坑道迷宮中層へ
34
「おかえりなさい!」
朝日が昇り、開門の鐘がなる。
空は雲一つない晴天だ。
フラウ達はすぐに孤児院へ向かうと、庭先ではリースとモルトが待っていた。
井戸には水の精霊がひょっこりと顔を出している。
「おかえり、無事でなにより」
「ただいま戻りました」
「ただいま。氷の精霊とは和解した」
フラウは何気なくリースに近づき、軽い抱擁をするが、身構える気配に気付く。
「リース?嫌か?」
「え?あ、嫌じゃ…ないですけど…」
「リースちゃん。たぶん考え過ぎだよ。ハハハッ」
「もぅ!朝食の準備してきます!」
リースは顔を真っ赤にして、行ってしまった。
「…リース?」
「さぁフラウさんも朝食を食べて少しでも休むといい、たぶんルーティ君らは予定通り迷宮に向かうよ」
「問題ない」
「僕も大丈夫ですよ。この程度で根をあげるようでは、冒険者家業を3年も続けてませんよ」
「若いっていいなぁ~。羨ましい~、アハハハッ!」
五十を越えている様には見えないモルトが、子供ように笑う。アレクはレイジと違い微塵も表情に出さないが、杖を握る手に力が入る。
アレクを交えての朝食を終える。彼の話はマールやリオに受けが良く食事中の話題に事欠かなかった。そのお陰もあり、フラウは食べる振りして収納する演技に、磨きがかかってきている。
レイジが眠そうな目をしたまま玄関を出ていくと、訪ねてきたルーティに頭を叩かれ、恨めしそうな顔をして訓練所に向かった。
「で、どうなったの?大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ。フラウさんは氷の精霊と契約を交わしました」
「契約!?…なるほど。なら安心ね…迷宮へは行けるの?」
「問題ない」
フラウはルーティに答えてはいるが、その目は食器を洗っているリースに向いている。
「フラウ。その、リースのことなんだけど…」
「?、なんだ?」
「好きって本気なの?」
ルーティがそう言うと、流しの方でガチャリと音がする。見ればマールが肘でリースを突っつき、お返しに蹴られていた。
「本気だ。私はリースが好きだ。あの子を大事に思っている。もちろんルーティも好きだ」
「はぃぃ!?私までっ!?」
「ルーティさん落ち着いて。たぶんフラウさんの好きは友愛の好きですよ」
「「え!?」」
目の前のルーティと流し台にいるリースが驚く。
「友愛…」
(そうだ…この感じどこかで…)
フラウが考え事をしていると、ルーティ達はがっくりと肩を落とす。
「なによ~紛らわしいじゃない…」
「フラウさんのばか…」
フラウ達が三区に向かうと、シャケとコルドランが広場の端で待機していた。足元には大荷物もあり、準備万端な様子だ。
「やっときおったか。来ないのかと心配したぞ?」
コルドランは前回持っていなかった斧槍を持っている。精巧な作りから見ただけで業物だとわかる。
フラウの視線に気付くと、自身の得物を身体の一部かのように振るって見せた。
「ふむ。中層は久々だからの。一番使い慣れた物で行くぞ。それと食糧や薬、仕掛け等も用意した」
「ありがとう。じゃあフラウ。食糧と仕掛けの入った袋をお願い。周りに見られないようにね」
フラウは目の前にある、リュックサックや袋を次々としまっていく。
「ちょ!?全部?全部入るの!?」
「これは…氷の精霊の時も気になっていましたが、本当にマジックポーチですか?」
「おー全部入ってしまったの。こりゃすごい」
「マ、ママ!?」
「ママじゃない」
「…わかってるにゃ」
大荷物が急になくなったが、幸い誰にも気付かれなかった。
「問題ない」
