世界樹へ
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第七迷宮区の東外郭門を一台の馬車が通り抜ける。
門の外にも大勢集まっていたが、衛士が長柄の警棒を使って人波を掻き分け道を開らく。そこを御者席に座ったアリエルが馬の手綱を操り馬車を進める。
馬車の外装には色鮮やかな千の花が彫刻されていて、護衛するエルフの美貌と合わさり、人々からは感嘆の吐息が洩れていた。
四人が余裕を持って乗れる馬車の中には、毛布に包まれて眠るフラウと、白いブラウスと紺のジャンパースカートを着たリースが乗っていた。
予備は無かったのだが、魔法学園の旧学生服を着ていた方が、学園から毎年融資されている道中の村々で優遇されるだろうと、マールが気を利かせて譲ってくれたのだ。
足元には暗闇を怖がるフラウの為に、沢山のランタンが用意されていたが、ずっと寝ているので使われていない。
リースは肩掛け鞄から白い小さな本を取り出すと、綿の妖精を呼び出してフラウの枕元に移した。
(ちょっと大きくなったかな?)
泣き腫らした目で綿の妖精を見つめるリース。夕食後に一緒に寝たフラウは朝になっても目を覚まさず、今までずっと泣いていたのだ。
同日に魔法学園へ旅立つルーティ達も、遠出する格好で見送りに来てくれたが、フラウの容態には打つ手がなく途方に暮れていた。
そこへ以前会ったヴィヴィという少女と、隣の家に滞在するエルフのアリエルが馬車で現れ、慌ただしく世界樹へ向けて出発する事になった。
門の外では深緑色の外套を纏い、フードを被った者達が左右五人ずつおり、金色の髪に尖った耳をしたエルフの男エルトゥスと、銀色の髪に尖った耳、褐色の肌をしたダークエルフの女オリヴィアの二人を先頭に整列していた。
「これより世界樹の麓まで彼の方を護衛する任に当たる。出発!!」
エルフ達は馬車を取り囲む様に並び、等速で歩み出した。
空は僅かに雲が出ていたが、日の光は暖かい。冬場であっても大陸南西部のこの辺りで雪は滅多に降らず、リースも見た記憶がなかった。
「アリエルさん、世界樹までどれくらいで着きますか?」
御者席側の窓から顔を出して質問するリース。
「早ければ六日…遅くとも七日で着くだろう」
「フラウさんはすぐ良くなるんでしょうか?」
「それは…私にもわからない。君は魔素儀式を受けるのだろう?」
「はい。フラウさんに薦められて…けど儀式には時間が掛かると聞きました」
「早い者なら二日で済む…安心していい。君だけでも今年中に孤児院に帰れるようにする」
冬の終わりが近づく今日は冬の七十一日。
あと十九日で新年になり、リースが知る一般的な暦では、新大陸暦六十三年になる。だがこの世界の暦はひどく曖昧で間違いが多く、各国が自国の暦が正しいと主張し、好き勝手に作るので種類も豊富にあった。
魔法王国では前身の西人国時代から続く西暦を使い、一年は百八十日の表と裏で三百六十日。春と冬のみとし、西暦二千五百五十六年になる。
また帝国は一年を三百六十五日とし、一月三十日前後の十二ヶ月として、皇暦三十三年だ。
モルトが持つ真実神の加護付き学術書には、四桁の数字と複雑な記号で記されていた。
リースは新大陸暦四十八年の春生まれで、日数まではわからず、季節が巡ると年が増える。
高級な鑑定魔道具で逐一調べればわかる事だったが、毎日ギルドや役所に通うわけにはいかず、大抵有料だ。
四年前の冬に身分証が焼失し、迷宮都市で新たに作られた身分証には、リースの曖昧な記憶が頼りの十歳で、父親に聞いた春生まれとあり、所在地に対して役所公認の印があるだけの物だ。
