黒森探索
110
リース達は夜が明けると早々に、丘の村を襲った魔虫退治に出掛けた。
霧雨が降る中、ロムスに見送られて村の北に位置する、真っ黒な樹が生い茂った黒森に立ち入る。
少し肌寒い森の中は、日の光がほとんど差し込まず、月明かりのない夜に等しかった。
抱えたランタンに入っている、シードランプの蕾頭が淡い光を発しなければ、数歩先を行くカーマインの背も見えない。
そして地面には湿った蔓草や黒樹の根が蔓延り、足場が悪く転びそうになる。
そんな中を全身白一色で、光っているかのようなフラウに、しっかりと手を握られたリースは安心して歩み出せた。
夜目の効くオリヴィアと暗視の魔法を使ったカーマインを先頭に、エルフ達がフラウとリースを囲んで進む。
カーマインは最後までリースの同行に反対していたが、冒険者になればいずれ通る道と説得された。
そして道中森の歩き方をアリエルに教わっていたところ、炭のように真っ黒な物体を発見した。
「…変だな?こんなところに突拍子もなく霊芝があるとは…」
「霊芝!?おかしいだろう!罠か!?」
アリエルは鞘に納めたままのレイピアで突っつき、黒い物体がここで自生しているものでない事を確認する。
カーマインはキョロキョロと落ち着きなく辺りを探り、暗闇の中、黒外套に浮く赤髪頭がフリフリと動く様に、リースは思わず笑ってしまった。
「本物です、この大きさだとかなりの年代物ですよ?」
「…拾っていこう、貴重な薬の材料だ」
オリヴィアが重そうに抱える黒い切り株のような茸を、リースは腰に提げたエルゥスィスの本で調べた。
黒霊芝は昔、霊山の麓で取れた薬になる茸で、滅多に採れない大変貴重なもののようだった。
マジックボックスへ納めたフラウは遠くを見ていて、視線を追うと、赤い小さな光がひょこひょこと遠ざかって行くのが見えた。
その直後、すぐ側でヒュンという風切り音がして振り返れば、サナティナが矢を放っていた。
「アサシンヒルですね、この暗闇では獣よりも魔虫に警戒が必要です」
「…リース、採取してみろ」
「え!?…この気味悪い虫からですか?」
笑ったのがバレていたのか、若干不機嫌な顔をするカーマインは、樹に磔にされた蛭を指差して、触角を取るように指示する。
その虫はブヨブヨした灰色の小さな身体に、鋭い牙が並ぶ吸盤の口をして、長い触角を生やしていた。
「リース、無理しなくてもいい」
「甘やかすな、剥ぎ取りが出来なければ冒険者稼業の半分以上が駄目だと言うことだ、諦めるか?」
「や、やります!」
庇うフラウを押し退け、虫の触角を摘まみ引っ張る。
ブヨブヨした身体が伸びて千切れると、黄緑色した液体が飛び散った。
「ヒィィィ!?」
「シッ!静かにしろ」
袖に付いた虫の体液に鳥肌が立ち、悲鳴をあげる。
すがるようにフラウを振り返るも、嫌そうな顔して距離を取られた。
「フラウさん!?」
「…変な臭いがする」
「――ひどっ!たっ助けてくださいっ」
仕方なくという感じに外套を翻し風を送ると、汚れが空に溶けて消えた。
そして触角を持ったまま駆けてくるリースを押し返す。
「ちょ!?酷いですぅ」
「それをしまってから」
触角を布で包み、肩に掛けていた鞄へ入れるとフラウの外套に飛び付き、不快感を払う。
カーマインは首を振り、剥ぎ取り用ナイフを使わないからだと指摘して、ナイフを手渡した。
「この先現れる敵に素材となる部位があれば、リースが剥ぎ取りをするんだ」
