表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
43/169

咆哮

42


第五迷宮区は中央区を取り囲む迷宮区の中でも、南へ飛び出した位置にある獣人街だ。


迷宮門を中心に北西の四区、北東の六区、南の外郭門と分かれる三叉路の街並みで、緩やかな傾斜地に建つ家のほとんどが、軒のない白亜の建物で構成されている。


「おぉ…地中海の街みたいだ」


内郭門での手続きを待つ間、レイジは五区の見慣れない景観に暫し見入っていた。

行き交う獣人の服装は、六区や七区と大差なかったが、通り沿いの店で売られている物の中に、貝や魚などの海産物を見つけた。


(魚だ!久しぶりに見たな…何の魚だか知らないけどうまそう!)


塩漬けされたカラフルな魚を見ていると、店先にいた店員の獣人に睨まれる。するとライガに頭を抱えられて連れ戻された。


「あんまジロジロ見んなって。盗人と間違われるぞ」

「魚なんて久々だったから、つい」

「出発するぞ~」


御者台に座るヴォルフの合図で、帆馬車に乗り込み出発する。


(対象的にこっちは難民キャンプみたいだな…)


中央区側には5、6メートルはあろうかという深い堀が四区の内郭門まで伸びており、対岸にはボロボロな布で覆われたキャンプが密集していた。


所々から上がる煙の合間に見えた中央区への内郭門は、切り出された石が積み上げられ塞がれている。


(うへ~すごい匂いだ。一体何を焼いてるんだ…?)


スラム街を眺めていると、ボロの布を身体に巻き付けただけの半裸男と目が合った。

おもむろに上げた手を力なく振っていた男は、急にニカッと笑い黄ばんだ歯を見せてくる。レイジが顔をしかめて視線を反らした瞬間、帆を突き破って何かが顔のそばを掠めた。


「あぶね!」

「チッ!クソが!」


石ころを掴んで身を乗り出したライガに続いて外を見ると、弓を構えた獣人が浮浪者の男を威嚇していた。しかし男に逃げる素振りはなく、むき出しの尻を見せつけるように踊っている。


「レイジ~あっちには行くなよ~?この街一番ヤバい所だかんなぁ。真っ昼間から強盗、誘拐、殺人と何でも平気でするからさぁ」


大きな身体を小さく丸めたオラが、帆に空いた穴を人差し指で弄りながら警告する。


「マジか…自警団とかは?」

「奴らが俺達の為に働く訳ねぇだろ。仮に捕まえたとしても、放り込んでおく場所もなければ更正する望みもない。無駄無駄」


そういって石ころを投げ返したライガは、深いため息をついた。




三叉路の中心地よりやや北側にある迷宮門は、青白い光を放つ珊瑚に覆われた洞穴で、複数の出入口がある。そして迷宮門の目の前には、過去の経緯から人と距離を置く獣人の為に、冒険者ギルドの支部があった。


「ここの迷宮ってどんな感じ?」

「そうだな…水没地帯が多くて攻略は進んでないな。代わりに魔物も水生生物が多くて出てこないぜ」


五区の迷宮は海岸迷宮と呼ばれ、海と砂浜、珊瑚礁や海蝕洞が混在し、昼夜の移り変わりまである広大な迷宮だった。


色鮮やかな珊瑚や漆喰に利用される貝殻等が採取できる他、食用に適した魚介類も僅かに獲れる。炎天下の海や星空の砂浜を目当てに、獣人探索者を護衛に雇って遊びに行く人種が多く、富裕層の行楽地となっている。


「迷宮に星空ねぇ…それも魔物なんじゃないか?」

「気になるならメーリンって娘誘って見に行けば~?ここで告白するとぉ成功するぞぉ♪」

「そういやオラはここで嫁とイチャコラしてたんだろ?うひひぐぇ!?」


首を締め上げられるライガを余所に、獣人達が暇そうに屯しているのを眺めるレイジ。ざっと見渡しただけでも犬猫などの獣人が多く、ライガやオラのような虎や熊の獣人は少なかった。人種に近い姿をした者もいれば、全身毛に覆われた者もいて、見ていて飽きない。


迷宮門前にいた狐と狸が元と思われる、珍しい獣人達を眺めていた時、身なりの良い人種の若い男女が馬車から現れる。狐獣人に何かを手渡すと、連れ立って迷宮の中へ入っていった。


