公爵家との別れ
107
白塔四階の客室。
アーチ状の窓の外では朝日が昇り、リースは覚醒していく。
顔に柔らかいものが当たっている事に気付くも、枕だと思い顔を擦り付ける。
「ひゃ!?りっリースさんっ。それはちょっと…」
「…ふぇ?……えっ!?」
すぐ目の前には赤い顔したパメラがおり、彼女の胸元に顔を埋めて寝ていたようだ。
「ごっごめ~ん!」
「い、いえ…おはようございます」
「ふふふ…おはようございます!リースさん、とても気持ち良さそうに寝ていましたね」
パメラを挟んだ向かいには笑うササネと、上体を起こしたシャルロットがこちらを覗き込み笑っていた。
「うぅ…恥ずかしい」
「もうすぐ六時、鐘一つになります。外を見てください。よく晴れていて世界樹の森を一望出来ますよ」
ササネに勧められ、三人は窓から外を見渡す。
部屋は北寄りに位置していたが、右手側を見れば遠く地平線まで続く緑豊かな森が広がっている。しかし巨大な世界樹はどこにも見当たらず、白い鳥が数羽飛んでいるだけだった。
「世界樹は見えないね?」
「はい。結界で守られていると言っていましたし、南大壁国の壁と同じく近づかなければ見えないのでしょう」
森から視線を左奥に向ければ、離れていてもわかるほどに禍々しい魔の森の端が見え、手前に移れば大川に合流する支流と荒れ地、そして直ぐ下の大川が一望できた。
「リースさん、西側を見てください。崩山の魔獣が見えますよ」
シャルロットに促され左手側に視線を移せば、大川の西、真っ黒な黒森の先に山頂が崩れた山が見える。
仮に山頂が無事であれば、この近辺で一番の高さだったろう崩山の頂きには、赤い表皮に黒い模様が複雑に走る生き物がいた。
頭は見えなかったが、寸胴な身体に手足は無く、取って付けた様な尻尾は胴に比べて小さく短かった。
「…すごく大きいね。あんなのが暴れだしたらなにもかもぺしゃんこだね」
「ですね。でも今までに一度も動いた事がないようですから、大丈夫でしょう」
パメラ達は顔を洗いに洗面所へ向かう。リースも続こうとした時、黒森の中を西へ移動する白い巨人を見たような気がした。
食堂へ向かう準備を終えたリースは、部屋を出る前にケージランタンを確認する。しかしリザ達がいた区画には、騒がしかったピクシー達の姿はなく、庭園も静かなままだった。
「それは何を食べるのでしょうか?」
「え?あっ…そうだね。水かな?」
動かないシードランプを眺めていると、パメラから妖魔達の餌について指摘される。
テーブル上にあった水を数滴掛けるも反応はない。シャルロットが果物はどうかと提案すれば、ササネが赤い果実の皮を剥き、柔らかな身を等間隔で切り分ける。小さくした果実を入れるみるもやはり反応せず、僅かに蕾頭が揺れただけだった。
「…もう行かないと。フラウさんに聞けば何かわかるかも」
諦めたリース達は部屋を出ると、広い廊下には皆が揃っていた。
手招きするフラウを強引に押し退けたカーマインが、リースの手を取り食堂へ向かった。
ぶつぶつ呟くフラウをアリエルがなだめつつ、各々が好きな料理をトレイに載せていく。
エルフ達は相変わらずの新鮮野菜中心な内容で、各自が世界樹で補充したエルフ食を取り出している。ミリアンは一人だけトレイを二つ用意し、あれこれ選んでいた。
「ミリアンさんて…ズルいですね」
「ですよねっ!許せません!」
「パメラったら…でもたしかに羨ましい体質ですね」
ミリアンは人の倍食べても、女性が羨む様なスラリとした身体を維持し、かつ騎士に相応しい肉体をしていた。
リースは以前の過ちを意識しつつも魅力的な料理を前に、少しだけ多めに取り分けた。
背後のカーマインは何か言いたそうな顔をしていたが、木の実や果実を使ったお菓子を追加で選ぶと、足早にみんなが集まるテーブルへ向かう。
お菓子を山盛りにした皿へ注目が集まる中、気落ちした顔を作ったリースは、リザ達の安否と帰りをパメラ達との会話に匂わす。
「そうですね。まだ戻ってくるかもしれません。帰って来たら沢山食べさせてください」
「あっ…でも大丈夫かな?持ち帰ってしまって?」
「料理は余ると恵まれない方々に配るようです。しかし中州街には比較的裕福な者達が集まるので、それくらいなら大丈夫でしょう」
ちゃっかり確保した木の実のお菓子類をマジックバックへしまい、皆が揃うと食事を始めた。
「――そうでした。リースさん、私達は発つ前にトワンさんに挨拶に行きますが、一緒に行きますか?」
「あっ!行きます。魔法石の報告をしないとならないんだった」
「では――」
