、ここは――――の――――の為の里だと言う。しかしリースには重要そうな部分が聞き取れず、それでも話を聞きながら辺りを見回した。


背後はモースという生物が集まる柵に囲われた牧草地が広がり、左手には色とりどりの果実が実っている果樹園が見える。


右手には大きな石造りの貯蔵庫や、空を貫く程の煙突を備えた藁葺き屋根の大きな建物が建ち、正面に小人達の里があった。


(モース?妖精里の祭と関係が?それにあの煙突はどこまで続いてるの?)


首を傾げるリースに、呆れた様子の女の小人は伝わるように言葉を選んでくれる。


ここは彼らの隠れ里でモースと言う生物を介し、地上の妖精里と共存関係にあるという。彼らが地の底に流れる栄養を汲み上げ妖精里に送る代わりに、毎年モースに乗って食材や料理を取りに行くのだそうだ。


「おれはマッチだ。人の子」

「わたしはマーチよ。人の子」

「…私はリースです!」


さっきから人の子、人の子と連呼される事にイライラしていたリースが大きな声で名乗ると、二人は嫌そうな顔して耳を押さえる。


里へ案内すると言った二人はさっさと歩いて行ってしまい、慌ててついて行こうとしたが、不穏な事を言っているのが聞こえた。


「さっさと実ぃ食わせて放り出そう。なんもかも忘れちまえば、面倒は無い」

「そうね。可哀想だけど、ここの決まりだもの」

「――!?」


振り返った二人はついてこないどころか恐い顔をしたリースに、不思議そうな顔をする。実とは何かを問い質すと顔を見合わせた。


「人の子のくせに…耳がいいな」

「ほんとね。地上に帰りたいでしょ?実を食べれば帰れるわよ?」

「忘れるってなんですか!?そんな実は食べないです!」

「実を食べて記憶を消さなきゃ地上には戻れねぇぞ?」

「ここの事は秘密なのよ。食べないと誰かさんみたく、ずっとここにいることになるわ」

「――!…他に方法はないですか?」


マッチはないと端的に答えると里へ向かっていき、マーチはしばらくリースを見つめた後、条件を出してきた。


「…モースの中に紛れ込んだグレモスを退治してくれれば、良い事を教えてあげるわ」


その女の表情からはあのピクシー達が連想され、リースは不安になったが、他に方法もなく思い悩む。


「茶毛のモースと違って焦茶毛のグレモスは、地上から持ち帰る食材や料理を食べてしまうのよ」


リースは背後の小山のような生物群から、よく似た生物を探しだして退治する事の困難さに絶望する。


「は、早く帰らないとならないんです…」

「そう、困ったわね。一人で無理なら里にいる、同じ境遇の人を探してみたら?」


マーチは楽しそうにそう言うと里に向かっていき、リースも仕方なくついていく。


(同じ境遇の人がいる。なんとか協力して帰らないと…でもなんかあやしい)


リースは前を歩くマーチを観察しながら、帰る算段を立てる。




里に着くと三十人位の小人達が里の中央付近に集まり、リースを見上げてくる。


(人も家も全部小さくて可愛い~♪あ!子供がいる♪)


「また人か…これで3人目だ」

「ここの事が人の世に知れたか?」

「それはないわ。それなら―――――様が教えてくれるはず」


小人達が話し合う中、里長と呼ばれた老人が現れて、リースに地上へ帰りたいか問う。


「帰りたいです!お願いします!帰り道を教えて!」

「うぅ…煩いのぅ。もっと小さな声で話さないか…帰りたいなら、この果実を食べなさい」


そう言うとツルツルして風船の様な見た目の、青い果実を差し出す。


(なにあれ?あれを食べたら帰れる?でも記憶を無くすなんて…)


他の方法を聞くと、里長達は不思議がり、隅にいたマッチを見て、またかみたいな呆れた顔をした。


「マッチ!またお前か!?何度言ったらわかる!?」

「…チッ」


若い小人達がマッチを囲んで騒いでいると、里長が実を食べないなら帰れないと言い、ここに滞在するなら決まりを守れという。


決まりは簡単なもので、他者を傷付けるな、嘘をつくな、食べたいなら働け等で、基本的な事だった。


そしてリースは身体が大きいから、里の外で勝手に寝ろと言われた。


(ひどい…どうしよう…あ!)

