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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
7/169

魔狼売却

6


壁内の守衛所は外郭の壁と一体化した造りで、入口上部には丸盾に二本の槍を交差させた印があった。

古ぼけたアーチ扉と鉄格子が嵌まった窓が一つあるだけの、ずいぶんと寂しい外観をしている。


「狭いところだが入ってくれ」


入口から中を覗くと、中央には重そうな木製テーブルが置かれ、奥に一人掛けの椅子、手前に三人掛けの長椅子があった。

部屋の隅には場所を取る大きな棚と小さな机があり、山積みされた羊皮紙の巻物が並んでいる。燭台に灯された小さな明かりは壁一面の張紙を映し出し、黄色味がかった紙には誰かの似顔絵や街の規則、税に関する事などが書かれているようだ。

中でも壁外を彷徨く魔物や賊の目撃情報が多く、中には赤いシミの着いた紙まであり、リースは不安そうにフラウの外套を掴んだ。


「適当に掛けてくれ。あぁお前はそこで待て」


衛士長が奥の椅子に座ると、リース達に長椅子へ座るよう手で示し、魔狼を担いだまま入ろうとしたレイジを手で制した。


「まずは身分証を確認させてくれ」


そう言われたリースは鞄から手の平サイズのカードを取り出す。それにはリースの名前、誕生日、身元引き受け人の名前の他、迷宮都市市長の署名と捺印、奉仕ギルドの押印がされていた。


「これは奉仕ギルドのカードじゃないか。書かれている内容からすると…やはり未成年の保護対象者だな。まったく…お前達は何をしていたんだ!」


衛士長は奥の部屋で帰り支度をしていた二人の若い衛士を叱りつける。本来奉仕ギルドの被保護者カードでは門を出ることができない。リースは一番忙しくなる時間帯を見計らい、他の集団に紛れて街を出ていたのだ。


奉仕ギルドとは、迷宮都市市役所直轄のギルドであり、主に税を免除する代わりに仕事を与えたりする組織だが、未帰還者が多い街の特性上、孤児の保護も行っている。


「ごめんなさい、私がいけないんです…」

「そうよ、後でみっちり叱ってやるからね!」


ルーティに睨まれ悄気るリースをフラウが優しく撫でて気遣う。


「あとは魔狼の売却だな。おい!それをギルドまで運んでくれ!」

「お待ちください」


衛士長が若い衛士達に指示を出すのとほぼ同時に、入口からは門の前で見た商人風の男が入ってくる。

四十代くらいに見える茶髪を後ろで束ねた男は、小綺麗な服装をしていて、皆に一礼すると静かに話し始めた。


「私は商業都市から参りました商人のハーシェルと申します。魔獣の売却をご希望とお聞きしまして、ぜひ私にも買い取りの機会を頂きたく、お邪魔させていただきました」

「む?むぅ…本来は冒険者ギルドで売却し各商会の使いの者が買い付けるのだが…君らはギルドの関係者ではなさそうだな…君達次第だ」


リース達はルーティ以外、冒険者ギルドに登録をしていない。基本的に冒険者登録をしている者は、得た素材をギルドで売却する事になっている。ギルドが討伐された魔物の情報を調べたり、大商会が買い占め等をして市場の不活性化を防ぐ為だ。


リースは左隣に座って顔を真っ赤にしているルーティに、身体をあちこち触られて調べられている。右隣でもフラウが真似をして、右手をにぎにぎして遊んでいた。

微妙な表情をしたリースは二人に相談する事を諦め、商人に買い取りをお願いする事にした。


「では鑑定させていただきます」

「…ん?あぁそっか。ここに降ろしていい…ですか?」


門を通ってから終始キョロキョロしていたレイジは、その格好が気に入ったのか魔狼を背負いっぱなしでいた。

衛士長が頷くと蛮族姿を名残惜しそうにやめ、肩を回しつつ商人の背後から作業を覗き込んでいる。


「…頭部がありませんね。この切り口はいったい…他には左脇腹に多少傷がありますが、シャドウウルフをこれだけ綺麗な状態で倒すとは素晴らしい」

「ふむ…たしかに。シャドウウルフはカッパーランクの魔獣だ。素早い上に生命力が高く悪知恵も働く。しかも影に潜る能力を活かして、影から影へ飛び移りながら襲ってくる。同じカッパーランクの冒険者なら2、3人で当たり、倒す頃には素材になる部位は少ないと聞く」