孤児院前に捨てられていたカリムに至っては何もわからず、拾われた季節が夏で体格からしてリースより一季遅れの十五歳になるとされている。
学が無い者などはそもそも適当な年齢を答え、誕生日など知るはずもなく、リース達はまだいい方だった。
(迷宮都市を離れたから?フラウさんの顔色が幾分か良い気がする)
馬車は街道を東へ進み、鐘五つの距離にある妖精の里を目指している。この街道は昔、西人国から出発した開拓者達が切り開いた道で、大陸北西の魔法王国から南下し、学園都市から商業都市へ、南東の迷宮都市、妖精里、自由民国と続き、北の神聖教国までを結ぶ由緒ある街道だった。
日中は街道に魔物も現れず、一般には西風街道と呼ばれている。神聖教国の教会関係者達は、約束の地へと至る巡礼の道として、わざわざ魔法王国まで馬車で行き、神聖教国まで歩いて戻るのが古い習わしになっていた。
「この時期、妖精里ではモース祭が催されているが、今夜は早めに就寝し、早朝には出立する。悪いが――」
「あっ、大丈夫です。わかっています」
「…そうか」
妖精里は七都市連合一の穀倉地帯であり、大陸南部に生きるすべての人の主食となるパンの材料、小麦が大量に収穫される。一年の終わり、この時期になると大量の食材を使って祭りが開催されていた。
モースと言う魔獣とも幻獣とも呼ばれる生物が多数現れ、祭られた大量の食材や料理を食べ尽くして行くのだが、翌年には豊作が約束される。妖精種達の間で長年続く行事だ。
他にも普段見ない妖精種や幻獣が多数集まり、獣人達にしても幻獣を目にする事ができる滅多にない機会で、様々な種が入り乱れる人気の祭りとなっていた。
「そろそろ奈落の裂目だ。ここを渡れば妖精里の穀倉地帯に入る」
先程までは左右に森があったが、今は小高い山の峡谷で、遠くには広々とした穀倉地帯が見えた。その手前には大きな裂目が北から南へかけて続いている。馬車一台分の幅の丈夫な橋が架かっていて、底の見えない暗い崖下には風船の様な物が多数浮いていた。
「あれはバルーンと呼ばれている。時々バカな人種がちょっかいを出そうとして、誤って裂目に落ちるらしい」
「そ、そうですか…?」
ふとリースは小さな話し声に気付く。
可愛らしい声は背後から聞こえてきており、チラリと見れば、馬車後部の窓枠に腰掛ける、羽の生えたとても小さな女の子が二人いた。
(――!?よ、妖精?もしかして幻のフェアリー!?)
「――いたいた♪前に人の魔法使いが落ちてったわね♪」
「落ちた落ちた♪て言うか落とした?きゃはは♪」
「もっと近づきたいって願いを聞いてあげたの~♪…んん?あの子こっち見てるわ♪」
淡い光に包まれた小さな妖精らしき二人は、リースがチラチラ見ている事に気付くと笑い出し、リースの心に不安を掻き立てる。
(――なに?嫌な気持ち…妖精じゃない?)
「見てる見てる~♪怯えた顔も可愛い~♪」
「どうする?どうしちゃう?」
「見られちゃったわ♪秘密なのに~」
「あたし達のこと誰にも言わないで~♪」
「え!?あ、はい…」
「きゃはは♪良い子ね~♪お礼に良い事教えてあげる♪」
手招きする妖精?に警戒しながらも、不思議な雰囲気と好奇心に負けて近づく。するとどんな方法を用いたのか、二人が後部の窓を勢いよく開くと、リースの身体はスルリと外へ投げ出された。
「――は!?きゃああぁぁー!!」
宙に浮いたリースの身体は不自然に一回転し、橋から転落していく。それを見たエルフ達が何かを叫び、驚愕した表情で見下ろしていた。
深い闇の底へ落ちていく恐怖に意識が遠退く中、楽しげに嗤う声が聞こえてくる。
「きゃはは♪あたし達は~♪フェアリーじゃなくって~♪ピクシーよ♪」
「ばいば~い♪」




