エルフ
28
警備室前まで戻ると、入口からは新たな探索者達が入ってくる。ほとんどが迷いなく右の通路へ向かっていき、数人が正面の坂を下って行った。
「右は安全面はいいけど、もう旨味はないわね」
「あれじゃ到達しても魔物の討伐記録がよくないだろうに」
ルーティの腰にぶら下げられた魔法のベルが五回なり、時間を知らせる。
この時間から潜る探索者は減るが、いなくなる事はない。中には警備室で仮眠を取り、また潜る猛者までいる。
「じゃあ今日はここまでね。ギルドへ行き、換金したら解散しましょ」
「明日は休みにゃ」
「次回は一気に中層を目指すわ!フラウお願いね」
「わかった」
迷宮から出ると、順番を待つ程の探索者の姿はなかった。代わりに情報屋と思われる姿が多く見られ、出てきた探索者に話しかけている。
「だいぶ落ち着いてきましたね。明日も待つ事にならなければいいけど」
「3日目にもなれば活動時間帯が分かれるから、大丈夫よ」
お昼過ぎという事もあり、広場の外周には、食べ物を売っていたらしい屋台が幾つか残っていた。
匂いに釣られたシャケが離れていきそうになると、ルーティは魔石入りの袋を振る。
「シャケ~。分け前欲しくないの~?」
「にゃ!?欲しいに決まってるにゃ!」
「確かに小腹が空いたの。後は換金して帰るだけじゃし、何か買って行くか」
「では僕が飲み物を探してきましょう」
「ちょっと!後に…あぁもう!」
止める間もなくコルドランとアレクは広場に散っていく。フラウは早く帰りたかったのだが、買い物をしている二人を見て、ある考えが浮かぶ。
そこへ他の探索者に話し掛けていた男がやってくる。
「よう!姉ちゃん。ずいぶん稼げたみたいだな」
「…まあね。特に話せるような事はないわよ?」
「まぁまぁそう言わずに…昨夜から魔物による怪我ではない負傷者が大勢出ているんだ。何か見たり聞いたりしなかったか?」
同業者狩りについて、わざわざ話す必要はないと考え首を振るルーティ。言質を取れたとは言え、証拠もなく男達を殺した事が衛士の耳に入れば面倒な事になる。ましてや迷宮での事、言ったとしても事実かどうかは調べようもない。
「そっか…わかった」
「そう言えば…教会の司祭が無償で治療していたわよ。あんなの初めて見たわ」
「お?教会が?…その司祭の事はわからんが、治療されて出てきた奴の何人かは、今回の迷宮杯は諦めるって話しているのを酒場で聞いたな」
「諦める?重症なのかしら?」
「いや、どうも違うらしいが…まぁいい。またな」
次の探索者を見つけて去っていく男。ルーティは腑に落ちなかったが、アレク達が戻り、遅い昼食を済ませるとギルドへ向かった。
中央区へ入ると、未だお祭り騒ぎは続いていた。
道端では布を広げて即席の露店を開いている探索者が多く、売られている物は迷宮で手に入れたと思われる魔石の屑や金属片、地図らしき羊皮紙、洗ってあるが赤い汚れの付いた服や、傷のある防具等が置いてある。
露店の一つに具合の悪そうな男がいた。
その様子が気になったルーティが、先の情報屋の話を思い出す。
(この男、司祭の治療を受けた男かも?本当に無償で治療をしてもらえたのかしら?)
しかし教会の司祭について尋ねて見ても、目で何かを訴え掛けてくるだけで、頑なに話そうとはしなかった。
冒険者ギルドの裏へ行くと、探索者達で溢れていた。
「こっちでも並ぶのね…」
「普段なら活動時間や場所の違いで、それほど混まないのですが…」
「露店の連中がギルドからなにも言われん理由はわかったのぅ」
しばらくかかりそうな売却係はアレクとルーティが受け持つ事になり、コルドランは酒場へ向かい、買い物に行くフラウの後をシャケがついてくる。
「フラウにゃ~、他に魔道具持ってるかにゃ?」
「ない」
「その反応はあるにゃ~♪見たいにゃ」
「…服を買う場所はどこだ?」
「?、服屋なら右の通りにゃ?」
「一緒に探してくれ。終わったら見せる」
「任せるにゃ!こっちによく行く店があるにゃ!」
シャケがフラウを引っ張ってギルド前の通りを進むと、商店街のどの店も繁盛しているのが見えた。
武器防具屋には傷付いた装備を着けた探索者が詰めかけ、自身に合う物を探している。
魔法道具屋では魔石やランタン、携帯用鐘等、探索の必需品が品薄で揉めていた。
「ここにゃ!普段着から丈夫な服まで一通りあるにゃ」
連れてこられたのは木造二階建ての店で、多数の植物が店先に置いてあり、入口を囲う様は森林を思い起こさせた。
繁盛している他の店と違い、店内は明るいが人の気配はない。
「ここ?…!」
フラウが疑問に思っていると、入口の一番手前にある大きな葉を付けた、高さ2メートル程の植物が揺れて、葉の間からとても小さな緑の少女が、必死になってフラウに手を伸ばしていた。
「――ではまた来るわ……っ!?」
店内から出てきた誰かとぶつかりそうになる。相手は驚いた顔をして、その植物の少女とフラウを凝視した。
相手は長い金髪の美しい女性で、耳が尖っていて白い肌をしている。
深緑の服を着た――エルフだった。
「あっあなたは!?…もしかして…」
「?」
女性はだいぶ驚いたようで、後退りして柱にもたれ掛かると、胸に手を当て息を整えようとしている。
