世界樹からの来訪者
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「フラウさん!?」
リースの背後で突然倒れたフラウ。ルーティが仰向けにすると顔は青く、苦しそうに目をきつく閉じて震えていた。
冒険者ギルドのホールにいた全員が立て続けに起こった出来事に硬直する中、硬い表情をしたグラントとトリスは、モルトに一言断りを入れると、チェイスと自警団員を連れてギルドを出ていった。
「とりあえず子供達を連れて帰るよ。レイジ君とフラウさんは病院に行った方がいいね」
気絶しているアニィを抱え上げ、モルトが子供達に離れずついてくるように言う。
「オ、オレは行かなきゃ…」
「だめです!とても動ける状態ではありません!」
「そうにゃ!立てないのにどこ行くにゃ!」
フィーリアとシャケに肩を借りて立ち上がるも、身体にはまったく力が入らず、青い顔したレイジは二人に運ばれていく。その左手は元通りになったとはいえ、ピクピクと痙攣を繰り返していた。
「フラウさん!?フラウさん!」
「リースだめよ!そんなに揺すらないの!」
「…ごめんなさい。フラウの事は頼んだわ。明日には戻るから」
「え!?ちょっとヴィヴィ!?…もう!アレクは先に行って医師を確保して!リースも手伝って、病院まで行くよ」
グラント達の後を追っていくヴィヴィを諦め、ルーティはフラウの身体を起こすと、リースに荷物を持たせて病院へ向かった。
「おい、見たか?欠損を一瞬で治したぞ!?」
「いや…あり得ないだろ?神聖教国の大司教でもちょっとずつって話だ…皆飲み過ぎたか?」
「でもすぐ倒れたわ。かなり無茶したんじゃない?」
「あれ?自警団員がなんか言ってなかったか?」
「それより、俺も左手の指を治してもらいてぇよ。これじゃ結婚もできねぇぜ」
「お前相手がいないだろ?あ、こいつらか?ギャハハハ!ガッ!?」
静まり返っていた酒場はドッと沸き、一部では喧嘩が起こる。今見た信じられない光景に様々な憶測が飛び交った。
酒場の奥で静かに飲んでいた魔法使いの男は、フラウが運ばれていくのを、鋭い目つきで見ていた。
コの字型の病院に辿り着くと、白衣を着た綺麗なお姉さんとおっさんが出迎えてくれた。
レイジはたれ目で大きな胸をしたお姉さんを見て一瞬顔がにやけるが、彼女は横を通り過ぎフラウの元へ向かっていく。前を向くと建設現場にいそうなおっさんが笑顔で近寄ってきて、がっしりとした腕でレイジをお姫様抱っこした。
「いやいやいやマジで行かなきゃ!行かなきゃいけない気がするんだ!」
「ったく、世話の掛かる奴だな。さぁお着替えの時間だ♪」
一階東棟の病室に移動してベッドに寝かされると、フィーリアがレイジの身に起きたことを説明する。
「レイジさん。治癒魔法は相手の生命力を消費させて怪我や病を治します。欠損の回復ともなれば、通常は時間を掛けて行うものです。一度に行うと生命力を使い果たし、最悪、治っても死んでしまう場合があるからです。今はゆっくり休んでください…?」
服を脱がしにかかるおっさんと、それに必死に抵抗するレイジは話を聞く処ではなく、鼻息荒くシャケが見守る。フィーリアは赤くなった頬に手をやり部屋を出てた。
向かいに建つ西棟は女性用で、ベッドにはフラウが死んだように横たわっている。止めどなく流れる涙をそのままにリースが側に寄り添う。ルーティは魔道具らしき板をかざしたまま首を傾げるお姉さんを見て問う。
「どうなの?どんな状態!?」
「う、う~ん…」
唸ってばかりのお姉さんに代わり、フィーリアがやって来て様子を窺う。
「――精神の乱れ、強い恐怖に心が蝕まれています…」
「あの、あなたは?」
モルトの知り合いだというフィーリアは、フラウの額に手を当てると淡い光が包み込む。するとフラウは幾分か表情を和らげた。
魔道具を取り替えると言い残し部屋を出ていくお姉さん。入れ替わりにやってきたアレクとシャケを交えて、先程起きた出来事について情報を交換する。
「レイジは大丈夫なのね?…本当に生命力だけはすごいわね」
「すごいの一言で済ましていいものか…レイジ君は度々命に関わる大怪我をしています。その度に神聖魔法でない魔法で即時完治させ、一日二日で歩き回れるというのは…正直異常ですよ」
