赤い目の魔神
50
ミスリル銀製の小人型ゴーレムは、身長八十センチ程の寸胴体型で、枝のように細長い手足をしている。胸部は割れて内部が露出しガラス玉もヒビ割れていた。左腕も肩から先がなく、至る所が凹んでいる様は出来の悪いブリキ人形の様だった。
見た目よりは軽いがそれでも三十キロ以上はあり、両手で抱えれば戦闘は不可能だ。雷火の男達にはその役割があり、余すことなく持ち帰りたい女達が、渋々ながらに背負っていた。
「お~も~い~!これを地上まで担げっての?ありえない!」
ティアナはゴーレムの右腕が入った袋を担ぎ、最後尾を遅れながらついてきている。解体されたゴーレムの中で一番軽い部位を真っ先に選んでいたが、最初に音を上げていた。
「捨てられる訳ないでしょ。これがあれば探索者なんて危ない仕事してないで、ヤマトに家買って…あとはギルドの職につけたら安泰なんだから」
水色髪のサキが、胴体の半分が入った袋を重そうに背負いながら答える。隣には同じく水色髪のアコがマリックに気遣われながら歩く。
「大丈夫だから。あなたは周囲を警戒して」
「え?う、うん。わかった」
そう言われたマリックだったが、アコの表情に疲労の色が窺えると、疲労回復の魔法を使ってしまい、エレクから注意されていた。
サキとアコは自由民国ヤマト出身の双子だった。
女だらけの貧乏農家で、長女が婿をとったのもあって、成人して間もなく家を出た。
その後、養殖迷宮のくじ引きで幸運にも当たりを引いた二人は、当面の生活費を得ていた。しかしいずれは蓄えも尽きると思い悩み、迷宮で知り合ったティアナに誘われるがまま、迷宮都市までやって来たのだ。
美しい金髪ロングのティアナと、欠けた眼鏡を掛けた青髪ショートのレーンは、神聖教国から来た者達だ。贅沢な暮らしを望むティアナは金儲けの話が大好きで、逆にレーンは多くを語らず謎の多い女性だった。
歳が近く将来に不安があって寄り集まった四人は、良い関係を築けていたが、雷火の噂を聞きつけたティアナが誘惑する計画を立ててから狂い始めた。
他の三人も仕方なくティアナの計画に乗り、それぞれに誘惑する相手が決められる。レーンはトマスを、サキがエレクで、アコがマリックとなっていた。
魔法王国出身のエレクとマリックは兄弟で、トマスとアデルは魔法学園時代からの付き合いだった。
魔法士過程卒業と共に迷宮都市で探索者を始めたが、武器も魔法もそつなくこなして、あっという間にランクが上がり、期待の新人として持て囃されていた。それ以来アデルが学園に戻りたがらず、続けている。
雷の魔法を得意とするエレクは思慮深く、まさにリーダーの気質で、堅実な考えを持つサキとは馬が合った。
それに比べてマリックにはまだ幼さがあり、ティアナに指示されたアコが親密に接すると無茶な頼みも聞き入れていた。しかし次第に積極的になるマリックに、アコは罪悪感を募らせていく。
トマスとレーンはお互いに口数が少なく、二人の仲に進展が見られないとティアナは不満を持ち始め、以前ほど話す機会はなくなっていた。
「素材を置いたら少し休憩して、それから彼女達を追おう」
「獣人パーティーの出発は明日の朝だったな。サソリゴーレムの素材を幾らか渡す約束をして、朝まで荷物を見ていてもらわないか?」
エレク達が相談している間もアデルとティアナはいちゃつき、マリックは気になってチラ見している。出口が近づいてくると、アデル達が遅れだしティアナが後から追いかけると言った。
