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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
118/169

異世界奴隷落ち

117


とある一室、窓一つない暗い部屋の中では、三人の男女が光を発している丸テーブルを囲っている。

細かな装飾が彫り込まれた空色のテーブルには、上空より地上を見下ろした光景が映し出されていた。


漆黒の外套に身を包んだ者は、二十代半ばの、少し痩せている黒髪の青年だ。

目を細めてテーブル端に移動していく花柄の馬車を見送った後、隣の席に座るヘッドギアを被った女性に問う。


「公爵家の連中はどうだ?」


女性は瞬き一つせず無表情のままで、両手で持っていた複雑な文字が浮かぶオーブを傾ける。

するとテーブルの映像は、奈落の裂け目から南部山脈の峠までを一望し、帝国領の南楽平野から、騎馬の一団が南下しているのを映し出していた。


「よし、南へ向かうぞ、今から出れば奴の顔合わせも一通り済んだ頃だろう」

「本来の目的を忘れないでよ!?」

「わかってる、何度も言うな…」


石柱の影に立つ白ドレスの女性は、そう言いながら男の肩を叩き部屋を出ていった。


「…お前は皆に準備をするよう伝えた後、監視を続けろ」

「畏まりました」


男は小さく舌打ちした後そう指示を出し、左手に嵌めた指輪を撫でると、瞬く間に姿を消した。




――バシャーン!――

「……ゥゥ…ハッ!?なんだ?」


ずぶ濡れになり目覚めたレイジは、見覚えのある門の前で水桶を持つヒルダを見上げた。


「目ぇ覚めたか?ずいぶんと呑気な野郎だな!アハハハッ!」

「あ、あれ?ここは…皆は!?」


辺りを見回すと全員揃っていたが、ヴィヴィは無表情に冷めた視線を向けてきて、フィーリアは心配そうに見下ろしている。

その背後では自警団の者達が、迷宮から帰還した者達の確認を取り、道端に積まれた卵型ゴーレムの検分をしていた。


「お前、魔剣で背中切られて錯乱してたんだぜ」


ヒルダから気を失っていた間の事を教えてもらうが、聞けば聞く程レイジの顔は青ざめた。

魔人に成り果てた日本人転移者との戦いは、結局のところ、何の見せ場もなく完敗に終わったのだ。


魔人の身体能力は圧倒的で、建物の壁面すら利用した変則的な動きに背後をとられ、魔剣により背中を切りつけられた。

その直後から幻覚に苛まれるレイジは、魔物魔獣を相手にしていたヴィヴィ達に襲いかかり、窮地に陥った。

そこへカンパニー所属の冒険者パーティ、黒鉄の戦乙女らとテルルが操作するゴーレムアイが現れ助けられたのだ。


「マジかよ…」

「助かってよかったな!俺らに対する謝礼は後にしといてやるよ!」


笑うヒルダは待っている仲間の元へ向かっていき、レイジは失望した目で見下ろしてくるヴィヴィに怯え俯いた。


「…男の討伐と魔剣回収は無事済んだわ、私達は行くから、さようなら」


何の感情もなくそれだけ伝えるヴィヴィは、壊れたスマートフォンを投げて寄越すと、フィーリアの手を引いて去っていく。


「ず~と役立たずだったにゃ、だからレイジに迷宮は無理だって言ったにゃ~」


項垂れるレイジにため息をついたシャケは、迷宮で入手した素材が詰まっているであろう袋を背負い、ヴィヴィ達を追いかけていった。

その向かいから、七区のギルド支部にいるはずのナッシュがやって来る。


「おぉレイジくん探したぞ、ギルドの仕事はもう終わりだ、早く戻ってくれ」

「あ、はい――」

「ちょっと待ちなさい!何サラっと帰ろうとしてんのよ、あなたは当面の間、カンパニーで奉仕活動をしてもらうわ!市にはもう話通してあるから」

「はぃ!?奉仕活動?なにそれ…」


急接近してきたゴーレムアイからテルルの声がし、市から奉仕活動命令が出ていると言う。

奉仕活動は高額の支払いが出来ない時や借金、罪等により一定の期間、相応の労働をする事になるそうだ。


「あなた達の救助で依頼が完遂出来なかったの!おかげで依頼料減らされちゃったわ!損失はその身体で払ってもらうから!」

「えぇ!?そんな…嘘だろ?とうとう異世界奴隷落ちかよ…」


話の雲行きが怪しくなると、ナッシュはシフォン達を先に連れ帰ると言い、取り残されたレイジは卵型ゴーレムをカンパニーまで運ぶよう命令された。




鐘八つ、街灯に照らされて明るい繁華街を、卵型ゴーレムを背負って歩くレイジは、街の人々から好奇の目に晒された。

指差して笑う者もいれば、背負っている物が何か知ると、感心したようにじっと見つめる者もいた。

その中を何度も往復して数体のゴーレムを運び終えると、カンパニー正門前では大勢の女性達から拍手で迎えられた。


「お疲れ様~、結構な重量なのに…なかなかやるわね」

「ハハハッ♪バカだこいつ、言えば荷車くらい貸してもらえたのによ」

「!?…くっ訓練の一貫ですよ…」


ヒルダだけは指差して笑い、ひきつる顔を汗を拭うふりをして隠す。

夜間のカンパニーには、多数の女性がラフな格好で行き交い、レイジの姿を見ては騒いでいた。


「敷地内に男が泊まるなんて滅多にない事だから」


ダークエルフのルーシアに連れられて、三棟の倉庫一番奥、敷地内で中央に位置する素材置場へ運び入れた。

中には様々な金属が整然と積まれていて、その一つ一つが計ったように同じサイズ、形状をしておりその技術力に驚いた。


(すげぇ…ファンタジー世界の技術力高くね?いやこれも魔法か?)

