お勉強
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「ではレイジ君の為に、一般常識から始めよう」
雲一つない晴れた空の下、孤児院では窓を開け放ち授業が始まっていた。キッチンのカウンターテーブルを背にモルトが立ち、その前で五人の子供達が食卓を囲んでいる。向かい側ではフラウとレイジが、トレント素材を加工して作られた小さな黒板を膝上に置いて座っていた。
「まず世界の成り立ちから――」
モルトの話では世界は闇に包まれており、何も存在していなかった。
そこへ五色の光が差し弧を描いて広がってくと、軌跡に様々な精霊達が生まれて世界を形成していった。
輝きは一段と強くなり、赤き光から古代人が、青き光から海洋生物が、白き光から獣が、黒き光から昆虫が、そして緑の光から妖精種が生まれ、命の輪廻が始まった。
ある時期を境に異世界から来訪者が現れ、価値観の違いから争いが絶えなくなり、美しかった世界は徐々に陰りを帯びていった。
秩序を保とうとする強い光はより濃い闇を作り出し、邪神とも呼べる存在が現れた。邪神は妖魔種を統べる存在である魔族を生み、世界を自分達の都合が良い世界に変えようと暴れ回った。
何年にも渡る大戦で疲弊した原生種を生かす為、五つの輝きは世界を二つに分けた。しかし金色の髪に金色の瞳を持つ古代人達は、新たな世界に適応できず、滅びの運命から逃れる為に新たな人々を生み出した。それが今の人種だと言われている。
ありきたりな話に気が緩んできていたレイジは、不思議な感覚を覚える。
「人種の先祖は西大陸から移住し――を建国して…」
「ん?」
「どうかしたかい?」
「えっと、移住の後が聞こえなかったんすけど?」
「なるほど。もう少し話をするから後でもう一度教えよう」
「え?はぁ…」
人種は西の大陸からこの地に移住し西人国――を建国。先住民のエルフ達から魔素儀式を教えられ、魔法によるめざましい発展を遂げると魔法王国を興した。
しかし南大陸から移住してきていた獣人達と大陸南西部で衝突して、住み分けから出来たのが学園都市、商業都市、迷宮都市、港湾都市、鉱山都市、妖精里、大森林の七都市。
その後大陸中央で勢力を拡大していた帝国が他国へ侵略を始め、その脅威から南部一帯を守る為に七都市連合になった。
学園都市と商業都市には人が多く住み、港湾都市は獣人がほとんどを占める。
鉱山と妖精里、世界樹がある大森林には妖精種が多く住み、先住民の彼らには山と川、森の既得権益がある。
各都市には自治権があり、今のところ良好な関係を築けている。
ここから東側には南大壁国、自由民国ヤマト、大陸中央には魔の森があり西に帝国、東に神聖教国、北東に北部ドワーフの山岳国があるという。
(ヤマト!?日本人だよな?たしか北西の魔法学園には学生服作った人がいて、東には国を作った日本人がいる可能性が…どうにもならなくなったら行こうかな…)
「ではレイジ君…ヤマトの名を知ることができたようだからもう一度言うよ?西大陸から移住してきた人の先祖は西人国ウェスヴィアを建国したんだ」
「!…今度はわかったぞ?」
「伝わったようだね。禁啓言語に当たると何らかの条件を満たさないとわからないままなんだ」
それから硬貨の種類と四季や時間の流れ等の話が続く。硬貨は銅貨以外に鉄、銀、金が神々の印がある迷宮から手に入り、稀少金属が含まれている。
鉱山は先住民のドワーフ達が採掘権を主張しているので、人種はドワーフから購入するか、迷宮または硬貨を鋳潰して稀少金属を手に入れている。
一年は春夏秋冬があり各90日で一季。一日は日の出に鐘がなり10回で就寝するという曖昧さだ。
(うぉぉ、意外と大変だぞ…?)
「あの…この黒板は?」
「あれ?レイジ君、黒板使ってなかったの?だめだよ?ちゃんと重要なとこは書かなきゃ。書いて覚えるんだよ?」
周りを見れば子供達は指先を黒板の上に走らせ、浮かび上がってきた白文字で書き留めていた。
(おぉ?体温に反応して字が書けるのか?)
「レイジーだめよ。ちゃんとかかないと」
「ぐっ…すみません」
皆が笑う中、レイジはアニィから黒板を借りて書き写していた。
「次に迷宮とは…」
迷宮や遺跡は大陸に元からあるものと、神々の迷宮と呼ばれる神々の印がある迷宮があった。
通常の迷宮には迷宮核があり、周囲の魔物を呼び込む力や似たような存在を作り出す力がある。生み出された魔物は迷宮魔物と呼ばれ、死体が残らない代わりに魔石が手に入る。
迷宮は魔石や鉱石を餌に人を誘き寄せ、力尽きた者を吸収して徐々にその規模を拡大していく。
神々の迷宮では硬貨が出る為、国が管理していて詳しいことはわかっていない。 遺跡は古代人のいた時代からあるものや、まったく由来のわからないものまであった。
気がつくとルーティとアレクが孤児院に訪ねて来ていた。これから冒険者ギルドへ行き初仕事となるのだが、リースが同行したいと言い出した。
「なにいってんの?だめよ!」
「私なら冬限定の高価な薬草の自生地を知っています。それにフラウさんのそばを離れないように気をつけます!」
「私が守る」
「ちょっと…モルトさん!?」
「いいんじゃない?」
ルーティが信じられないといった顔で皆を見回し、渋々了承する。するとカリムまで行きたいと言い出し、ルーティの拳骨を頭に受けた。
「では冒険者ギルドに行ってきます」
「気をつけて。迷宮攻略の影響で強い魔物もいるかもしれない」
ルーティ達は頷き中央区へ向かう。
リースは動きやすそうな深緑色の服装をしており、肩掛け鞄はちゃんと直されていた。
フラウはいつもの白い外套に白銀鎧で、左腰に銀の剣を差している。
ルーティは皮鎧に帯剣した軽装姿。アレクはまさに魔法使い然とした格好だ。
レイジだけは赤いジャージで、モルトから借りた古い短剣を腰に下げていた。
(まぁ戦いに行く訳じゃないしな。大丈夫だろ?…フラグは立ててないよな?)