「わ、私と同じ境遇の人がいるって聞きました!会わせてください!」


そう言うと里長は驚いた顔をし、マッチはリースに近づこうとするが、若い小人達が邪魔して近づけないでいる。


「…誰から聞いた?いや…まぁいい。そやつなら東の外れにある洞穴に居座ってる」


里長はそう言うと里の北にある大きな屋敷に帰って行き、小人達もバラバラに散っていく。


「――バカが。勝手にしろっ」


マッチは悪態つくと小人達サイズの小屋に入っていった。


(なにかあるの?…でも行かなきゃ)


リースが東の外れ、遥か上まで続く断崖絶壁を目指していくと、後にはニヤニヤした顔で見送るマーチがいた。




里の端まで来たリースは、直ぐに異変に気付いた。

どこまでも続いてるかのように見えた野原や川は、絵に描いたような偽物で、一部の崖は近づく途中で見えない天井に頭をぶつけた。

そしてこの場所が半球体状の作り物の世界だと知る。


(変な場所…でもどこかで見た?聞いた?ような…)


壁沿いに歩いて行くと洞穴があり、人が住んでいる痕跡があった。


周りには壊れた物や汚れた物が散乱していて異臭を放っている。とても人が住める環境には見えなかった。


「…あ、あの。誰かいませんか?」


小さな声で呼び掛けると、少し間を置いてから、ブクブクに太った金髪の小男が現れた。


男は貴族が好みそうな豪奢なシャツを着ていたが、ひどく汚れていて、サイズが合っていないのかボタンが閉じられずにだらしなく開けている。スボンも染みだらけで所々擦り切れていた。


ボサボサに伸びた髪はベトベトで、その間から覗く暗い青目がリースを捉える。


「……人?…女の子…女だぁ!」

「――ひっ!?」


突然、男は両手を前に突進してきたが、リースが避けると散らかったゴミに足を取られて転倒する。


(い、いや!気持ち悪い!)


「いだだだ!な、なんで避けるんだよぉ!?ボクは魔法王国のゲールディナ伯爵家の長男、ボルナフだぞ!?」


男は立ち上がろうとして暴れ、ゴミをさらに撒き散らす。

とても協力できる相手には見えないボルナフに、リースは逃げようと振り返ったが、男が何かを唱えると身体の力が抜けていき、その場に座りこんでしまう。


(うっ!?な、なに!?魔法!?)

「ぐうぅ…待てよぉ!貴族のボクの言うことが聞けないのか~!?」


這って近づいてきたボルナフは、リースの鞄を掴むと乱暴に引っ張り、再び転がった。


「…い…いや」


麻痺しているのか上手く喋れず、徐々に近づいてくる男を見て、恐怖から顔を背ける。


「こ、こんな場所に落ちたせいでずっと一人だったんだ。チビどもは訳のわからない力で貴族のボクを蔑ろにするし、地上に戻るには記憶を全部無くさなくちゃならないし…君みたいな可愛い子が来るなんて。苦労したボクに対するご褒美だよなぁ?」


勝手な事を言うボルナフに鳥肌が立つリース。向かいの草むらの中からマーチが見ている事に気付き、リースは騙された事を理解する。


(あいつ!よくも!…い、いや!)


ボルナフが足首を掴んで引っ張ると、リースが声にならない悲鳴を上げる。その時、鞄が引っ張られた際に飛び出していた白い本に手が触れた。


咄嗟に撫でると白い綿の妖精が現れて、ボルナフはうっとおしそうに払う。現れたものを見たマーチが驚いた顔をし、唐突にボルナフが吹き飛んだ。


「ぶぎゃ~!?」

「――な、なにあれ!?」


白い綿はリースの側にユラユラと降り立つと、強い光を発してマーチを怯ませる。


「ひゃ~!」

(――!?綿の…妖精じゃない?)


