情報収集
24
中央広場から離れて東の小路へ。入り組んだ道をコルドランに案内されて彼の家へ向かう。通り沿いに建ち並ぶ家屋は、全て煙突の付いた石造りの建物だった。
「場所によってだいぶ建物が違うのだな」
「ここは石狩の森っていう石材の切り出し場が近いから、木材より石の建材か安いのよ。煙突付きは鍛治職人の工房ね」
外郭の壁に沿って並んだ建物の中に、コルドランの住居兼鍛冶工房がある。煉瓦を積み上げただけの平屋の家は、分厚い扉と小さな窓が二つあるだけで、ずいぶんと寂しい造りをしていた。
「今はわししかおらん。空いている部屋を好きに使ってくれ」
入ってすぐは僅かな装飾品が飾られた店舗となっており、奥に居間と個室が二部屋、さらに奥が家主の部屋と作業場になっている。昔は住み込みの弟子がいたそうだが、独立して今は一人だとコルドランは話した。
すきま風もなく部屋も掃除してあり、リース達が住む孤児院より居心地が良かった。
「ほんと勿体無いわ。これが最後の作品だなんて…まだ現役でやっていけるじゃない」
「もうよい。わし自身納得できる作品は出来た…後は後進の者らに技を伝えるだけじゃ」
部屋の所々に飾られた装飾品は、どれも匠の技が光る素晴らしい物だった。
中でもルーティが見つめる額飾りは、七つの宝石がお互いを陰らせる事なく輝き、複雑に編まれた白銀の鎖紐は滑らかな曲線を描いている。それをじっと見つめていたコルドランは、何かを吹っ切る様に首を振り奥の作業場へ入っていった。
「未練がないならなんで素材集めしてるのよ…」
ルーティは肩を竦めてそう呟く。コルドランは細工師として有名な職人で、ルーティが左耳にしている耳飾りは彼の作品だった。
部屋の隅で黙って聞いていたフラウは、そろりそろりと装飾品へ近づく猫獣人を見つめる。視線を感じたシャケはびくりと震え、そのまま元の入口まで戻っていった。
「ほれ。とりあえず必要な物は用意しといたぞ。他は今日中に集めればいいじゃろう」
目の前には大きめのリュックが四つと簡易テントに毛布数枚。空の水袋と僅かな非常食。魔法のランタンにロープとアンカー。使い込まれた羊皮紙の地図。何かの薬等色々あった。
「そうね…まずは明日の分の食料を買い、そのあとで情報屋へ話を聞きに行きましょうか」
「情報屋?」
「迷宮の情報を売っている人達ですよ。ほとんどは街中で活動している戦わない冒険者ですが」
シャケは入口の近くで所在なさげにしていて、時折皆の方を見ては視線が合うとそっぽを向いていた。
「…荷物の準備してくるにゃ!」
「あ!…行っちゃいましたね。アハハッ」
「あの様子じゃ連携とか無理かな…」
暫く休憩してから迷宮前広場へ戻ったが、未だ長蛇の列をなしていた。
「これは夜中にでもならないと入れないわね」
「みんなやる気があっていいけど、体が持たないだろうに」
すでに列の後方では、待ちくたびれて何処かへ行ってしまう者もいる。広場の隅にはその列を傍観している者達がいた。
彼らは探索者に話し掛けられると、屋台の裏手や人気の少ない離れた場所へ向かっていく。
「あれか?」
「そうそう…って違う!なんでこんなところに子供がいるの?」
フラウが指差した相手は10歳くらいの子供で、大人しかいないこの場所ではかなり目立っていた。誰からも相手にされず、ずっとうろうろしている。気になったアレクは手招きして話し掛けた。
「ねぇ君。ここにいるってことは何か価値のある情報があるのかい?」
「あるよ!すっごい情報だよ!」
元気一杯な感じは好印象だったが、ルーティ達は微妙な表情をして顔を見合せている。下手に取引をして味をしめても、この子の為にならないと迷っていた。
「買ってくれるならおまじないするよ!」
