坑道迷宮中層へ4
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隠し部屋の螺旋階段を下りた先には、広大な空間が広がっていた。
まるで迷宮の外へ出たかのような場所は、明かりが一切ない暗闇の中でも、ドーム状の天井や反対側の壁まで確認できる。砂地の地面には、見上げる程の大きな岩が点在していて、ひどく見通しが悪かった。
「…間違いないわ。中層の安全地帯よ」
「これなら半日で来れますよ。まだ他にも抜け道はありそうですし、往復3日の攻略という話もありえますね」
フラウは徐にマジックポーチから食料と、賊が使っていた黒い短剣を取り出すと、ゴブリンに与えた。
「ちょ、ちょっとフラウ!?」
「お前はあの隠し部屋にいろ。人には手を出すな」
「あ、ありがとう!!」
ゴブリンは渡された食料を抱えて、隠し部屋の中に消えていく。
「んもぅ~!なんで短剣まで?」
「迷宮は丸腰で生きていけるほど優しい場所ではない。あれからはまだ聞きたい事もある」
「ふむ。まぁゴブリンに負けるような者は、あの隠し部屋まで辿り着かんじゃろう」
大岩を避けて進むと、途中から岩は徐々に小さくなっていき、小高くなった中央に家屋が見えた。
どれも簡素な木造一階建てのボロ屋で、壁には穴が空き屋根が抜けてさえある。一見、人が住んではいないように見えた。
「廃村も見えた。迷宮核がない今、魔物が侵入してる可能性もあるわ。警戒して」
「村?」
「ええ、昔は賑やかな場所だったそうですよ」
第三迷宮が発見されて間もない頃、魔物達が立ち入ってこない安全地帯に、攻略の為の迷宮村を作ろうとした事があった。だが実際には治安が悪く、犯罪の温床になって頓挫したという。
コルドランが岩影から辺りを注意深く探ると、村の中から人の気配と、左右別々の方向から探索者達が村に向かって行くのが見えた。
「なんと!先客が多数いるぞ」
「ほんと…少しゆっくりし過ぎたかしら?」
「…にゃ!あいつらにゃ!」
険しい顔をしたシャケが睨む先には、獣人だけの七人の探索者達が村に入っていくのが見えた。
反対側からは魔槍を持った帝国騎士が、奴隷を連れてやって来る。
「私たちも行きましょ。丁度昼だし、休憩したら中層を覗いて帰るわ」
ルーティ達が村に近づくと、帝国騎士の男は他と比べて幾分かまともな家屋を占拠していたようで、中から奴隷の男が出てきて迎えていた。
「!…良かった。死んだのではなかったのね」
「そのようですね。奴隷の装備もそこらの探索者より良いものです。迷宮前の振舞いは酷かったですが、意外と奴隷の扱いはしっかりしているのかも」
奴隷の男は家屋の修繕状況等を説明した後、帝国騎士を中へ入れて扉を閉めた。
「あらぁ?シャケじゃないの!こんなところにいるなんて、さすが猫!の獣人ね。こそこそと誰かの後をつけて来たのかしら?」
「お前に関係ないにゃ!」
「つれないわね、シャケ。あなたが私たちを嫌っているのは知ってるけど、同じ獣人同士仲良くしましょ?」
「嫌にゃ!あっち行けにゃ!」
空き家を探していると、いつの間にかシャケと兎獣人の二人が言い争いを始めていた。
「ちょっと、シャケどうしたの?」
「あら…あんたとうとう獣人の仲間に愛想つかされて、人とつるんでるんだ。ウケる~くふふふふっ♪」
「フーーー!」
シャケが威嚇をして今にも飛びかかりそうになると、フラウは後ろからシャケを抱き止め、兎獣人を睨む。
「っ!?」
銀色の瞳で直視された兎獣人は、ビクッとすると、パーティーの仲間と共に離れた家屋へ足早に入っていった。
「ごめんにゃ…」
「大丈夫よ。私たちも休みましょ」
現在三組の探索者達が滞在している廃村は、静寂が支配していた。
「あれは獣人パーティーのリーダーで姉のララカと妹のリリカにゃ。わたしの話し方が変だって…いつもバカにするにゃ」
「そういえばシャケは語尾に「にゃ」って言うわね。他の猫獣人の人達は普通に話せてるみたいだけど?」
「わたしだけにゃ…わたしは獣人の大陸で目が覚めた時からひとりにゃ、覚えてたのは名前だけにゃ」
「目が覚めた?」
シャケは数年前のある日、南の大陸で突然目が覚めて以来、一人で生きてきたらしい。生まれつきの話し方が原因でよくいじめられ、逃げるようにこの大陸に渡ってきたという。
(…?)