「その通りです。この魔狼はとても新鮮ですね。まるでついさっきまで生きていたかの様…解体はされていませんが、これなら金貨2枚と銀貨3枚でどうでしょうか?」

「金貨ってどのくらいなんだ?」

「はて?どのくらいとは?」

「ル、ルーティ姉さんどうかな?」


レイジの質問の意図が読めず、困惑するハーシェル。

リースは真横から凄い形相で睨む唯一の冒険者、ルーティに躊躇いながら聞いた。


「…シャドウウルフを倒した事ないからわからないけど、ギルドの値段より良いと思う」


ブスッとした感じで答える。

リースは売却を決め、ハーシェルも満足そうに頷くとすぐ外に控えていた男二人に運ばせた。

レイジは未だ気付かないでいるが、一般人が軽々と背負える重さではなかったのだ。

フラウにしても顔面を鷲掴みにした時は、手加減など気にもせずにしていたりもする。


「ではこちらに…金貨2枚、銀貨3枚になります」


ハーシェルはレイジでもフラウでもなく、リースに渡そうとしたが、リースはフラウにと訂正した。

フラウは渡された銀貨――金貨は直径1.5cm、銀貨は2cm程度の真円――をじっと見つめ、唐突にグニャリとコの字に曲げてしまう。


「「!?」」

「あーっ!フラウさんだめです!曲げたら使えなくなります!」

「そうなのか」


全員が唖然とする中、リースが慌て止める。テーブルの上に転がった銀貨は元に戻りそうにない。


「神々がお造りになられた硬貨を曲げてしまうとは…とは言っても稀少金属を得るために潰す国もありますし、神々の迷宮では失われた分湧き出すそうで問題ないのですが…よく曲がりましたね…ハハハ…」


そう話す商人ハーシェルは呆れている。リースは銀貨二枚をフラウの手から取り上げて衛士長に渡した。


「よし!では銀貨2枚、たしかに…」

「では私はこれで…皆さん、商業都市にお越しの際は、ハーシェル商会をどうぞご贔屓にお願いいたします」


深々と頭を下げてから立ち去るハーシェル。

衛士長は羊皮紙の一つを見つめながら確認する。


「あと魔狼は1体だけだったか?どこに現れた?」

「1体だけです。北の森の入ってすぐの所でした」

「ふーむ…魔狼は基本的に群れるのだが…それと北の森なら迷宮に強制転送されるはず」


訳知り顔でニヤニヤしているレイジを、ルーティが不審者を見るような目付きで睨む。衛士長は何事かを羊皮紙に書き込み終えると顔を上げた。


「うむ。では君達も帰りなさい。何か事情があるようだが、くれぐれも街中で騒ぎは起こさないように」

「はい…」

「リース行くよ。真っ直ぐ帰るからね」


怖い顔でリースの腕を引っ張るルーティ。

フラウも手を離さずについていく。


「あーっと、オレもついてっていいんだよね?」


入口に立っていたレイジを、事情を知らないルーティが睨む。


「リース、誰なの?この男」

「魔獣を代わりに運んでくれた人です。お金がないらしくて、今晩は孤児院に泊めてあげようかと…」

「前にも言ったよね?変なの拾ってきちゃだめだって」

「へ…変なの…」


ショックを受け膝をつくレイジ。

リースは約束だからと繰り返し、衛士長の手前ルーティは渋々了承する。


「フラウって言ったっけ?ありがとね。リースを助けてくれて」

「私が望んだこと…そう望んだんだ」

「フラウさん?」


繋いだフラウの左手は、また前後に振られている。

リースはちょっと恥ずかしくなり、ルーティはその様子に困惑した。




一行は守衛所から出ると南へ向かい、七区の中央広場に出る。周囲より幾分か下がった位置には、巨大な切り株があり、大きなうろには異様な存在感を放つ、門が設置されていた。


「フラウさん。ここが第七迷宮区の中央です。真ん中に見える門が迷宮への入り口で、七区には大樹迷宮があります。大樹迷宮という名前の由来は、まさに巨大な木の上に出るかららしいですよ。枝の上や幹の中を進むそうです」

「そうか。リースはなんでも知ってるな」

「な、なんでもはさすがに…」


リースが知識を披露すると、フラウは嬉しげに頭を撫でる。しかし日も暮れて、建物から漏れる僅かな明かりを頼りに進むしかないルーティは、呑気な二人に対してずっとご立腹だった。


「リース、観光案内はまた今度にして」

「はい…」


中央広場から南東へ道なりに進み幾つかの建物を横切ると、外郭の壁に面した場所に小さな孤児院が見えてくる。その手前では濃紺色のローブに眼鏡を掛けた、まさに魔法使い風の男がキョロキョロと誰かを探していた。

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