学力
32
お昼時のギルドには、依頼を終えた冒険者達が徐々に戻りつつあった。
受付窓口は四つあるのだが、数人がイライラしながら並んで待っている。左端に集まる者達をチラ見している者もいたが、誰も絡もうとはしない。中心にいる美しい女性が獣人を片手で投げ飛ばし、大男を二階の壁まで蹴り上げた事を知らない者はいないからだ。
「え?落ちた?筆記て字の読み書きと簡単な計算だけだろ?」
「…」
レイジの言葉にフラウの顔が曇る。石級への昇格試験は筆記と依頼を一回達成する事となっていた。
字を書けない読めないでは上位の依頼が受けられず、資料室に入っても無駄である為だ。またある程度の計算力も依頼内容によっては必要になる。
「とりあえず解答用紙を見せてもらえませんか?」
受付嬢メーリンから渡された紙には、綺麗な字で書かれた文章の後に、上へ下へ蛇行しながら続く文字らしきものが書かれていた。
「…禁啓言語?」
「こんな言語はないと思うけど…フラウさんこれは何て書いてありますか?」
「…アー…ルゥーエ…」
「いえもういいです」
視線を反らし適当なことを呟くフラウを見て、早々に諦めたアレクは、硬貨を幾つか受付カウンターに並べると、いくらか答えさせる。白く細い指先が硬貨を一つ一つずらしていき、答えたのは枚数だった。
「いや違うでしょ?金貨が2枚に銀貨が12枚なら金貨3の銀貨2でしょ?14枚って…」
「フラウさん、銀貨は10枚で繰り上がり金貨になります。これはどうですか?」
再び硬貨を置き直したが、フラウは銅貨の何枚かを金貨として数え、鉄貨十数枚をまとめてずらした。レイジは信じられないといった顔をして、ヴォルフ達も口を開けて驚いていた。
「だから違うでしょ?大きさも見た目も違うし、数増えたからって、まとめてずらしたら意味ないじゃん!?」
「レイジ君落ち着いて」
相当不機嫌な様子のフラウは、顔を顰めて硬貨を睨む。銅貨をおさえていた指を引き下げると、僅かに歪んでいた。
「…人は昔から小さいことに拘りすぎなのだ」
(子供っぽいか。その上価値観の違いが…困ったな)
「…仕方ないですね。僕らが見てきましょう。レイジ君も手伝ってください」
フラウを受付横の椅子に座らせると、アレクとレイジは二階の資料室へ向かった。
残されたフラウは受付嬢を睨みつける。引きつった笑みを浮かべていたメーリンは、ヴォルフに視線で助けを求めるも、不穏な空気を感じた獣人達は、訓練所へ逃げていった。
資料室はギルドの二階奥にある、かなりの面積を占めている部屋だ。
整理は行き届いているが、天井まで届く背の高い棚がぎっしりと並ぶ様は息苦しい。レイジが入口の職員に石製のギルドカードを見せる。
「レイジ君はしっかり上げてるんだね」
「当然だろ?依頼の金額は上がるし、こうやって資料室にも入れるからな」
レイジは筆記に関しては満点だった。
モルトの勉強会で、アニィに見られてからは黒板を隠して使っていたが、集計作業を手伝った際には、日本語で書き込んだ内容が問題なく伝わり、歓喜していた。
計算は冒険者なんかやめて商人になれと、ガルド教官から言われるほどだった。
「レイジ君は迷宮都市近郊で、おかしな自然現象がないか調べてくれる?僕は精霊石について調べるから」
「お?精霊石か。ここに通っとくだけでも結構わかるもんだな」
「禁啓言語かい?それほど重要な情報でなければ、だいたいは現物を見たり、関連する話を聞いたり、直接触る事でもわかるらしいね」
入口横の掲示板には、情報が寄せられてから時間が経ったものが張り出されている。レイジは張ってあった資料を一つ手に取り、読み上げる。
「東の草原では風のあるなしに関わらず、竜巻が目撃されている。その脅威は地面を掘り返すほどだが、夕暮れ時に始まり朝には収まるので放置されている…だってさ」
「おっと調べるの早いね」
「これも精霊絡みなのか?」
「たぶんね。人が魔法を使いはじめてから起こるようになった異常現象の1つだと思う。エルフが言うには大陸中央の魔の森から放出される、負の魔力が原因らしい。それに対して大森林の世界樹は、魔素という魔力の根源へ還元し、世界に放出する事で均衡を保っている。なのに人がどんどん消費するものだから、負の魔力が満ちて精霊がおかしくなるんだってさ」
知識を披露する際のアレクは、いつにも増して饒舌になる。レイジは下手に話の腰を折らないよう気を付けながら、世界の情報を得ようと質問を繰り返した。
「へ~。じゃあ人の魔法使いが増えたら困るんだ?」
「いや。節度ある魔法使いなら問題ないよ。老賢者会っていう魔法界の重鎮達が、魔素儀式を受けるに値する者を、学園や弟子から選んでエルフの森へ送ってる。問題なのは未登録の魔法使いだよ」
アレクは一冊の本を探し出し、調べ始める。
「お待たせしました。とりあえず外へ行きましょう」
「わかった」
