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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
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氷の精霊

30


朝食後すぐに出発したレイジは、冒険者ギルドで職員の簡単な仕事を手伝い、受付嬢のメーリンと他愛もない会話をしながら、訓練開始までの時間をつぶしていた。


「暗算から複雑な計算まで出来るなんて、すごいです!商人や役人になれますよ!」

「たかが四則演算だぜ?簿記はあんま得意じゃなかったしなぁ」

「…シソク?…ボキ?」

「あっ!いやいや。事務仕事より身体動かす方が好きなんだよ」

「そうなんですか?もったいない。私も姉と同じ市役所に勤めたかったのですけど、試験に落ちてしまって…受け直すまでここに勤めていたら、辞め時を逃してしまいました。アハハハッ…ハァ…」


当初メーリンはレイジに対し、接客時と変わらぬ態度をとっていたが、簡単な荷物運びや集計作業を一緒にする間に、自然な話し方へ変わっていた。

しかし彼女は時折レイジの過去を知りたがり、警戒していたレイジは逆に質問攻めにして追及の手から逃れている。


「へぇ~、じゃあ市役所発行の身分証の方がなにかとお得なのか」

「そうですね。病院や不動産、専門取引所の利用や、ここにはない仕事の斡旋も受けられます…もしよかったら私の姉が市役所に勤めているので、紹介しますよ?安く作ってもらえるはずです」

「お?マジかー♪助かるよ。早く部屋も見つけないとなぁ…暮らすならやっぱり中央だよね?メーリンも中央なんでしょ?」

「えっ!?あっ!わっ私は…」


何気ないレイジの問いに顔を赤くし、しどろもどろになるメーリン。不思議そうに首を傾げたレイジはその背後にガルドの後ろ姿を見つけて別れた。




訓練所へ出て準備体操をしながら教官の到着を待っていると、訓練に励む者達の視線を感じる。特に狼獣人の男ヴォルフはわざと聞こえる声で囃し立てていた。


「なんだぁあれ?まじないか何かか?スライムみたいにクネクネしてよー、どんな攻撃も避けれるようになるってか?ガハハハッ!」

(言ってろ。くそっ!)


二の鐘が鳴ってからしばらくしてガルドが現れる。レイジの気合いの入った挨拶はむなしく響くだけで、無言の教官は木剣を手に取ると猛特訓が始まった。


まずレイジの素質が試された。レイジはその狙いがわからない訓練内容に戸惑いつつ、言われた通りに身体を動かし声を張り上げた。しかしガルドの表情は暗くなる一方で、急な休憩を言い渡される。


(魔法は…まぁいいだろう。もともと適性のある奴は少ない。だが心気が欠片もないとはどういうことだ?)


人種なら個人差はあれど必ず使えるものとガルドは記憶していた。それが微塵も感じられないレイジは、素で今まで戦っていたことになる。その事を伝えてもレイジに落ち込む様子はなく、ただただ真っ直ぐな気合いの入った眼差しを向けていた。


「…よし。おい!お前!」

「へっ?」


近くで眺めていた狼獣人のヴォルフが呼ばれた。

レイジはデジャブを見てるようだと感じていたが、ヴォルフ自身もそう感じているのか、頻りに辺りを見渡し何故か安堵した表情を見せる。


「お前代われ。こいつと戦え」

「…なんか――」

「早くしろ!」

「っ!」


対峙するレイジとヴォルフ。その様子を遠巻きにして眺めている虎獣人のライガと熊獣人のオラ、ガルド教官の姿がある。


「お前は人とどこか違う。彼らと戦ってみせろ!」

「はい!」


レイジはそのまま右半身を引きヴォルフに対し半身になると、腰を落として構えた。


(なんでおれが…まったく…世話のかかる奴だ)


ヴォルフは前傾姿勢で身を屈めており、まるで走り出すような格好をする。


(突進か?回避――いや!)


ヴォルフが弾丸のように飛び出すと、あっという間にレイジの前まで接近し、右へ回り込みながらの顎を狙った右フックを繰り出す。

レイジは僅かに上体を反らして避けると、カウンターのように繰り出す左肘がヴォルフの顔に軽く掠る。


(っ!?ヤロウ!やるじゃねぇか!!)


ヴォルフはそのまま右フックを裏拳のように振るうが、レイジは屈んでからバックステップで下がった。遅れてヴォルフの左脚が空を薙ぐ。


(ここしかねぇ!)


蹴りが空振って体勢の悪いヴォルフ。その左側面へ飛びかかって押し倒した。


「おわっ!てめっ!」


そのままのし掛かりヴォルフの頭を軽く叩く。


「そこまで!よし!もう一度だ!」

「なぁにやってんだぁ?ヴォルフぅ~?」


ニヤついた顔のライガとオラが煽る。


(ヤロウ!もう手加減なんてしねぇぞ!)