「…そう、なんか驚き疲れたわ。情報収集したら迷宮へ向かいましょ」
疲れた顔をしたルーティが辺りを見渡すと、広場には騎士の一団がいた。
皆、銀色の全身鎧で胸には何かの印がある。
「神聖騎士団?」
「昨日から神聖教国の騎士団が来ておるの」
「教国には神々の迷宮しかありませんからね」
「その国は近いのか?それともここの迷宮に価値が?」
「遠いですね。自由民国の方が近いですが、あの国の迷宮は特殊なので。迷宮都市の迷宮は難易度が高いですけど、代わりに魔道具は良い物が出ますよ」
教国内にも隣接する魔の森に迷宮や遺跡があるそうだが、森自体が帝国との緩衝地帯であり、魔物も相当に危険な為、強固な砦を築いて門は閉じられたままだとアレクは言った。
幾人かに声を掛けたが望むような情報はなく、諦めかけたその時、前回声を掛けた情報屋がいた。
「あんた達か…どんな話が聞きたい?」
「あそこにいる神聖騎士団の情報はある?」
「銀貨5枚」
アレクは迷わず渡すと男は話し出した。
「騎士団は迷宮の実態調査と魔道具回収が目的と言っているが、迷宮攻略の知らせが教国にまで届き、出立したにしては到着が早すぎると思わないか?実際は4年前ここへ異動してきた司教、ロメロの金回りの良さを調べる為ではないかと噂されている」
「ロメロ…」
「司教は本国にいた頃から金に対し強い執着心があるようで、色々問題を起こしていたらしい。教会は疎ましく思い、ここに流したようだ」
「いい迷惑だわ!」
「今は軟禁状態だが人の出入は多い。隊長はオルガン。隊員は聖騎士5、従騎士10、従者8、探索者5人だ」
「大所帯ね。迷宮核がない今だからできることだわ…従者を連れて入るなんて」
迷宮核が存在する間は人数によって、魔物達の活動範囲に違いがあることがわかっている。
過去に百人を越す攻略者達が迷宮に挑んだ結果、数百もの魔物達が迷宮の至るところから湧いて出て来て、ほぼ壊滅する出来事があった。
そして迷宮に転送装置がある場合は、大概十人前後となっている。
「他にはない?」
男は少し考えると、声をひそめて言う。
「今朝早くに出てきた探索者が、ゴブリンが話しかけてきたと言っていたが…不確定な情報じゃ金は貰えないな…じゃあな」
そういうと男は離れていった。
「魔物が話しかけてきた?あり得ないわ。奴らに理性はないもの」
迷宮内に入ると、広場には結構な数の負傷者がいた。
皆、火傷や引き裂かれたような傷があり、白いローブの男が数人、声を掛けながら負傷者の間を渡り歩いている。
「これは…中層に挑んだ?」
警備室には衛士達の叫ぶ声がする。
床には複数人の探索者の死体が横たわっていた。
「状況はどうだ!?通路は安定しているか!?」
「現場は混乱していて不明です!」
「くそっ!右通路は閉鎖する!」
警備室の壁には行方不明者が三十人に達した事と、右通路の崩落を知らせる紙が張り出されていた。
「崩落じゃと!?迷宮は迷宮核がなくても修復される…崩落なんておこらんはずじゃぞ?」
「結構な人数が巻き込まれたようです。衛士達はまとまった人数での探索を避けるように言っていますね」
「じゃあ迷宮の防衛本能が働いたっていうの?核がないのに?」
床に蹲っていた男がブツブツと呟く。
「あいつらだ。あいつらがなんかやりやがったんだ…クィル、ラジット…皆落ちちまった…」
仲間を失ったのだろう、虚ろな目をした男はフラフラと立ち上がると何処かへ行ってしまった。
「ここで引き返しても明日以降も同じよ…行きましょう!中層まで行って順路を確保するわ!」
「ですね。行きましょう」
「うむ。中層までなら2日でいけるじゃろう」
