禍罪大迷宮
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長いようで短かった孤児院での生活が最後となる朝、レイジは目が覚めると背伸びをして身体を解す。
「――ふぅ。早く準備しないと。今日も忙しくなる――ん?」
天井からは時折小さな足音がしていたが、フラウの話によれば掃除好きな妖精がいるだけだという。
顔を洗いに外へ出れば、季節外れの暖かさを感じる。
孤児院と隣家を隔てた庭木が不自然に揺れたかと思えば、レイジの寝癖を撫でるかのような微風が吹き抜けた。
その先を辿って見れば井戸に水の精霊が現れていて、子供らに水を与えている。隣では色とりどりの花が咲く花壇の土が、モコモコと動いていた。
「まさにファンタジーだぜ…っとおはよー!」
「「おはようごさいます!」」
振り返った子供達の中でリースだけ表情が暗く、理由を聞くとフラウの様子が昨夜からおかしいのだという。
「なんでだ?…ん?もしかして?」
「――!な、なんですか?」
「いや…アレかな~て。女特有の…」
「え?……!?ち、違いますよ!レイジさんのバカ!」
何かに思い当たったリースは、顔を真っ赤にしてレイジの背中を叩く。そこへ門の方からモルトとルーティ達が入って来る。
「あれ?モルトさん朝早くに出掛けてたの?」
「やぁおはよう。ちょっと六区にね。ルーティ君達とはすぐそこで出会ったよ」
「おはよ。左手の調子は良さそうね。もう無茶ばかりすんじゃないよ?」
「大丈夫…なんて言っても信用できないか。すんません」
ルーティの後ろにはアレクの他に、水精霊を驚いた顔して見ている、黒い三角帽子に黒いローブを着た魔法使いの老人がいた。
「ルーティ姉さん。ちょっと…」
リースがルーティを連れて家の中へ入っていくと、アレクがモルトとレイジに老人を紹介する。
「こちらは魔法学園の教員で大魔導師のロデウス師です」
「あぁ!アレク君のお師匠さんですか。遠路はるばる、ようこそ迷宮都市へ!」
「お邪魔する。剣聖モルト殿」
「…えぇ!?剣聖って!?」
ロデウスの言葉に驚愕するレイジ。アレクによれば魔法王国や学園近辺ではモルトは有名人で、開拓者、攻略者、竜撃、剣聖の通り名があると言う。
「マジか!?攻略って迷宮の?竜撃って?剣聖は何をして?」
「まぁまぁその辺はまた今度に。ロデウス師はアレク君のお迎えに?」
「うむ…3年もほっつき歩いてるバカ弟子を迎えに来たのも理由の一つじゃが…老賢者会から別の用を押し付けられてな」
モルトがなるほどと頷きながら孤児院のフラウの部屋辺りを見る。
「昨夜は顔を見せず、すみません。僕とルーティさんは魔法学園へ行かなければならなくなり、色々と用事を済ませていたら夜中になってしまいまして…」
「魔法学園に戻るのかい?寂しくなるねぇ」
アレクはちょっと調べものをしに行くだけだと言い、十日程で戻ると言うと、ロデウスがブツブツと文句を言いつつも黒いローブの懐にある何かを弄る。
「師もそれを調べるのにお忙しいでしょう。僕も魔法の鍛練は怠っていないとわかってもらえたと思います」
「う~む…だがゴーレムの一つ二つ作成できんでは、まだまだ半人前よ。土の魔法使い…いや大地の魔法使いならばゴーレム、鉱石錬成、浮遊くらいは使えるようにならんか」
説教が始まらない内にと、アレクがロデウスをフラウのもとへ案内していく。
レイジは水精霊から水をもらい顔を洗う。ふと花壇を見れば、土の中からモグラのような何かがこちらを覗いていた。
(――土の精霊か!?オレにも見えるってことはまた成長したのか?フラウさんがいるとどんどん精霊が成長してるな…)
と、門の開く音に振り返ると、ヴィヴィがいてフラウの様子を見に来たという。
「あぁ。なんか昨日の夜に明かりを消そうとしてからおかしくなったってリースちゃんが言ってたな」
「…やはりもうだめなんだわ。フラウを送り出さないと」
中へ入って間もないロデウス達が早々に出てきてヴィヴィを見ると、軽く会釈をして挨拶を交わす。
「おぉ炎者ヴィヴィ様。お元気そうで安心しましたぞ。老賢者会の方々が音沙汰がないと、やっと死んだかと話しておりましたぞ?」
「…よし。今から一人残らず燃やしに行くわよ。アレクは馬車を呼んできて」
「やめてくださいよ。学園にあった学園長の像をスライムみたいに溶かしたのヴィヴィさんでしょ?あれ白金貨数枚もしたそうですよ?」
ヴィヴィは学園を去る際に、一番目立つ場所に飾られていた学園長の像を、ドロドロになるまで燃やして逃げてきた過去があった。
「…暗かったからリッチに見えたのよ」
「ひどっ…あ!フラウさんなんですが…迷宮から抜け出した日と同じように不安定になってまして…」
アレク達が行くとフラウは部屋から出ようとしないどころか、リースにしがみついて外は危ないから出さないと言い出していたと言う。
「…アリエル達に用意させるわ。フラウはもう時間がない」
「時間がないって?どうなるんだ?」
「…このままだと消えていなくなると聞いたわ。白の聖霊が失われれば世界にどんな変化が起こるかわからない。最悪、新たな生命が生まれなくなるかも」
「――は!?そんな重要な人を迷宮とか危ない場所に行かせちゃだめだろ!?てか神様はなにしてる?」