「――!うぅ…はい」
「無理に剥ぎ取りをしなくてもいいだろう?たしか剥ぎ取りの魔道具があったはずだ」
「そんな高価な物、駆け出し冒険者が持っているものか、第一その魔道具は使い手の認識次第では取れる物が減る」
剥ぎ取りの魔道具は狩猟の神の加護が付いた魔道具で、刃を突き立てると使い手が素材として認識する部位が残る。
フラウは震えるリースの肩を抱き、頭を撫でながらカーマインを睨む。
「さ、さぁ先へ進みましょう?」
オリヴィアが先を促し進むと、間もなく今度はオルティスの弓矢が赤斑の毒蛇を貫く。
カーマインは無言でリースの腕を取り、フラウから引き離して毒蛇の素材部位を指し示す。
首の付け根を押さえた手からは、ブニブニとした感触が伝わり、ナイフを入れると吐き気が込み上げてきた。
「ウェッ…」
「リース――」
「これはリースの為なんだ、黙って見ていろ」
ムッとするフラウと睨むカーマインにアリエル達はおろおろし、騒ぎに近づいてきたゴブリンを、アリエルのレイピアが閃き倒すとフラウに睨まれる。
「えぇぇ…」
扱いの難しい毒袋に手間取るも、無事採取したリースは半泣きで、背後に倒れていたゴブリンを見て青い顔をした。
「ゴブリンやオーク等は討伐証明部位の耳だけだ、他に使えるものはないからな」
「…はい」
鼻が曲がりそうな程の悪臭を放つゴブリンから、反りの強い耳を切り取り、渡された袋に詰めていく。
その後もオーク四匹に遭遇し、アリエル達が倒してはリースが必死に剥ぎ取りを行った。
(こっちおいで)
(…大丈夫です)
念話で呼び掛けるフラウにリースは青い顔をしつつも断り、カーマイン達について行く。
いつの間にか西へ進んでいた様で、進む先に明かりが見えてきた。
アリエルはロムスの地図を確認しながら、この先に南部山脈から黒森を抜けて続く、小川の小さな滝があると皆に知らせる。
サーッという静かに降る小川の滝に癒される一行。
周辺の安全を確認すると、日の下で休憩を取った。
「滝の裏側に浅い洞穴があるようです、確認してきます」
アリエル達が上流側の滝へ向かうと、カーマインは急に身を屈め、下流側にある大岩へ向かっていく。
「どうし――あっ!」
「キラービーだな、リース、私の新たな力を見せてあげよう」
小川の対岸から蜂の魔虫が姿を現すと、フラウはリースの注意を引き、右手を突き出し光の鎖を生み出す。
光の鎖は途中から見えなくなり、飛んで来る蜂を幾筋かの光が貫いて、その場に留めた。
「チェインバニッシュ!」
握り締めた手は光の鎖を砕き、同時に蜂魔虫が光に包まれて消えていく。
フラウは満足気な笑顔をし振り返るも、リースはカーマインが捕ってきた亀の甲羅に釘付けだった。
「珍しい魔獣がいたぞ、バリアシオンだ、弱いから狩り尽くされて、一時期絶滅したのではと言われていたが、南部にはまだいたのだな」
「どうするんですか?」
「もちろん甲羅を取る、稀少な素材だからな」
「そう、ですか…」
「…こいつらは生かしておくと災いの元になる、成長すると甲羅は割れて新しくなるが、古い甲羅を他の生き物が食べると奇形状になる事があるんだ」
バリアシオンの小さな頭をナイフで斬り落とし、甲羅を取り外すカーマイン。
いつの間にか静かになったフラウを見上げると、つまらなそうな顔をしてそっぽを向いていた。
(ごめんなさいフラウさん、凄かったです!)