「フラウにゃがいれば楽勝にゃ~」
フラウ達が警備室を出ると、帝国騎士の男が奴隷達を連れて正面の坂を下っていく。奴隷は七人に減っており、ルーティは憐れみを感じるがなにもできなかった。
「帝国人は奴隷の扱いが酷いのよ。本来は法で守られているんだけど、帝国だけはその枠組みから外れてる」
左の通路へ入ると他の探索者パーティーが数組、奥へ向かって行くのが見えた。
「コルドランは中層へ辿り着いた道は覚えてる?」
「すまんのぅ。曖昧じゃから当てにはせんでくれ」
「わかったわ。とりあえず突き当たりを右へ行ってみましょ」
歩き出す皆に最後尾のフラウが尋ねる。
「地図は買わないのか?」
「信頼できる迷宮の地図は高いのよ。特に迷宮杯の今は無理。それと国や街の地図は売ってないわ。法で一般人が持つことを禁じてるから。作ってもだめだからね」
「なぜだ?」
「地図なんか簡単に手に入ったら、他国の侵略に使われかねないからよ。その為にアイアンランクへの昇格には、2か国の国境までの道程を覚える。なんてものがあるわ」
ルーティの銅級ギルドカードには隅に赤い点と、親指大の穴に鉄の玉、紫の帯状の印が一つ施されていた。
赤い点は対人経験を、帯は国境到達の印となっている。穴には各階級の一つ上の実力があると、ギルドに認められた者だけが玉証を嵌める事が出来た。
対人経験は殺しの経験となるが、犯罪に関わるとカードにひびが入り、犯罪による殺人では真っ二つに割れる仕掛けがあった。
これは所持者の精神状態が、カードに反映されて起こるとされ、銅級からの昇格試験では倫理観を試される事になる。
「僕とルーティさんは魔法王国から来てるので、後は自由民国までです」
アレクは魔法王国の地方貴族の次男だ。
ルーティも両親が魔法学園の教員で、元々魔法王国の出だ。
話をしていると突き当たりに辿り着く。周りには他の探索者達がいるので、魔物が出て来ても血気盛んな者が勝手に飛び出していき、皆を楽にしていた。
さらに進むと探索者達は自然と左右に分かれていく。
「右にしますか。左はコルドランの地図にも載ってるし」
右の通路をしばらく進むと、最後の探索者達とも別の道になった。
「ここからは注意して進みましょ」
「わしが前に出るぞ。長柄の斧槍を十分に使いたいからの」
「なら前回と同じでいいわね」
ルーティとコルドランが前衛をし、アレクとシャケを挟み、フラウがボウガンを構える。
進む先は光る石も苔もなく完全な闇、他の探索者は先行していない。時折聞こえる獣の鳴き声や唸る声、水の滴る音に混じり、争う音や悲鳴のような声が聞こえてくる。
「…くるぞ!」
コルドランが身構え、ルーティが剣を抜く。
前方の脇道から大型の黒い犬が顔を出し、口を開ける。
「ヘルハウンド!ブレス!」
ルーティの声にアレクが詠唱すると、獄犬が吐く炎の息が不可視の壁に遮られる。
すぐさまフラウが風の矢を射ると、獄犬の首を抉るが、お構いなしに突進してきた。
コルドランの斧槍が獄犬の足元を凪ぎ払う。それを回避すべく飛んだところでルーティが首を切り落とした。
「次くるにゃ!」
シャケの声に前を見ると二匹の獄犬が迫るが、フラウは後方に向けて風の矢を連射する。
矢は複数ある赤い目の幾つかを潰すが、大きな蜘蛛は勢い衰えず飛ぶような速度で迫った。
「ジャイアントスパイダー!挟撃よ!持ちこたえて!」
近距離まで迫った獄犬がブレスを吐き、アレクの不可視の壁に遮られる。しかし一匹が壁を飛び越えて、ルーティの盾に食らいつく。
「そこにゃ!」
シャケの細槍が正確に獄犬の目を深々と貫く。獄犬はビクンと身体を脈打たせると地に落ちた。