「早く早く!早く運んでよ!あっちあっち!」


顔も背丈も子供にしか見えない、担当者の指示に従い全てを運び終えると、セレンが入口に立っていた。

申し訳なさそうな表情をする彼女から、開口一番に謝罪されるが、逆に役立たずな自身を思い出して俯く。


「迷惑掛けたのは事実ですから、ちゃんと責任は取ります…」

「立派ですね、市からの通達には明日から十日間となっています、大丈夫ですか?」

「あれ?意外と短いんすね?」

「あの子になにか考えがあって十日間にしたようです、それではお部屋へご案内します」

「あっはい、お世話になります」




その後、屋敷の二階へ通されたレイジは、どこぞの高級ホテルのような客室に案内された。

しかし部屋へ一歩踏み入り、側面の壁に掛けてあった姿見に写る、泥だらけな自身を見て躊躇う。

するといつの間にかタオルを持っていたセレンに背中を押され、労を労われながら浴室へ向かい、シャワーを勧められた。


「あ~気持ち良いなぁ、温水シャワー最高だぜ…」


久々のシャワーに打たれながら自身の不甲斐なさに顔を歪め、壁を叩く。

暫くしてタオルを腰に巻いただけの格好で、ふかふかのベッドに倒れると、すぐに部屋の扉がノックされた。

慌てて着替えを探したが見つからず、物掛けにあったバスローブを着て出たところ、セレンから夕食に招待された。


「テルルは私の作った料理しか食べないので、皆とは別にここで食事をしているんですよ、あっ着替えは今洗濯していますから」

「そっそうなんですか、ありがとうございます」


夕食はセレンの手料理のようで、美しい女性との食事に鼓動が早くなる。

鋭角のない三日月型の板が螺旋状に重ねられた階段を上がり、三階の、テルルとセレンのプライベート空間に立ち入ると、大きな豚が突進してきた。


「ぶっ!」

「誰が豚よ!!」


腹部に受けた衝撃をなんとか堪えたレイジは、突進してきた豚が着ぐるみを着たテルルだとわかった。


「な、なんて無駄なリアリティー…」

「気にしないでください、躾の最中なので…」

「嫌よ!嫌!豚なんて可愛くない!」


セレンが豚鼻を引っ張って席に座らせると、豚娘の正面席を勧められる。

睨んでくるテルルと目を合わせないようにして、夕食を確認したところ、胡桃入りパンに茸のクリームシチュー、野菜スティックとリンゴによく似た果実だった。


特に決まりもなく思い思いに食事を始める。

小柄な見た目に反し、パクパクと食べていくテルルは、見られている事に気付くと果実の種を飛ばし、セレンに頭を叩かれていた。

逆ギレ気味のテルルは、翌朝からヒルダについて十日間訓練をするよう指示してくる。


「今のあなたじゃ役に立たないわ!特訓よ特訓!それと雑用もしなさい!」

「特訓?…ありがとう」

「なっなんでお礼なのよ…別にあなたの為じゃないしぃ」


顔を赤くしたテルルはそっぽを向き、セレンは微笑む。


(気遣ってくれたのか…けどオレなんかが特訓しても強くなれるかどうか…あの時、魔人になっちまったあいつを前に、勝てるか勝てないかより剣を向けるのが怖かった…もう大丈夫だと思っていたのに…)


闇ギルドの戦闘員や幹部のイヴに対しては、なんの抵抗もなく殺意に従い殺せたが、日本人転移者を前に、レイジは思うように戦えなかった。