「!…本気かい?」
「おまじない?」
フラウだけが理解しておらず、驚くルーティ達に代わりコルドランが話して聞かせる。
「おまじないは人の子の間で流行っとる遊びじゃな。お手軽な真実神の加護だそうだ」
「咽に手を当てて誓うのよ。一時的な効果だけど、嘘をつくとしばらく声が出せなくなるわ」
「嘘なんてつかないさ!鉄貨1枚!」
「うーん…」
唸るルーティ達をおいてフラウが鉄貨を差し出す。子供は素早く掴むとポケットの奥へ突っ込み、満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと…いいの?」
「問題ない」
「ありがと!綺麗な姉ちゃん!ついてきて!」
少年は返事も聞かず、一人走って行ってしまった。
「あ~!追いかけて!」
慌ててあとを追うと、すぐそばの脇道で手招きして待っていた。
「早く早く!おまじないするよ!」
「ちょっと!びっくりしたじゃない!」
少年は話を聞かず、咽に手をやると真実神に誓いを立てる。するとまだ成長途中の幼い喉仏が淡く光り出す。同時に空が瞬いたように感じて、フラウは頭上を見上げた。
(あれは!…まただ。何処へ繋がってる?知っているはずなのに…思い出せない)
空一面に広がった光の輪は、幾重にも重なり遠くまで伸びている。少年が話し始めると、光の軌跡が何処かへ伝わっていった。
「この話はうちの孤児院によく来る、黒服のおっちゃんが聞かせてくれたんだ。探索者ギルドにいる偉い人はスライムを集めてるって!」
「「……はぁ?」」
握りこぶしを作るルーティをアレクがなだめ、コルドランが話の続きを促す。すると少年はスライムを捕まえてギルドへ持っていけば、買ってくれるかもしれないと言った。
「ちょっと!それで鉄貨なの!?」
「まぁまぁ落ち着いて…ある意味正当な対価ですよ」
「なぜだ?」
「探索者ギルドにはスライムをテイムできる能力者がいる可能性があります。テイムは非常に稀な能力ですが、魔物や魔法生物を操る力は、時に迫害の対象になります…」
アレクの言葉に不穏なものを感じたルーティが、眉をひそめ小声で問い質す。
「…ギルドを脅迫するとか?」
「まさか!そんな事したらこの街にいられませんよ?そうではなく、必要としている物を秘密裏に渡せれば、後々有利に働くのでは?」
アレクはギルドに恩を売ろうと考えているようだ。もしうまくいけば鉄貨に勝る、価値がある話になる。
「じゃあオイラは帰るよ!」
そのまま走って行く少年に、ルーティは納得できないようだ。
「売るのは一度きりなのか?」
「そのようですね…内容によっては価値がなくなるから、事前に条件を付けるのですが…」
今回、少年は勝手に話を進めてしまったので、他の相手を探されても文句は言えるが止められなかった。
ルーティ達がキョロキョロしながら移動していると、広場から少し離れた暗い場所に、一人で座っている男を見つけた。
「…あれにしましょ」
「なるほど。これは期待できますね」
何が期待できるか、フラウにまったくはわからなかった。
「普通の男に見えるが?」
「隠れておるのに腰にぶら下げた袋は膨らんどるだろう?それだけ皆から求められとる証拠じゃな」
正面から近寄っていくと、男は自然な動きを装い身構えた。その様子に立ち止まったアレクが何かの合図を送る。すると男も同じ合図を返した。
「…客か?悪いがもう店じまいだ。ネタ切れだってのに、絡んでくる輩が多くてな」
「そんなこと言わずに聞かせてよ。他言しないと誓うわ」
「不確かな情報しかないぞ?…迷宮攻略者に関する情報だ。金貨3枚」
「いくらなんでも高過ぎじゃない?」
「嫌なら買うな」