フラウ達がギルドから出ていくと、左端の受付嬢は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「メーリン!?だっ大丈夫?」
「私…もうダメ…」
栗色の髪をしたメーリンが奥へ運ばれていくのと、裏口からチェイスが入って来るのはほぼ同時だった。
「…ん?あいつらどこいった?」
フラウ達は冒険者ギルドを出て右の通りにある、魔道具屋へ来ていた。
レイジもついてこようとしたが、訓練所から出て来た獣人達に担ぎ上げられ、強制的に連れていかれた。
彼らはガルドからの指名依頼で、レイジの教育係になっている。支払われるお金は秘密裏に出されたカミュの指示で、探索者ギルドが肩代わりしており、レイジの知らぬ間に借金となっていたりする。
「精霊石は精霊の力が具現化した物らしいです。人の街にも少量ながら出回っているようですよ」
「…ないわ」
調べた情報を伝えていたアレクは、不意に後ろから声を掛けられ振り返る。しかし店内にはフラウ達以外に誰もいなかった。
「…ここよ」
小さな声に視線を下げていくと、アニィとそう変わらない年頃の少女がいた。
「ヴィヴィさん。お邪魔します」
魔道具屋の店主にして魔導師のヴィヴィは元魔法学園の教員で、アレクとはある人物を通して知り合いだった。
ピンクの髪に紫の瞳。ここまで奇抜な色合いの者は、原色と同じく珍しい。またゴシックドレスという変わった服装をしている為、巷ではエルフとのハーフか何かの長命種だと噂されており、面白半分に歳を聞いた者が、不慮の事故に合う事があった。
「…ここに精霊石はないわ。見つかっても年に1つか2つ。庶民が拝めるものではないわ」
「え?それだけですか?う~ん…困りましたね」
喋り始める前に少し間を置く独特な話し方をする少女は、唸るアレクの横をすり抜けてフラウの元へ近づく。暫くの間俯いたままだったが、ゆっくりと顔を上げていき二人の視線が重なると、フラウは不思議な感覚を覚えた。
(なんだ?この感じ…私と同じ?でもこの気配は…)
疑問を口にしかけた時、複雑な表情を見せていた彼女は、ポケットから銀色の小物を取り出し押し付けてきた。
「「!?」」
手が触れ合った瞬間、お互い鋭い痛みでも感じたかのように手を引っ込める。それと同時に、フラウは覚えのない光景を目の当たりにしていた。
大海原で一人、小舟に揺られる傷だらけの少女は、泣き腫らした目で遠ざかる島を見つめていた。
島では至るところから炎が吹き上がり、禍々しい色をした煙が立ち込め、人々が駆け回っている。
海岸に佇む女性は、一目で致命傷とわかる怪我を負いながらも、手を振って少女を見送っていた。
なんの前触れもなく空が瞬くと、島は轟音と共に破壊される。
音の消えた世界で、火だるまになった人々が降り注ぐ中、声なく叫ぶ少女――ヴィヴィと視線が合い、現実に引き戻された。
「フラウさん!フラウさんどうしました!?」
「はっ!はぁはぁ…な、んだ?」
前屈みになったフラウの額には、汗がにじんでいる。今まで人らしい反応をまったく示さなかった彼女の変化に、アレクは必死に呼び掛けていた。
フラウは手を上げて答えると、目の前でひどく驚いた表情をしているヴィヴィを見つめる。
「お前は…」
しかし今にも泣き出しそうなヴィヴィを見て、最後まで言葉が続けられなかった。
「…それをあげるから、東の草原に急ぎなさい。フラウ…また会いましょ?」
「…わかった」
「いったいなにが?」
状況を飲み込めないアレクを置いて、フラウは先に出ていってしまう。
「彼女をお願いね」
「え?フラウさんを知っているのですか?」
「…知ってる。よく知ってるわ」
ヴィヴィはそれ以上話さず、奥へ入ってしまった。
フラウは七区の東外郭門から街の外へ出る。既に五の鐘が鳴ってからだいぶ時間が経っていた。冬場は日暮れが早く、鐘六つには門が閉ざされる。
「孤児院には近所の人に言伝を頼みました。最悪、間に合わなくても門の詰所に向かいましょう」
「すまない。迷惑をかける」
「いえいえ。ここまで来たら精霊石を完成させましょう!」
ヴィヴィから貰った物は、宝石等を嵌め込む台座が付いた銀の髪留めだった。細部にまでこだわった美しい意匠が施されており、装飾品に興味のないフラウでも価値のある物だとわかる。
東の草原は茜色に染まり、美しい景色が広がっていたが、北と南に見える深い森は対照的に不気味だった。
「さて…どこから探せば…?」
広い草原を見渡していたアレクは、フラウが中空の一点を見つめている事に気付く。
(風の精霊かな?呼び出すまでもなく、助力を得られるなんて…)
少ししてフラウは南の森を指差し、ほとんど飛ぶような速さで駆けていく。アレクも必死についていくがどんどん離されていった。
「いましたかー!?」
「既に戦いが始まっているようだ」
「え!?」
前方ではエルフの一団が、渦巻く猛烈な風と対峙していた。




