リースの過去
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夕方の冒険者ギルドでは、仕事を終えた昼勤の職員から夜勤の職員へ、業務の引き継ぎをしている姿が見られる。ギルド自体は昼夜問わず開かれており、少数の冒険者が依頼の報告や掲示板に残ったままの、夜間手当てが付いた依頼を確認していた。
ギルドの雑用を終えたレイジは、帰り支度をしながら受付にいるメーリンの様子を窺う。彼女とは歳が近く友達感覚で話をしていたのだが、実はギルド長からの指示で、フラウに関する情報を聞き出すよう言われていた事を打ち明けられていた。
本人がそういった賭け引きが苦手なのと、レイジの人の良さや変わった話が好きで、普通に接したいのだと言う。
(フラウさんの事って言ってもなぁ、出会ってまだ数日。ほとんど話もしないんだけど。けどあの雰囲気…つい最近どこかで…)
物思いに耽っていると、ショルダーバッグを肩に掛けて受付から出て来たメーリンと目が合う。
「あっレイジさん。お疲れさまです。今日は終わりですか?」
「あぁ終わったよ。魔物を解体しない人って結構いるのな。状態も悪いし重いだろうに」
「大きな声では言えないですけど…冒険者のほとんどの方は適当で身勝手ですよ?その為ストーンランク止まりの人が多いですね」
冒険者は貧困層の、腕力だけが取り柄の者がなるというのが一般認識だ。教養もなく礼儀も知らず、約束など守らない。
一部の富裕層や向上心のある者だけが石級を越えて、一人前になる。
「そう言えば今日、火竜のアギトに参加してる人は1人も来なかったですね。いつも酒場で騒いでいるのに」
「あー奴らか…誰彼構わず絡むし、依頼は失敗するし、悪事に加担する…だっけ?」
「だいたいあってますね。フフフッ♪…あっ!もしよかったらこの後夕食を一緒にどうですか?」
目を見開き驚くレイジは辺りを見回し挙動不審になる。
(――!?来た?来たよな!?オレの時代!冬なのに春到来か!金は…よし!行ける…あっ?ないよ!?アレがない!!)
一人で妄想を膨らませていくレイジは、メーリンが青い顔して受付奥に下がって行く事に気付かない。
「よぉレイジィ?いいご身分だなぁ。綺麗な受付嬢とこれからお出かけかぁ?」
「――!?」
不穏な声に振り返ると、今にも死にそうな汗だくの冒険者達がいた。皆殺気立ち、怒りに目が充血している。
「お、お疲れさまっす!やだなぁ♪オレなんてまだまだ、ただの世間話ですよ。ではオレは帰るんで…」
冒険者の一人がもう我慢できないとレイジに飛びかかるが、軽々避けて全力疾走でギルドを飛び出していく。
「待てゴラァ!!」
(なんでだ!?オレ何かしたか!?)
そのまま七区まで走り抜け、誰も追って来ていない事に安堵していると、武装した自警団員に捕まった。
「だからなんでだよ…」
孤児院ではルーティが長くなった子供達の髪を切り、アレクが来年独り立ちするカリムの行き先を聞いていた。
「住み込みで六区の家具職人になるんだ。もう院長先生と親方には話してあるよ」
「家具職人か。最近は迷宮産の木材が良質で他国からも注文があるそうだね。特に自由民国からは変な注文があるって?」
「そうだよ。氷を入れて食べ物を冷やしておける扉付きの棚とか、ちょっとでも隙間があるとうるさいんだって」
来年の春にはリースが旅立ち、夏にはカリムが旅立つ。孤児院にはおとなしいリオとマールとアニィが残るが、寂しくなるだろうとアレクが思っていると、違和感を感じて杖を取った。
「ルーティさん!魔力を感じます!子供達を2階へ!」
「わかった!皆いくよ!」
アレクが窓から外を窺うと、多数の人影に囲まれていた。
(街中のそれも日中に襲撃!?数が多い!!)
