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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
112/169

異世界の記憶と森の歪み

111


小川の対岸には春の訪れを告げる美しい花が咲き乱れている。

しかしリース達がいる東側は辺り一面赤く染まり、正面の血だまりには巨大な角熊が沈んでいる。その背中には花の蜜を吸う蝶の如く、不気味な姿をした魔虫が留まっていた。


蟻の頭の様でいてドクロにも見える頭部は、金属質の光沢がある。大きな鎌を備えたかまきりの上半身と、鋭く尖った六本足のさそりの下半身。長い尾の先端に付いたギザギサの太い針を角熊の死骸へ突き立てていた。


「あれがそうか…私が戦う。アリエル達はリースを守ってくれ」

「お気を付けて」


フラウが剣を抜き背後から近づくと、食事をしていた異形魔虫は軽く跳ねると姿が消えた。


――ギィィィン!――

(くっ!早い!)


左下から迫る尾針の一撃を身を反らして避け、右上から迫った鎌を白銀の剣で受け流す。直後に前足を斬りつけるが、表面を撫でるだけで断ち切れなかった。


嵐のように振るわれる左右の鎌を後方へ飛んで避けると、尾の針からは毒々しい液体が振り撒かれた。

回避は間に合わないと判断したフラウは左手を前に出し、真っ白なリバーランシェルの貝殻をマジックボックスから取り出す。


―ジュウゥゥゥ!――

「聖霊様!」


降りかかった毒液は容易く貝殻を溶かし、その先のフラウに及んだようにアリエル達には見えたが、その時にはすでに異形魔虫の側面に回り込んでいた。

槍のような足を光を纏う剣で断ち切ると、足は泡立ち溶けて消える。頭上から迫る尾針を、身を反らしながら切り落とす。

異形魔虫はギィギィと耳障りな鳴き声を上げ、鋭く尖った足を小刻みに動かして離れていった。


「光の魔力には弱い――!」


暴れ回る魔虫の姿越しに、森の奥から浮かび上がる人の顔を見る。

よく見ればその顔には目がなく、人面を背に張り付けた人の頭程もある白ダニの魔虫だった。

ぽつりぽつりと現れたその魔虫の群れは、リース達に飛びかかっていく。


「フェイスキャリーの群れだ!離れるな!」

「なっなんですかアレ!?」


白ダニは黒樹の幹から飛び跳ねると、人面の背を向けて人の声で悲鳴を上げる。激しい頭痛に襲われたリースは耳を押さえ、アリエル達は矢を放って撃ち落としていく。

クルクルと回転しながら飛んできた白ダニの一匹は、サナティナの顔に張り付こうと足を広げたが、顔を庇った腕に張り付いた。


「キャー!」

「サナティナ!」


オルティスが細剣で白ダニを切り離すと、サナティナの腕には白ダニの足がめり込み、徐々に広がっていく。


「寄生されたか!?焼くんだ!」

「なんだと!?――くっ!サナティナ我慢しろ!」


カーマインの杖の先端が赤く熱を帯びていき発火すると、オルティスが押さえたサナティナの左腕へ向ける。


「ギャー!」

(うっ嘘でしょ!?)


二の腕まで広がった白い筋は焼かれて消えたが、サナティナは耐えがたい痛みに叫ぶと、ぐったりして気を失ってしまった。

恐怖から顔を背けたリースは、異形魔虫にも飛びかかる白ダニを見る。しかし逆に捕らえられた人面魔虫は捕食されていた。


その隙に戻ったフラウがサナティナの腕を治療しオルティスへ預ける。すると白ダニの群れは弱った獲物を集中して狙い始めた。

オリヴィアの火蜥蜴やカーマインの火の鳥が飛来する魔虫をことごとく焼き払うも、森からは未だ三十以上の人面が浮かびあがり飛び掛かってくる。

炎の中で人の顔が焼けていくのを目の当たりにしたリースは、魔爪杖を握りしめたまま動けずにいた。


「――フロートアイがいるぞ!」

「だた見てるだけか…」


東の空には蝙蝠羽が生えた目玉が浮かび、リース達の動きを観察している。フラウはまとめて始末しようとその地の命脈に意識を集中していく。その変化に気付いた異形魔虫は、粗方食べ終えた白ダニを地に落として振り返った。


