怪しい男
4
沈みゆく夕日を西の空に見ながら迷宮区へ向かう途中、リースは岩陰に隠れている怪しい男を発見した。
黒髪を短く刈り上げた男は綺麗な赤い服を着ていて、履き心地の良さそうな白い靴を履いている。服の仕立てが変わってはいるが身なりの良い格好なだけに、門を睨みつつブツブツと呟く姿は異様だった。
そこへ商人と思われる人物が馬車に乗ってやって来る。怪しい男には気付いているようで、チラチラと盗み見ては周囲を見渡す。荷物らしい荷物を何一つ持たない身軽な姿は、野盗の斥候である可能性があるからだ。
(今度は黒髪だわ。珍しい…)
「どうした?」
「あの人、ここらでは見ない容姿で、変わった格好をしていますよね?」
「…何か違うのか?」
荷馬車を追っていく男を見つめるフラウ。彼女はほとんどの人が知っている原色の珍しさと、一般的な生活水準を知らないようだった。
「一般的に髪と目が原色の白や黒、私のような赤や青の人は珍しいんです。特にフラウさんの真っ白な髪は滅多に見ないんですよ」
「…原色」
「それと汚れや解れがほとんどない仕立てたような服を着ているなら、新品を買う財力がある貴族や大商人ですね。平民なら古着が普通なんですよ」
「リースは物知りだな」
「院長先生が色々教えてくれるんです。私達は学校へ行く余裕はないですから…」
「リースは頭が良い。良い子だ」
「は、恥ずかしいです。私も来年には成人なんですから」
頭を撫でられ顔を赤くして俯くリース。
同年代の少女の中でも小柄な方である為、知らない者が見ればまだまだ子供と思われていた。
「あっフラウさん。門を通るのに身分証か銀貨1枚が必要なんです。私は身分証があるのですが…」
「銀貨?」
「お金です。神様が造ったと言われているコレくらいの硬貨です」
リースは話ながら空いている手で親指大の丸を作る。
「物を買ったり権利を得たりするのに使います。お金には稀少金属が含まれているそうですよ」
「…持ってないと思う」
「そうですか…あっ」
と、そこへ先程の男が戻って来る。道の先では御者台から立ち上がっている商人と、荷馬車の中から身を乗り出した別の男が、何事かを話しながらこちらを窺っている。
「ちくしょー!こういう時ってテンプレで襲われてる商人とかお姫様に会うんじゃないのかよっ!オレが襲いそうだったよ!まったく!」
不穏なことを口走りながら真っ直ぐこちらに向かってくる。フラウは籠手の宝石を見つめたまま動かず、リースは仕方なく彼女の後ろに身を隠した。
男の身長は高く一般的な体格をしていたが、まだ幼さの残る顔は不安げで、そう年は離れていないようにリースには思えた。動向を注意深く観察していると、目と目が合ってしまう。
「うぉ!?す、すげぇ美女!北欧人?…な訳ないか。にしても白い髪とか赤い髪とか、ほんとコスプレかよ。ハハハ…?」
(なんかおかしな事言ってる!できれば関わりたくないけど、フラウさんが止まったままだよぅ…くっくるなー!)
「ねぇ君。この街の人?…うっわ!?なんかよく見たらボロボロだね!?あ、いきなりでびっくりしてるのかな?大丈夫!大丈夫!オレは安全安心無害な男だよ?」
(フラウさん!フラウさん!逃げましょう!変なのが来ました!)
フラウの外套を必死に引っ張るが、まるで大地に根を張った木のように動かない。
「おーい!お嬢さん達~?大丈夫ですか~?ちょっとお話しようよ~」
と騒ぐ男に、フラウは唐突に片手を突き出し、そのまま男の顔面を鷲掴みにして持ち上げてしまった。
「い"っだだだだだだ!!!」
「うるさい」
「フラウさんだめだめ!離してください!」
リースが慌てて男を引き離す。門の方を見れば衛士が辺りを見渡していた。
「フラウさん!無闇に暴力を振るってはだめなんです!門のところにいる衛士の人に見られていたら、牢屋に入れられちゃいます。街中なら特に!決まり事があって厳しいんです」
「…そうか、すまない」
「いえ…それよりも大丈夫ですか?」
「うおぉぉ…な、なんてパワーだ。スレンダー美女に出会って間もなくアイアンクローとかファンタジーだぜ…うぅ…」
顔を押さえて蹲る男はかなりの握力で掴まれたのか、指の跡がくっきりと残り赤くなっていた。
「ごっごめんなさい!不審者だと思って…フラウさんも悪気があってやったんじゃないんです」
「すまない」
言葉とは裏腹に、素っ気なく謝ったフラウは見当違いな方向を見ていた。その先は街の上空で、無数の光の軌跡が交差しながら彼方まで伸びていて、中央には大きな鐘が備えられた時計塔が浮かんでいる。
(あれはなんだろう…見たことがあるような)
リースの手を引いて進もうとするが、男が素早く前へ回り込み頭を抱えてうめき始める。
「う?…うっ!?うぅ!いたいいたい!顔面骨折だ!病院にいかないと死んでしまう!あの門を通れれば助かったのになー!アァダレカタスケテクレナイカナァ!」
「えー…」
あからさまな演技に半眼になるリース。興味がないフラウは再び見上げるが、時計塔も光の軌跡も見えなくなっていた。
(うぅ…このまま門の前で騒いでたら衛士の人が来ちゃう。そしたらあの顔見て…)
「フラウさん。この人も一緒に連れて入ってもいいですか?」
「…リースが望むなら」
「イヤッホゥ!第一関門突破だぜ!えーと…リースちゃん?君はどこに住…あ~と…へへへ…」
チラ見していた男は痛がる演技も早々にやめて、馴れ馴れしくリースのすぐ隣りを歩いていたが、フラウが睨むと怯えて数歩下がった。
「あっフラウさん。お金はどうしますか?」
「前の男が魔獣を見せていた」
商人が乗っていた荷馬車には、狼の死骸が積まれていた。道中で襲われたのを撃退したようで、荷馬車にいた男は腰の剣を衛士に見せながら談笑している。
「なるほど。さっきの魔獣を売却ですね」
「へっ?魔獣?さっきってなに?」
「ちょっと黙っててください。確かにあの魔獣なら売れますね。けど色々気を付けないとならない事があります。ちょっと来て下さい」
フラウを連れて岩陰に向かう。男はついて来ようとしたが、フラウが一瞥すると立ち止まった。
「あのマジックボックスは大変稀少な物だと思います。あまり他人に見せない方がいいですよ。それとフラウさんの装備もなるべく秘密にしましょう。街中でも治安が悪いので…」
「わかった」
「魔獣はこの岩陰に出して引っ張って行きましょう。ちょっとびっくりさせてしまうかもしれないけど」
「そうしよう」
フラウが岩陰に手をかざすと一瞬で大きな魔狼が現れる。ドサリと落ちた死骸からリースの足元まで頭が転がり口を開く。
「うぁ…あ!あの人に引かせましょう。呼んできますね」
リースに腕を引かれてやってきた男がそれを見て、ガッツポーズをした。
「ヨッシャ!来たぜファンタジー!!」