レイジの精霊契約?
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看護師のおっさんに見送られて病院を後にしたレイジは、フィーリアとヴィヴィ、そしてシャケを連れて、西側にある迷宮都市唯一の森林公園へ向かう。
この辺りには高級住宅地と低年齢層向けの学舎がある。上流階級の人々が住まう地域である為、衛士ではなく自警団員の見回りが頻繁に行われていた。
そんな場所へ立ち寄った理由は、レイジの力に疑いを持つヴィヴィが、確認しておきたい事があると言い出した為だ。
「…私は正直、反対なのよ」
「確認たって何すんだ?手合わせなら訓練所の方がいいだろ?」
公園なだけあって十分なスペースはあるものの、身なりの良いお年寄りや子供がいて、激しい運動をする雰囲気ではない。
「…戦闘なんて実戦で見せてもらうわよ。まずは…フィーリア」
「はい。まずはフラウさんから頂いた宝石を出してください。あれは精霊と契約を交わす事も出来る物です。あなたの側に精霊がいるので、譲って貰えたのでしょう」
いつからか、レイジは身近に何かの気配を感じていた。
ただし精霊などではなく、自分が殺した日本人女性の幽霊だと思い込み、知らないふりをしていた。
胸ポケットから宝石を取り出すと、貰った際には白く輝いていた宝石が、今は暗い輝きを放つ黒っぽい宝石へと変化していた。
「色が違うにゃ!?」
「…もう契約済み?」
「勝手に契約されているなんて…レイジさん何か変化はないですか?怠さや目眩は?」
「大丈夫…でもないな。さっきからフワフワした感じで、ちょっとフラつく」
時折影の外套の効果が現れて存在が希薄になるレイジ。ヴィヴィは自分の意思で操れるようにならないと、魔力のない者は体力を消耗すると言う。
「では宝石を持って身近にいる存在を強く感じてください。名を与え、確かな繋がりを持てば、力も抑えられます」
レイジは自身の影から常に気配を感じていたので、容易い事だと思っていたが、同時に恐ろしさも感じていて躊躇う。
「…早くしてね」
ヴィヴィに急かされると迷いながらも目を閉じて集中する。すると影から何かが抜け出してくる気配を感じ、同時に正面にいたヴィヴィ達が警戒している事もわかった。
「まさか!?上位精霊!」
「…あなた、なんて存在に好かれてるのよ」
訳もわからず振り返えると、視界いっぱいに闇が広がり、恐怖から仰け反った。
するとその闇は黒い滝のような漆黒の髪だとわかる。僅かに覗く白い四肢は細く、スラリとした艶のあるもので、顔はやはりあの日の日本人女性に見えて恐怖した。
地に足を着けず浮遊する精霊は静かにレイジを見下ろす。シャケには見えていない様子だったが、何かを感じているようで、押さえつけてくるような威圧感が四人を襲う。
「うぁ…や、やっぱり…こいつ――ぐはっ!?」
「にゃ~!?」
レイジがこいつ呼ばわりした瞬間、シャケを巻き込み吹き飛ばされて転がる。
「レイジさん!?言葉遣いに気を付けてください!相手は精霊であり上位の存在です!」
「…冥の精霊。闇の精霊と同一視されてるけど役割や格はもっと上。死の間際に出会うとされる精霊だったわね」
大量の漆黒の髪から覗く黒い目を細めると、霞んで消えていく。周囲にいた人々はレイジが勝手に転んだように見えたのか、気にせず穏やかな朝の時間が流れていた。
「うぐっ…契約ってもっと仲良くなるんじゃないのか?」
「上位者に力を貸してもらうんですよ?そんな考えではだめに決まってます!名を与えられるような精霊ではありませんでしたが…転ばされるだけで済んだなら結構気に入られてますよ」
「ツンデレか?…冥の精霊だっけ?どんな力があるんだ?」
考えごとをしていたヴィヴィがレイジに向き直ると、これまでの事を思い出すように言ってくる。
「…影の外套はあなたではなくて、冥の精霊が取り込んだのね。それとあなたの生命力に見当がついたわ。あなたは生命力の前借りをしていたのよ。言い方を変えれば寿命を縮める代わりに一時的にありえないほどの生命力を得ていた」
「「――!?」」
ヴィヴィの言葉にレイジ達は驚愕し、不安や恐れが顔に現れる。
(寿命を縮める!?なんだよそれ?今までに何回死にかけた?どんだけ減った?…くそっ!やっぱ優しくねぇ。無能な上に呪いかよ…)
「大丈夫ですよ。あなたは普通の人より生命力がありますから」
「フラウにゃが見てあぶない奴ならほっとかないにゃ」
暗い顔をするレイジに、ヴィヴィは怯えていた理由を聞く。
「…冥の精霊は見る者にとって一番印象が強い姿になるそうよ。あなたには何に見えていたの?…恐れや不安は精霊に悪影響を与えるから気を付けなさい」
「……」
(一番だって?ヴォルフよりあの…彼女の方が印象的だった?同じ日本人を…人を殺したから?)