レイジとヴォルフは再び距離を取り対峙する。


(獣人相手に素で接近戦ができるか…よし。コイツらに任せよう。あとは冒険者としての常識だな)


他人事のようにヤジを飛ばしている二人の獣人を見ながら、ガルドはこれからのことを考えていた。




フラウは窓の外に、モルトとレイジが連れだって帰って来るのを見る。同時に手を振っている別の者にも気付き、外へ出た。


「やぁフラウさんおかえりって私達がただいまかな?アハハッ!」

「はぁ…お疲れさまっす。茶菓子買ってきたから、夕食後にどうです?」

「レイジ君気が利くね~」


モルトの子供っぽい笑い方を、微妙な顔をして眺めるレイジ。フラウは適当に返事をすると井戸へ向かう。急な突風に吹かれたレイジらは、肩を竦めてそそくさと中へ入っていった。


「…何かようか?」

「――セイレイサマ。コオリノセイレイ二、オキオツケケダサイ――」


水の精霊――以前より格段に大きくなっている――が井戸から顔を出している。時折手を伸ばして触れようとしてくるが、フラウは僅に距離を取って避けた。


「何か知っているのか?」

「――ハイ。アレハ、クルイハジメテイルノデス。エルフニ、ハナシヲオキキクダサイ――」

(狂う…)


水の精霊はそれだけ言うと形を崩し、井戸の中へと消えていった。




ルーティ、アレク、ロサナを含む大所帯での楽しい夕食後、リース以外の子供達を部屋に返したルーティが詰め寄る。


「リース!フラウ!あんた達どういう関係なの!?」

「えぇ!?なんですか突然!?」

「フラウはあんたと寝ると気持ちいいって!なんか変なことしてんなら怒るよ!?」

「きもちいい!!?」


リースは耳まで真っ赤にして俯くが、ルーティの完全な誤解であり聞き間違えであった。


「リースちゃん…私悲しいわ。あなたは一番良識ある子だと思っていたのに…」


わざとらしく目元を拭うロサナに、少し離れた位置で成り行きを見ていたモルトとアレクは笑いを堪えている。


「え?なになに?リースちゃんとフラウさんはそっちなの?」


いつの間にか進んでいた二人の関係に、二つ目の茶菓子へ手を伸ばしていたレイジは驚く。


「ちっ違います!そっちってなんですか!?フラウさんとは何もありませんよ!?どうしてそんな話が!?」

「そ、それは…それはいいのよ!本当に何もないのね!?」

「な――」

「私は好きだ」

「――いぃぃぃ!?」


リースが否定しようとした瞬間、黙っていたフラウが告白する。肩に掛かった赤髪を優しくすくい上げ背中に流すと、リースの肩を引き寄せた。


「あ、ああ、貴女何言ってるの!?」

「まぁまぁ、大変ね♪」

「おや?これはひょっとして…」

「あらら、困りましたね」

「え?マジ?あるの?そう言うの?」


各々が違う反応を見せる中、思考が停止したように呆然としているリースに向き直り、フラウは続ける。


「私はリースが好きだ。この気持ちに嘘、偽りはない」


その瞬間、居間の気温が急激に低下していき、氷の軋む音が部屋中に響いた。


「「!!」」


食卓の上にあった燭台の火は消え、レイジが落とした飲み掛けの紅茶はこぼれ始めた状態のまま凍りつき、皆の息は真っ白になる。

皆が部屋の中央へ集まると、奥の流し台から急速に凍っていく床を目にする。モルトとアレクが前へ出たが、何も出来ずにガタガタと震え始めた。


「これは!!」

「そんな…」


フラウ達の正面には、徐々に人の姿へと形成されていく氷の塊が浮かぶ。より一層強い冷気を放つと、長身の全裸女性の姿となった。


「…上位精霊」


モルトがはじめて真剣な顔をして呻くように言うと、氷の精霊はフラウを見つめた。


「…アァ…セイレイサマ。アナタサマノナサルコトニ、イヲトナエタクワアリマセヌガ…ソコナヒトノムスメハ、オヤメクダサイ」


その声に驚愕した様子のモルトとアレクが振り返る。


「…お前になんの関係がある」


フラウは焦っていた。

以前会った時から徐々に力を増しているのは知っていたが、今目の前にいる氷の精霊は既に末端の存在ではなかった。


(やっやべぇ…これって召喚獣?てか寒くて死にそうだ…息が…)