「――ゴラッ…コッ…コロサナヒデ」

「まさか!?寄生魔虫の能力を吸収した!?」


顔を上げた異形魔虫のドクロ頭には、若い女性の顔が張り付いており、聞き取りづらいガラガラ声で命乞いを始める。

がらんどうな目や骨へ直に皮が張り付いたような顔は、ただただ恐ろしく、感情は読み取れない。

命乞いの最中にも白ダニを捕らえ、それをつまみ食いするとフラウに切り落とされた足が白くなって再生していく。

その足は元の形状とは違い、白くスラリとした人の足に近いものになっていた。

それを見たフラウは、逃した時の行く末を予想し改めて剣を構える。


「無理な話だな。人を何人殺したと思ってる。なによりお前の存在は危険過ぎる!」

「キイィィィ!」


地面が爆ぜ急速に迫る異形魔虫を、光の鎖が貫き動きを止める。

鎖は白ダニの群れにも続いていき、全てを捕らえると砕けた。

光に呑まれていく白ダニと違い、異形魔虫はそこから抜け出してリースへ襲いかかった。


「いやー!」


目を閉じ前に突き出した魔爪杖からは、三本の爪がボウガンの様に射出される。ドクロ頭に当たった瞬間、見たこともない世界の光景が頭に流れ込んだ。




大きな青い星が浮かぶ夜空の下、暗い大地には無数の命の光が見える。様々な異形の魔虫が飛び交う岩棚には、小さな魔虫がいる巣穴もあり、恐ろしい姿に反して穏やかな雰囲気が伝わってきた。


しかし次の瞬間には黒い雲が広がり、不気味な影が雨のように降り注ぐ。

争いが起こると魔虫達は一方的に殺されていき、最後には青い星が割れ、中から影が現れると同時にその光景は遠退いていった。




ハッとしたリースは、爪がドクロ頭に弾かれるのを見た。

振り向き様に振るわれたフラウの光剣は、袈裟懸けに斬りつけたが、細い足と違い浅く表面を切るだけだ。

カーマインの赤熱する杖を鎌で受け止め、アリエルの風を纏うレイピアの突きに対しては、避けもせず身体に当てて弾き返す。

鋭い鎌の先端がリースの頭を貫く直前、脇から飛んできた影が、リースを突き飛ばした。


(あっ!?あの茸!?)