エレクもサキも不満を露わにしたが、言ったところで聞く二人ではないと思い出し先に行く事にした。
「なんだか…暗くないか?」
「…そうね。それに静かだわ」
エレクとサキがちょっとした違和感に気付き、林の中を固まって慎重に進む。すると濃密な血の匂いが漂い始め、小さな人の声が聞こえる。
「――い。ないよ…頭が、頭がないよぅ」
「っ!?」
エレク達が茂みから覗き見た光景は、血の雨でも降ったかのような野営地だった。
獣人パーティーのリーダー、ララカは両足の脛から骨が飛び出しているのも構わず、地を這いながら何かを探している。
そのすぐ側に横たわる獣人の死体には頭と右腕がなかったが、装備から妹の兎獣人だとわかった。
周りの木々には右腕のない獣人達が頭を串刺しにして吊るされていて、裂けた腹から辺り一面に内蔵が散乱していた。
女達が耐えられず嘔吐し、マリックが恐怖から尻もちを着く。飛び出そうとするトマスを、エレクがしがみついて止めた。
「ぜっ全員動くなっ。絶対動くなっ」
エレクは頭上の陰りの原因が洞窟へ向かっている事に気付く。
「――ティアナ達が!」
サキが服を引っ張って訴えるが、エレクは頑なに離れることを禁じて、しばらくの間ララカの絶望の声を聞き続けた。
周囲の明るさが戻って来ると、トマスが耐えらないとばかりにエレクを振り解き、助けに向かう。
「うっ…お、おい!しっかりしろ!落ち着け!」
「…あ?あぁ、アァァー!!」
「マリックッ。くそっ、あいつどこに?トマス!静かにさせろ!」
むせ返るような血の匂いの中、トマスが近づくとララカは狂ったように叫び出した。構わず両脇を抱えて獣人達の死体から遠ざけると、膝から下が変な方向へ捻れるのもお構いなしに暴れ始め、仕方なく首を絞めて落とした。
エレクが木の陰に隠れていたマリックを引きずってくるが、恐怖でまともに口が動かず、青い顔したアコが落ち着かせようと手を握り、話かけ続けた。
「普通じゃないぞ…オーガ?トロル?そんなんじゃない。獣人達がこんな…か、飾った?のか?」
「それよりティアナ達が来ないわ!」
エレクには既に最悪の事態が予想されていて、一人で見に行くと言い出すサキに、仕方なく付いていく事にした。
「アデルゥ、皆怒ってたわよ?いけない人ね」
「ちょっとだけだよ。こういう緊張感、好きだろ?」
洞窟から少し離れた場所で、アデルは木を背にして立つティアナと抱き合っていた。
瞼を閉じて熱く求め合うティアナは、突然の衝撃と腹部の熱を感じ疑問をいだく。
自身を抱くアデルの腕が小刻みに震え出し、口の中に生暖かい液体が流れ込んで来ると、疑問と不快感から目を開け、白目を剥いたアデルと見つめ合った。
「―――!?――!??」
ティアナが驚き顔を反らすと口から真っ赤な血が溢れ出した。直後、腹部に強烈な激痛を覚えて下を見る。するとアデルの腹からは真っ黒な太い腕が生えていて、自身の腹を貫いていた。
「ぇあ?あぁ!?うぁ…あぁ…ァ…」
ずるずると引きずり出されていく感覚と、激痛から麻痺していく感覚を感じながら、目から光が失われていく。
アデルの体を通して引きずり出した物を咀嚼する魔神。奪い取った右腕の白い手で、アデルの右腕を引き抜くと、身体諸共横へ払い退ける。
そして木にもたれ掛かるティアナの頭部をもぎ取り、右腕をねじ切ると、胴体の穴から手を突っ込んで掴み、洞窟へと入っていった。
離れた場所の茂みには驚愕するエレクと、口に手を当て大粒の涙を流すサキがいた。