ふいにフラウの脳裏で、誰かの記憶がちらつくが明瞭ではない。物思いにふけっているとシャケが外套にしがみついてくる。仕方なくあやしていると――
「…いいにゃ~これ欲しいにゃ~にゃ!?」
――フラウはシャケをほっぽり出し立ち上がると、扉の隙間から外を窺う、岩影には何かが動いていた。
ルーティ達は警戒しながら外の様子を探ると、岩影で動いているものは、岩そのものだった。
「ゴーレム!?まさか全部!?」
「いや、あれ1体だけのようだが…」
大岩とほぼ同等の石人形は魔法生物のゴーレムで、ゆっくりとこちらに向かってきている。
すると、ゴーレムに一番近い場所の家屋から、獣人達が出てきてゴーレムに挑んでいく。
石人形はゴツゴツとした岩石が幾つも連なる、4メートル級の大きさで、動きが遅く獣人達の速さを活かした攻撃に圧倒されている。
だが石の体は丈夫で、繋ぎ目を狙った一撃も効果が薄く、なかなか倒せずにいた。
獣人は弓や反りのある短剣、槍や戦槌といった物理的なものに偏った武装で、魔法を使う者はいなかった。
「獣人は魔法をほとんど使わないですから、ゴーレムとの相性が悪いですね。僕達も出る準備をしましょう」
アレク達が外へ出ると同時に、ゴーレムと戦っていた獣人の一人が、何処からか射られた矢を受けて倒れる。廃村を囲むように数十人の黒ずくめの者達が現れ、一斉に矢を放ってきた。
「囲まれてる!アレク!守りを!フラウ反撃して!」
飛来する矢をルーティ達が叩き落とす中、アレクの不可視の壁が形成される。無数の矢が空中でへし折れ防がれた。
フラウのボウガンから撃ち出された風の矢は、賊の近くまで飛ぶと霧散してしまう。
「魔法か魔道具の守りです!一旦建物の陰に避難しましょう!」
賊は獣人やルーティ達を、遠距離から攻撃して家屋に追い詰めると、ゴーレムが指示を受けたかのように、建物を破壊しにかかる。
その時、村の反対側では帝国騎士と奴隷達が、大盾で守りを固めながら家屋を飛び出し、包囲の一角を突破していく。
「あいつら自分達だけ逃げる気にゃ!」
シャケが騎士を睨むが、目の前では獣人達が徹底抗戦の構えで弓を射ている。
「よくも仲間を!!」
兎獣人の姉妹が放つ矢は、的確に相手の数を減らすが、劣勢に変わりなく三人目の仲間が倒れてしまった。
「20人以上はいるぞ!これほどの戦力を中層に集めているとは!闇ギルドはここに巣くっていたか!?」
コルドランが投擲した手斧は賊の頭を割るが、賊は怯む事なくゴーレムに家屋を破壊させ、姿を見せた者に集中して矢を射掛けてくる。
「いきます!」
アレクの重力の魔法が完成し、ゴーレムが潰れるようにその場で崩れる。余所見をしている賊に、建物の陰から飛び出した獣人達が襲い掛かり、次々と切り捨てていく。
「胴体に核があるはずです!」
フラウが微振動を続けるゴーレムの胴体を斬ると、砂のように崩れ、黒い靄を出す以外は何も残さなかった。
(魔神と同じか!)
賊を斬り捨てたルーティが、中層へ向かっていたはずの帝国騎士と奴隷達が何かと戦っている事に気付く。
「何か来るわ!」
薄暗い空間の地面に影が走り、賊の背後に闇そのものの大きな狼が現れ襲いかかる。
影は複数現れ、高速で動き回っては突如現れ脚に食らいつき、引き摺り倒していく。
別の方角からも、細長い胴体に牙を生やしたフライワームの群れが迫って来ていた。
廃村は人も魔物も入り乱れる乱戦状態となり、いたるところで人が、魔物が、倒れていく。
コルドランが振るう斧槍を避けたシャドウフルフが、影に潜ろう飛び込むが、直前にシャケの短刀を目に受け仰け反って落ちる。ルーティがすかさず喉元から頭へ剣を突き立て倒した。
「このままではまずいわ!上層か中層へ!」
「待って!行かないで!仲間が!!」
兎獣人のリリカが矢を使い果たし、短刀で羽虫を払いながら嘆願する。獣人達は疲労が濃く、倒れた三人も微動だにせず、移動できそうにない。
飛び掛かってくる影狼を、低姿勢のまま振るった光剣で真っ二つにし、ボウガンを連射して頭上から迫る羽虫を撃ち落とすフラウ。
「力を示せ!クリスタリア!」
フラウの髪留めの宝石が青く輝き、氷の精霊が背後に現れる。青く透き通った身体は滑らかで、煌めく氷のドレスを着ているようだ。