(…別にいい)
拗ねるフラウにどうしようか悩んでいると、滝へ向かったアリエル達が飛び出してきた。
「聖霊様!いました!」
「――!…あれか?」
遅れて洞穴から出てきたのは、枯れ木を纏ったような魔虫で、蛇腹の外皮の間からは触手を無数に生やし、天地に関係なく渦を巻くように蠢きながら飛び出してきた。
しかし異形とは言え、元はセンチピードであるようにフラウには思えた。
カーマインは炎の槍の詠唱を省略して放つと、易々と頭を焼き尽くして倒す。
「――あっ、あぁ…」
「リース?大丈夫だ、私が側にいる」
「――どうした!?」
カーマインの生み出した炎を見たリースは急に震え出し、フラウにしがみつくと立っていられずに座りこむ。
(自身が生み出す炎は大丈夫だが、他者の炎にはまだ恐怖があるのか…)
リースが回復するまで待ち、一旦小川を下り村へ引き返す事にした。
その途中横の黒森からは、一匹のオークが姿を現す。
「ハイオーク!それにブラストか!」
アリエルの警戒の声に、エルフ達は素早く武器を構えた。
通常のオークより体格が一回りは大きく、毛深い身体は、脂肪と言うよりは筋肉を纏っている。
太い右腕には大蛇の骨を巻き付け、骨の蛇頭が顎をカタカタと揺らしていた。
そして背後からゆっくり前へ歩み出てくる黒毛の豹は、たいした風もないのに毛が強風に煽られ、その姿はブレて見えた。
「ハイオークは私達が!」
エルフ達が森へ駆け出し姿が消えると、ハイオークに向かって四本の矢が襲う。
見た目に反して俊敏な動きで避けたハイオークは、右腕を裏拳の要領に背後へ振り抜くと、大蛇の骨が伸びていく。
微かに揺れた木の枝を砕き、着地に失敗したオルティスの太股を抉る。
そのまま大蛇の骨頭は、弓をへし折り腕に噛み付いた。
振り回したままにオルティスを投げ、弓を構えたサナティナにぶつけて吹き飛ばす。
その勢いを反動にしてハイオークは跳躍し、樹上のアリエルへ飛び蹴りをする。
咄嗟に背後へ落下して避けたアリエルは、手にした弓の弦が切れている事に気付き、首の辺りから感じたヌルリとした感触に手をやると、赤い血が指先に付いた。
一瞬前まで見下ろしていたハイオークは、短剣を左手に樹上の枝に立ち、体に巻き付く骨の蛇が笑っていた。
黒豹のブラストはエルフ達には目を向けず、リースを睨み付けると、左右に身体を振りながら駆けてくる。
カーマインは不死鳥の杖を横薙ぎに構え、一閃した杖からは赤い軌跡を放つ。
軽く跳躍して宙に浮いたブラストは熱線を避けるが、今度はフラウのボウガンが氷の矢を連射した。
氷の矢はブラストの身体を捉えるが、当たる直前に、爆発したように風が吹き荒れ、全てを弾き返した。
「風の守りは一瞬だ、一気に押しきれ!」
飛び掛かるブラストに、あえて下に潜り込むカーマインは、吹き荒れる風を外套を使い凌ぐ。
そしてがら空きになった腹を、炎を纏わせた杖で突き上げた。
ブラストは炎に巻かれ飛び掛かった勢いそのまま、リースを庇うフラウの前に出ると、光剣による突きを眉間に受けて倒れた。
突きを放つフラウから、僅かに離れたリースは後退る。
そこへ森から大きな鹿が現れ、信じられない程の跳躍を見せて、リースの頭上に蹄の影が掛かった。
「クリスタリア!」
フラウの髪留めに付いた青い宝石は明滅し、リースの周囲に氷の壁が現れる。
立派な角を生やした牡鹿は、氷の壁を踏み砕き駆け抜けていく。
その背には骨の杖を持ち汚ならしいローブを着たゴブリンメイジが乗っていた。
「リース、離れるな」
「はっはい!」
「ゴブリンメイジまで…あれは魔獣か!?」
「いや違う、浄化を試みる」
ゴブリンメイジは掲げた骨の杖先に、黒の影を作りだす。
それは世界を塗り潰す感じに広がり、フラウ達に目掛けて放ってくる。
放物線を描いて飛んだ影は、途中の黒樹の太い枝を消失させ、リースを抱えて飛び退いたフラウが、数瞬前までいた場所に落ちると、バラバラになった木片を周辺に撒き散らした。
カーマインがお返しに放った炎の槍も、再び放ってきた黒い影に飲まれ、影はカーマインのすぐ側に着弾して炎の柱を吹き上げる。