氷の精霊クリスタリアは主の危機に喚ばれずとも顕現する。
「聖霊様!お気を確かに!わたくしが時間を稼ぎます!」
クリスタリアが入口に現れた魔神に飛び掛かっていくと、ヴィヴィが杖を支えに立ち上がる。
「…全員聞きなさい!魔神は魔物や魔獣とは違う!偽りの神格を持つ、正真正銘の化け物よ!奴の声を聞いてはだめ!仲間を信じなさい!」
「シャケ!バーバラ!アレクとヴィヴィを守って!フラウ!?お願い助けて!」
虚ろな目をしていたフラウは、ルーティの声に徐々に光が戻る。
目の前では魔神が投げつけてきた死体を、クリスタリアが大剣の腹で受け止めていたが、直後に繰り出された拳が死体ごと大剣を砕き、氷の腹部を貫く。
そのまま異常に長い腕を振り回して、クリスタリアを上下に分断した。
クリスタリアは全身を氷の嵐へ変え魔神を呑み込むと、氷柱を作り出して消えてしまう。
シャケもバーバラも震えが止まらなかったが、武器を構えて前へ出る。その後ろで魔水晶を取り出し詠唱を開始するアレクとヴィヴィ。フラウも銀の剣を抜き放ったが、普段と違い動きに精彩を欠いていた。
僅かな間の後、氷柱にヒビが入り砕け散る。魔神はほっそりとした女の白い腕を上げて、フラウを指差し唸った。
「グォォオォァー!(知っている。知っているぞ!)」
「――!?」
「(聖霊だ!お前は仲間を見殺しにした聖霊だ!)」
ルーティ達にはただ吠えているだけにしか聞こえなかったが、顔面蒼白のフラウはガタガタと震え出し、息は荒くなり、視線は定まらない。
「…フラウ!聞いてはだめよ!奴の言うことは全部嘘!私達の声だけを聞きなさい!」
「(哀れな赤の小娘よ。お前は知っていて知らないふりをしている。なぶり殺しにされた様を!助けを求める叫びを!」
魔神が高らかに吼えると、濃密な黒い靄が左手に集まり槍の形状に変わる。手首のスナップだけで投擲された黒槍は一直線にフラウへ迫った。
「フラウ!?下がって!」
アレクの不可視の壁を容易く貫いた黒槍は、ルーティが展開した不可視の盾と激突すると、無数の黒蝿となって飛び回り降り注ぐ。その何条かの黒蝿の雨が、ルーティの身体に当たると膝をついた。
「カハッ…!」
「ルーティさん!」
「…だ、大丈夫よ!」
黒蝿の雨に打たれた部分の防具は焼け爛れ、二の腕や太腿、腹部等の守りの薄い部分には深く突き刺さってルーティは吐血する。フラウの様子から回復は期待できず、腰のポーチから薬を取り出して飲む。
ヴィヴィの火槍を頭に受けてもものともせず、黒い靄を纏った魔神はひとっ飛びで迫り、追撃の拳を振り上げる。再び展開された二重構造の不可視の壁を殴り付け、籠手で頭を庇ったルーティを青水晶の迷宮杯まで吹き飛ばした。
すると魔神の身体を覆っていた黒い靄が、迷宮杯に吸収され始め、初めて魔神が怯む。
その隙に横からシャケの魔槍が突き上げられ、反対側からはバーバラが剣を振り下ろす。ヴィヴィの輝く杖が袈裟懸けに振るわれ、アレクが重力を生み出した。
魔槍が白い腕を貫き脇腹を抉ると、魔神もさすがに堪えたのか、シャケを蹴り上げ殴り飛ばした。そしてバーバラの剣は首を捉えていたが、身体を捻った事で角に当たり、かすり傷を付けただけで止まってしまう。
重力が増した事で一瞬動きが遅れたが、力任せに抗うとバーバラの頭へ左手を伸ばした。そこへヴィヴィの杖が振るわれて赤い輝きが魔神を弾き飛ばす。
「――違う…違うんだ」
「…フラウ!しっかりしなさい!魔神の言うことはデタラメ!真実ではないわ!」
