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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
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束の間の休息

39


昼過ぎ。部屋から二人が出てくると、デイズは何も言わずに帰っていった。

ルーティの追及に笑って誤魔化していたモルトだが、子供達まで加わると、皆を居間に集めた。


第六迷宮区の北側に位置する孤児院の院長は、まだ四十半ばの健康的な生活を心掛ける用心深い男だった。

二日前から眠ったまま何をしても起きなくなり、今は中央の病院で状態を安定させる為の魔法と、薬を使った治療を受けている。


金銭的に余裕がなくなった孤児院は、一時的に教会の庇護下になったが、翌日にはロメロ司教が事件を起こして失踪。教会の全ての活動が停止していた。


大人の目が行き届かなくなったその時、一番下の子が行方不明になったという。そして孤児院に出入りしていたデイズが、協力を願いに来たそうだ。


「という訳で、しばらく外出は控えるように」

「教会の権力を使えなくなって実力行使に出たのね」

「そうだね。明日、私が出掛けている間ここをお願いできるかな?」

「任せてください。それにしてもデイズさんが人知れず孤児院に援助していたなんて、格好いいわ♪」


うっとりした表情をするルーティ。いつの間にか来ていたアレクが、凍ったように玄関で佇んでいた。


「どうしたのそんなところで?」

「いえ…何でもないです。僕も手が空いているので、手伝いますよ」

「そう?わかったわ」

「…え?」


がっかりした様子のアレクを置いて、ルーティは装備の調整をしに帰っていく。


「アハハハッ♪アレク君も可哀想に。3年も一緒なのになかなか進展しないねぇ」

「ハ、ハハハ…ハァ…」


カリムに囃し立てられるアレクを見ながら、フラウはリースの髪を弄っていた。

リースは長い髪をポニーテールにしていて、フラウはそこに顔をうずめるのが好きだったが、それをするととても嫌がるので、触るだけにしている。


(この赤い髪を見ていると、何かを思い出せそうなんだが…)




夕食を終えて暫く経ち寝る時間になると、子供達は二階に上がっていくが、リースだけフラウに腕を掴まれて部屋に引き込まれた。


「リース、一緒に寝よう」


扉の裏で、笑いを堪えたマールとアニィが聞き耳を立てているのがわかるが、構わずベットまで連れていかれる。


「ふ、フラウさん!?」


すると、フラウの前に氷の精霊が現れて邪魔をする。


「おやめください。せいれいさま。いっときのかんじょうに、ながされてはいけません」

「私はリースと一緒に寝るだけだ」


契約の影響か、氷の精霊は人に近い姿に変わっており、振る舞いも精霊らしからぬところが目立つようになっていた。


フラウは髪留めを外してベット脇の棚に置くと、リースの着替えがないことに気づく。普段自分が使っている白いローブを二着用意して、脱がしにかかった。


「ひゃ!?やめっ!?」

「せっせいれいさま!わたくしのはなしをおききください!」


横から邪魔してくる精霊に、不機嫌ながらも手を止める。


「そのものは、あなたさまとおなじそんざい。げんしょくのせいれいさまがたと、ふかいかかわりがあるものです。そのため、つよくひかれてしまうのです」


(原色の聖霊?白の…)


リースを見ると訳がわからないといった様子で、精霊を見ている。その明るい赤髪に触れて、記憶を呼び覚まそうと必死になるフラウ。


(もう少し、もう少しで何か…)

「わたくしでは、くわしくははなせません。だいしんりんの、だいせいれいさまにあえばわかりましょう。それまではごじちょうください」


結局何も思い出せないフラウはがっくりと肩を落とし、リースを解放する。その姿を見てリースは、仕方なしに一緒に寝る事を了承して、着替えを取りに行く。


急に開けられた扉から、つんのめるマール達を押し返し、何かを話しながら二階へ上がっていく。

遠ざかる足音を聞きながら、フラウは自身の行動について考えていた。


(この不安感は北の森以来だ。なぜだ?…昼間のカミュとの会話の時から?聖霊、妖魔、迷宮、魔神…魔神を思い出そうとすると身体が震える)


戻ったリースと少し狭いベットに横になれば、毛布を掛けてくれた氷の精霊が、やれやれと人のように首を振りながら霞んで消えていく。

フラウは不安を払うように、小さな身体を抱き寄せて、目を閉じた。


優しく頭を撫でてやりながら、リースには目の前の女性が子供にしか見えなかった。

偏った知識はあるがその心は、我慢することを知らないのだろうと。


(まるでつい最近生まれたような…)




「このままでは皆死んでしまうわ。私達だけが生き残っても意味はないのに!」

「大神が負ける訳がない。他は…やり直せばいい」

「彼等はやり直せない!世界の管理者として責任を果たすのよ!」

「――、行ってはだめよ。あなたを失いたくはないわ」

「――あなただけは…私と共に来てくれると信じてる」




(だめだ…いくな…いく…な…)

―――かぷっ。

「――!?」


パチンっと頬に何かが当たる感触に目が覚めると、目の前では顔を真っ赤にして恥ずかしがっている…のではなく、怒っているリースがいた。

寝たまま抱き寄せていたリースの首筋からは、うっすらと赤い血が滲んでいて、フラウの頭を引っ張っていたのは焦った様子の氷の精霊だ。


(血?…美味しい?)