その間にフラウは左手を牡鹿に向けて、光の波を生み出した。
「危ない!」
ゴブリンメイジが牡鹿の角を引っ張ると、足元に転がる石を蹴り上げ飛ばしてくる。
高速で迫る礫に、リースは手にした魔爪杖を突き出し、三本爪が伸びていき交差して礫を弾いた。
牡鹿は光の波を受けて徐々に大人しくなっていくが、その背に跨がるゴブリンメイジはギラギラした赤い目を見開き、牡鹿の背を叩く。
光の波が消えると牡鹿はゴブリンメイジを振り落とし、後蹴りを食らわした。
骨杖は砕け、メイジは黒樹の幹まで吹き飛び頭を打ち付けると崩れ落ちた。
少し離れた場所では、大蛇の骨を振り回すハイオークに手を焼くエルフ達が、精霊の助力を得て反撃に転じていた。
倒れたままのオルティスが呼び寄せた土精霊は、オリヴィアを追って着地したハイオークの足下を沼へ変え、膝まで沈めて行動を制限する。
動きの止まったところを、サナティナの側に寄り添う水精霊が水流の鞭で数度打つも、大蛇骨に阻まれた。
沼から抜け出すハイオークは左手の曲刀を投擲し、サナティナの腹を掠めて血が吹き出した。
飛ぶように駆けるアリエルは、レイピアに纏わせた風の力で大蛇骨を打ち上げ、突きを放ちハイオークの太い首を掠める。
蹴り飛ばされ後退した背後からは、火の蜥蜴が太い脚へ飛び付く。
そしてオリヴィアが放った矢はハイオークの肩を貫き、アリエルを狙っていた大蛇骨が地に落ち、風の精霊が起こす竜巻が火を炎に変え、空高く燃え上がった。
ハイオークは暫く立ったまま燃え続け、アリエルに向かって数歩進んで倒れた。
カーマインは新手に警戒しつつ、エルフ達の治療をして回るフラウに、牡鹿が何か問いかけた。
「原種動物は長命になると幻獣へと変わる、こいつも幻獣へと変わる段階に入っているのだが、強力な支配を受けていたようだ」
「幻獣だと…魔獣化もするのか…」
魔物は知性を持つ妖魔が変質した存在で、魔獣は原種動物や原始的な生態系にいる妖魔が変質した存在だ。
フラウはランタンで保護するように言うが、牡鹿の大きさに困惑するリース。
するとランタンの入口を開けて牡鹿にかざすように言われる。
牡鹿はゆっくりと近づき徐々に小さくなると、牧場の中へ吸い込まれていった。
アリエルはハイオークが使っていた大蛇の骨を取り上げると、ヴーグが造った魔道具である事を確認した。
「ハイオークやゴブリンメイジは魔族の尖兵だ、魔族の拠点がある事は確実になったな」
「南部で見るのは久しいですね、これらは北東の北部山脈と東部山脈に隔たれた先にある、魔境にいるはずの者達、山脈間にはドワーフ達が築いた大要塞があり、通れないはずですが…」
「帝国や神聖教国では時々見掛けるらしいが?私も双子国と帝国との境で遭遇した事があった」
オリヴィア達の話にカーマインは過去の体験を思い出し、オークとの違いを問う。
フラウはハイオークはオークの原種だと言い、北部と南部の妖魔の違いを話した。
「北部はこの地に侵略してきた原種に近く、南部は恭順した種が多い、ピクシーの見た目の違いに気付いたか?ピクシーに限らず北部に好戦的な種が多いのは、それだけ支配が深いからだ」
「そう言えば…北部のピクシーは蝙蝠羽が多いな、他に目が黒かったり鼠のような尾を持つものもいた」
リースはカーマインの話に驚き、リザ達のフェアリーと見間違う姿を思い出した。
「とりあえずリースはハイオークの牙を採取してくれ、たしか魔道具にもなる素材だ」
世界樹の森でもそうだったが、エルフ達は魔物魔獣の素材を欲しがらなかった。
獣臭さが苦手なようで、自然物の品しか基本使わないらしい。
打ち合わせると火花発する大きな牙四本と、強風に煽られているようだった黒毛皮は、毛並みが穏やかに波打つ綺麗なものになっていた。
ハイオークが所持していた蛇骨の魔道具はフラウが貰う事にし、ゴブリンメイジ共々死骸は地に埋めてしまう。
「このまま川を下り森を出る、その後東側を探してみよう」
だが少し進んだ先には、川原で何かを捕食している蠍のような黒い魔虫を発見した。




