調教師イヴ
55
「伊ヶ崎さ~ん。大丈夫だって、同じ日本人だよ?きっとわかり合えるから。それより施設の方お願いしますよ~」
明かりのついていない暗い会議室の奥には、まだ少年の声で話す者がいた。
長テーブルを挟んだ向かいには伊ヶ崎と呼ばれた中年の男性がいる。
だいぶボロくなった背広に眼鏡を掛けた男は額に汗をかきながら、苦しそうな表情で話す。
「イヴとかいう女が地下で何をしているか知ってるぞ!こんなこと間違ってる!あの子達はまだ子供なんだ!やめさせてくれ!」
少年が頬杖をつきながら嗤う。顎を少し上げると伊ヶ崎の横にいた大男が伊ヶ崎の頭を掴みテーブルに叩きつけた。
「――うぅっ!」
「…伊ヶ崎さん。ボクはさっきから大丈夫と言ってますよ~?信じてくださいよ~。行き倒れていたあなたを救ったボクですよ?この後予定あるんで行きますね?次は良い知らせを期待してます」
少年はそういうと大男を連れて部屋から出ていき、階段を下る。
伊ヶ崎は口内を切り血を流していたが、足早に後を追う。
階下の向かいには扉があり、二人の黒い外套を着た男が立っていた。
伊ヶ崎が少年を追いかけて行く中、地下の病院のような場所では全裸の男が鉄格子にしがみつき、顔を押し付けながら絶えず叫んでいた。
奥の大きな扉は分厚く、何の音も漏らさないが、禍々しい気配が漂っていた。
一の鐘が鳴り、第五迷宮区の広場には、多数の獣人冒険者達が集まっていた。
獅子獣人の大男ガオウが先頭に立ち、ライガとオラが左右に並び立つ。
「お前達!時間だ!長らく受けてきた屈辱を晴らす時だ!行くぞー!」
「「おー!」」
深く大きな掘りを越えて、北側へ獣人達がなだれ込む。
本当は北西の内郭門から直接四区へ進むのが最短ルートだったが、獣人狩り以来、四区側も五区側も、内郭門は厳重に閉鎖されていた。
その為、北の貧民街と呼ばれる迷宮区に指定されていない、空白地帯を経由して向かう。
ここにはお金がない者や犯罪に関わった者等、人や獣人に関わらず不法滞在していて、四区に並ぶ危険な場所だった。
都市に断りなく建てられた雑な家屋が建ち並ぶ場所に入る。
そこら中荒れていて、まだ都市の外の方が清潔感があるように感じた。狭い通りを道なりに進むと、人の少なさに疑問を抱く。
「人がいないだと…それにこれは…腐臭か!?」
ガオウが異変に気付くと同時に、通りの先から死霊と化した住人達が現れる。
誰もがひどく汚れた身なりをしているが、中には冒険者風の者や、まだ若い町娘風の女などもいた。
「どうなってんだぁ?全員、死霊になっちまったかぁ?」
「わかんねぇがやるしかねぇ。けどこの数はちぃとやべぇぞ?」
獣人冒険者達は自身の武器に聖水を振りかけていき、迫る死霊の群れを迎え撃つ。
「――蹴散らせー!」
ガオウの合図で飛び出す獣人冒険者達。死霊の力や動きは元となる者の能力に影響されるので、それほど苦もなく斬り倒し灰にしていく。
黒い靄がそこら中から広がる中少しずつ前進するが、ボロい家屋から飛び降りて来る死霊や、ゴミの中に埋まっていた死霊が飛び出して来て、少なからず負傷者が出た。
低級の死霊は噛みつきや引っ掻きがほとんどだが、その体液や腐肉には毒や瘴気からなる瘴疫、熱病があり、治癒の為のポーションが数種類必要になる。
「狭くって戦い難いなぁ!」
「らぁ!…おっ、もう少しで広場だ――!?」
ライガが死霊の大男をハルバードで叩き斬り前を見ると、広場には黒い靄を纏う大きな魔獣がいた。
腐りかけの身体は赤黒く、四足の巨体は不気味に蠢いて、目玉がない。その蜥蜴は広場に留まり門番のようだ。
「死霊化したバジリスク!…来ない?通りを守っているのか?ハハハハッ!闇ギルドの馬鹿どもめっ!」
ガオウが遠くから聖水を投げつけると、避けはするが反撃はなく、獣人冒険者達は嬉々として聖水の瓶を投げつけていた。だが次第に残りが少なくなり手詰まりになる。
