弱者の剣
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「デェェイィィズ!!」
荒野の闇夜に光りが走り火花が散る。
その中を飛ぶような速さで疾走する暗い青髪の男、ザグリの姿はブレて二重に映り、光りが貫くと霞んで消えていき、ズレた位置に無傷で現れた。
闇ギルドの幹部ザグリは裏工作が本来の役目だった。
彼が使う幻夢の魔法は稀少な復刻魔法で、過去に偉大な魔導師が使った創作魔法になる。シャドウノッカーと同じ現象を起こす他、抵抗に失敗した者を深い眠りに誘う等、様々な使い道があった。
(クソ!なんでこんな事に!)
ザグリは喚くロメロを黙らせる為に、危険を冒して元ミスリル級冒険者のモルトをダメ元で眠りに誘い、一番小さいアニィを拐ってきていた。
その後六区の倉庫に預けると、自身は四区の隠し倉庫に向かい証拠などを処分していた。
そこでは坑道迷宮で行っていた実験の副次的な成果、迷宮魔物の召喚使役を試していたが、デイズの襲撃を受けて逃亡し荒野にて再び対峙する事になった。
「幻夢魔法とはな…さすがは闇ギルドの幹部か」
赤みを帯びた黒髪に黒い覆面で顔を隠したデイズが構えるのは、対戦車ライフルのような長大な魔法の銃だ。
人種の祖先である古代人が造り出した兵器で、本来は人が直接持って扱う物ではない。デイズが銀級の頃、魔の森にある遺跡に無謀にも挑み手に入れた物の一つで、魔力を消費して光弾を撃ち出す事が出来た。
デイズより長大な魔銃の三脚を立てて、バイクに股がるように乗って抱きつき、狙いを定めて引き金を蹴る。撃ち出された光弾は、遥か先の岩場から飛び出したザグリを掠めて、すぐ側の大岩を綺麗にくり貫いた。
「ゴールドランクの者に狙われるとは光栄!その首持ってマスターの所へ帰るとしよう!」
異常な速度で接近してくるザグリに対し、デイズは魔銃を軽々と起こして引き金横のレバーを切り替え踏みつける。すると頭上に撃ち出された光弾は拡散して、雨のように降り注いだ。
しかし光の雨を浴びる度、ザグリは岩場の至る所から現れては短剣を投擲する。黒い短剣も消えては現れる事を繰り返しながら数が増えていく。
「面倒な奴だ!」
多方面から飛んでくる短剣に、デイズは魔銃を振り回して打ち落とすと、飛んできた方向とは逆の地面に向けて魔銃を放った。
直前にザグリは飛び込むように身体を投げ出し、シャドウウルフと同じく地面に消えて、爆裂の影響をやり過ごす。
油断なく構えたデイズが魔銃を振り上げると、金属同士を打ち合わせた高い音を響かせて、ザグリが横に現れる。
「ハハハッ!これも見破るか!たいしたものだ!」
ザグリの振るう短剣を避けて光の雨を降らせると、周囲は光に満ちて青黒い鱗の服をボロボロにする。
飛び退いたザグリが何かが巻き付く短剣を投擲して、魔銃に当たると爆発した。
黒煙が立ち込める中、魔銃に一切傷はなくレバーを切り替えたデイズが、笑うザグリの眉間に銃口を合わせて頭を吹き飛ばす。
すると姿が消えて背後から現れる。短剣を突き入れようとするザグリの顔面を銃床で打ち据えた。
「ぐぶぅ!?」
「終わりだ」
魔銃を軽々と旋回させて光弾を放ち、ザグリもろとも地面を吹き飛ばした。
篝火はあるが薄暗い岩場の陰で、オラは子供達をあやして泣き止むように苦心している。ライガはヴォルフの亡骸を横たえると、ヴォルフの愛剣を探し始めた。
レイジは未だに現実を受け入れず、その場から動けずにいた。
(ヴォルフが…死んだ?死んじまった!?日本人の女に…本当に?本当に日本人か!?)