ヴィヴィは黒いハチェットを取り出し、レイジに持たせる。
「…これは違うようね。シャケは警戒の短剣を構えて」
シャケが反りの大きい警戒の短剣を抜くと、ヴィヴィが唐突に殺気を放ち、ビクンと背を反らして反応する。すると短剣が強い光を放ち始めた。
「…あの看板目掛けてハチェットを振るいなさい!」
ぼーっとしていたレイジは、大きな声に驚いて勢いよく振るう。ハチェットの影は飛んでいき、探索者ギルドへの案内看板を傷付けながら通過して、奥の公共トイレの壁に当たるとビシッという音と共に亀裂が入った。
「やばっ!?」
「…なにやってるのよ。行くわよ」
中から驚いた顔をした老人が出てきたので、慌てて場所を移動する。
「事前に効果を教えてくれよ…でもすごいな魔道具って」
「…それは預けておくわ。さっきのように強い光がある場所で使いなさい」
探索者ギルドへ移動する前に、レイジはシャケと少し話がしたいと伝えて、ヴィヴィとフィーリアから離れた。
シャケはずっと一歩下がった位置で話に加わっていて、レイジが話掛けると目を細めて黙って付いてくる。
「なぁ…シャケは…シャケなのか!?」
「その問い方はないにゃ…わたしの名前はシャケにゃ。レイジも思い出したにゃ?」
「あっあぁ!つい最近思い出した。ほんとに…あの猫がふっ!?」
「獣人に対して動物呼ばわりは気を付けた方がいいにゃ〜」
シャケのリバーブローが決まり悶絶するレイジ。彼女は前世を思い出したと言うが若干話に食い違いがあり、首を傾げる。
「事故?あれはお互い助かったろ?てかほんとに…」
「にゃ?わたしの方が驚いたにゃ。迷宮の表層なんかで死にかけるなんて情けない奴にゃ」
レイジは咄嗟に言い訳が浮かぶが呑み込み、情報交換をしようと考えるが、急にシャケに抱きつかれる。
頭を撫でていると胸を軽く叩かれ、飼い主面はするなと言って離れていった。
「ちょ!?おまっ!――」
「今はわたしの方が先輩にゃ。一人前になるまで面倒見てやるにゃ~♪」
そういうとヴィヴィ達の下へ走って行ってしまう。
仕方なく戻るとフィーリアが訳知り顔でウンウン頷いていて、ヴィヴィは興味なくギルドへ行こうと率先していった。
探索者ギルドは多数の探索者達が出入りしており、夜間の攻略から帰った者達で賑わっていた。
情報収集をした後で冒険者ギルド前の不動産屋に行き、七区の借家について話をしようと決める。玄関ホールを見渡せば探索者達に混じり、普段着の者がいた。
ヴィヴィに情報を集めてこいと言われたレイジは、近くにいた男に何か情報はないかと漠然とした質問をする。
「は?あ~なら銀貨3枚だ」
レイジは交渉もせずに銀貨を渡すと男は笑い出した。
「――ハハッ!笑えた笑えた!お前素人だろ?ちゃんと何を質問するか決めてから声かけろよな?…あ~可哀想だから一つ教えてやるよ。最近は何故か銀が高騰してるってよ。どっかで買い占めでもしてるんかね」
男は銀貨三枚を見せびらかしながら、ギルドを出ていった。
返す言葉もなく見送ったレイジが情けない顔をして振り返ると、ヴィヴィが顔を真っ赤にして杖を振り上げ、フィーリアに止められる。
その横ではシャケが知り合いらしき探索者達と談笑しており、戻ってくると禍罪大迷宮表層は今朝から鉄級または鉄玉付以上限定で解放されていると言った。
「迷宮では死者を置き去り禁止にゃ。回収か焼却しないと食われて迷宮核から偽者が作成されるにゃ。それと迷宮杯は今までが嘘のように順調らしいにゃ」
「…あなたはもう一度いきなさいっ!」
レイジがフムフム頷いているとヴィヴィに足蹴りされ、泣く泣く優しそうな女性に声を掛ける。だが私服の受付嬢だったようで、逆に要件を伝えられた。
「レイジ様ですね。ギルドマスターがお呼びです。二階の応接室までご案内致します」
「え?オレ?…なんで?」
「…ギルドマスターからお聞きください」