夕食後、様々な思いが浮かんでは沈む中、部屋のベッドに倒れたレイジは、あっさりと眠ってしまった。




翌日、朝早くにヒルダに叩き起こされたレイジは、倉庫裏手にある空地を走っていた。


「おらっ!走れ!そんなんじゃゴブリンにも追いつかれるぞ!」

「ハァ、ハァ、しっ死ぬ…寝起き直後にグラウンド二十周は無理…」


ヒルダ以外にも数人の女性が一緒に走っており、周回遅れになると、優しそうなお姉さんに笑顔で蹴り出されてしまう。

予想外の仕打ちに四つん這いのまま震えていると、ため息をつきながらヒルダが近づいてきた。


「ハァ…お前もういいや、食堂の手伝い行ってこいよ」


ヒルダが指差すグラウンドの西側には、住み込み従業員用の寮があった。

疲労からがくがくする足を引き摺り寮へ向かうと、入口からは眠そうなルーシアが出て来た。


「ふぁ~…?…あ~…あなたね、あっ正面からは入らない方がいいわよ、さすがに嫌がる子もいると思う」

「え?…あ!すっすみません…」

「裏口があるから――」


眠そうな目を擦りながら出ていくルーシアは、グラウンドには向かわず、すぐ側の林へ入っていった。


厨房には近所から通っているというおばちゃん達がいて、すでに出来上がっていた食事をカウンターへ出すように指示される。

食堂へ入ってきた眠そうな女性達はトレイを取る際、正面に立つ男の存在に驚く。

ある者は自身の寝間着姿に顔を赤らめ、慌てて引き返していき、ある者は男の存在に不愉快そうに顔を顰めていた。

しかし最終的には、ほとんどの者が興味津々にレイジを盗み見ていた。


「セレンさんから話は聞いているよ!あんたも食べていきなね」

「うっ…ここで?すげぇ落ち着かないんだけど…」


おばちゃんに力強く肩を叩かれ、およそ三十人程が集まった食堂の端の席に座り、静かに食事を取る。

時々聞こえる笑い声にチラ見したところ、従業員は各グループでお揃いの作業着があるようだった。

ツナギ服のハーフリングやドワーフは一ヶ所に集まり、頭巾にエプロンをした人や獣人は気だるそうに食べている。

ローブを着たハーフエルフは少数で、朝から何やら熱く議論を交わしていた。


「なんだお前、こんな隅っこで食べてたのか?まぁいいや訓練いくぞ、あっ!昼食の手伝いもしてくれってさ、この際夕食の手伝いもしてやれよ」

「うはっ…休み時間ないんすか?」

「夜寝てんだろ?充分じゃないか?」




朝食後、寮の隣にある屋内訓練所で黒鉄の戦乙女ら五人に混じり、模擬試合をしたところ連戦連敗した。

一番弱そうに見えた頭巾を被る町娘風の女性は、木製の片手剣に丸盾を構えるオーソドックスな戦士型だったが、いつかのスケルトンとは比べ物にならない程の手練れだった。


「アハハハッ!タバサが弱そうに見えたか?残念だったな、こいつはCランク冒険者だぜ?」

「Cランク!?」

「これから薬草畑の手伝いに行くのよ、ごめんね~♪」

「…行ってらっしゃい」

「あなたの場合、ギルドの訓練所で獣人相手に訓練をしていたのでしょう?魔物相手ならいいけど…一度基本的な型からやり直してみたら?」


ルーシアからのアドバイスを受け、剣の握りから始まり、姿勢、重心、構え、動作などを見せたが、その都度ヒルダからダメ出しされ、鐘四つになる頃には身体中バキバキになっていた。