小さな孤児院の庭に、二十人を越える覆面をした男達が集まっていた。皆不揃いの装備で、中には棍棒とも呼べないテーブルの脚を持つ者や、木製の柵を盾代わりにしている者までいる。
そんな中でも冒険者らしい格好をした大男が、玄関の前に立ち扉を激しく叩き出した。
「おい!わかってんだろ!?死にたくなかったらガキを出せ!」
(あれは…冒険者ギルドにいた男か?と言うことは火竜のアギト)
ルーティが降りてきて武器を構えて襲撃に備える。
アレクも買ったばかりの魔水晶を持つと、ならず者達に呼び掛けた。
「正気ですか?白昼堂々とこんなことをして。無事に街から抜け出せるとでも?」
「うるせぇ!ガキを渡さねぇなら殺すぞ!」
大男は担いでいた戦斧を振りかざし、勢いよく扉へ叩きつける。すると盛大に吹っ飛ばされて庭に転がった。
扉には罠が仕掛けてあり、強い衝撃を受けると外へ向かって弾け飛ぶ様になっていた。
「ぐぉぉ…て、てめぇらなにボケッと見てんだ!!早くガキどもを連れ出せ!」
「お、おう!野郎ども行くぞ!」
「ぎゃあぁぁ!?」
アレクの魔法により窓から侵入しようとしていた二人の男が、足裏から突き上がる石の杭に貫かれ、倒れることもできずに絶叫する。その二人が邪魔をして後続の男達は入口に集まり、押し合いへし合いしていた。
「あぁ!?魔法使いがいるぞ!一気に畳み掛けろ!!」
「邪魔なんだよ!どけ!のろまが!」
「てめぇこそ柵なんか盾代わりにしてんじゃねぇ!」
狭い玄関を潜り抜けて入ってきた覆面の男に、ルーティが剣を一閃すると、脚の付け根を斬られた男が廊下に転がる。
「ルーティさん!横から来ます!」
二階への階段前に陣取って、魔法を放っていたアレクが叫ぶ。居間の窓を割って入ってきた男は粗末な鉈を振り回すが、柱に当たって抜けなくなった。
その隙をついてルーティは剣の柄で殴り倒し、頭を蹴って気絶させた。
「アレク危ない!」
倒れたままの男を踏みつけ侵入した男からは、短剣が投げつけられる。それを杖で受け流すと男の左拳を空振りさせ、お返しに後頭部へ降り下ろされた杖は、急加速して男を叩き伏せた。
さらに侵入してくる者へ向かって衝撃波を飛ばし、折り重なるように倒れた男達が玄関を封じる。
「数が多すぎるわ!2階へ上がって!」
「ルーティさんこそ行ってください!視界が確保できなければ魔法は使えない!」
「言い争ってる時間は!…?」
二人は顔を突き合わせて言い争っていたが、賊が入ってくる気配がなかった。
「うわぁぁぁぁ!」
「バ!バケモンだっ!!」
フラウが帰って来たのかと、玄関横のフラウが普段寝起きに使っている部屋から外を窺う。窓の外では男が宙に浮き、数メートル先まで飛ぶと地面に叩きつけられて転げ回った。
「な、なに?魔法!?」
「あれは!?」
窓の外には半透明の視認しづらい何かがいて、窓に近づいた賊を次から次へと吹き飛ばしている。
庭の井戸からは水が間欠泉のように吹き出し、形の定まらない水の少女が庭に侵入した男達へ冬場の冷水を浴びせると、全身ずぶ濡れの男達はガクガクと震え始めた。
「精霊…だいぶお怒りのようですね」
風で巻き上げられた男が空中で水鉄砲を食らい、隣の家屋へ落ちる。すると襲撃以来ずっとしていた違和感が消えて、屋根を突き破って入ってきた男に激怒している隣人の声が聞こえた。
庭では水の鞭に滅多打ちにされる男達が順番に泣き叫び、合唱のような有り様になっていた。
「も、もうだめだ!」
大男は路地に向かって逃げ出したが、突然蹴り倒されると後頭部を踏まれて起き上がれずにもがく。
白い人影――フラウが笛を吹くと、音が出ないかわりに澄みわたるような清涼な空気が広がり、嬉々として水の鞭を振るっていた精霊や、どこまで飛ぶか挑戦しているかのような風の精霊が大人しくなる。
「ぐぅぅ…チクショウ!足を退けやがれ!」
フラウは黙ったまま足を上げるとすぐに踏みつけ、男の顔が地面に埋まる。僅かに暴れた後痙攣し始め動かなくなった。