「なんにゃ?」
「――フゥ…も、申し訳ございません、聖霊様…」
エルフの女性はそう言うと、膝をついて深々と頭を下げる。
(せ、せいれ…ウッ!?頭が…)
フラウの脳裏には幾つかの記憶が閃光ように瞬く。
光輝く圧倒的な存在に抱かれて目覚める。
自身と同じ存在達と共に広大な世界を縦横無尽に飛び回り、小さな命の光を慈しみ見守った。
やがて世界の端は陰り、歪んで狂いだす。
多くの命は瞬く間に消えていき、彼方からはすべてを呪う声が轟く。
赤く明滅する存在が叫び、夢のような時は終わりを迎えた。
「――っさま!?聖霊様!?お気をたしかに!」
「はっ離れるにゃ!おまえが現れてからこうなったにゃ!」
何かが思い出されたような気もするが…未だ霞がかかっているかのようで、フラウは頭を振る。
目の前ではエルフの女性がフラウに手を伸ばしているが、シャケが間に立ち押し退けている。
「大丈夫…だ。もういい」
「フラウにゃ顔が青いにゃ…」
「…シャケ、お前が普段着てる服を選んでくれ」
「うぅ?…わかったにゃ~」
シャケが店の中に入っていくと、すれ違うように金髪を後ろで結わえた女性が出てくる。
見た目は目の前のエルフの女性に似ているが、人に近く、ハーフエルフとわかった。
「アリエル?どうし…!」
その女性も先程と同じような反応をするが、フラウはこれ以上面倒はごめんだと、話を切り出す。
「服を買いにきた」
「…えっ?あ、アリエル?」
困惑する女性は、入口の植物に顔を近づけているエルフに助けを求める。
「…あ、クリーリア!一番いいの持ってきて!」
「え!?わ、わかったわ!」
そのまま走るように店内に消えるが、奥からシャケと女性の悲鳴が聞こえる。
「聖霊様!どうかお話をお聞きください!」
「うるさい、聞こえてる」
「あっ…す、すみません…」
「にゃんにゃもぅ~!フラウにゃこれなんてどうにゃ?」
頭を押さえながら戻ってきたシャケが、緑の生地に赤と黄色の刺繍が綺麗な服を持ってくる。
「…それでいい、いくら…だったか?」
「?金貨3枚と銀貨6枚にゃ」
ソワソワしている女性――アリエルの前でシャケに硬貨を渡す。
「…足りないにゃ?」
「…そうか」
フラウが計算できないことに首を傾げるシャケ。
フラウは徐にウエストポーチから眩しいくらい、白く輝く宝石を数個取り出す。
「にゃにゃ!?それはにゃんにゃ!?」
「せっ聖霊様!いくらなんでも白輝晶石は釣り合わないです…店の服がほとんどなくなります…」
「にゃにーーー!」
「お、お待たせしました!…?」
シャケが仰天し、アリエルが宝石を前に泣きそうな顔をし、クリーリアがキラキラした宝石をちりばめた、金の刺繍が見事な碧のドレスを持ってくる。
「それはいらない」
店の中は広く、生き生きとした植物が周囲を囲むように置かれ、中央に綺麗なテーブルと椅子が四脚ある。
奥にはカウンターがあり、綺麗な服が天井から吊るされていた。
「私は大森林に属する禍精霊対策班を率いている、アリエルと申します」
「私はこの店――アルヴィナ――の店主でクリーリアと申します」
四人は席に付き自己紹介をする。
「子供の服を買いに来たんだ。これで買える服はないか?」
金貨1枚に数枚の銀貨、鉄貨がある。
「…聖霊様っ、お近づきの印にその服をお贈りさせてください」
「本気かにゃ!?新品のエルフ服にゃ!?」
「もちろんです!聖霊様に贈り物ができるなんて…きっと忙しくなるわ♪」
「?貰えるなら…ありがとう」
「聖霊様、それより話を!森の大精霊様からの言伝です」
アリエルが待ってられないと話だす。
「ぜひ世界樹のもとへ来ていただきたいと!私達がお送りいたしますっ」
「?…断る。私は帰るんだ」
「あぁ!?まっ待ってくださいっ!聖霊様にとっても重要なことなのです!」
煩く迫ってくるアリエルに仕方なく座り直すフラウ。
シャケは二人を見て「さっきから何をいってるにゃ?」と目を細めエルフを睨む。
「私は聖霊…というものではない」
「いえ!貴女様は間違いなく聖霊様です。私では詳しくお話できませんが…大精霊様ならきっとお伝えできます」
「…今はいけない。仲間が…リースが待ってるんだ」
テーブルに載せられた鉢植えの中で、植物の陰にいた緑の精霊がかっくりと肩を落とす。
「…わかりました。私達もしばらくこの辺りで務めがあります。お時間ができましたら、どうかよろしくお願いいたします」
「変なやつらにゃ…妖精種の、特にエルフ達はみんなああにゃ」
店を出ると、シャケが胡散臭い者を見る目を店に向ける。
「ありがとうシャケ。服は手に入った」
「そうにゃ~♪魔道具見せてにゃ~♪」
フラウがウエストポーチから取り出したのは、手の平サイズの変な模様をした銀の歪な輪だ。
「これはあげる」
「にゃ?にゃにーー!いいのかにゃ?でもこれはなんにゃ?」
「危なくなったら敵に投げるんだ」
「攻撃用の魔道具かにゃ!?貴重品にゃ!ありがとうにゃ~フラウしゅきにゃ~♪」
顔を近づけてくるシャケを片手で押し返しながらギルドへ戻ると、裏口ではルーティ達が柄の悪い男達と揉めていた。
「…またか」