「こいつは大変だぜ~、こんなめちゃくちゃな奴は初めてだな」

「…すんません」

「仕方ないでしょ、冒険者学校出と言う訳でもないようだし…この綺麗な手、どこかの貴族?」

「あっ!ちっ違いますよ?あっと!昼食の手伝い、行ってきまっす!」


ルーシアに手を取られ、至近距離で目を覗かれたレイジは、鼓動が一気に跳ね上がり、声を裏返すと訓練所を飛び出した。




昼食は皆バラバラらしく、食堂には数人の姿が見えるだけだった。

そこでおばちゃんから配達へ行くよう言われ、数人分の弁当箱をサック状の籠へ入れていると、沢山の食材を載せた台車を預けられた。


「これを屋敷へ届けて、テルルちゃんは昔、悪い奴に変な薬を飲まされてから、成長が止まってしまったらしいのよ、それ以来遠縁のセレンさんの料理しか食べないんだって」

(成長が止まった!?不老ってやつなのか…)

「羨ましくもあるけど、あの姿のままなのは可哀想ねぇ…」

「セレンさんは各国からの窓口をする傍ら、冒険者学校の経営もして、その上家事までするんだからすごいわぁ」

「学校って…先生なんすか?」

「以前、市が開いた冒険者学校の経営が傾いて、セレンさんが引き継いだのよ」


迷宮都市には一区のカンパニー学校と、中央区に富裕層向けのキルハイム学校があるそうだ。

そのまま話に夢中になるおばちゃん達から離れ、先に屋敷へ向かう事にした。




台車を押して坂をなんとか上りきり、屋敷の玄関ホールにいた受付嬢らしき女性に積み荷を預ける。

帰りは台車をキックボード代わりに滑り降りると、倉庫まであっという間だった。

素材置場では男ドワーフが数人、金属の塊を運び入れていた。


「昼食が届いたよー!手の空いてる人から休憩ー!」

「お疲れ様です」

「?…そっか、今日は調整日なんだったね、いつもは自動人形のシャンディが持って来るんだよ」


リーダーのハーフリングの少女モリーは、可愛らしい外見とは裏腹に、ガツガツと豪快に食べながら話す。

カンパニーには目玉型ゴーレムの他に二体の自動人形がいて、力仕事はもっぱら自動人形がしているらしい。


隣の棟への入口を訊ねると、入り組んだ通路を案内され、ついでに三棟それぞれの特徴を教えてもらえた。

西から素材の保管と加工、中央はゴーレムや自動人形関係、東が魔道具関係となっているようだ。

自動人形に関しては一から製造する技術はなく、現在は持ち込まれたパーツの組み上げと、簡単な修復調整だけだと言う。


加工場の通路に来ると大型のポットが並び、その先には様々な型があった。


(暑くないし静かだ…まさにファンタジー)


思いの外綺麗な工場内を通り抜け、中央の棟へ入ると病院のような場所に出た。


「お?あのベッドはもしかしてコールドスリープみたいなやつか?あっちは…まさかの3Dプリンター!?」

「静かにして、ここでは精密な作業をしているんだから」


ガラスのベッドが左右に並ぶ部屋の先には、七区のカンパニー支店にいるはずのキッカと、両手が元通りに直ったシフォンがいた。

メイド服は袖がパフスリーブになっていて、逆にこれからの時期に涼しげで合いそうだった。


「七区の機材はまだ調整中だから、シフォンの腕を直しに来てたの…あなたの事情は聞いてる、こっちはギンカが頑張ってるから大丈夫よ、それと着替え」


今朝方カンパニーへ向かう事をメーリンに伝えたところ、赤ジャージの着替えを持たされたようだ。


(メーリン気が利くなぁ♪――!?)