フラウの白雪のような髪にそっと触れると、瞬く間に氷のヴェールを展開していく。周囲を駆けていた影狼や羽虫は凍結させられ生命活動を停止した。
十体を越えるそれらは、未だに生きているかのように氷塊に閉じ込められており、美しく、恐ろしい光景が広がる。
「い、一瞬で…今の内に中層へ!新手が来ています!」
アレクの合図で獣人達と共に、一番近い中層への入口へ向かう。背後では統率のなくなった賊が魔物達に囲まれ、断末魔の叫びを上げていた。
中層の入口には黄色く光る石が沢山転がっており、明るい通路がどこまでも続いている。音がよく響き渡るようで、奥からは一定のリズムで何かが移動する音が聞こえてきていた。
しばらくの間、獣人達は悲しみに暮れていた。
最初に倒れた獣人は首に矢を受けており、すでに死んでしまっていた。幸い後の二人は、かろうじて息がある状態だったところを、フラウによって救われた。
「助けてくれてありがとう…私達は仲間を地上に連れて帰るわ」
力なく俯くリリカは仲間達と戻ろうとするが、廃村の上空には未だ羽虫の姿があった。
「待って、今戻ると危険よ。武器も替えがないみたいだし、一緒に戻りましょ」
「けど…」
ララカがシャケやフラウをチラチラと見ている。
「…わたしも別にいいにゃ」
「ありがとう、ごめんなさい」
リリカが謝ると、ちょっとだけ頭を下げるララカ。
「一緒に戻るつっても、魔物の群れを越えられるのか?」
狼獣人の男が問うと、ルーティがアレク達に目配せし、皆が頷くのを確認する。
「…上層への抜け道があるわ。教える代わりに誓って。口外しないって」
「抜け道!?あるの?そんなもの…」
獣人達か思わぬ情報に目の色を変えるが、ルーティが手で制す。
「誓うの?誓わないならやっぱり別行動よ?」
「誓うわ。今は無事帰る事だけ考えましょ」
冷静なリリカが皆を説得すると、契約神と獣人達が信じる獣神への誓いを立てた。
安全地帯だった場所に戻り周囲を窺う。廃村の辺りは先程よりも魔物の数が増え、魔物同士で争う様な音が聞こえてくる。しかし外周には見当たらず、岩影に隠れながら進む。
「いったい何が原因なの?急に魔物が集まるなんて…」
「あの時は…フラウさんがゴーレムを倒しましたね。あの黒い靄に何かあるのかも?」
そのまま岩石地帯を回り込み、抜け道に辿り着く。
「私が中を確認する」
そう言って皆を立ち止まらせたフラウが抜け道の扉を開くと、後方で獣人達が息を飲むのがわかる。
扉の先には黒いパンを口いっぱいに頬張ったゴブリンがおり、フラウが顔面を鷲掴みにして押し込んでいくと扉が閉まった。少ししてからフラウが顔を出して手招きする。
「大丈夫、行こう」
中へ入ると部屋の奥では、ゴブリンがうつ伏せになって倒れていた。
「やったの?」
ルーティが小声で聞くとフラウは首を横に振り、上がれと皆に手で合図する。
「いった?だいじょうぶ?」
「大丈夫…これを持ってろ。台座のあった部屋に連れて行く」
皆が階段を上がっていくとゴブリンが起きだし、フラウが食料と魔石、魔道具の壺を渡す。
「むらにかえりたい…」
「…当てはあるが、しばらく待て」
「!?ありがとう!ありがとう!」
フラウが階段を上がり十字路に出ると、ヘルハウンドを数匹倒していた皆が迎える。
「いい?誓いを守って。もし違えれば許さないわ」
「わかってるわ。私達は契約神の罰よりも、獣神に見放される方が怖い。ただ…私達もここを利用してはだめ?」
リリカが申し訳なさそうに聞いてくるが、ララカはそれが不満のようだ。
「…いいわ。ただし他の人に見つからないようにね」
リリカ達は頷き、お礼を言うと暗い通路を進んで帰っていく。ルーティ達はゴブリンはどうしたのか気になり振り返ると、丁度扉が開き顔を出した。
「すまない。余っていた食料と壺を渡した。あと少し寄り道したい」
「「えー!」」
その後、ご立腹なルーティを連れて台座のあった部屋へ行き、居座っていた大蜘蛛を仕留めると、ゴブリンを部屋へ入れてアレクが入口を偽装する。
「どうしてここまでするのよ?相手はゴブリン。魔物ではない妖魔だとしても人とは相容れない存在よ?」
帰り道。ルーティの問いにフラウは曖昧な記憶を頼りにして、自信なさげに答える。
「彼等もまた被害者なのかもしれない…」