と、食事も終える頃を見計らったように、街の代表マシューが付き人を連れて現れた。
「皆様おはようございます!本日も良いお天気で…先日のお礼に私の秘蔵の品をお譲りしたく、お邪魔させていただきました」
「気を使わなくていい」
「いえいえ!私にとってはなりよりも有難い事でした。毒を受ける前から持病が…あっ失礼。昨晩は久々に熟睡できました。どうかお受け取りください」
そう言うと空いていたテーブルの上に、布が掛けられた三つの品を置いていく。代表は一つ一つ、自慢話をするように説明しながら見せ始めた。
一つ目は手のひらサイズの置物で、大川の上流、崩山近くで採取されたメノウの原石だった。
割れた断面が星空の下、砂浜に打ち寄せる波の様に見えるなかなかに綺麗な物で、ここの商業階層で開かれたオークションで競り落とした一品らしい。
二つ目は魔獣リバーランシェルの一枚貝だった。
肥えた代表の半身を隠す程に大きい貝殻は純白で、通常討伐時に欠けたりひび割れる事がある中、綺麗な状態を保っていた。
「西から来た冒険者パーティにエルクと言う冒険者がいまして、雷魔法を用いて倒したそうです。反対側は焦げてしまいましたがこのように、綺麗なままで残ったのを買い取ったのです」
「?…そうか」
フラウは一瞬その名前に聞き覚えがあるような気がしたが、リースの気を引こうとしていて、すぐに忘れた。
自身が取り分けてきたサイコロステーキを目の前に差し出すも、睨まれてしまい、ビクッとした拍子にフォークの先から落ちた肉は、間に座っていたカーマインの紅茶に入ってしまう。
カーマインはメノウの原石が気に入ったのか、様々な角度から眺めていて気付かず、戻ってくると紅茶を手に取り口を付けた。
「…?なんだか味が?…!?」
騒ぐカーマインにフラウはそっぽを向き、頭を抱えるリース。
先を促された代表は三つ目の布を取り払うと、黄色く光る真珠を見せた。
「リバーランシェルの中からは稀に真珠が見つかります。これは珍しくも雷の魔力を秘めた物で、魔道具の材料にすれば美しくも実用的な飾りになるでしょう」
「…(どれも後遺症完治に対する報酬にしては高い品ではないですね)」
「…(パメラ。代表にとっては値段よりも価値のある品なのよ)」
商家の娘としてパメラは判断したが、シャルロットに諭される。
「有難く頂こう。大切にする」
「はい!どうぞお納めください。救世主様!」
代表はチラチラと他のテーブルにいる客の視線を気にしながら立ち去る。
ミリアンは首を振り、人目の多いこの場で品を贈ったのは、政治的な駆け引きだと話した。
「駆け引き?」
「奇跡の力を持つ者の庇護を得ている。そう見せつけたのですよ。大方あのテーブルにいるのは、次期中州街代表の座を狙う帝国貴族ですかね」
「またあの代表は…余計なことを」
フラウにはよくわからなかったが、とりあえずトワンの店へ移動する為に三品をしまう。
メノウ原石や真珠は問題なかったが、大きな貝殻が一瞬で消えた際には、帝国貴族らしき者達がいるテーブルからどよめきが上がった。
要らぬ注目を集めてしまったフラウ達は、足早に昇降機まで移動して乗り込む。その際、商業層の狭さを思い出して、オリヴィア達は部屋でお留守番となった。
リースは隣にいたカーマインに植物妖魔の食事を問うも、わからないと言われた。
「さすがに餓死するまで動かないなんて事はないだろう。放っておけ」
「そんなぁ…」
「リース――」
「シードランプは里にいた時、干し肉を食べたぞ。アルラウネ達が妖精種と同じなら栄養水を土に与えれば大丈夫だろう。後で作り方を教え――!!」
投げやりなカーマインに代わり、得意気な顔をしたフラウが話そうとするが、アリエルが一気に答えてしまう。
睨むフラウに気付いたアリエルは、青い顔をしてリースの背後に隠れた。
奥まった場所にあるトワンの魔道具店に着くと、中からトワンと灰色ローブの青年が出てくる。
「おや?パメラちゃんもう儀式を終えて戻ったのかい?」
「はい!儀式を終えて、今は周囲の魔素や魔力の違いを明確に感じ取れるようになりました」
「そうかそうか!それは良かった!あぁ、彼が以前話した魔道具開発をしている魔導技術者だよ」
「初めまして、皆さん」
「…え?」
リースにはその青年がダブって見え、フラウがリースの肩に手をやると青年は急に苔むした外套を纏う老人の姿になった。
「あっ!?」
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ。みんなは挨拶を済ませて。私は彼と話がある」
有無も言わせない感じにフラウは言うと、トワンが紹介した老人を連れてその場を離れた。
