坑道迷宮中層へ2
35
「…呪われているかもしれません。とりあえず持ち帰り、鑑定してもらいましょう」
シャケが取り出した得体の知れない物は、布でぐるぐる巻きにされた。
「あとは…食器が入ってるにゃ!」
「おぉ銀づくしじゃな…うむ。これは結構な額になるぞ」
銀の光沢を放つ美しい食器が一式入っている。女性が好みそうな繊細な作りをしており、素材として潰すよりも価値がありそうだった。
「変な置物に食器ですか…迷宮が生み出す物は、相変わらずわかりませんね」
「探索の助けになる物が良かったけど、仕方ないわね」
迷宮が生み出す物はどれも新品で、人の役に立つものが多い。それは迷宮内で力尽き、呑まれた者の遺留品が、死者の強い思念を受けて出来た物だと言われている。
フラウは蟻の卵殻が入った袋、銀の宝箱に銀食器、銀の謎の置物を収納する。もう誰もフラウが持つマジックポーチの性能について触れようとはしない。
「さぁもう少し進みましょ。さっきの通路を進めば、本道の下り坂を進んだ場所と同じ所に出るのかしら?」
「この傾斜だと、もう少し奥に出ますね。坑道迷宮は迷宮らしい迷宮ですので、気をつけないと」
「4区の螺旋迷宮は壁がほとんどない、すり鉢状の迷宮…だったか?」
「そう聞きますね。見晴らしがよく、空を飛ぶ魔物が次から次へと襲ってきたとか」
歩を進めながら話していたアレクは、ウエストポーチから小瓶を取り出すと、中に入っていたどろりとした青い液体を飲み干す。苦かったようでひどく顔をしかめていた。
「広い部屋に出るわ。警戒して」
ルーティの警戒を促す声に全員が身構える。通路の先に微かな明かりが見えてくると、ルーティは手で止まるよう仲間に合図を送った。
そして通路の壁に照らし出された大きな影を見て、部屋から離れようとするが、動き出した影にフラウがボウガンを連射する。
「―――シャーーー!!」
「バジリスク!?目を合わせないで!!」
バジリスクは魔眼を持ち、目が合った相手を徐々に石にする鉄級の大蛇だ。
正確には魔眼の魔力に抗えなかった者の精神を蝕み、石になったかのような状態になるだけで、実際に石になる訳ではない。
フラウが連射した風の矢を、身体中に受けて怯んだバジリスク。しかし厚い鱗に守られていて、効き目は薄かった。
「そこです!」
「ほいさ!」
アレクの合図に合わせて、ほぼ見ないで振るわれたコルドランの斧槍が、バジリスクの頭を下から叩き上げる。そこへ石礫が追い討ちをかけるが、赤銅色の鱗を数枚砕くだけに終わる。
魔眼を意に介さないフラウと、眼鏡に掛かけた魔法によって守られたアレクだけが、バジリスクを正面から捉えていた。
「危ない!」
仰け反ったバジリスクが暴れ出した事で、柔らかい喉元を狙っていたルーティを尻尾が襲う。咄嗟に盾を構えたが、通路の奥まで跳ね飛ばされ動かなくなった。
「ルーティさん!」
アレクはバジリスクを睨みつけ、懐から黒い水晶を取り出すと、黒曜石の杖に近づけて詠唱を始める。
「シャケ!ルーティを連れて下がれ!」
コルドランの指示を聞くよりも早く、ルーティの元へ駆け寄ったシャケ。二人の前に出たフラウが、鱗の剥がれた顔へ風の矢を集中させる。すると突然バジリスクは地面に叩きつけられるように倒れ、さらにはバキバキと骨が砕ける音を立てながらめり込んでいった。
「おぉ!見慣れん魔法よ…今じゃ!」
コルドランが両手で掴む斧槍を全身を使って振り回し、遠心力を使った一撃がバジリスクの顔面を叩き割る。それと同時に斧槍の穂先も地面にめり込む。
「むぅ?お、重い…」
「重力を操る魔法です…」
ふらつくアレクは、杖に寄りかかる。
「創作魔法じゃと!?その年でか!」
魔法には基本となる四属性魔法の他に、個人が長い月日を掛けて編み出す、創作魔法があった。