常人なら軽度の裂傷などの回復であれば問題なく動けるが、骨折や内蔵の負傷は身体の怠さやひきつりなどにより、数日間の休養が必要になる。欠損ともなれば部分的に少しずつ回復していき、左手なら一季はかかるものだ。
その点、神聖教国の誇る神聖魔法では相手の生命力も補完して回復するので一度に完治する場合もある。
「ヴィヴィは回復魔法でなくて…なんとかの魔法って言ってたにゃ?」
「復元ですか?僕も詳しくは知らないですが、生命力を消費しないことから神聖魔法に近い…いえ、命のない者にも通じるからそれ以上になりますか…」
「ならなぜレイジは倒れたの?」
ルーティ達が首を傾げている中、フィーリアはフラウを黙って見守る。
「あとフラウが心配で先送りにしてたけど、バーバラが死んだって…つい夕方まで元気だったのに…」
「まだわかりませんよ。以前もありましたがギルドカードを盗んだ者が死亡し、確認した自警団員が誤った情報を出したこともありました」
隣ではシャケがフィーリアに対し、レイジの様子がおかしかった事について質問する。
「レイジはなんであんなに取り乱してたにゃ?」
「剣を奪ったと言う黒髪の方は、闇ギルドの拠点から救出した方の特徴と似ていたので…先程病院に確認しましたが、やはりいなくなっていたそうです」
その後、付き添いの滞在は二人までと注意されたルーティ達は、リースとフィーリアを残して出直す事にした。
リースはフラウの側を片時も離れず、その手を両手で包み、祈るように額に当てる。銀の耳飾りを左耳に付けて、念話を送り続けながら後悔していた。
(…私がもっと気遣っていれば!孤児院に帰って来た時からおかしかったのは知ってたのに!)
肩に触れたフィーリアから休むように伝えられるが、首を振って拒否すると、病院から支給された毛布を掛けもらう。
「大丈夫ですよ。彼女はとても強い方です。直に目を覚まします。その時あなたが寝ていては寂しいでしょう?私が起きていますから、休んでください」
「…はい。ありがとうございます」
リースは我知らず疲れていたのか、椅子に座ったままベッドに突っ伏すと間もなく深い眠りについた。
するとフィーリアが良いことでも思い付いたように、そっとリースを抱え上げてベッドに寝かせる。辛そうな表情をしていたフラウが寝返りを打つと、リースを抱き寄せた。
「フラウさんの為です。役に立ってください。ふふふっ」
二人へ毛布を掛け直すと自身も椅子に腰掛ける。両手の上に小さな精霊を呼び出すと、なにかを言い付け、精霊は消えていった。
翌朝、鐘の音と共に目覚めたフラウが最初に見たものは、リースの赤い髪だった。腕の中に心地よい温もりを感じ、より近くへ引き寄せる。願ってもない状況に目を細めた。
(リース…リースと一緒にいると…何て表現するのだろうか?楽しい?嬉しい?…幸せ…そう幸せだ。ずっとこうしていたい)
(――?…!?)
腕の中の温もりが身動ぎをするが、逃がしたくないフラウは抱き竦めて赤髪の中に顔をうずめる。
「え?フラウさん!?あぁいやです!嗅がないでっ!」
(良い匂いだよ、リース…すまない。昨日は悪かった。許してほしい)
(…大丈夫ですか?…私の方こそごめんなさい。フラウさんにはたくさんお世話になっているのに…)
昨日と違い落ち着いた雰囲気のフラウに戸惑いながらも、お互いに謝る。リースはいつの間にかベッドに寝かされている事に気付き、抜け出そうと身をよじる。
(今朝は冷えるからもう少しこのまま…)
「――どっどこ触ってるんですかぁ!」
「おはようございます。朝から元気ですね。けどお二人の時にしてほしいです」
リースが声のする方を見ると、フィーリアが毛布で顔を半分隠しながら見ていた。
「ハッ!?はうぅ!離してください!」
「…誰だ?」
フラウは不機嫌そうにフィーリアを見ながら、リースを解放する。フィーリアは立ち上がり、帽子を取り頭を下げた。
「はじめまして。私は天人ウィンディア様の使徒。フィーリア・―――・テトラリーフと言います。世界樹の麓、エルフ・ガーデンからあなたとあなたの中に眠る、白の聖霊様をお迎えに参りました」
リースは首を傾げ、フラウはハイエルフと小さく呟いた。