「おい!聖水をもっと持ってこい!」
「むぅ…あれに接近戦は相当被害が出るぞ?」
するとこちらに向かって首をもたげていただけの死霊バジリスクが、突然口を大きく開けると蠢く何かを吐き出し、獣人冒険者達の一角に浴びせる。
「ぎゃあぁぁ!」
「――なに!?そいつから離れろ!」
蠢く黒い液体を浴びた獣人数名が苦しみのたうち回ると、唐突に止まる。起き上がった彼らの目は赤く、魔人化したことを示していた。
「バカなっ!?下がれ!皆下がるんだ!」
魔人化した獣人冒険者達が近くの者に襲いかかり、乱戦になる。バジリスクの身体は再び蠢きだし、ガオウ達は距離を取って仲間だった者達を始末した。
「――くそが!…魔道具で焼き払う!それまで近づくな!」
と、バジリスクの背後や周辺から多数の死霊が現れ、ガオウ達はここの住人は全滅したことを理解した。
「…長い戦いになりそうだぜ。レイジの奴は中央から向かう奴らに参加してねぇだろうな?」
モルト達は要塞一階の裏手から無理矢理侵入し、死霊の群れを倒しきると、広い中庭に黒い石碑が立っているのを発見した。
モルトやチェイスは、その石碑の表面には何も書かれていない事を確認すると、予定通り左回りに確認していく。
「一階は死霊置場ですかね?罠にしては多過ぎて下手したら自滅ですが…」
「外壁側にはまだ無事な部屋があるね…あそこ、大きいのいるみたいだねぇ」
チェイスが左手の扉を開けてすぐさま離れると、中から黒いトロルが飛び出してくる。モルトが軽く飛び上がり首を一閃すると、反対側の壁に激突したトロルの頭はポロリと落ちた。
だがすくにも頭は煙となってもとの場所に収まり、トロルは立ち上がるとモルト達に向き直る。
「――おや?普通のトロルじゃないね?」
「モルトさん気をつけてください!ギルド上層部で話があった古の魔神の影です!」
黒いトロルは目がなく、代りに胴体には無数の人の苦悶に歪む顔があった。
油断なく構えていると、突然チェイスが脇に剣を振るう。打ち合う音がして、直後に黒外套の小柄な男が一人現れた。
「チッ!ついてねぇな。心気使いの2人かよ。あんな女を迎えに来たばかりに…」
「貴様!戦闘部隊長のロトゥだなっ!」
チェイスが逃げるロトゥを追いかけて行き、モルトはトロル魔神と対峙する。
「…あれ?レイジ君達は?」
手術室には中央に女性の死体を載せた手術台があり、壁際には不気味な器具が無数にあって狭かった。
気密性でもあるのか、外の音は全く聞こえない。
奥には更に小部屋があり、水槽らしきものが複数見えた。
その部屋の入口ではオークとガマガエルを足したような外見の白衣を着た女がいて、レイジを見ながら舌嘗めずりする。
レイジは迫る自動人形の鋭い突きを避けつつ、状況を冷静に確認する。
(っ!突きも動きも遅い!ガクガクしてて整備不良だ!間接を狙う!)
レイジが突き出された自動人形の腕を引くがびくともせず、そのまま鞘で間接を叩くが無駄に終わる。
逆に捕まると振り回され、壁の棚に叩きつけられた。
「グブブブッ♪その自動人形は世界で二番目に硬いと言われるアダマンタイト製よ。そしてオーガすら叩き伏せる力があるわ。人が抗える訳ないじゃない」
自動人形の追撃を苦無で受け流そうとして砕け散り、右腕を抉られて血が流れる。
「あなた、顔は可愛いし黒髪黒目も綺麗ねぇ。外にいた男見たでしょ?彼も黒髪黒目なのよ~。そして異世界人なの。すごいでしょ♪2年くらい前だったかしら?同じ黒髪黒目のブッサイクな女と2人で、浮浪者達のおもちゃになってたのを私達が救ってあげたのよ♪」
(――救った?こんな奴らが!?)
女の唐突な話に驚愕していると、自動人形の突きが左の二の腕を抉る。
「驚いた?異世界人なんて言葉、普通の生活している人にはわからない言葉よ~?あなた面白いわぁ…もしかして…あなた…ギルド長と同じ?…す、すごいわ!大手柄よ♪」
(――!?同じだって!?)