魔法学園では十五歳で基本を修めた魔法士は一旦卒業し、別途学費を払い魔導師課程へ進級する。そこで創作魔法の修練を積むことになっていた。
「それよりルーティさんは!?」
シャケが通路端へ運んだルーティは、盾を構えていた左腕が折れて盾はひしゃげていたが、フラウが手を翳すと、瞬く間に腫れは引いていった。
「うっ…え?私…?」
「痛む所はないな?」
「ルーティさん、大丈夫ですか?」
アレクはフラウと場所を入れ替わり、ルーティの左腕から盾の留め革を外す。腕には傷一つなく、痛みを感じている様子もなかった。
「疲労も痺れもないわ」
「衰弱を引き起こさない治癒まで使えるとは…」
ルーティはコルドラン達に消えずに残ったバジリスクの解体を頼むと、アレクに付き添われて部屋の入口へ向かい、中を覗いていたフラウの肩に触れた。
「回復ありがと…っ!」
部屋の中は想像以上に凄惨な光景になっていた。
中央では探索者と見られる数人の死体が、折り重なって山となり、血の海を作っている。その周りを火の付いた燭台が囲い、壁際の大きな受け皿が付いた台座からは、黒い煙を立ち上らせていた。
死体の山の手前には、艶消しされた黒い外套を羽織り、芋虫のように丸くなって倒れている者もいる。
「瘴気溜まりよ、聖水を――」
とルーティが言い終わる前に、フラウが光る矢を撃ち込むと、部屋中に広がり始めていた黒い靄は掻き消された。
「何でもできるのね…それを調べましょう」
怪しい人物を仰向けにすると、全身の骨を砕かれた男だとわかった。
顔の皮は剥け落ちて、下から違う顔が覗いている。装備は軽装で腰の袋には黒い不気味な石が入っていた。
「変装してる…これはなに?」
「ルーティさん。この男はおそらく闇ギルドの者ですよ。以前見つけた偽造カードと同じ物を持ってます」
「―――っ!?にゃー!」
背後で解体作業をしていたシャケが叫び声をあげる。
振り返ると解体中のバジリスクの腹が蠢いていた。
「な、なに!?」
「むぅ…丸飲みにされた探索者よ。酷いのぅ…」
コルドランが覗き込んだ先には、バジリスクに丸飲みにされた探索者の男が、溶けかけた姿のまま死霊となっていた。
フラウは黙ったままボウガンを構え、光る矢を撃ち込む。シャケは青い顔してフラウの外套を掴んで離さない。
「これはわしがやる」
コルドランが解体を再開しバジリスクの目、皮、牙等を採取していく。
「怪しい石は持ち帰りましょ。探索者の死体は死霊にならないよう始末するわ。フラウは台座を調べてみて」
「わかった」
台座に近づいたフラウは器を覗き込むが特に何も見つからず、瘴気の元になるようなものはないようだった。
「この先は…もしかしたら右通路の崩落現場へ続いているのかも知れませんね」
「おかしいのぅ。わしが潜っていた頃にはなかった部屋じゃ、迷宮核があった時に増設されたのかも知れんが…」
解体を終えたコルドランは、部屋を調べ始める。ルーティが死体に聖水を振り撒き、ギルドカードを回収すると、アレクが奥の通路側に埋めていった。
「燭台は…外れない。迷宮の一部になってるみたいね。放置するしかないか」
「念のため埋めてみますか」
杖を地面に打ちつけると、燭台と台座が土に埋もれていく。少しして広い部屋の中央には、不自然な盛り上がりが出来ていた。
「…っ」
「アレク!?大丈夫?」
魔力切れの症状を見せるアレクは、盛り上がった地面に腰掛け、目を閉じて休んでいる。
「嫌な感じの場所だけど、休憩にしましょう」
「うむ。そろそろ鐘8つじゃ。テントを張るならここもよかろう」
部屋の反対側の通路は完全な暗闇で見通せなかったが、生き物の気配がなく、崩落で埋まったのか運良くいないようだった。