マーチは慌てて逃げていき、光が収まると綿の妖精は人の姿となって現れた。


白い髪に白い肌、瞼を閉じたその顔は可憐で、フラウに似ている。白いワンピースを着ており、身体は小人達と同じく小さい。まるで人形のような姿だった。


その姿を見てリースは自然と涙が溢れる。


「――!!ふ、フラウさぁん!」


声を上げて泣くリースの頭を、少女は手探りで探すと優しく撫でる。少女は瞼を閉じたまま微笑んだ。


「フラウさん、助けて…?フラウさん?」


リースは涙や鼻水で顔を汚しながらも、少女を見上げて助けを求めるが、少女は小さな手で頭を撫でてくるだけで答えない。


「…フラウさん…じゃない?」


痺れを感じつつも動けるようになってきたリースは、少女を抱えてよく見てみると、フラウによく似ていたが別人だとわかった。


「誰、ですか?…綿の妖精?」


リースが何を聞いても少女は微笑んだままで、腕を引いてくる。


「あ、ここを離れないと!」


荷物を拾い集め、少女の手を引いて壁の洞穴から離れると、マーチが隠れているのを見つけた。


「騙したわね!」

「――ひゃ!?だ、騙した?な、なんの事?私はただ提案しただけよ?」

「あの人はとても協力してくれるような人じゃなかった!知ってて私に教えて襲わせたでしょ!?」

「ち、違うわ!私知らない!」

「――ま、待ってくれ!」


そこへ里の方からマッチが走ってきて、マーチを庇う。


「こいつを許してくれ!頼む!」

「マーチのせいでひどい目にあったのよ!」

「わ、わかってる…お詫びする…」


とても許せそうになかったが、少女に手を引かれて見れば、微笑んだまま頷いていた。


「すまねぇ…ここには娯楽がほとんどねぇんだ…こいつは面白半分で教えたんだと思う」

「ふざけないで!面白半分で私にひどいことする気だったの?里の決まりは嘘!?」

「ま、待ってくれ!頼む。決まりはホントだ。マーチの事を里に言われたら罰が…」

「ひぃ…」


マーチはガタガタと震えだし、マッチが抱きしめる。気は収まらなかったが、リースが深呼吸をして無理矢理抑え込むと、マッチは住める場所と食事を用意するという。


「実を食べる以外の、地上に帰る方法を教えてください」

「帰る方法はあるが…今すぐは無理だ。とりあえず来てくれ」


マッチは泣いているマーチを引っ張り起こすと、壁に沿うように里の北へ案内し、一角に不自然に飛び出した石を押すと、洞穴が現れた。


「…こういった洞穴は結構あるんだ。昔は他の里と繋がっていたが…訳は知らないが閉じちまった」


リースは膨れた顔して中を確認し、一応安全そうであるとわかると、マッチと泣いているマーチを見下ろし、どうすれば帰れるか問う。


「里のみんなに認められて、友の証を手に入れるんだ。そうすれば収穫祭の時に、モースに乗って地上まで上がれる」

「友の証?…どうすればいいの?」

「…あ、あたしが前に言ったグレモスを退治すれば…」

「――バカっ!あんなの人の子に無理に決まってるだろ」


どうやらグレモスの話はホントの様で、リースはモースの巨体を思い出して暗い顔をする。


「グレモスには弱点があるって、里長が言ってたわ」

「…祭は3日後だ。それを過ぎるとしばらくねぇ…あぁ、ここは地上と時間の流れが違うからな。たぶん説明してもわからねぇだろうけど」

「――!?…わかった。里の人には言わないであげる」

「すまねぇ。人の子」

「ごめんなさい。人の子」

「リース!よ!」

「「り、リース…」」


マッチが後で食事を持ってくると言うと、二人は耳を押さえながら帰っていく。やっと落ち着ける時間になり、ずっと手を握っていた少女を見る。そうしていないと消えていなくなってしまいそうで、離せなかったのだ。


「え~と…フラウさん、じゃないのね?…これからどうしよう…」


洞穴の壁に寄りかかり座るリースは、なにも答えず、ただ微笑むだけの少女を抱くと、今更ながらに全身の痛みや疲労感を覚え、うつらうつらとして深い眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