叫ぶようにフラウに言い聞かせるが、黒い玉が複数飛来しヴィヴィを打ちのめした。
「ゴオオォォォ!!」
起き上がった魔神がさっきまでとは違う咆哮を上げる。するとアレクとバーバラが頭を押さえて苦しみだし、ヴィヴィに向かって叫ぶ。
「何言ってるんですか!?今はそれどころじゃないでしょ!?」
「…アレク!?惑わされないで!」
「私にだって事情があるんです!好きで従ってる訳じゃない!」
青い顔したヴィヴィは懸命に説得するが、アレクは頭を抱えて喚き散らしている。その隣では憑かれたような顔をしたバーバラがヴィヴィを睨むと剣を構えた。
迷宮杯にもたれ掛かったままのルーティは、背中を強く打った事により動けずにいた。仲間が豹変していく様を見ても何も出来ず唇を噛む。
「(お前は守らない。お前は救わない。隠れてやり過ごす。血に染まる世界を、救いを求める数多の声を、目を閉じて耳を塞ぐ!)」
フラウはとうとう剣を持っていられなくなり、床に落とすと膝をついた。そして頭を抱えながら誰かに対して謝罪の言葉を繰り返し始める。
「フラウ!くっ!?やめなさっうっ!」
ヴィヴィがフラウの元へ向かおうとすると、突如バーバラが斬りかかってきて、杖で受け流した隙に蹴り倒されてしまう。
どこか楽しげな魔神はフラウにゆっくり歩み寄ると、手を伸ばした。そこへ右から銀の輪が投げられ魔神の頭上で広がると急速に回転し始める。
「グガァァァ!!」
魔神の全身を網の目状の青白い稲妻が走り煙が上がる。フラウと同じく膝をついた魔神は、銀の輪を力任せに破り捨てると、シャケに向かって黒槍を投擲する。黒槍によって脇腹を大きく抉られたシャケは、血飛沫を上げながら人形のように転がっていった。
「あ、あぁ…」
動かなくなったシャケを目にして絶望するフラウに、全身に深い焼け跡が付いた魔神が、黒槍を作り出しながら話す。
「(誰も助からない!全て死に絶える!赤の小娘のように…お前の前で引き裂く!)」
(嫌だ嫌だ嫌だ!…赤?)「…赤…リース…リース!?」
フラウが目を見開くと剣を摑み振り上げる。
黒槍を持った左手を切り飛ばし、顔の左半分を斬り裂いた。
驚いた魔神が飛び退く中、フラウの白銀鎧は雪の結晶を浮かび上がらせる。床から数センチ浮いた状態の魔神の脚を凍りつかせ、逃れようともがいた魔神の右脚は氷ごと砕け散った。
「だめだ!リースは死なせない!」
光剣はさらに光り輝き、魔神が咆える。
「(無駄だ!無駄!全て無駄!リースは死ぬ!必ず死ぬ!お前は救えない!)」
「だまれー!!」
フラウがめちゃくちゃに振るう極光オーロラグランドは、床を、壁を、天井を巻き込み魔神を切り刻む。それでも尚、魔神は嗤い続ける。
「(ガハハッ!ガハハハッ!あぁ楽しい!楽しいな!白い小娘…また遊ぼう)」
すると辺りに散らばった魔神の肉片や黒い血から、赤黒い煙が立ち込め、ヴィヴィ達が苦しみだした。
「…ぐっ…フラウ!毒よ!」
恐ろしい形相をしたフラウが外套を飜えし純白のオーラを周囲に放つ。赤黒い煙は掻き消されてゆき、アレクとバーバラも我に返って辺りを見渡す。
輝く剣、輝く鎧、輝く外套により、白く輝く光となったフラウは、魔神を塵一つ残さず完全に消滅させた。
「…いた、いにゃ…あ、あと…ちょっと…だった…の…にゃ」
シャケの大きく抉れた腹部は半分も繋がっていなかった。
ドクドクと血が溢れ出し、赤く染まる床。
転がった金の杯に手を伸ばしたが、徐々に瞼が重くなり、シャケは深い闇に落ちていった。