不思議がるもトワンに別れを伝えるパメラと、再充填魔法石の感触を報告するリース。
「なるほど。一発の火力より数発に分けて使いたいと…わかった!今、ちょうど彼が来ているから頼んでみよう」
リースはトワンに再充填魔法石を預け、出来上がったら迷宮都市へ送ってもらうことにした。
「改めまして…お初にお目にかかります。白の聖霊様。私は魔法王国出身の元賢者ウォローと申します。今はここ、中州街の迷宮をお預かりさせて頂いています」
「フラウだ。お前の事は以前から知っていた。リースが世話になったな」
「いえいえ。碌におもてなしもせず、申し訳ございません」
ウォローは詫びた後、昨夜フラウから届いた知らせの内容を伺う。しかしフラウはその前にウォローの真意を問う。
「私の望みはただ一つ、世の平穏だけです。その為に負の魔力を中和する魔道具の研究に明け暮れて来ました」
「そうか…わかった。とある伝で中和技術の協力者を紹介できる。後で相手側の準備ができ次第連絡する」
「おぉ…それはありがとうございます」
それから幾つか話をした後、トワンと青年の幻影を纏う老人を残して来た道を戻る。
混み合う通路をミリアンが切り開き進む中、どさくさ紛れに手を握ってくるフラウに、リースは呆れつつも握り返した。
一旦部屋へ戻り荷物をまとめる。
シャルロット達の出発後、直ぐにリース達も出発できるようにした。
全員で食堂に向かい、厨房の入口前にいる代表と会う。
厨房の先にある貯蔵庫から、折り返し階段を上り、屋上へ出るようだ。
「食糧難に見舞われた後、歴代代表達が屋上に竜篭の発着場を設けました。しかしそれ以来非常時もなく、お忍びで来られる高貴な方が利用する場所となっています」
お喋りな代表を無視して絵画が飾られた階段を上る。
リースはふと馬車はどうするのか気になって質問する。すると先を行くミリアンが答えた。
「馬車は今朝早くにマジックバックへ入れておきました。この容量になると公爵家でもなかなかありません」
「…(リースさんのはどれくらい入ります?」
「え!?な、何の…はぁ。わからないけどまだまだ入りそう」
シャルロットに小声で問われたリース。しらを切ろうとするも、すでに色々見られ過ぎていて諦めた。
五階層を越え、屋上へ出る大きな扉の前に着く。
風に注意するよう伝えられてから警備の者が扉を開くと、風の流れに軽く煽られる。
「わ、わわわ…」
「大丈夫ですよ。双子国の竜騎士が駆るワイバーンですから」
目の前には大きな翼を持つ爬虫類、テイムされたワイバーンが四頭いた。
側には四人の竜鱗鎧を着た騎士が長槍を持ち待機している。
扉横に控えていた隠密部隊の三人と共に、一人の竜騎士と話をするシャルロット。
ワイバーン達の中央には大きな篭、というよりは車輪なしの馬車が太い鎖によって繋がれていた。
「リースさん!また会いましょう!」
「必ず!今度は魔法学園まで来て下さい!街を案内しますよ!」
「わかったわ!必ず行く!またね!」
わんわんと泣くパメラにつられてリースも涙し、シャルロットと三人、強く抱き合う。
少ししてササネとミリアンに付き添われて篭に入ると、竜騎士達は馴れた動作で飛竜に跨がり、大きな翼を羽ばたかせる。
窓からはシャルロット達が手を振っていて、リースもフラウに抱き止められながら手を振り返した。
四頭の飛竜と竜篭はあっという間に空高く舞い上がり、北西の方角へ飛んでいってしまった。
「は、はやっ!?」
「竜騎士が駆る飛竜は野生の飛竜より優れている。さらに竜騎士達は自身の能力を高めると同時に、飛竜の力を引き出す力を持つらしいぞ」
「そ、そうなんですか…」
カーマインは以前に一度、双子国へ行った事があり、飛竜を度々見たと言う。
隠密部隊の三人は街に残り、伯爵家を待つようだ。
「あ、それ…」
よく見ると背の低いチェルシーは、胸に白百合の花飾りをしていた。
「ここだけの話…ロッテの従姉のチェルシーです。よろしく」
「え!?」
「嘘ですよ。信じないでください。第一こんなやるぎぃぇええああっ!?」
テオルドは肩を竦め、チェルシーの何かを言おうとした時、彼の右足の脛から骨の折れる音が響いた。
のたうち回るテオルドは少しずつ落ち着きを取り戻し、脛は淡い光を帯びている。
「モンクか」
「はい。チェルシーは回復魔法と格闘を得意とする武闘家です」
笑顔で答えるシェーラは、チェルシーと並んで階段へ引き返していき、カーマイン達も後に続く。
リースは床に這いつくばるテオルドから、子犬のような目で見つめられるも、フラウに引かれてその場を後にした。




