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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
110/169

不運なアルト

109


中央が大きくひしゃげた東門には隙間ができており、内側から盛られた土によって塞がれている。左側の門柱には粗末な矢が針鼠の様に刺さり、危険を知らせる鐘は赤黒く汚れて地面に落ちていた。


「二人組の冒険者によると、魔物の群れにはトロルがいたのだったな…」


アリエルが操る馬車は北側の様子を確認しながら西側へと進む。黒い丸太の塀は腰の高さで絶ち切られ、周囲には血痕が広がっている。内側には新たに並べられた丸太があるが、オルティスが軽く押すと簡単に揺らいだ。


「これでは役に立たないぞ?エルトゥス達がこの程度で放置しておくとは思えない」


フラウも村の様子が気になったが、それ以上に上空を旋回している存在が気になっていた。


(遠すぎるからかエルフ達は気付いていない…あれが星喰い…」




西側に出ると門の前では沈む夕日に合わせ、扉を閉めようとする男女がいた。


「待った!私達も入れてくれ!」

「あんたらは…」

「おぉ!エルフさん達!帰って来てくれたか!」


門番をしていたのはごく普通のおじさんおばさんで、どう見ても荒事に慣れていそうにはなかった。

馬車の窓から顔を覗かせていたリースが、おじさんはマルロの父親だとアリエル達に教える。


「リースちゃんか?無事東から戻ったんだな。良かったなぁ」

「ロムスさん、何があったのですか?」

「あれから五日しか経っていないが…二度に渡り魔物の襲撃にあったんだよ」


閉じかけた門を開き馬車を中へ入れると、ロムスは暗い顔をしてリース達が旅立った後の話をする。ほとんどは冒険者達から聞いた話と同じだったが、襲撃の様子は生々しく、リースは恐怖から身体が震えた。


「30匹以上のゴブリンに、トロル2匹が二手に分かれて攻めてきた?それに大きなゴブリンだと?」

「あぁ、東門は囮だった!門を激しく叩いていたが、実際には西門が破られた。それから最初に飛び込んで来たのは人と変わらねぇ体格のゴブリンだったよ!」


そう言いながら指差した先には大人の身長程もある長大な両手剣で、他にも歪んだ槍や大きな鉄塊の槌が転がっていた。


カーマインは異質なゴブリンの存在に驚き、アリエル達と顔を見合わす。フラウは馬車から降りて辺りを見渡すと、おばさんが足を引き摺る若い男を連れてきていた。


「その日は俺が夜番をしていました。奴ら星明かりで見えるギリギリまで静かに近づいてきて、一気に駆けて来たんです。鐘を鳴らそうとした奴が集中的に矢を受けて…指揮をしていたんですよ!?あのデカいゴブリンは!」

「ホブゴブリン…人とのハーフだな」


若い男は膝を痛めているようで、フラウの治療を受けるとあっさり回復した。そして他にも怪我人がいたら村の中央に集まるように伝える。


「魔物が異種族との間に子を作るなど…奴らが?」

「それしかない。学園にある忌まわしい記録には、魔族が最初に始めた事だと書いてあった。ホブゴブリンは人に近い知性を持って生まれる、半人半妖魔だ」


アリエルの問いに答えたカーマインの表情は険しい。村の中央には村中の者が集まったかのようで、ロムスがアリエル達に経緯を聞かせる中、フラウが治療を施していく。


オリヴィアとサナティナはエルトゥス達の行方を若い男に問うと、以前泊まっていた宿に案内されていった。


「エルフさん達は最後まで頑張ってくれていたが、数の暴力に次々殺られてしまった!エルトゥスさんは村の外へ出ていた様で、一命はとり留めたよ」

「そうか…魔物はどうした?」

「アルトが…村長の孫のアルトがエルトゥスさんと一緒に戻ると空に向かって手を挙げたんだ。そしたら光の雨が降ってきて、魔物はほとんど死んだよ」


それから宿に滞在していた白ローブの男達が残っていた瀕死の魔物達を倒し、怪我した村人数人に治療を施すと、神聖教国が崇める神々への改宗を薦めてきたらしい。その後いつの間にか混乱続く村からいなくなっていたと言う。