その様子を見ていたヴィヴィが急に同行すると言い出し、受付嬢は一瞬苛立った表情を見せた後、ギルド長に聞きに上がっていった。
「…探索者ギルドの職員達には注意なさい。みんなカミュの息のかかった敵よ」
「ヴィヴィさん。まだ敵と決まった訳ではないですよ」
レイジが不思議に思っていると、レミィが現れて応接室まで案内される。
「…この男には私達の仕事を手伝ってもらうから。変な要求はしない方が身のためよ」
「……」
「ヴィヴィさん!そんな言い方しなくても…」
ヴィヴィはレミィの背後について歩きながら警告する。レミィが恐ろしい表情で一瞥すると扉を開く。中ではカミュが黒革のソファーに腰掛けて待っていた。
「彼だけでもよかったのですがね」
「私はあなた達を信用しない。必ずしっぽを掴んでやるわ」
「おのれ!言わせておけばっ!」
レミィの瞳が深紅に染まり今にも飛びかかりそうになると、ヴィヴィが不敵な笑みを浮かべて杖を構えた。
だがカミュとフィーリアがそれぞれ宥め、これ以上拗れる前に話をしようと言って、要件を伝えてくる。
「レイジ。君はここの訓練所を利用し始めてから料金を払ってないな?」
「…へ?」
「訓練時に使う道具代。数日間に渡る一流戦闘教官ガルドの個人指導。アイアン相当の冒険者三名の指名依頼…色々あるから払ってくれ」
「――え?えーーー!!」
身に覚えのない…とは言えない内容に愕然とし、助けを求めるように振り返ると、半眼で睨んでくる三人を見て救いはないと知る。
「情けで銀貨以下は切り捨てまして…大金貨8枚と金貨3枚になります」
「たけぇ!高いよ!」
「ガルドの個人指導は人気があるからなぁ。指名依頼も一日二日ではないし。まぁいきなり払えは乱暴だからな、代わりにある…生物を引きとってほしい」
生物という言葉に警戒していると、横の扉が開き銀色のヴェールを頭から被りドレスローブを着た者が出てくる。
瞬時に身構えるヴィヴィとフィーリア。シャケは匂いを嗅いでいるのか、しきりに首を傾げていた。
「…どういうつもり?それが何か分からないとでも思った?」
「もとはと言えばあなた方の友人、フラウさんのせいですよ!…得体の知れない銀の像を押し付け取引を持ち掛けてきたのは!おかげでうちの掃除係が金食い虫に…」
「「…は?」」
レイジ達には何の事かよくわからなかったが、ヴィヴィはカミュの話を聞くにつれて視線を逸らしていき、今は完全に知らんぷりを決めていた。
以前フラウが持ち込んだ銀の像を、スカベンジスライムが取り込み、突然変異を起こして銀を好んで食べるスライムになってしまったとか。毎日大量の銀を消費するので引き取れと言う。
「スライム?…は!?いやそれならフラウさんに言ってくださいよ!なんでオレが――」
「言える訳がないだろう!!」
突然テーブルを叩き激高するカミュ。レミィはしきりに頷いていて、ヴィヴィはもう興味がないのか、部屋の壁に飾ってある絵画をつまらなそうに見上げている。
「連れていくか、料金払うか、選べ!」
「ちょ!?落ち着いて?」
「滞納分を乗せ忘れていましたわ!白金貨は確実です!」
「――!?わかった!わかったよ!…好物が銀って…あ?」
先程の情報屋の男が言っていた事が思い返され、情けない顔したレイジが振り返ると、ヴィヴィの杖が振り下ろされて衝撃と共に闇に落ちた。
「…だから私は反対なのよ!この男は足手まといだわ!」
「ウィンディア様の指示です。従わないと後で嫌な任務を押し付られますよ?」
目が覚めると休憩室のようで、シャケの手が顔に乗っていて息苦しい。それを払い落として身を起こせば、ベッドの右側にある椅子でシャケが寝ていて、左側には変装した人型スライムが、身を乗り出して見下ろしてきていた。
「…目が覚めた?さっきは悪かったわね。ちょっと叩きたくなったのよ」
(ぐっ…なんて奴だ!ロリっ娘が!)