尾がカーマインとアリエルを薙ぎ払い、反対の鎌が頭に火種を乗せた茸を襲う。

真っ二つにされてしまった茸はポンッという音を発すると、それぞれが元の姿に戻った。


鎌が振るわれる度、茸は数を増やしていき、効果がないと理解した異形魔虫は尾で薙ぎ払う。

しかしフラウの光剣に切り離され短くなった尾は空振り、異形魔虫を中心に円陣を組んだ茸達は、頭の火種を激しく燃え上がらせ周囲を回り始めた。

炎の渦から茸を振り払い飛び出した異形魔虫は、熱した鉄の様に真っ赤になっており、フラウは鎧の表面に氷の結晶を表すと周辺の空気が一気に下がった。


「クリスタリア!」


氷の精霊に呼び掛けつつ氷の嵐をボウガンから放つと、異形魔虫は爆発したように煙を上げた。


「リース!離れろ!」


カーマインに抱えられ引き下がるリースは、煙が晴れて現れた異形魔虫の姿を見る。ひび割れた胴体からは煙が上がり、バラバラになった鎌や足は泡立ち消えていく。


芋虫状になった異形魔虫のドクロ頭を、フラウの光剣が貫き止めを刺す。

全身が泡立ち溶けて消えると、周辺には白ダニの死骸が散乱するだけとなった。


「フロートアイは逃がしたか…また襲撃される前に――」

「何か来ます!」

――ドオォォォン!――


オリヴィアの声と同時に、空から大きな影が降って来た。

フラウ達の前には白い巨人が現れ、手にする巨大な骨槍に目玉の魔物が串刺しになっている。


「シロエ、来てくれたのか」


皆が警戒する中、フラウは平然と近寄っていき手の甲を向けるが、巨人はそれを無視して目の前に白く輝く物を二つ落とした。


「聖霊様…それは?」

「…自動人形の部品か。くれるのか?」


巨人はじっと見下ろしているだけで答えない。暫くすると取って付けたような小さな赤い唇の間から、長い舌を出して森の中へ歩いて行ってしまった。


「ふぅ…仕方ないな」

「行ってしまいましたよ?」

「今の私に不満があるらしい。まぁこの森に潜む魔族を探すよう伝えたからいいさ」

「あの巨人をフラウさんが作ったのですか?」

「…威厳がないと――が勝手に作り替えたんだ」


フラウは遥か昔の記憶の中に、大きなウサギの人形を作るマシロの姿を思い出していた。


真っ白な空間の中で、四人の少女と一人の少年は粘土の様なものを捏ねていた。

隣で見ていた黒髪の少女はマシロの人形を取り上げると、荒々しい手つきで捏ね回して白蛇の姿に変えてしまう。泣き出したマシロが追いかけっこをしている間に、赤髪の少女アカハは手足を付け足し竜だと言い張る。さらには緑髪の少女ミノリが赤い唇を付け足し、青髪の少年アオトが命を吹き込んでしまった。

それ以来マシロはその人形を作った黒髪の少女クロエに当て付け、シロエと呼んでいた。


贈り物をしまうフラウは誰かに対してブツブツと文句を呟いていたが、リースは茸の行方が気になり辺りを探して回る。


「どうした?」

「あの茸はどこへ行ったのでしょうか?」

「そう言えば…ん?おい!ランタンの中にいるぞ!?」

「えぇ!?」


カーマインがランタンを取り上げリースに見せる。大分小さくなった茸は蝋燭にでもなったつもりか、じっと動かない。


「ちょっと!何で入ってるの!?」


ランタンを揺するリースに、胴体部分にある裂け目がニヤリと笑う。

引っ張り出そうと窓から手を入れ傘を摘まむも、モチモチした茸はプニッと潰れ、底面に張り付いたように取り出せなかった。


「ついて来るようだな。それの名は…たしかヒノコだ。実体化した力そのものだから、特に世話をしなくても死んだりはしないよ」

「はぁ…助けてくれてありがとう」


リースがお礼を言うと茸はクネクネと身体を捻る。その姿は正直気持ち悪かった。




気を失ったままのサナティナを連れて小川を下る。

途中からフラウはキョロキョロし始め、アリエルは地図を見ながら時折立ち止まっては周辺を確認していた。


「…気付いたか?」

「はい。この辺りの風景に違和感があります」

「え?」


辺りを見渡すと右手の小川は緩やかに左へ曲がりながら二手に分かれていた。

黒森の中へ続く方は川幅を狭くしていき、吸い込まれるように森の奥へ流れていく。もう一方はそのまま森の外へ続いているように見えた。


「なにが変なんだ?」

「カーマイン。私達は北へ向かった時、川を越えていないだろう?」

「そう言えば…」

「それに村人は黒森へ立ち入らなくても水を汲めたはずだ」

「…んん?なんだこの川は?どこへ続いてる?」


小川は緩やかに流れどこも異常は見られない。

フラウは川沿いに進み森の縁まで来ると振り返った。


「ここだな。この辺りから空間の歪みを感じる」

「空間の!?…くっ!わからん!」

「これは…何か条件があるようだ」


フラウはそのまま小川へ入って行ってしまうが、濡れた感じもなく、そこまできてリースも違和感を覚えた。


「どっどうなってるの…」

「川は歪みに囚われているな…皆ここまで来るんだ」


フラウに誘われ小川へ入ったリースは、見た目との違いに転びそうになり支えられる。

川の中にはしっかりとした地面があり、進んでいく内に足元の水の流れが消えた。


「あっ!」


振り返るとそこは黒森から出ていた。西側には黒森から抜けてくる小川が見える。川の先には丘の村へ続く街道と、南大壁国の壁前へ続く街道の別れ道があり、木造の橋が二つ架かっていた。