女の横顔は十代後半位の、まだ幼さの残る日本人女性に見えたが、恐ろしくて確認できずにいる。
「ファム!」
「おじちゃん!!」
暗闇から現れたデイズは子供を見るなり走りだし、怪我はないか確認している。
「子供は2人とも無事だぁ…ヴォルフが…死んじまったよぅ」
「!…そうか…すまない」
デイズはヴォルフの元へ行き、謝罪と感謝をすると、子供達は再び泣き出してしまう。
(オレのせいで…オレのせいで…)
「…レイジ、お前に話しておきたい事がある」
棒立ちのレイジにライガがよろめきながら近付くと、反りのある剣を見せながら静かに語り出した。
昔、この大陸にやって来た当初のヴォルフは体格にあった大剣を使い、大勢の仲間がいたそうだ。
幼なじみの彼女もいて全てが順調だったが、ある時仲間が誘拐され、追跡した仲間達と共に獣人狩りの一団と戦った。だが敵は強く、仲間は殺されてヴォルフは彼女と共に逃げ出したという。
ヴォルフは世の理不尽さに荒れ、隠れ潜んでいる間にも獣人狩りの被害は増加していく。ある日彼女はいなくなり、迷宮区の一角で獣人狩りをしていた者の死体と一緒に発見された。彼女は敗走した後も密かに戦い続けており、剣だけが残ったという。
「ヴォルフは五区で活動する獣人狩りを潰して回った。時には逃げ出し、時には死を覚悟して立ち向かった。毎日血だらけでよぅ。おれ達は心配で時々止めたんだ。それでも戦い通した。被害はなくならなかったが、あいつの姿を見た他の連中がやる気を出して五区は変わったんだぜ。あいつはこの剣を弱者の剣だと言って、いつも大切にしてた。たいした剣でもない、ただの普通の剣だ。でも強者に一方的に搾取されることに抗う剣だってな…レイジ、お前に託すぜ」
ライガが差し出す剣を抱きつくように受け取ると、膝を着いて唸るように泣くレイジ。細身の反りのある剣は傷だらけで曲がってさえいるが、見た目以上に重く感じられた。
ライガはなにも言わずにヴォルフを担ぐと、オラがロメロを担ぎ迷宮区に向かっていく。レイジの様子を見ていたデイズも子供達を連れてライガ達の後を追った。
一頻り泣いたレイジは顔を拭い、倒れている女の死体を確認する。
(ヴォルフ…オレも戦うよ。目を逸らさないって決めたからな!)
女を仰向けにするとレイジは息を飲む。そして黒外套の下はレイジの予想を越えていた。
女の顔半分は焼けただれ、見開いた目に口元は吐血で染まったまま笑っていた。
身体は見える範囲でもまともな所がなく、傷だらけで火傷や皮が剥がれたような部分も見える。そして黒革のベストの内ポケットには、レイジには馴染みのある手帳があり、震える手で取り出すと以前ならよく見かけそうな名前が確認できた。
その時、遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
暫く時が止まっていたかのような感覚から醒めて、手帳を元に戻して黒外套を被せる。レイジがよろよろ立ち上がると、近くに人の気配を感じた。
「大丈夫か?声が聞こえたんでな。こいつらは…闇ギルドの連中だな」
「…あぁ」
「…このままじゃ死霊になる。俺が処理しといてやるから街に帰りな。あぁこれをリースに渡しといてくれ」
レイジは虚ろな目で目の前の赤髪の男に疑問も持たずに従った。
「レイジ達はザグリと戦闘部隊の4人を討ち、こちらはヴォルフを失いました」
暗い探索者ギルドの二階には、ガルドとカミュがいる。
ガルドはレイジ達の跡をつけ、荒野の戦闘の際にはオラが対峙した相手に魔道具による攻撃を加える等、陰ながら支援していた。
カミュは真っ赤な液体が入ったガラスの杯を持ち、人型の肉塊に覆い被さる銀色の半人型スライムを見ている。
「それとトリスからの要請を受けたグラントは、第四迷宮区に巣食う闇ギルド関係者一掃に乗り出すようです」
「坑道迷宮で活動していたのなら、人目に付きにくい螺旋迷宮にもいるだろう…迷宮杯を荒らしてくれたお礼をしにいこうか」
カミュの金色の瞳は細められ、ガルドと扉近くに控えていたレミィが深々と一礼した。
曇り空で星明かりもない暗闇。痛いほどの静寂の中を五区の南外郭門へ向かう。門は開いていて、大勢の獣人冒険者達が集まっていた。
獅子の大きな獣人が、ヴォルフを抱えるライガの前に出る。
「ヴォルフ…ライガよ。冒険者ギルドから通達があった。翌朝、第四迷宮区にある闇ギルドの拠点を叩く!弔いだ!」
「おーーー!!」
ライガは黙ったまま頷き、オラも無造作にロメロを落とすと吠える。
一番後ろをついてきていたレイジの虚ろな目に、光が宿った。




