坑道迷宮深層へ2
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「…私の炎を受けても燃え尽きないなんて、良い装備を与えられている。庇ったのは慕っていたから?それとも死してもなお奴隷契約の呪縛からは逃れられないの?」
ヴィヴィの前では火球を浴びて炎に包まれた奴隷達の姿があった。死霊と化しても主人である帝国騎士の前へ出て庇った為だ。
槍を地に突き立て立ち上がった帝国騎士は、崩れゆく奴隷達の間を魔槍を抱えて駆けてくる。その進路を塞ぐシャケの身体は、度重なる魔槍との競り合いで傷だらけになっており、血が足りずにふらついていた。
ヴィヴィの紫の瞳が閃き複数の火球を放つ。体当たりを受けて転がったシャケと入れ替わりに着弾し、巻き上がる炎が騎士を包んだ。
ヴィヴィの背後を守っていた氷の精霊クリスタリアの顔に、焦りの色が見え始める。
己が振るう氷の大剣は魔神を容易く断ち切るが、欠損すればするほど、牙を生やした触手が無数に生えてくる。氷結による攻撃は時間稼ぎにしかならず、自身を留めておく為の精霊力を大幅に消費させた。
何度目かに振るわれた大剣を腕ごと触手に巻き取られ、予想を越える力で砕かれた。
大剣と腕はつららとなって魔神を貫き、地に縫い付ける。クリスタリアは狂おしいほどの思いの中、己の敗北を主に伝えた。
「ルーティさん!前に出過ぎです!連携を!」
「私が下がったらあなたが狙われるでしょ!それよりシャケを援護してあげて!」
アレクは重力魔法や不可視の壁の多用により、魔力が枯渇し目の下に隈ができている。足元には幾つもの薬瓶が転がっていた。
コルドランと共に髑髏頭の魔神を牽制していたルーティは、パーティーのリーダーとして状況の悪さを誰よりも理解していた。
視界の端では細槍をつっかえ棒に立っているのもやっとなシャケがいて、フラウは大型の魔神が振るう尾による一撃で壁まで吹き飛ばされた。
ルーティの前の魔神はいつまでも倒れず、両腕をバネのようにして飛びかかり、手に触れる物をなんでも握り潰さんとしてくる。焦りと苛立ちからコルドランとの連携もなっていない。
「コルドラン!私が動きを止めるわ!頭を狙って!」
「まっ待て!――!!」
飛びかかってきた魔神に対し前方へ身を投げ出して避けると、その背後から残る脚を切り落とす。
魔神はバランスを崩して転がる様に倒れたが、左腕一本で体勢を立て直し、追撃するルーティに右の拳を突き上げる。
コルドランがルーティの革鎧を掴み引っ張ると代わりに魔神の一撃を胸に受けて、壁まで吹き飛んで動かなくなった。
「うおおぉぉぉ!!」
口端から血を流しながら杖を振り上げるアレク。その手の中にあった魔水晶はみるみる色が抜けていき、粉となって散っていった。
そして両拳を投げ出さたままのルーティへ振り下ろす魔神に、黒光りする岩の槍が地面から吹き出し天井まで打ち上げた。
フラウは壁に打ち付けられはしたが、雪の結晶が浮かぶ白銀の鎧のお陰で痛みはほとんどなかった。
アレクの切迫した声が絶えず聞こえてはいるが、見ている余裕もなく、迫る太い尾を回避しながら光剣を振るう。蜘蛛頭の蛇魔神の尾を容易く切断したが、失われた分だけ伸び始め、その突きや薙ぎ払いは見た目以上に伸縮した。
その上、蜘蛛の腹からは粘性の白い糸を吐き出し、口からは毒液をまき散らして足場を埋め尽くして行動範囲を狭めた。
(…これが痛み…クリスタリア!?)
魔神の先でヴィヴィが帝国騎士の魔槍を受けて膝を着くと、騎士もボロボロと崩れ落ちる。
その先では短い両足に支えられて立つ魔神が、無数に生やした触手でつららを砕き、クリスタリアの胴体を貫くとそのままヴィヴィへ迫る。
(このままではみんな死ぬ!)