急に極寒の視線を向けてくるヴィヴィから目を逸らすと、先程の銀スライムが水銀でできたような手を伸ばしてくる。
「う、うわ…?」
「たぶん…食事の時間なのでしょう。お昼ですから」
「まさか一日三食か?急に銀って言われてもな…」
困っていると、ヴィヴィがベッド横に置かれたウエストポーチからレイジの銀貨の袋を取り上げ、中身を一枚一枚、銀スライムに放り投げていく。
「――ぎゃー!なにやっとる!?」
「…これしかないでしょ?大きさもちょうどいいし、一回の食事量を計るのよ」
スライムは銀貨を器用にキャッチして取り込んでいくと、ヴィヴィも少し楽しくなったのか、変化を加えながらポンポン放り込んでいく。
隣では声に驚いて飛び起きたシャケが、目の前の曲芸に拍手をする。そのさまを泣きながら見ていると、銀スライムが手を下ろして身体全体を波打たせ始めた。
「な、何枚だ?」
「…あ」
「あ、じゃねぇよ!20枚以上は投げただろ!?」
袋を取り返すが、ほとんど入っていない事に絶望する。
「いやいやいや!無理だろ?飼えねえよ!?どっかす――」
「…捨てるのは違法よ。従魔は原則殺処分よ」
「――!わかった…オレが…!」
向き直ると銀スライムはいつの間にか人型に戻っていて、レミィにどことなく似た顔をした美女に変身していた。
両手をレミィとは真逆の豊満な胸の前で組み、下からレイジを見上げてくる。
「お…お…おかしいだろ!?それはない!ないよ!?この手の展開はないって世界だろ!?」
「なに訳の分からないこと言ってるのですか?と言うより、いつまで全裸の女性を見つめているんです?」
「色まで変わったにゃ…ほとんど人にゃ」
何故か色艶まで生々しい全裸の美女となった銀スライムを、時が止まったように見つめていると、フィーリアの冷めた声に慌てて視線を逸らす。
「…ふぅ、もう行くわよ。不動産屋で家を借りるのでしょ?、嫌よ?宿無しの不潔な男と行動を共にするなんて」
「そうだった。探さなきゃ修理費が…と、とりあえず変装させねぇと不味いぞ?お?」
銀スライムはみるみる変形していき、銀のヴェールとドレスローブ姿に戻る。手足まで隠れたその姿は銀色の幽霊だ。
「そうにゃ!受付で識別の腕輪は貰ったにゃ。これにレイジの血を垂らして付けさせるにゃ。じゃないと討伐されるにゃ」
レイジは指先を軽く切り、滲み出した血を渡された革の腕輪に付ける。すると表面にレイジの名が表れた。
それを銀スライムに言って聞かせながら渡して腕に嵌めさせる。
「喋れないようですが、共通語の指示をしっかり理解してますね?」
「…変なスライムね。普通は魔法言語を要するのに…名前を決めなさい。毎回スライムでは迷宮で不便よ」
「そうだな…レミ…嘘ですスミマセン…銀か…銀貨…なんてね」
ヴィヴィが何も言わずに杖を取り出すと、レイジは慌てた様子で考え始めたが、銀スライムはギンカを気に入ったらしく、そのまま決まってしまう。
「…金の像が見つかっても知らないから」
一言そう言い残してヴィヴィは先に出て行ってしまった。