キッカと話をしていると、シフォンが急に近寄り頬に触れてきた。

ひんやりした細い指が頬に触れ、微かに香る匂いは薬品の匂いか、鼻孔がスーッとする。

くもりのないキラキラした黒い瞳に正面から見つめられ、思考の停止したレイジは頭に受けた衝撃で我に返った。


「そういった事は二人の時にして、まだ少し用があっているけど、シフォンは支店開業の手伝いをしてもらうから連れ帰るよ?」

「わっわかった――じゃなくって色々ありがとう…ギンカの事もよろしく頼む」

「シャケって猫獣人が銀素材を分配していったから、暫く持つと思う」


シフォンがお弁当を配っている間、キッカに紹介された人種のリーダー、エトラにカンパニーの自動人形を見学させてもらう。


ベッドの中に眠るシャンディとパナシェという二体の自動人形は、どちらも女性の姿をしているが、シフォンよりも作り物感が強かった。


「彼女達は後期の万能型、シフォンのような原型と違い個体数が多いから無事な個体が発見され安いのよ」

「はぁ…(シフォンとは違うな…やっぱ可愛いぜ!俺の嫁!ムフフ…)」

「…テルルの計画通りって訳ね」


シフォンを眺めながらにやけるレイジは、生暖かい目をするエトラには気付かなかった。




東棟でもお弁当を配り、ハーフエルフでリーダーのアリシャについて、一通り見学してから外へ出た。

しかし西棟の前には台車がなく、辺りを見回すと屋敷へ向かう坂の途中で、ハーフリングの少女達が台車に乗って遊んでいた。

その先の屋敷一階ガラス張りの玄関では、豚の着ぐるみを着たテルルが、ガラスに顔を押し付けて睨んでいた。


(はいはい、ちゃんと働いてますよ…?)


テルルはそのまま外へ出てくると、ハーフリングの少女達の元へ向かい、何かを言い争ったのち台車を奪い取る。


「…おい?まさか!?」

「いっけー!アハハハッ♪――アアアッ!?」


豚の着ぐるみは足が短く、飛び乗った際の勢いで滑り始めた台車は、まっすぐレイジの元へ向かってきた。

間一髪シフォンに腕を引かれたレイジは台車を避け、白エプロンの双丘に顔から飛び込むと、背後では激しくぶつかり合う音に続き、何かが段々に倒れていく音、モリーの怒声が響き渡った。


「なにやってんだー!」

「ぶひ~ん!」

「ちょっ…なにやってんのよ…」


このままふわふわな双丘に埋もれていたかったが、恐る恐る振り返ると、素材置場の棚はほとんどがドミノ倒しになっていた。

テルルはモリーに掴み上げられ、その奥ではキッカが頭を抱えている。

大きな音に皆が徐々に集まり、怒ったエトラがテルルの首根っこを掴んで連れていった。


「まったく、たまに出て来ると問題起こすんだから…じゃあ私達は帰るから、頑張って」

「あ、あぁ…またな」


一礼して去り行くシフォンを名残惜しく見送り、壊れた台車を担いで寮へ戻るとヒルダが待っていた。

休む間もなく引き摺られていき、午後の特訓を受ける。

終わるとフラフラなまま夕食の手伝いをし、食後にはランニングだと連れ出された。

そして疲労から倒れると部屋へ投げ込まれ、床に投げ出された姿のまま意識が遠退いていった。


(し、しぬ…もうむ…り…)




翌朝、部屋の入口で倒れたままのレイジを軽々と抱え上げたヒルダは、昨日と同じ流れで特訓を始める。

途中ガラス張りのロビーに、チャーシューのように縛られた豚が吊るされているのを見たが、疲労からくる幻覚だと判断した。

夜には気絶するように倒れ、再び部屋へ投げ込まれた。


74日の朝、身体中の痛みに目が覚めたレイジは、控え目なノックとセレンの声に気付く。

気力を振り絞って扉を開けると、小さな筒を持ったセレンが心配そうな顔で見ていた。


「大丈夫ですか?具合が悪いようでしたら医者を――」

「いや、だ、大丈夫…です、少し疲れがあるだけですから」

「…そうですか、今日は訓練はないそうです、代わりにキッカへ届け物をお願いしたいのですが…」

「わかりました!任せてください!」

「あっいい機会ですし、急ぎの用事ではないので、カンパニーの関連施設を見学してみませんか?」


セレンから小さな筒を受け取り、中央区へ至る通りに建つ冒険者学校と、その北側に併設されたファームを見学していくように言われた。

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