第七迷宮区の中央広場。大樹迷宮前は探索から帰った者、向かう者で賑わっている。都市中央ほどではないにしろ、出店もあって食欲をそそる匂いがしてきた。
(一日三食な現代人に、急に二食は意外とキツいな)
「レイジお腹空いたの?置いてくよ」
「違う違う!大樹迷宮って固有名?」
「違うよ。迷宮の構造からそう呼んでるだけ。禁啓言語はあまり気にしない方がいいよ。わかる時にはわかるから」
「そっそうか…」
全体的に白く見目麗しい成人したフラウと、赤髪の少女リースが繋いだ手をブンブン振りながら歩く様はかなり目立っていて、リースは赤い顔をしたまま早歩きで広場を抜けた。
冒険者ギルドへ久々に入ったリースは、好奇心が刺激されて落ち着きなく辺りを探っている。依頼に興味がないフラウがその後を追っていき、掲示板の前にはレイジ達三人しか残らなかった。
日々の中で消費するもの等の固定依頼は朝一から張り出され、冒険者達が我先にと割りの良い依頼を取り外していく。
そして昼前後には依頼を終え、午後からは訓練に励む者や休みにする者が多い。つまり午後から出てきたレイジ達に、都合の良い依頼はなかった。
「やっぱり良い依頼は無いわね…」
「この北の森でロック鳥の卵採取は?」
「レイジ。ランクをみてから言ってよ。乱雑に張り出されてるから見間違うこともあるけどさ」
「え?…シルバーだな」
「ロック鳥は10メートル前後の黒い鳥だね。北の森と言ってもさらに北側。南部山脈のほぼ麓。基本は大人しく行動範囲から出ないので安全だよ」
「10メートル!?いやいや整理して張ろうぜ~知らずに受けたら死ぬって」
「自分のランク以上のは受けれないから大丈夫よ。失敗はギルドの信頼に関わるんだから当然でしょ?今回はフラウとレイジに薬草を。私とアレクで穴鼬を受けるわ」
穴鼬は魔物ではないが、毛皮が暖かく真冬の今は買い取り額が上がっているのだ。
「ようこそ♪冒険者ギルドへ♪本日はどのようなご用件でしょうか?」
四ヶ所ある受付の中で、一番近かった左端の受付に並んだ。
順番が来ると依頼の紙とギルドカードを渡すルーティ。受付嬢は手早く手続きを済ませ、カードを返しつつフラウをチラ見した。
「無駄だ」
「ん?何が?」
フラウが何か言ったのを横にいたレイジが聞き返すが、フラウは受付嬢をじっと見たままだ。
その受付嬢もひどく汗をかいていて、手は震え目が泳いでいる。
「お、お待たせしました…お気をつけて行ってらっしゃいませ…」
フラウ達がギルドから出ると、カウンター端の男が近寄り受付嬢が首を横に振るのを確認した。
「やはりだめか…仕方ないな。これ以降は通常対応でいい」
受付嬢はホッとして胸を撫で下ろす。
(うぅぅ…お給料がいいからこの仕事してるけど、やっぱり怖いわ!噂じゃ看破されたことに怒った冒険者に襲われたって話もあるし。転職しようかな…)
七区へ戻り北の外郭門前まで来たフラウ達は、若い衛士にギルドカードを渡す。
「無事ギルド登録できたみたいだな。依頼に行くのか?」
「あぁ北の森までちょっとな」
「最近はゴブリンやウルフなどがよく現れるから気をつけてな」
門を通り抜け辺りを見渡す。街道は若干左に曲がりながらずっと先の北の森まで続いていた。
「さぁいくよ!リースは真ん中。私が前でフラウとアレクは左右に。レイジは後ろ、任せていい?」
「おっおう!任せろ!」
北の森。奥へ続く道の入口は若干薄暗く、何かの鳴き声が時折聞こえてくる。
道から外れると途端に暗く木々や蔓草は好き勝手に生い茂り、足元は悪くなっていく。
肌に触れる森からの空気は、その森に何かが潜んでいる事を感じさせた。
「おぉ…普通の森じゃないんだな。なんかヤバそうだ」
「当たり前でしょ?安全な森なんてないし、あれば依頼なんて出さないで自分で取り行くわよ」
しばらく道なりに進んだ後、森へ踏み入った。