アレクが迷わず渡すと、ルーティはまたかみたいな顔をして睨む。
「よし。場所は…ちょうどいい。誓え」
「私の真似して」
フラウはルーティ達の真似をして、咽に手を当てると契約神に誓いを立てた。頭上では再び光の輪が明滅する。
「――今度は契約神?」
「そうじゃ。真実神は子供のお遊び。契約神は誓いを破ると不幸な事が間違いなく起こる。回避するには教会でお布施をしなければならなくなるの」
そう言って笑うコルドランに、情報屋の男は肩を竦める。
「情報を渡そう。今回の迷宮攻略者達は5人組の探索者で、ランクはアイアンとカッパーだそうだ」
「本当に5人だったのね。噂には聞いてたけど、やっぱり何か裏が?」
「夏の宴は今年から活動を始めた新参者だ。坑道迷宮へは秋の37から潜っている」
世界の歴史は曖昧だ。
神話時代に起きたという、魔族相手の大戦により暗黒時代があり、人の文明も途絶えた時期があった。
さらには支配者達による情報統制が行われたせいで、正確な暦を知る者は少ない。
ただ春夏秋冬の各90日の計360日は一般的に知られ、人々は夏の幾日と話すのだ。
「連中がギルドへ持ち込んだ魔石の量は、深層に挑んだ者にしては少なかったそうだ。そして攻略は往復3日でしたらしい」
ルーティ達はひどく驚いていた。
迷宮は広大で潜む魔物も百や二百ではない。迷宮核のある最深部まで行って戻ってきたならば、相応の戦利品が荷物となる。捨て置く場合もあるが、それでも三日で往復はとても信じられないことだった。
「抜け道…か?」
「さぁな。ただ既に前線の探索者に少なくない被害が出ている」
「攻略者がほとんど倒さずに降りたなら…結構大変な迷宮杯になりそうね」
「…終わりかの?」
静かに聞いていたコルドランが問うと、男は首を振り、付け足した。
「不確かな情報ついでだ。おまけしてやろう。迷宮核を外す際、触った奴はその時点での迷宮の名と、迷宮の構造を把握できるそうだ。しかし他言できない…つまり禁啓言語に当たる知識を得る」
「ほぉ…まぁ攻略者にしかわからんことならワシらには関係ないの」
広場で明日の探索に必要な物を買い集めてから戻った。夕食を手早く済ませたコルドランは酒を片手に自室へ入っていった。
「フラウ、部屋一緒でもいい?」
「かまわない」
「ではまた明日。おやすみなさい」
アレクと別れ向かいの部屋に入る。ベッドは一つだけで棚や丸テーブルが端に寄せてあった。
「孤児院には一日おきに帰るのだったな」
「そうよ?最深部に挑戦する時は数日潜る事になるから、一旦戻りましょ…寂しいの?ふふふっ」
ルーティは着替えながらフラウをからかう。
「寂しいな」
「え?」
「リースと寝た時はとても…よかった」
「寝た!?よかったって!?ちょっとどういうこと!?」
「うるさい」
フラウはそのまま腰に付けていた紺色のウエストポーチから着替えを出し、代わりに装備を入れていく振りをして消した。
「ちょ!?ちょっと!!それなに!?どう見ても鎧とか入らないでしょ!?」
「マジックポーチ。高価な品だからと隠すのにリースがポーチの周りを細工してくれた」
リースが着ていた紺色のジャンパースカートはボロボロなので、ポーチにしてフラウの持つマジックボックスのカモフラージュにしていた。
「嘘でしょ!?マジックポーチって…王侯貴族とかが持ってるくらいしか…」
「さぁ寝よう」
「はい?」
ルーティを突き倒して押さえ付けると、フラウも潜り込みぴったりと背中にくっついた。
「ちょっと待って!私は床でいいわ!」
「おやすみ」
「ちょ…っと!嘘でしょ!?振りほどけない!?」
そのまま寝てしまうフラウに、ルーティはジタバタしていたが、力尽きて眠ってしまった。