レイジが焦って色々聞くが、ヴィヴィは無視して隣りのエルフ宅に行ってしまう。アレクもルーティを呼びに行き、モルトはなぜかロデウスと花壇を見ながら何か話し込んでいた。
「ちょ…みんな一大事だろぉ?…?」
孤児院の中からリオが出てきてモルト達のところに行くと真剣な顔して話を聞いている。
「この子に魔法の才能がねぇ…」
「うむ…おそらく精霊に関わることで覚醒したのじゃろう。学園長ならば精霊魔法を教えることもできよう」
「院長先生…僕!行きたいです!」
モルトがリオの意思を確認すると頷き、ルーティを連れ出てきたアレクが出発は明日の早朝と告げた。
レイジが二階を見ると、子供部屋のカーテンの隙間からマールがリオを見ていて、その顔は悲しみに沈んでいた。
「――よし!今夜は…今夜もかな?宴だ!贅沢三昧するよ~!あと私からも重大発表があるからね」
モルトは朝食の準備をしにリオと共に中へ入っていく。
ロデウスが花壇を観察している中、アレクとルーティがレイジを呼び止めた。
「フラウとリースは世界樹へ向かうわ。私達もついて行きたいけど、魔法学園へ行かなければならないの。フラウの事を頼める?」
「あ…オレ、魔剣と逃げた男の件やギルドの指名依頼もあって今は動けないんだ」
「レイジ君も色々頼まれてるみたいだね。まぁフラウさん達にはエルフの皆さんがいるから大丈夫ですよ」
アレク達はまた夜に来ると言って帰っていく。その後、入れ違いでヴィヴィが戻って来て、レイジが出迎えた。
「…あなたもなにかと忙しい身なのね。着替えてらっしゃいよ。朝食もまだでしょ?」
レイジは今だ赤いジャージ姿で、ヴィヴィが言うにはマリも似たような服を着ていたという。
「ヴィヴィ…さんは店大丈夫なの?連日休業で?」
「…魔道具屋は使徒として活動する為の隠れ蓑よ。やらなくてもいいんだけど、一応売上はギルドへの魔道具の卸しや中央区の街灯交換などで潤ってるから、店の売上がなくても平気よ」
「…出た。寂れた店が潰れない理ゆぶっ!」
話している最中に杖が振るわれ吹き飛ぶレイジ。ヴィヴィは寂れてなんかないとぷんぷん怒りながら、孤児院へ入っていった。
フラウは誰がなんと言おうと孤児院から出ず、リースもトイレ以外は離してもらえなかった。
その上、闇をひどく恐れ、朝にもかかわらず明かりを付けている。リースにも疲れが見え、朝食後は部屋で過ごす事にした。
ヴィヴィはリースと大量の明かりを馬車に乗せ、日中の移動計画を立てた。
迷宮に潜る準備を済ませたレイジは、七区のギルド支部へ向かう。二の鐘が鳴る中、大樹迷宮の入口にはエルフ達の姿があった。
(迷宮か…くっそ。トラウマか?地下要塞の事を思い出せ!大丈夫さ!)
ゴブリン二匹に成す術もなく死にかけた記憶が甦り、折られた右手首や側頭部に幻痛が走る。
足早に支部に向かうと、体格のいい男達が改装作業をしており、少し離れた場所にはメーリンの他に男女一人ずつ、少し離れた場所にギンカがいた。
「おはよう。みんな早いな」
「おはようごさいます。改装作業は暗いうちから始めていただけた様ですよ。明日の昼には終わるそうです。あ!こちらはお手伝いしてもらうナッシュさんと、ハーフエルフでシェールさんです」
お互いに軽く挨拶すると、シェールが窓口となり事務をメーリン、素材仕分けはナッシュがするようだ。
レイジがメーリン達と話しているとなぜかカリムが現れ、改装の指示を出している親方に挨拶して作業に加わる。
「あの子は来年夏に親方の弟子になる子ですね」
「そう言えばカリムも15になるんだったか」
「今年もあと20日です。年末年始には大規模なお祭りがありますよ」
しばらく祭りの話をしていると、ギンカがそわそわし始め、レイジは予め用意していた銀貨が入った袋を持って、支部を見て回って来ると言い離れた。
「これは…早急に何とかせねば…」
ギンカに銀貨を与えながら悩んでいると、フィーリアが来て、シャケやヴィヴィも集まる。
「…集まったわね。今日は表層を下見するわよ。余裕があればギンカの為にガーゴイルを狙うわ」
「――そうか!銀貨じゃなくてもいいんだよな!必ず倒さねぇと…」
メーリンに出掛ける事を伝えた後、中央区へ入り、ギルドの南側の通りを進んで、第四迷宮区への門だった場所まで来る。
「ギルドカードを」
「…あっ…やべ。オレはストーンランクだった」
慌てるレイジの隣でヴィヴィが金色のカードを出して許可が下りる。
「…大丈夫よ。事前に許可は貰ってる」
門に近づくと急に寒気が増し、辺りを恐る恐る見回す。自警団員達は門には近づかず、離れた位置からこちらを窺っていた
レイジが代表して門を開ける事になり、かっこ良く左右の扉を両手で押し開こうとしたが、びくともしなかった。
「…なにをやってるの。右側だけでいいのよ。左は魔物の突撃に備えて固定してあるのだから」
「へ?」
振り返るとフィーリアをはじめ、周りの自警団員達が必死に笑いを堪えているのが見えた。レイジは顔を赤くして右側だけを押すとゆっくり開いていく。
「そういうのは先に言ってくれよ…!」
門の先からは冷たい風と共に死の気配が伝わってくる。レイジは改めて気を引き締めた。
「…行くわよ。ここから先は人外の世界。瞬きした次の瞬間に光があるとは限らない。常に覚悟しておいて」
「おう!」
人が造り出した禍罪大迷宮へ、一歩踏み出した。