集まった村人達はこれから何が起こるのかと不安そうな顔をしていたが、痛みが引いた者から順に驚きと歓声が上がっていった。


「襲撃で戦える者はほとんど死んでしまった。村長も…翌日の夕方にはさらに見たこともない魔虫が襲ってきて、北側の塀はその時に。魔虫にも光の雨は当たったが弾かれるだけで倒れなかった」

「光の雨?魔虫は逃げたのか?」

「数回弾き飛ばされた魔虫は北の黒森へ逃げていったよ。その後に中州街へ救援を出して冒険者が来たが…昨日から戻っていない」


村人全員の治療が終わると、動ける者はオルティスについて塀の補強に向かった。皆怪我は癒えたが諦めた様な顔をしており、村を出てもやっていける者は最初の襲撃の後には出ていき、今残っている者は動く事ができず、村と共に滅ぶのを待つだけだとロムスは話した。


「アルトはどこだ?」

「フラウさん。先にエルトゥスさんを見に行きましょう?」

「そうだな…すまない。アリエル!アルトを見つけて連れてきてくれ」




リースに連れられ宿へ向かうと、入口にはオリヴィアがいた。

宿も襲撃の影響を受けたようで、厩舎は倒壊し、宿の入口には扉ではなく布が下げられていた。


「聖霊様!」

「今いく!」


慌てるオリヴィアにフラウは二階の部屋を一瞥すると走りだしてリースも後に続いた。


宿の中には頭に包帯を巻いた主人と疲れた顔した奥さんがいて、二階正面の部屋だと教えられる。ベッドに寝かされたエルトゥスは重傷で、鋭い刃物で背中と腹を刺されていた。


フラウはエルトゥスの微かな命を感じ取ると、世界に満ちる精神生命力を利用して治療を始めた。


精神生命力はこの世の全てだ。

五柱神が世界構築の際に使ったあらゆるものを構成する力で、自然界にあるものならどんなものでもこれが元になる。精霊達が世界に巡らせる精霊力であり、人が扱う魔力、その元になる魔素でもあった。


世界全体の総量は有限で、様々な力や命に変換された精神生命力は、地の底を流れる命脈を通り元に戻る。

しかし精神生命力が禁忌の力で消失すると、世界は枯渇していき滅んでしまう。その為、世界協定の天人達は日々、世界中を監視しているのだ。


エルトゥスの器たる肉体が損傷して、その命が命脈に還ろうとしていたのをフラウの力で復元した。


(この地一帯の命脈が弱まった。使い過ぎたか)


エルトゥスの傷ついた身体は時間が遡るように元に戻り、規則正しい呼吸になった。


「もう大丈夫だろう。暫くすれば目覚める」

「ありがとうございます!エルトゥスの傷は金属製の武器によるものです。ヴーグは中州街の脱出路にいた三匹だけではなかったのですね」

「これは思った以上に大規模な拠点があるかもしれない」

「魔族のですね?」


リースはモルトの授業や図書館の本で知り得た知識に、魔族の特徴を思い出す。魔族は人に似た者から異形まで様々な姿の者がいて、共通している事は禍々しい角を持つ事だった。


「魔族とは異形の魔神が人や妖魔に似せて生み出した者達だ。魔神と強い繋がりがあり、負の魔力を利用して妖魔を支配する。自らの出自を真似て妖魔に人や妖精との子を作らせ、ヴーグやホブゴブリンが生まれた」