迫る太い尾を前にフラウの脳裏にはアレクの言葉が甦り――
「オーロラグランド!!」
光剣は閃き極光を放つ。
迫る太い尾も魔神の胴体も伸ばされた触手も、迷宮の壁ごと振るわれた光剣の軌跡全てを切断する。
「にゃー!!」
シャケが拾った魔槍を抱えてふらつきながら走りだし、触手を失った魔神の胴を貫く。渦巻く風の刃が胴体を弾け飛ばし、そのまま魔槍の重さにつられて前のめりに倒れた。
辺りに静寂が戻ると、フラウはシャケに近づき傷を癒やす。体力も回復したはずだが、シャケはフラウに寄り掛かったままだった。
「ぶはっ!――フラウさん!コルドランさんに回復を!」
アレクは吐血しながらもルーティに近づき、頭の出血を確認してすぐに命に関わる怪我でないと判断する。
しかしフラウはシャケの回復を終えると、黙ったままルーティの側に寄り添い手をかざした。
「――?フラウさ…ん?」
「彼はもう旅立った」
戦闘が終わった時にはもう、コルドランの気配を感じられなくなっていた。
フラウがコルドランに近づいて仰向けに横たえる。胸は大きく陥没し後頭部からは出血していた。
「にゃゃゃ…にゃゃゃ!」
シャケが四つん這いのままコルドランに駆け寄り、抱きつき揺するが目を覚まさない。フラウが止めるとシャケ達にしたように肉体の損傷を直した。
「すみません…すみません…」
アレクは俯きルーティの頭を優しく撫でた。
「命のない者も治す…いえ直せるのね。治癒魔法でも神の力を借りた神聖魔法でもない。元の状態に戻す復元魔法」
魔槍で刺されたヴィヴィの身体に怪我はなく、フラウに代わってコルドランへ左手を翳す。金の指輪が光ると半透明の布が現れ包み始めた。
「どうするのだ?」
「…この布は腐敗を止め、負の魔力を遮断する。私が預かるわ」
そう言うと別の、細工の細かい金の指輪が光り、コルドランの亡骸が消える。
「消えたにゃ!」
「預かるとは…?」
驚くシャケをおいて、ヴィヴィはフラウを連れてアレクの元へ集まる。
「…学園に残る古い文献には死者の蘇生に関するものもある。あなた達が望むなら、それまで保管していてもいい」
「死者の蘇生…」
「蘇るなんて聞いた事ないにゃ」
驚愕しているアレク達とは対象的に、フラウは誰かの記憶が蘇る。
(死者の蘇生は…なんだ?私の中の何かが激しく警告してくる…)
フラウが頭を抱え苦しみ出すと、ルーティが目を覚ます。アレクが背中を支えて起こし、徐々に状況を把握していくと泣き崩れた。
部屋の隅では放心したルーティをアレクがしっかりと抱え、ヴィヴィが話をしている。
シャケが外を見張る中、フラウは死霊の処理をして回り、遺品の魔槍と奴隷の1人が背負っていた炎にさらされても残った黒い箱から白い石板と高級紙を見つける。
(――魔剣?奪われた物を探しに来ていたのか…魂?世界協定?)
「――!?貸して!」
読んでいるといつの間にか来たヴィヴィに奪われる。
その紙には奪われた魔剣の奪還と世界協定なるものへの対処等が帝国から指示されていた。
「…こんなものを隠し持つなんて…見つけないと」
「どうかしましたか?」
幾分か持ち直したアレクとルーティが来る。
ルーティは鬼気迫る顔をしていて、アレクはだいぶ心配しているようだ。
「彼等は魔剣という物を奪われ取り返しに来ていたらしい」
「…なぜ迷宮攻略をしていたのかはわからないけど、見つけないと」
「それと奴隷の人数が1人足らないようだ」
「…探すわよ」
探している間もなく複数の迫る足音をシャケが聞き取り、ルーティが移動を指示した。
部屋の先の通路には分岐が多く、ルーティが迷っているとフラウが道を示す。
「さっきの奴隷が背負っていた箱に入っていた。道が示してある」
「え?これはすごい!!魔法の地図ですか!国宝級ですよ…帝国がこんな物まで使って探すものが…」
ルーティが白い石板を受け取り、淡く光って示された道を足早に進む。すると周囲に言い様のない違和感が出てきた。
分岐が等間隔であり、まるで人工的に造られたような通路を進むとフラウが皆を止め、石板に示された道から逸れた方の道を示す。
「フラウ?どうし――」
「誰かいる。かなり弱っているようだ」
暗闇の通路を進むと行き止まりになり、魔法のランタンで照らし出されたのは、全身傷だらけの女だった。
「首輪をしている。奴隷の女性だわ。助かる?」
フラウは傷を癒やし生きていることを確認すると、女に掴み掛かりそうな勢いのヴィヴィを制した。
「ここでは逃げ場がないわ。先に進みましょう」
アレクが女を担ぐと、シャケがランタンで暗闇の先を照らす。途中の分岐を曲がり、最初の小部屋で休憩する事にした。
すでに迷宮へ入ってから相当な時間が経過していて、皆見るからに疲弊している。通路に仕掛けを施し交替で仮眠を取ると、気を失っていた女が目覚め、止める間もなくヴィヴィが詰問する。
「わ、私はとある公爵家に飼われる戦闘奴隷です。仰る通り…魔剣奪還の命令を受けて、公爵様の信頼厚い騎士様とこの地に来ました」
帝国騎士は魔剣の持ち主が迷宮杯に参加しているという情報をどこからか仕入れ、公爵家の秘蔵の品である白い石板を頼りにここまで来ていた。しかし異形の化け物に襲われ、彼女だけがこの先にある闇ギルドの隠し部屋を探すよう騎士に言われていた。
だか途中で魔獣に襲われ力尽きたらしい。
「お願いします!どうか魔剣奪還を手伝ってくだっ!?」
女が嘆願するとヴィヴィが急に女の喉を掴む。
苦しみもがくが振りほどけない。
「…黙りなさい。世界の敵。あなたも帝国の公爵も殺す」
「まっ待って!落ち着いて!?」
ルーティが割って入り止めると、真っ青な顔した女が泣き出して謝る。赤く発光した杖先を女の頭に向けたまま、ヴィヴィが話す。
世界協定とは、十二人からなる老賢者会と、世界樹の頂きに住まう天人との間で交わされた協定で、様々な世界規模の問題に取り組む組織だった。
問題の魔剣は死霊や魂等の、人の域を越えた力や存在に関わる禁忌指定された物で、所有は原則禁止されているという。
「私は…天人に選ばれた使徒としてこの女を殺す使命がある」
ルーティ達が驚愕し女が震える中、フラウは度々起きる頭痛に悩まされた。