別の出入口から出てきた人種の男達は、釣竿と数匹の活きの良い魚を手に楽しげに笑っている。その後ろを獣人の男が硬貨の枚数を数えながら出て来ていた。


(ここは他の迷宮と比べてずいぶんと雰囲気が違うな。獣人はパッと見怖ぇけど、微妙なニュアンスが通じるだけ外国人より話せるかも)


「おい、そろそろ南門だぜ。気ぃ引き締めろ」


御者台からヴォルフの声がかかる。隣には虚ろな目をした御者がいて、手綱を引く手は小刻みに震えていた。

前方に門が見えてくる辺りになると、突然黒服の男が馬車の中に飛び込んできた。


「おわっ!?」

「デイズさん脅かさないでくださいよ!」


乗り込んできたのは四区に向かったはずのデイズだった。息を切らした様子もなく、うろたえるレイジを睨み付ける。


「孤児院へ帰ってこいと言ったはずだが?」

「あっアニィの行き先がわかったんですよ!南の荒野。尖った岩に囲まれた場所で落ち合うみたいです」

「わかってる。そこにいるのは闇ギルドの戦闘部隊だ。お前らでは行けば死ぬぞ?」


戦闘部隊という言葉にライガとオラは驚愕し、振り返ったヴォルフも目を見開く。


「それでも…行きます。ここで見捨てたらこの先なにもできない本当の屑野郎になっちゃいますから」

「…これを使え。危なくなったら振り返らず逃げろ。いいな!」


デイズからウエストポーチを受け取り初動の作戦を聞く中、ライガは頭を抱えてイヤイヤを繰り返し、オラは無言で馬車の天井を見上げていた。




南門を出ると荒涼とした土地が延々続く場所に出た。所々に岩場があって見通しが悪い。最寄りの岩場に馬車を止めると、デイズは音もなく降り立って薄闇の中へ消えていった。


「本気で行く気か!?戦闘部隊だぞ?ランクで言えばアイアンやシルバーの連中だって噂だ!」

「っ!…いくさ!」


今までになく真剣な様子のライガにレイジは一瞬たじろいだが、覚悟を決めるとヴォルフとオラも続いて頷いた。

項垂れるライガの肩を叩いたヴォルフは、倉庫にあった小瓶の中身を御者に嗅がせて待ち合わせ場所へ向かう。御者は相変わらず虚ろな目をしたままで言いなりになっていた。




「遅い!遅いではないか!?ファベルはどうした!?奴隷どもと迷宮核を持ってこさせろ!」


尖った岩に囲まれた場所。そこに停められた馬車の中には、金の装飾が目立つ白ローブをだらしなく着たロメロが座っており、口汚く喚き散らしていた。

馬車の近くには黒い外套を頭から被って性別もわからない者が四人と、艶消しされた青黒い鱗の全身服を着た男、闇ギルドの幹部ザグリが闇に溶け込むように立っている。


「…ファベルは迷宮に行った。奴隷は諦めろ」

「なんじゃと?危ない橋を渡り苦労して集めたのじゃぞ!?女のガキなら大金貨3枚!フッフハハッ!それを諦めろ?バカを言うな!!」

「もう殺ってしまうか…いや、ファベルの山だ。俺は俺の仕事をしよう」


そう呟くザグリに対し、黒外套の一人が無言で手を上げ、馬車が来たことを伝える。


「おぉきたか!?待ちくたびれたぞ!まったく…わしを待たせるなど――」

「あれは…迎えに行かせた馬車だな」


ザグリが合図を出すと黒外套の四人は道を空ける。しかし馬車は速度を落とさずにまっすぐ向かって来ていた。


「……?」


御者の顔が見えてくる辺りになると急に馬を激しく叩きだし、暴走した馬車をロメロが乗る馬車へ激突させる。


「おぉぉ!?お?ぐぎゃあぁ!!」

「なにっ!?」

「散れ!」


豪華な馬車は後輪が粉々になって傾き始める。内部ではロメロの背後にあった檻が中にいた子供もろとも滑り出し、ロメロを下敷きにして外へ転がり出た。


その瞬間ヴォルフ達は四方へ飛び出し、それぞれの敵に襲いかかる。レイジのすぐそばを流れた光弾は、驚愕したまま固まっていたザグリの眉間を貫いたが、その姿は霞んで消えていき、ズレた位置に現れたザグリのこめかみを二発目が掠めた。


「ぐぅ!?くそっ!追ってきたか!」


レイジが対峙した黒外套は、両手に歪な形をした黒い短剣を持ち、両腕を広げて舞うように回転しながら迫ってくる。その姿には現実味がなく、首へ迫る漆黒の刃をレイジは他人事のように目で追ってしまう。次の瞬間には黒外套の頭部を光が貫き、糸の切れた人形のように倒れる。それと同時にレイジは膝をつき、激しい動悸に喘いだ。


(…え?なんだ?何かされた?)