「近年魔族の姿を見なくなり、半人半妖魔も珍しくなったのですが、こうも続くと魔族の影が濃厚ですね」


そこへアリエルが現れる。アルトは村長の家にいたが今は誰とも会いたくないようで、マーサという女性が立ち塞がって会えなかったと言う。


「彼が重要な情報を持っているはずだ。いこう」

「私も行きます!」




リースとアリエルを連れて北の一番大きな家へ向かう。途中カーマインが馬車を宿屋前に移動させようとして、倒壊した隣家に乗り上げているのを横目に見た。


村長の家は屋根の一部に穴が空き、壁には大きく亀裂が入っていた。


「い、今は――」

「急ぎ会う必要がある。どけ」

「ひっ…」


入口に立つマーサは整った顔立ちをしていて美人だったが、目の下に隈ができ病んでいるような目をしていた。


フラウに凄まれると奥へよろよろと下がっていき、テーブルに肘をついて両手で頭を抱えたアルトを庇うように抱きしめた。


「私がなぜ来たかわかるな?」

「…こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったんです」


リースが見たアルトの横顔は、六日前の元気な少年とは別人で、憔悴しきった顔は痩せたように見えた。


「空のは何処で出会った?」

「…流星の丘です。村の守りを強化できないかと…けどまさかあの夜に魔物の群れが来るなんて…祖父が」

「あれが丘の、魔除けの力を喰らうと知っていたか?」

「――!やっぱり…そうなんですか」

「魔物達の襲撃は時間の問題だったのだろう。だが夜間の襲撃は丘の力が弱まったせいだ」


アルトは自分のせいで襲撃が早まったと知り、がく然として俯く。


「北側の塀の一件、なにか知ってるな?」

「そ、それは…」

「こっこの子はなにも悪くありませんっ!村の為に誰よりもがんばって…苦しんでいるんです!」


マーサが騒ぎ始めどうしようか悩んでいると、入口から篭を持ったジニーが入ってきた。


「――!なんですか!?これから夕食の準備をするので帰ってください!」

「ジニーちゃん――」

「アルトは具合が悪いんです!帰って!」


そのままリースの背中を押して三人とも追い出される。外は暗くなり、遠く南の方角にはうっすらと流星の丘に咲く花の光が見えた。


「仕方ない。一旦宿へ」


そこへマルロとジニーの妹が帰って来て、リースに気付くと駆け寄って来る。三人は再会を喜び、暗い村の雰囲気の中で変わらない元気な姿を見れたリースはホッとした。


フラウがなにか知ってる事はないか問うと、マルロは俯き口ごもる。


「そ、それはぁ…」

「教えてくれ。アルトやこの村を救う為に知る必要があるんだ」


迷っていたマルロが言うには襲撃の翌日、残された村人達を前にアルトは村の再建を約束し、守りを固める為により強い魔虫をテイムする事にしたと言う。

マルロと二人、北の塀の外で魔虫を呼び出しテイムに成功しはしたものの、その恐ろしい姿に村には置いておけず、北の黒森に潜伏させていたらしい。

だが夕方になるとアルトは急に飛び出していき、後を追ったマルロは北の塀がその魔虫によって崩されるのを一緒に見たと話した。


「…呼び出した?魔虫が塀の側にいたのではなく、呼び出しのか?」

「うん。なにもない場所にアルトの頭から白い煙が出てきて、気が付いたら目の前にいたんだ」


フラウは目を閉じ考えると、リースやアリエルにはどういう事かわからず、ただ待っていた。

暫くしてフラウはリース達に先に帰るように言い、再びアルトに会いに行く。




「…そうです。俺が召喚した魔虫です」


騒ぐジニー達を威圧し黙らせると、アルトを連れ出し裏の石鹸小屋まで来る。


「異世界の者と繋がりがあるな?いや…お前自身もこの世界の者ではないのだろう?」

「はい…俺は――!?」


突然、小屋の周辺は完全な闇に包まれ、アルトは息をのむ。

二人の横には蟻のような姿をした異形が現れ、色と波、形でもって意思を伝えてきた。


自身がいた世界に侵略者が現れ全てを失った事。

この世界に流れ着き、荒れていたこの地を治めてきた事。

アルトを使い内界に眠る同族の姿を再現した事を伝えてくる。


(――だかお前のしている事はこの世界の決まりに反する事だ、お前は自分がやられて嫌な事を、この世界に生きる者にするつもりか?)