青い顔したリースの手を取り、複数の男達が倒れている庭を横切る。
「あぁもぅ…めちゃくちゃ」
「彼らの持ち物を全部売っても、足りないかもしれませんね」
玄関から顔を出したアレクが、気を失っている男を放り出す。フラウは精霊達と見つめ合ったままで、そのうち風の精霊は消えていき、水の精霊も井戸に戻っていった。
「な、なんだ?賊か!?やってや――おわ!?」
路地の方からレイジの声がしたが、完全武装した自警団員に邪魔だと脇に押しやられる。隣には身なりの良い人と話をしているモルトがいた。
「モルトさん!子供達は無事よ!」
「ありがとう!皆無事でなにより」
二階からルーティの声がして、怯えた様子の子供達が顔を出した。
庭は至る所が掘り返され、水溜まりに浸かった男達が呻いている。隣家からは飛んできた者をボコボコにしたのだろう、襤褸切れのようになった男を隣人が引き摺ってきて、自警団員に渡していた。
「では彼らは連行し、後日賠償等の話をしましょう」
モルトと一緒にいた人物は、迷宮都市の市長トリスだった。
六区の様子を見て回っていたモルトの前に、街中にも関わらず突如魔物の群れが現れたという。魔物は二本の歪んだ角を生やした馬バイコーンの群れで、衛士と協力して倒すと後も残さず消えてしまったらしい。その後自警団員を連れ立って現れたトリスから、七区で怪しい男達が目撃されたと聞き、戻る途中に路地裏で縛り上げられていたレイジを開放していると、騒ぎを聞きつけ来たという。
「君は…リースちゃんか。大きくなったね。元気そうでよかった」
「え?私を知っているのですか?」
帰り際トリスはモルトの側にいたリースを見て声を掛けたが、また今度話をしようと言い去っていった。
「リースちゃん、フラウさん、大事な話があるんだ。皆も夕食後、少し休んだら聞いてほしい」
玄関や居間、フラウの部屋の窓に応急措置をしてから夕食を食べる。子供達は温かい食事で緊張が解れたのか、眠気に勝てず早めに就寝した。
「まず六区は昼に魔物騒ぎがあったこと以外は落ち着いていたよ。トリスの話では教会のロメロ司教がファベルという司祭の男に指示したことは2つ。孤児院の子供を帝国の奴隷商に売り渡し資金を得ること。闇ギルドと結託し、迷宮内で何かの実験をすることだ」
モルトは居間に集まったフラウ達とリースに聞かせる。
「実はね、奴隷商絡みの話は4年前の冬からあるんだ」
モルトの話では当時は借金奴隷や人狩り等で、不当に奴隷へ落とされた人が帝国へ送られる事件が相次いでいた。
リースの義理の父親、商業都市から行商にきていたダンテはその違法商人の証拠を掴み、当時の市長に告発した。だが闇ギルドの手によって市長は行方不明になり、ダンテも雪の降る夜に殺害されて、商館は全焼してしまったという。
その時隠れていたリースは、偶然モルトの所にいた冒険者によって救出されたが、ダンテが殺害されるのを間近で見たショックから心を閉ざしていた。
「リース…」
「大丈夫です。あまり覚えていないので…」
フラウが心配してリースを抱き寄せる。当時の事をほとんど覚えていないそうだが、火に対して強いトラウマがあるという。
「私がリースちゃんのお母さんを探したんだけど、商業都市でダンテと再婚した後、流行り病で他界しているところまでしかわからなかった」
実父もわからない為、孤児となったリースはトリスによってモルトの孤児院へ預けられた。
その後、モルトの献身的な努力と、様々な物語の本によってリースは心を開き、生きる気力を取り戻したという。
「ダンテさんに刺客を送る指示をしたのは司教ロメロだったよ。教会に出入りしていた商人が奴隷商と関わりがあったんだ」
モルトは奴隷売買によって得た資金を元に、ロメロは闇ギルドと結託して、迷宮内で何らかの実験をしていたと予測する。フラウ達に坑道迷宮で行われている実験を阻止してほしいと頼んだ。