「村人はこの辺りに水を汲みに来ていたのだろう」


オリヴィアが来た道を引き返していくと、途中で慌てて戻ってくる。


「こっこちらからでは異形魔虫のいた場所まで進んでしまいます!」

「なんだと!?」


アリエル達も恐る恐る進むと慌てて戻ってきた。


「…違和感を感じ始めた辺りは丸々抜け落ちているのか」

「これは危険です!村の者が知らずに立ち入れば、抜け出す前に襲われてしまいます!」

「大丈夫。アリエル達は異常を知覚した上で戻ったから越えられたが、普通の人にはここの人避けの力に抗えない」


リースの手を取り丘の村へ向かうフラウは、途中で振り返ってアリエル達がいる場所まで戻るよう言った。


「え!?あ…」

「大丈夫。戻っておいで」


数歩進んだ先で立ち止まったリースは、その先に進もうとすると足元が覚束なくなり、言い知れぬ不安に襲われた。


「リースでも無理なら村人にも無理だ。さぁ戻ろう」




日暮れ前に村へ帰ると、村の中央に集まった村人達の姿を発見した。


「どうしたんだ?」

「おぉ…戻ったか。実は…」


その時村の四方に光の柱が立ち、空から金色に輝く翼を持つ者達が降りてくる。

村人達の中には気を失う者もいたが、アルトを始め数人は震えたまま地に座り込み耐えていた。


「こ、これはまさか!?」

「やはり来たか…」

「フラウさん?」


震えるリースを抱き寄せるフラウの前に、男女二人の天人が近づいてきた。


「お久しぶりでございます。白の聖霊様…そして始めましてフラウ」

「…」


金色の髪と瞳を持つ女は頭を下げて丁寧な挨拶をしたが、男は頭を下げかけてやめると、村人達へ冷たい視線を送る。

女はニナエスティスと名乗り、この村に潜伏する異世界の者が、異界の力を使い脅威を生み出した罪を問いに来たと話した。


その話にリースの斜め前で伏していたアルトがビクリと反応し顔を上げかける。すると隣のジニーが覆い被さり頭をさらに下げさせた。


「さっさと終わらせよう」

「何をだ?」


天人の男は世界協定違反により、この村を消滅させると面倒そうに言う。


「異世界の者とは既に話をした。脅威は私達が取り除き、世界協定への参加も約束させた」

「罪は罪だ。罰を下さねばならない」

「待ちなさい。聖霊様の決定なら私達代行者が意見するべきではないわ」

「…今更出て来て…管理者面な――ッ!」


男がフラウを睨み侮辱すると、ニナエスティスのビンタが即座に飛び黙らせる。男は恐ろしい表情で睨み返したが、すぐに背を向けて光に包まれると消えていった。


「失礼しました。今回の件は聖霊様に従います」

「すまない。彼の様な考えの者は多いか?」

「…いえ。彼オレイオリスは別段、聖霊様方へ不満を持っています。他の者は聖霊様方の判断は正しかったと思っていますよ」


そう言い笑顔を見せるニナエスティスも、この村になにかしらペナルティを与えた方が今後の為に良いと言い残して帰っていった。




フラウは青い顔したアルトを呼び寄せ異形魔虫を倒した事を伝えた。そして黒森に潜伏し拠点を築いていると予想される、魔族討伐を罰として命じる。


「簡単にはいかないぞ?下手をすれば村が滅ぶだろう。だが放置していても時間の問題だ」

「はい…わかりました…」


言葉とは裏腹にアルトは弱々しい表情を見せ、その背後では心配そうに見守るマーサと終始睨んでいるジニーがいた。




宿へ戻りエルトゥスを交えて今後の予定を話す。


「村の行く末も気になるが、すぐに答えの出る事でもない。それに保護した牡鹿ディアホーンを塩森へ連れていかなければならないしな。明日出発しよう」

「塩森ですか。わかりました」

「塩森は行った事がないな。南部の塩は湾岸都市か塩森と聞く」

「塩村では塩以外にも特産品があるらしいですよ」


その後リースはカーマインについて魔力操作の訓練をし、夕食を終えるとランタン内で変化がないか確認する。


「皆静かねぇ…楽でいいけど」


牧場では牡鹿が寝ていて、庭園は相変わらず静かだった。

ヒノコが居座る部屋へ設定を変更すると、なにが楽しいのか回りながらクネクネと踊っていた。


(たしかに変な奴。名前もヒノコって…)


ボーッと見ているとヒノコはニヤリと笑い、背中から丸みを帯びた肉厚の羽らしきものを出した。

身体を前後へ揺する事でフニフニとゆっくり揺れる様にテーブルへ突っ伏した。


(リザ達の真似なの!?似てないわよっ!ばか!)


余計なお世話に呆れ顔のリースは布をランタンに掛ける。マジックボックスをいじっていたらしいフラウのベッドへ潜り込む。


(今日は大変だったな。ゆっくりおやすみ)

(はい…おやすみなさい)


珍しく悪戯をしてこないフラウに疑問を覚えたが、睡魔には勝てず、すぐにも深い眠りへ落ちる。


(異形魔虫に止めを刺した際に残った笛…アルトに渡すべきかどうか。天人オレイオリスはこのまま引くかどうか。考えることが多くて大変だな…)


リースの赤髪を優しく撫でながら夜が更けていった。

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