コルドランは斧槍を脇に抱え腰に吊るした片手斧を持つと、ブレスを吐き終わった獄犬に投擲して頭を割った。
ルーティ達はすぐ振り返るが大蜘蛛は真っ二つにされていて、フラウは何事もなかったように見返していた。
「…まぁわかってたけどね」
獄犬三匹は散りとなり、大蜘蛛は残ったが縦に両断されていて、素材となる部分は僅かだった。
遠くから何かが走ってくる音にシャケが反応する。
「またくるにゃ!」
「数が多い…移動するわよ!」
ほぼ見通しが利かない闇の通路、アレクが掲げる魔法のランタンが、僅かな光を足元に生み出す。
早歩きで進むと支道から数匹の大蟻が飛び出してきた。
フラウはボウガンを連射するが、脚が取れ目が潰れはするものの勢いは衰えず、奥から次々湧き出して来る。
「巣よ!コルドラン、シャケは前方注意!アレクお願い!」
「ふぅ、連戦は堪えますねぇ」
アレクが振るう黒曜石の杖が、支道への壁に当たると、左右から扉が閉まるように盛り上がる。
「多少は時間稼ぎになります。行きましょう」
「待て」
フラウは何を思ったか、ボウガンを閉ざされた支道の壁に押し付けると一際強く輝き出し、風の奔流が支道内部で荒れ狂い壁を崩した。
「ちょっと!?フラウなにやってるの!?」
崩れた壁の先にはバラバラになるも消えずに残った、夥しい数の大蟻の残骸が散乱している。その暗闇を睨むフラウ。
「この先になにかある」
「え?なにかって?」
フラウはそのまま支道に入って行き、半信半疑なルーティ達が後に続く。
支道の先は緩やかな坂になっていて、広い空間に辿り着く。滑らかな艶のある壁、床には白い殻が散らかっている。奥には大きな蟻がズタズタになって横たわっていた。
まだ動いていたそれにルーティがとどめを刺す。
「女王蟻ね。まさか巣を丸ごと潰すなんて…」
「お宝にゃ~♪」
ルーティの感嘆の声を掻き消すかのように、シャケが騒いで音が反響する。
「シャケっ、大きな声を出さないでっ」
「ご、ごめんにゃ…でもこの卵の殻売れるにゃ~♪」
「ホッホッホッ♪こりゃ大漁じゃわい。相当あるぞ?」
「蟻の卵殻は浄めた後で、他の薬草と混ぜると良い軟膏になるんでしたか?」
「そうにゃ。魔物のほとんどは負の魔力で口にできにゃいけど、この殻みたく中には食材や薬になるのもあるにゃ。珍しくて高く売れるにゃ~♪」
シャケ達が袋を取り出して卵の殻を詰めている横では、フラウが女王蟻の死体を蹴り倒している。
「ちょ、それもまだ解体できるから乱暴にしちゃ…だ…め?」
「?、どうしました?」
ルーティの変化にアレクが肩越しに覗き込む。女王蟻の死体があった場所には、銀色の箱があった。
「…お」
「お?」
ルーティとアレクが微動だにしない事を不思議に思ったフラウが首を傾げる。
「お宝箱ー!!」
「…ルーティさん静かにお願いします」
ルーティは銀色の箱の汚れを布で拭き取り、引きずり出す。箱は大きく、目一杯詰まっている事が重さからわかった。
コルドランが飛び付くように銀色の箱を調べると、総銀仕立ての箱らしく狂喜乱舞する。
「コルドランさん落ち着いて、敵が来ますよ」
「おぉそうじゃそうじゃ。すまんの」
罠を警戒したルーティが、鍵を恐る恐る剣で突っつく。
「やめるにゃ!傷になるにゃ!わたしが鍵開けできるにゃ」
シャケが箱を念入りに探り、腰の入れ物から細い道具を出すと、僅かな時間でカチャリと開く。
「な、なにが入ってるの?」
ルーティ達が覗き込む中、シャケが箱から取り出した物は――
銀の台座に乗るどろどろとした銀色の物体だった。
「これなんにゃ?」