その白い異形からは困惑と怒り、悲しみが伝わってくる。

アルトは怯え、俯いたきり黙ったままだ。


(この世界にはこの世界の決まりがある、従わないなら滅ぼされるだろう…アルトが呼び出した魔虫はお前達から離反したのだな?…私達が倒す、代わりに世界協定に服従しろ)


異形は怯え、苦しみ、悔しさの末、了承すると去っていった。

辺りは元の景色に戻り、家の表からはジニーの声が近づいてきていた。


「なんでも自分一人でしようとするな、お前はこの世界の事をほとんど知らない年相応の子供だろう、この村を守りたいなら学べ、そして助けてくれる仲間を探せ」

「…はい、すみません」


フラウは急に空を見上げ、南東の方角に向かっていく星喰いの気配を感じる。


「あ、あれは…実は夜の間は丘へ行ってしまうんです、このままだと丘の力が弱まったままなんですよね?」

「そうだ、だがあれはもう戻ってはこないだろう…テイムした気でいるようだが、あれは人が従える事ができる存在ではない」

「え!?テイムの感覚はあったのに…?」

「逆だな、感覚を与えられていたんだ、おそらくお前を通してこの辺りの様子を観察していたのだろう」

(思っていたより知能が高いな。アメリア達はあれと戦っていたのか…)


アルトが驚き落胆する中、お鍋を被ったジニーが包丁を握りしめて現れた。

フラウを睨みつけながらアルトの手を掴むと、強引に引っ張っていく。睨まれたフラウも、建物の影からこちらを窺っていたリースを捕まえて宿へ戻った。




エルトゥスはベッドに寝たままだったが意識を取り戻しており、自身の失態を謝罪した。

それに対しフラウは労を労い、死んだ者達は手厚く葬られていた事を伝える。その後、アルトの事を伏せて魔虫の話をし、エルトゥスの認識との差異を確かめたが問題はなかった。


「翌朝、魔虫退治に出掛ける。リースはエルトゥスと共に残るんだ」

「え!?嫌です!私もついていきます!」

「だめだ!相手は相当強力な魔虫だ。危険すぎる!」


フラウに残るよう言われたリースは即座に拒否し、カーマインに反対される。

アリエル達はそれほど驚かず、道中さんざん見せられた流れに、結末が読めていた。


「私やアリエル達から離れるなよ?」

「――!はいっ!」

「なんっ!?――ぐぅ~!」


顔を真っ赤にして怒るカーマインを無視して話を進めるフラウ。

ロムスに書いてもらった簡単な地図を頼りに、北の森から入り西側の小川へ向かう道を示す。


「もし…魔虫が見つからなかった場合は、この村の消滅もありえる…」

「消滅!?なぜだ?」

「この村が禁忌に触れたのですか?」

「…魔虫を見つけ排除できれば問題ない、さぁ夕食の時間だろう?リースのお腹が鳴く前に向かおう」

「ちょ!?私を逃げの口実にしないでください!」


フラウは話を切り上げ、リースを押して宿の食堂へ向かう。

宿には他に宿泊客もおらず、貸し切り状態だった。

宿の厨房にいた主人は頭の傷が癒えていて、奥さんから翌日に魔虫退治に向かう話を聞くと、注文した堅い黒パンと野菜スープには、干した鹿肉と酸味の強い果物を付けてくれた。


食後の部屋割りはいつもの事で、カーマインまでもが自然とアリエルについていこうとし、ハッとなってすぐさま部屋を替われとフラウに詰め寄る。

しかし拒否したフラウにおでこを人差し指で押されると、瞼が下がり、崩れる様に廊下に座った。

そのままアリエル達に後を任せ、リースと共に借りた部屋へ入る。

庭園の様子を確認し寝る準備を終えたリースは、フラウを無視して自分のベッドに入りすぐさま寝息を立て始めた。


(リース、リース~、リィースゥー)

「…あぁもぅ!うるさいですよ!私は眠いんです!」

「こっちへおいで」

「…はぁ」


仕方ない感じで枕を抱え、身を起こすリース。

始めこそ一緒に寝る事にドキドキしていたリースも、慣れが生じてきていた。


(ベタベタしてきていたのは子供っぽいからじゃないんだわ、スノウと同じで…そういう事に興味あるんだ…)


フラウのベッド前まで来たリースは枕で顔を隠し、真意を探るように見つめてくる。

それを強引に引っ張り込み、赤い髪を撫でる。


「違うぞ?私はリースの体調を整えているんだ、長旅は初めてだろう?」

「…まぁ、そうですけど…本当ですか?」

「…本当だ」

「ちょっと!?今の間はなんですか!?」


騒ぐリースを押さえ込み、心音を聞きながら安らかな眠りについた。

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