「な、なな…なにするんですか!?」

「せいれいさま…しつれいをしょうちでいわせていただきます。ねぼけないでください」


フラウは寝ぼけてリースの首筋に噛みついていた。

それは甘噛みなどでなく、遠慮ない噛みつきはリースの首筋を噛みきってしまいそうなほどで、氷の精霊が慌てて止めに入っていた。


(血…赤、赤の聖霊?リースは――)

「うぅ~もういいです!部屋に戻ります!」

「ま、待って。すまなかった。寝ぼけていたんだ」


すぐに傷を癒してリースの頭を撫でるが、だいぶ警戒されている。


「次、噛んだらもう一緒に寝ませんからね」

「すまなかった。もう噛まない」

(血が美味しいなど、カミュ達でもあるまいに)


と思いつつリースの首筋を見つめてしまい、睨み付けられた。




翌朝。いつも通りの挨拶を交わしたが、リースはどこか冷たく、空気を察した皆と静かな朝食をとる。


(嫌われた…胸が苦しい。どうすれば…)


フラウが一人悩んでいると、モルト達が入口で出掛ける準備をしている。


「ルーティ君が来たら、私とレイジ君は入れ替わりで出掛けるよ。お留守番頼んだよ」


モルトはいつもの質素な服に、帯剣した格好だ。

一般的な麻服を着たレイジは、ここの生活にも慣れたようで、訓練に励みつつギルドの雑用をして稼ぎ、少額ながら孤児院に入れていた。


最低限の装備を着けたルーティが来ると、交代で出掛けようとしたモルトがフラウに対し、昼になったらリースを連れて、食材の買い出しに行くよう頼んだ。


「え?フラウとリースに?」

「あぁ、頼んだよ」


そのまま出ていく二人。お使いを頼まれたのにも関わらず、フラウと目を合わせようとしないリースは、他の子供達と共に居間へ行ってしまう。


「なに?何かあったの?」

「…別に」


落ち込んだ様子にため息をついたルーティは、フラウを置いて子供達の勉強会を見に行った。




昼にアレクが来るとフラウは待ってましたと言わんばかりに、リースを連れて出掛ける。


「あれ?フラウさんとリースちゃんはどこへ?」

「モルトさんに言われて買い出しだって、なんか喧嘩してるみたいよ」




昼過ぎの第七迷宮区を久々に手を繋いで歩くが、リースはどこかよそよそしい。


大樹迷宮前の広場まで来ると、なぜか探索者が多く見られた。

ほとんどは装備も整っていない、駆け出し探索者といった姿で、目付きが悪く、周囲の住人や出店の人を怖がらせている。


非常に怪しい雰囲気だったが、リースはフラウの手を引いて北門寄りに進んでいく。すると遠くに見えた北門前には見慣れない馬車が止まっていて、フラウの目には一礼するレミィと、隣に黒外套を頭からすっぽり被った子供が手を振っているのが見えた。


「どうかしました?」

「いや、何でもない」


ほんの少し微笑むフラウを不思議に思うも、その微笑みは美しく慈愛に満ちていおり、なぜか嬉しくなったリースは、朝の一件も忘れて手をしっかり繋ぎ直した。




中央区に入ると大通りの先では、数人の冒険者達が死にそうな顔で走り回っていた。


「走れ!立ち止まるな!止まったやつは踏むぞ!」


彼らの後ろからは、街中なのに蜥蜴の騎獣を乗り回すガルド教官が迫って来ている。


「はぁ、はぁ、くそ!レイジとかいうやつ見つけたらただじゃおかねぇ!」

「ヒィフゥ、ヒィフゥ…も、もうだめだ…」


力尽きた小太りな冒険者の男を、容赦なく踏みつけ進む騎獣。その後をロサナを筆頭に数人の冒険者が来て、男を運んでいった。


「…ギルドの訓練は大変なんですね。レイジさんすごいです」


(あの訓練方法は始めて見たが…?)


一瞬疑問に思うも、笑顔を見せてくれたリースによって忘却された。


「はい、フラウさん。このココスとラライの実を3つずつ買うと幾らですか?」


丸くて赤い子供の頭ほどある実と、緑の葉野菜を指差すリース。


「…」

「はい、答えてください」


(まだ怒っているのか…)


フラウが計算できないことは早々にレイジによって暴露され、ルーティの命令によりリースが先生として教えている。フラウはこの時だけはリースが嫌いだった。




買い物を一通り終えての帰り道。七区の一角で怪しい男達に囲まれる。皆覆面をしていたが、見るからに冒険者くずれの者達で、夕方とはいえ白昼堂々リースを要求し出した。


「フラウさん!誘拐――」


リースが話し掛けた時には横におらず、前から男達の断末魔の叫びが聞こえて青くなる。


「ふ、フラウさん。いくらなんでも殺しちゃ…?」

「殺してはない…ギリギリ生きてる」


十数人いた男達は折り重なるように道端に積み上げられていて、誰も彼もが複数骨折の重症に見えた。


「リース急いで帰ろう。孤児院にも何かあったはず」

「は、はい!」




日の沈む中見た孤児院は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

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