入ってきた側からは僅かに物音がしている。ルーティは通路を少し進んだ場所に、細い透明な糸を横切るように仕掛けた。
切れると部屋まで引いた糸も切れる仕掛けだ。
「まだ表層だけど、思わぬ収穫ね」
「焦ることはない。魔物も強く、多数残っているようだ。慎重に進まねば…」
コルドランは探索者達が埋葬された奥の通路を見ると、目を閉じて何事かを囁く。盛り土の上で仰向けになったアレクを、ルーティが側に座って見守っていた。
「フラウにゃ~この外套も鎧も魔法の品かにゃ?」
シャケは先程からフラウにじゃれついていて、外套の端を弄ってはフラウの反応を見ている。バジリスクの一件で少し怯えているようだと感じ、フラウは好きにさせた。
「押せー!我らには光輝く至高神の加護がある!恐れるな!」
「おーー!!」
昼のように明るい迷宮の通路を、揃いの全身鎧を着た騎士団が進む。深い闇が広がる奥の部屋からは、無数の魔物が押し寄せてきていた。
前列には槍や弩を構えた従騎士達が並び、その後ろを聖騎士隊長オルガンが続く。
中列の聖騎士達は神聖魔法を駆使して昼のように明るい光を作り出し、回復、補助を掛けている。
後列の大荷物を背負った従者達は、離されまいと必死に追いかけていた。
そんな中、探索者達は交代で周囲の偵察をしながら進むが、聖騎士達に呆れていた。
「…ここは迷宮だぜ?いつまでも力押しでどうにかなる場所じゃねえよ」
「はぁ…いったい何体目だ?従者は荷物が増えて足が遅くなってるぞ?」
「これも仕事だ。中層まで後少しだから我慢しろ」
その時、周囲の闇がより深くなったような感覚に襲われ、前方を偵察していた仲間の探索者が忽然と消えた。
「は?あいつどこいった?」
「…警戒!!」
オルガンが大盾を構えると、何かが飛んできてぶつかる。
「む?…なっ!?」
足元にはねじ切られた探索者の首が転がっていた。
「敵襲!前方へ明かりを!」
オルガンの指示で明かりの魔法が正面に放たれると、黒い靄が揺らめき、3メートル近い大きな人型の何かが立っていた。
「矢を放て!」
―――ビシュ!ビシュビシュ!
従騎士が弩を放つと同時に、黒い影が跳躍して一気に隊の後列まで飛び越える。
従者の頭を左右の手で捕まえると、打ち付けて柔らかい果物のように砕く。
「うっ、うわぁー!?」
「化け物だー!!」
仲間の血を浴びて錯乱した従者達が逃れようと走り出し、敵を確認しようとする騎士の邪魔をする。探索者は見るまでもなく、一目散に逃げ出した。
魔物の体躯は隆起した筋肉が黒い皮膚と合わさり、鋼のように見せている。曲がりくねった汚ならしい角を生やし、薄皮が張り付いただけの骸骨のような山羊頭には眼球がない。
胸元から背中は腰まで覆う赤い体毛が生え、腕が異様に長く、鹿のような脚をしていた。
「魔神だと!?バカなっ!!なぜいる!?」
魔物は逃げ惑う従者達を次々捕まえては投げ飛ばし、叩き伏せ、絞め殺す。
「隊列を立て直せ!大盾で押し止めろ!」
騎士達が大盾を構えて魔神に迫ると、従者が落とした斧槍を拾い上げ、片手で棒切れのように振り回し始める。大盾ごと吹き飛ばされた騎士は、壁に激突すると首が折れて事切れた。
「神聖魔法を!光の矢を放て!従騎士は槍で時間を稼げ!」
魔物から距離を取った聖騎士が詠唱を始めると、魔物は持っていた斧槍を投げつける。聖騎士は胸に斧槍を受け、光の届かぬ闇の先へ飛んでいった。
従騎士達が突き出す槍が数本当たるも、鋼のような黒い肉体は浅く切り傷を残すだけで、致命傷にならない。魔物が跳躍すると頭上を軽々越え、従騎士の頭を兜ごと踏み砕く。
「てっ撤退!撤退せよ!」
昼のような明るさがなくなった闇の中、複数の悲鳴が響き渡り、そして静寂が訪れた。