「ぼさっとすんな!!死ぬぞ!」


すぐ後ろからの声に振り向くと、ヴォルフは右へ左へ素早く回り込む小柄な敵に苦戦していた。

馬車の反対側では、全身から血を流すオラが絶えず戦斧を振るい続け、刺突剣を構える幽鬼のような黒外套を威嚇している。

その背後で長身の黒外套と取っ組み合いをするライガの背中には、短剣が深々と突き刺さっており、狂ったように吠え続けていた。


(ヤバい!ヤバい!なにやってんだオレは!)


震える手で取り出した薬瓶を、オラの背中に全力で投げつける。音をたてて割れた瓶からは薄緑色の薬液が漏れだし、オラの背中から湯気を立ち上らせた。


続けて駆け出したレイジは、黒い玉をオラと睨み合う敵の足元に叩きつける。それは強烈な閃光を発し、相手は腕で顔を覆った。

その隙に短剣を突き入れたが、まるで見えているかのようにあっさり避けられる。逆に左太ももを刺突剣で貫かれ、焼けるような痛みに膝をついた。


「あつ!?」

「レイジィ!下がってろっ!!」


オラは幾分か回復したようでレイジに代わり前へ出たが、敵の動きは素早く、すぐにも防戦一方になる。


(くそくそくそ!強ぇ!)


足を引きずりながら後退し振り返ると、ライガは右目を切られつつも短剣を握る腕に噛みつき、上から押さえ付けていた。

ウエストポーチから薬を出そうとするが、焦って手元が狂う。


「レイジ!落ち着け!お前ならやれる!訓練を思い出せ!」


どこからかここにいるはずのないガルドの声がする。どうにかポーションを取り出すと中身をライガにぶちまけ、黒外套の首に抱きつくように腕を回して締め上げる。その時ヴォルフの叫び声を聞き振り返ると、何故か傾いた馬車へ向かって行くのが見えた。


「ぐぅぅ!!きっきさまらぁ!このガキを殺すぞ!」


ロメロは倒れた檻に脚を挟まれながらも、隙間から手を入れ泣き叫ぶ子供を掴んでいた。

そして金属の杭へ叩きつけようとしているのを見たヴォルフは、小柄な黒外套の敵へ剣を投げつけると、ロメロの頭を蹴り上げ子供に覆い被さった。

そのまま追ってきた黒外套に、抵抗する事もなく背中を何度も刺される。


「あっ!ああっ!ヴォルフ!」


腕の中の敵は諦め悪く暴れているが、ライガが短剣を握る腕に噛みつき離さずにいるお陰で刺されずに済んでいる。


(なんだよ!さっさと死ねよ!!)


レイジが全身に力を入れて背を反らすと、ボキリという鈍い音がして動かなくなった。

はだけた黒外套のフードからは肉を剃りあげた骸骨のような顔を覗かせていたが、それを気にも留めずに蹴り飛ばしヴォルフの元に走る。


狂ったように短剣を突き立てている小柄な黒外套に背後から抱きつくと、両腕が千切れそうなほど力を入れて締め上げた。


「がああぁぁぁぁ!!」


吼えるレイジの腕に、ボキボキと骨が砕ける音と感触が伝わる。黒外套は力なく前のめりに倒れていき、艶やかな長い黒髪が広がった。


(はっ!?女?日本人!?なん…なんでだよ!?)


日本人風の顔をした女の先で、背中から大量の血を流して動かなくなったヴォルフがいた。その腕の中からは泣き続けるアニィではない子供の声が聞こえる。


いつの間にか争う音は止み、倒れたまま片目でヴォルフを見つめるライガと、黒い毛を自身の血で真っ赤に染めたオラが声なく泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