レイジは絶えずガタガタと震え続け、耐え難い寒さに呻く。フラウはすぐさまリースを抱き寄せ外套で覆うと、氷の精霊を睨んだ。


「――ゼイジャクナヒトノミデ、ワタクシタチノセイレイサマカラ、チョウアイヲ、ウケヨウナドト…」


氷の精霊の気配が一段と増すと、床や壁、更には天井までもが白く凍りつき、その影響範囲が音を立てて迫ってくる。


「私は聖霊ではないし、誰の物でもないっ!」


フラウにしては感情のこもった声を発すると気配が抑えられる。


「…アナタサマハ、マダオメザメニナッテ、イラッシャラナイノデス…ワタクシデアレバ、ナンノクモナク、オミチビキデキマショウ」


氷の精霊がその右腕を挙げようとしたところで、不思議な声が何処からともなく聞こえてくる。


(…困った子だ。勝手をしてはいけないと言ったはず。しばしお休み…)


フラウの左手首にある蒼い宝石から光が溢れ、部屋を満たした。


「――!!」


恐ろしいほど美しかった氷の精霊は光に掻き消され、極寒の寒さだけが残った。


「フラウさ――」

「アレク君、今は暖をとろう。この寒さはいけない」


戸を開けると冬の外気が暖かく感じられた。モルトは普段使わない暖房の魔道具を出してきて、ルーティ達は子供達の様子を見に二階へ駆け上がって行く。


「…大丈夫ですか?フラウさん」

「すまない…」


フラウに抱き締められたままのリースには、フラウが震えているのがわかった。




「――ふぅ~♪あったかいですねぇ♪」

「温泉行きたくなるなぁ♪」

「えっ!?温泉あるんすか?オレ風呂入りたいっす」

「自由民国に行けばどこにでもあるよ?あそこはなぜかしらないけど、村や街に浴場を建てる事が法で決められてるんだ」

「マジっすか!?なんだよ…内政チートでもやってんのか?」

「レイジ君。君たまに変な言葉使うよね?」


男達がまったりしてる頃、ルーティは氷の精霊についてフラウを厳しく追及していた。


「フラウ。知ってること全部話して。私達も危ない目にあったの。わかるよね?」

「…ああ」

「ルーティ落ち着いて。誰にでも話せないことはあるわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないわ!…子供達が無事だったから良かったものの、部屋はとても寒かったわ」


二階にいたカリム達は、分厚い藁ベッドと毛布により無事だったが、部屋は一階と大差ないほど冷え切っていた。

今は全員居間に集まっており、子供達は何かあったと興奮し、寝たふりをして聞き耳を立てている。


「ルーティ君。今は朝日が登るのを待とう。フラウさん朝にはお願いしますよ」


普段と変わらぬ様子のモルトも、その言葉にはしっかりと説明を求める意思が込められていた。


(考えが甘かった。私のせいでリース達を危険な目に…水の精霊に警告された時に行動していれば…エルフか)






朝になり、ルーティ達は朝食の準備を始め、子供達は寒い中でも井戸水で顔を洗っている。


(さて…いつまでも悔やんではいられないな。ルーティ達に話せることは話そう。そしてあの店ならエルフも居よう)


朝食後、話に加われないカリムがルーティから拳骨を食らい、子供達を連れて二階へ上がる。


「…とりあえず話せないこともあるだろうから、当面の脅威、氷の精霊に関して聞かせてくれるかな?」


フラウは当たり障りのない話をするが、ルーティやロサナ、レイジは聞き取れないところがあったらしく、時折首を傾げたり顔を見合わせていた。

モルトとアレクはだいたい把握した様子で、今後の対策を話し合う。


「聖霊様…か。神話の時代の話だね。ほとんどが未知だよ。私の本でもさすがに載ってないな」

「あの氷の精霊は当面は現れないってことね?…わかったわ。正直不満はあるけど…仕方ない」

「エルフですか…たしかに精霊ならエルフ以外に適任者はいないですね」


リースがいるこの場所を追い出されないかと不安でいたフラウは、皆の反応を見て胸を撫で下ろした。

ロサナは熱い飲み物を皆に配るだけで話には加わらず、自身の役割を自覚した行動に努めていた。


(ほとんど何言ってるかわかんねぇ…禁啓言語ってなんなんだよ)


頭を抱えて悩んでいたレイジは、訓練所に行くようモルトに言われ、渋々準備をして出掛けていった。


「ルーティ君とロサナ。昨夜はありがとう。今日はもう帰って休みなさい…アレク君はすまないけど、フラウさんの力になってあげてくれないかな?」

「もちろんです。エルフの方と話ができる機会はそうそうないですからね」

「うーん。気になるけど…仕方ない。行こ、ロサナ」


それぞれが行動を開始する中、静かだったフラウが頭を下げる。


「大丈夫ですよ。いざとなればモルトさんが氷の精霊を斬ってくれますから」

「えぇ!?さすがに無理だよ?上位精霊は」


アレク達が笑う中、フラウも決意を新たに立ち上がった。

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