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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第一章 迷宮杯篇
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白い女性騎士

2


解放されたリースは立ち上がり身体の状態を確かめる。紺色のジャンパースカートは肩の部分が大きく裂けてボロボロだったが、傷は跡も残さず治っていた。

それだけではなく、流れた血や泥はどこにも見当たらない。古着だった服は汚れどころか一見、新品の服をボロくしただけのようだ。


(ど、どうなってるの?)


目の前にいる女性は相変わらず無表情のままで、魔狼の死体を眺めつつ左手に装着した白銀の籠手を触っている。盗み見るように観察すると、全身をすっぽりと覆う純白の外套には、祈りを捧げる少女の姿が刺繍されている。そして最初に見た時には精緻な意匠が施されていた鎧が、今は無地の金属のようでいて布のようにも見える不思議な光沢をしたものに変わっていた。


彼女の容姿とその身に付けている装備から、リースは物語に出てくるある登場人物を思い出していた。


(この本に出てくる白騎士みたい…)

「あっあの!名前がわからないままでは不便ですよね?」


手元を見ていた彼女はゆっくりと振り返える。その仕草は儚く、微かな日差しを浴びる姿は幻想的でそのまま消えてしまいそうだ。

人とは思えないほど美しい女性に見つめられ、リースの鼓動は急速に早まる。


「名前…大事なものか?」

「だ、大事ですよ?もしよかったらなんですけど…フラウってどうでしょうか?」


じっと見つめられたリースの身体が震え、鼓動が跳ね上がる。鋭く冷たい感じを与える銀色の瞳に、心の中を覗かれているような感じがする。

彼女は自分の顔や身体に軽く触れ何かを確かめた後、表情を和らげて答えた。


「…フラウ、私はフラウだ」

「あ…はい!フラウ様!この度は助けて頂いてありがとうございます!」


深々と頭を下げるリースにフラウは首を傾げ、身を屈めて覗き込む。


「違う…フラウだ」

「えっ!?あの…呼び捨てにはできません」

「私は、フラウ、だ」

「っ!わ、わかり…ました…」


フラウの有無も言わせぬ言い方に、驚いたリースは吃りながらも了承する。赤い顔を隠す様に背を向けると、心を落ち着かせようと深呼吸をして、周囲に満ちる濃密な血の匂いに気付く。


(このまま押し問答をしている訳にもいかないわ。早く移動しなきゃ、他の魔獣が来る…っ!?)


フラウに話し掛けようとして何故か魔獣の死体が跡形もなく消えている事に気づく。地面には血痕こそあるが、2mを越えるものが一瞬で消えたのだ。


「消えた!?魔獣が消えました!」


慌てるリースに対しどこを見るともなしにボーッとしていたフラウは、おもむろに手をかざす。するとその先に魔狼の死体が現れた。


「えっ!?な、なにが…」


リースが目を白黒させていると、フラウが左手の白銀の籠手を見せてくる。


「マジックボックス」


左手の籠手。その手首の内側にはキラキラと輝く蒼い宝石が付いていた。


「国宝級の魔道具じゃないですか!?すごい…」

「魔道具…欲しい?」

「えっ!い、いいえ。いりません。私には分不相応だしフラウ様に助けて頂いた上に恵んで貰うなんて」

「…フラウだ」

「はっはい。フラウ…さん」


フラウは少し不満げな表情をしているが、再び魔狼をしまうとどこかへ向かって歩き出してしまった。


「あっフラウさん!街へ来て下さい。私の住んでる所は孤児院なんですけど、お礼をさせてください」

「孤児院?」

「はい。親のいない子供が預けられる場所です。院長先生が引き取って親代わりになってくれています」


フラウは少し考え、首を振る。


「いらない」

「でっでも!…そうですね。今の私にはお礼にお渡しできる物がありません…」


ボロボロな服を着た自身と裂けた鞄を見て俯く。


(孤児院なんかに連れていかれても困るよね。それに今あそこは…)


会話が途切れ黙々と歩く中、自身の置かれた境遇を思い出す。数日後にはまたあの男達が来るのだ――




迷宮都市に複数ある孤児院の中で、最も規模が小さいのはリースが住む孤児院だ。

元々優秀な冒険者だった院長が、命を落とした知人の子供を引き取ったのが始まりで、その後市長から予算を割り当てられ正式に孤児院を始めたのだ。

しかし元の家では手狭になり、土地の値段が安い迷宮区に移り住む事になった。


その孤児院は最近問題を抱えている。

始まりは一季ほど前だ。都市の東側に位置する第七迷宮区に、見慣れない身なりの悪い男達が現れた。

最初は孤児院の周りを彷徨き遠巻きに見ているだけだったが、次第に街中で奉仕活動をする子供達に絡む様になった。


子供達は市長の紹介で街の手伝いをして僅かな稼ぎを得ているのだが、男達はそれに難癖を付けてはあの手この手で邪魔をし、さらには孤児院の子供と関わる街の人達にまで迷惑行為に及ぶのだ。


ある夜、院長のもとを訪れた黒服の男によって、男達が隣の六区にある幾つかの孤児院にも同じ事を繰り返して、金を要求している事がわかった。

金を渡せば味をしめ数日おきに現れる。渡さなければ自警団の者達に隠れて騒ぎ、物を壊し、終いには子供を連れていこうとしたようだ。


そこへ教会から身なりの良い男が現れ、教会の庇護下に入れば男達を遠ざけ経営も楽になるだろうと言うのだ。そのうちある孤児院が教会の印を掲げ、教会の男は――


「子供達の中には聖なる魔法の才能がある者もいるようだ、神聖教国でちゃんとした教育を受けられる」


――と何人かの子供を街から連れ出した。


その話に聞き耳を立てていた年長組みの子供達は離れ離れになる事が嫌で、お金を稼ぎ冒険者を雇って男達をやっつけてもらおうと言い出した。

実際、冒険者の中には用心棒のような事をする者もいる。


リースは乱暴な考えに気が進まなかったが、数日前の昼、一番下の子が男に手を引かれ連れていかれそうになった。そこで昔の事を思い出し、危険を承知で一人薬草採取に来たのだ。

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