女の話が気になり自動人形の突きに反応が遅れ、徐々に傷が増える。
「きっとお喜びになられるわぁ♪ここの計画もうまくいったし、一番の活躍よ!きっとギルド長は私と…グブブブ♪」
一人で勝手に喋り続ける女は、手術台に載っていた整った顔を酷く歪ませた女の頭を拾う。
目は見開き口をパクパクさせる死霊化した頭を、奥の小部屋にある水槽に投げ捨てる。
「井戸や外の水槽に繋がるこの循環装置を使って、貧民街のゴミ共を死霊にしてやったのよ。あのおっさんはうるさかったけど良い仕事したわぁ」
(――くそっ!いてぇ!まずはこいつをなんとかしないと!)
レイジがウエストポーチから粘土質の黒い塊と水の皮袋を出すと、自動人形にそれぞれ投げつける。
自動人形は避けもせずに両脚に受けると徐々に固まり、前のめりに倒れて手術台に手をついた。
「――!?やったわね!お仕置きしてあげるわ!」
女が大きなペンチを片手に近づいてくるが、レイジは鎖鎌を出すと、自動人形に向かって下から巻き付けるように鎖分銅を振るう。
左脇から右肩、右腕に巻き付くと分銅が遠心力を効かせて、鎖部分に多数付けられた黒い粉の入った紙玉を叩き割る。
――パンッ!パッパパパッ!!
その瞬間、連続的に破裂し衝撃が起こる。
光と音が女と自動人形を襲い動きが止まった。
レイジが助走を付けて自動人形に体当たりをすると、手術台ごと女の方に押し寄せた。
「――ぎゃ、ぎゃああぁぁぁ!」
大きな手術台とそこに載るバラバラにされた女の死体、衝撃で停止した軽くはない自動人形が、白衣を着た女に降り注ぐ。
すぐさま離れて黒い粉の紙袋を床に叩き付けるレイジ。
パウダー状の粉は舞い上がり、狭い部屋に満ちると、魔道具のランタンを取り出して火を付け――られなかった。
「ギィーーー!!」
「がっぐぅぅぅ!」
真っ赤に染まった女が突然台を押し退け立ち上がると、大きなペンチでレイジの首を挟み持ち上げた。
「てめぇ!優しくしてやりゃあつけあがりやかってぇ!くそがぁぁ!!あの女のように生皮剥いで焼き入れてやるぅ!」
「ぐがああぁぁぁ!」
落としてしまったランタンの代わりを探すが見つからず、目の前が真っ赤になっていく。目茶苦茶に暴れるが、女は更なる馬鹿力で絞め上げる。
「さっさと落ち――な、なに!?何をしたの!?ひぃ!?暗いわ!!目がっ!目がぁー!!」
女は突然ペンチから手を離すと両目を押さえて叫び出す。
床に投げ出されたレイジが朦朧とする意識の中、ランタンを掴み火を付けた。
「て、てめぇみてぇな豚が、そのセリフを吐くんじゃねぇ!」
――ドォーーン!――
ランタンを床に叩き付けると火が一気に膨れ上がり、狭い部屋の中を舞い散る黒い粉に引火する。
粉塵爆発が起きてレイジが入口の扉まで吹き飛ぶと、女も奥の小部屋の水槽まで飛んでいき落ちる。
黒い水に火が移り、激しく燃え上がった。
「――ぐぼおぉぉぉあぁぁぁ!」
女が水槽から上半身を出すと、その姿はグズグズに溶けていて、異形の化け物になっていた。
更に溶けて別の異形になる事を数回繰り返した後、燃え上がる黒い水の中に沈んでいく。
「レイジさん!レイジさん!!」
部屋中火の海になると歪んだ扉の隙間から、フィーリアが手を入れてレイジを引っ張る。
レイジは全身に重度の火傷を負い、左手に至ってはなくなっている。既に息が止まっているのを確認するも、フィーリアは治癒の力を送り続けた。
そこへ背後から黒光りする大きな魔銃を構えたデイズが現れ
、フィーリアを下がらせると扉を綺麗に丸く撃ち抜く。
「そいつを連れていけ!――なんだ!?」
「――え!?うそ…」
部屋の奥、燃え上がる水槽が黒い輝きを放ち出し、割れた壁からは濃霧が立ち込め始める。
「逃げろ!早く!」
レイジを抱き上げたフィーリアが離れていく中、デイズは部屋を確認して、ある物を見つけると引き摺って後に続いた。
その日、迷宮都市に新たな迷宮が生まれた。




