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転生聖霊物語  作者: けんろぅ
第二章 世界樹篇
105/169

魔神撃退

104


世界樹の北側は、妖精や精霊が顔を覗かせた幻想的な南側と違い、濃密な血の臭いが漂うおどろおどろしい雰囲気に包まれていた。


まだ鐘三つの時刻だというのに薄暗い森の中を、カーマイン達はエルフ戦士団に遅れながらもついていく。

北の空には数ヵ所から煙が昇り、東と西の空には黒い影が多数迫っていた。


戦士団の者は木の影に入り弓に矢をつがえると、人の顔をした鳥や黒い大きな鳥を次々と射落とす。


「私も迎撃に加わろうか?」

「翼持ちは戦士団の者に任せていい。私達はこのまま進もう」


西から東へ広く散開した戦士団の間を抜けて、豹に似た姿のブラックファングが八頭、駆け抜ける 。

艶のある黒い毛並みは綺麗だが、小さな頭には不釣り合いな大きな黒い牙を生やし、エルフ戦士の横を通る際には触れもせずに、牙を突き立てたような手傷を与えている。追撃をするでもなく、そのまま駆け抜ける様は競争でもしているかのようだ。


「精霊よ!邪悪な獣に戒めを!」


オリヴィアの声と共に先頭の黒牙二頭が蔓草に絡まって倒れる。後続の三頭は倒れた仲間を踏み台にして飛び越え、アリエル達に躍りかかった。


アリエルに駿足の補助をしていた風の精霊が、下から黒牙を巻き上げて、がら空きになった胸部をレイピアが貫く。

脇から迫った二頭にはミリアンとデリックの長柄が直撃して、地面へ叩きつけた。


左から回り込む群れの進路を、ゴライオが大剣を振り回して阻む。行く手を遮られた黒牙が牙を向ければ、黒い全身鎧からは硬質な物同士が激しく擦れ合う音を立てる。


「闇属性の異能だ!正面に立つな!」

「りょ~かい!」


ゴライオの脇から飛び出したジェスターは、振り返った黒牙の正面に立たないように身を翻す。振るわれた双剣が前足を断ち切ると氷炎によりその場に固定する。さらに一回転して下から振り抜いた剣で首を落とした。


「アリエルっ!」


レイピアの一突きでは倒しきれなかった黒牙が暴れ、アリエルが下がると、炎の矢が黒牙の顔に突き刺さる。

背後では弓矢を構えたオリヴィア達エルフ三人と、アーシェが魔法の矢を放ち、残る黒牙達の首や胴を射抜いていく。


サナティナ兄妹が狙った最後尾の黒牙は、矢を受けても牙を向けてきて、オルティスの弓を持っていた左腕に不可視の牙が突き立った。

兄の腕から吹き出す血に、慌てて傷口を押さえるサナティナ。遅れて来たレインに引っ張られ、木の影に入ると治療を始める。


入れ替わる様にして前へ出たデリックは斧槍を振るい、間合いが離れた黒牙の頭を激しく揺する。その隙に振り上げた斧槍で頭を叩き割った。

そのまま蔓草に巻かれた黒牙も、デリックの流れるような動きで振るわれる斧槍に頭を砕かれ、全てを倒し終えた。


「カーマイン。俺らは西をやる」

「では私とデリックで東を」


エルフ戦士団が空から飛来する有翼魔獣を射落とす中、西風は左手から迫る大型魔獣に向かっていき、ミリアンは一人右手の魔獣に駆けていったデリックの後を追っていく。


「なら私達はこのまま正面を抜けて砦へ行こう。結界の状態を確認するんだ」


正面からは再び向かってくる黒い影があり、上空の敵を排除する周囲の戦士団を守りながら進む。

脚の速い魔獣を優先して数を減らしていくと、奥からは今までとまったく違う気配の魔獣が現れた。


「マンティコアか!?ま、まさか…魔神だと!?」

「あれが?魔神?」

「…人か。エルフの森に人がいる。聞いていた通り」


木々の影からゆっくり姿を現したのは、獅子の身体に蝙蝠の羽と蠍の尾を持つマンティコアだった。


頭の左側に歪んだ角を生やした灰色髪の老人の目は、通常の濁った赤目とは違い、爛々と輝かさせていた。




「デリック!先行し過ぎだ!」

「俺の力は乱戦に向かないんでな!勝手にやらせてもらう!」


左脇からの恐狼ダイアウルフの突進を身を翻して避け、遠心力を載せた一撃で首を叩き切る。

樹上から落ちてくる魔猿グレイモンキーを石突きで突き上げ、右から現れた梟熊アウルベアの、太い腕による薙ぎ払いを倒れ込む様にして避けた。


梟熊が振り返るより先に振り下ろされた斧槍は、正確に頭を叩き割り、一瞬激しく震えると巨体は崩れる。


縦横無尽に振るわれる斧槍に、近づく魔獣は次々に倒れていくが、背後に回り込んだヘルハウンドの炎のブレスが浴びせかけられる。そこへミリアンの渦巻く水の槍が割って入り、口を開いた所を貫いた。


「数が多い!囲まれる前に引き返そう!」

「どれも雑魚だろうが!ついてこられないなら引き返せ!」


飛びかかる大蜘蛛を叩き伏せ、角猪を柄で打ち払い、化け茸を蹴り飛ばすデリック。

北から押し寄せる魔獣は数が多いものの、どれも一回り小物で、一撃必殺とばかりに倒していくが、急に飛んで来た木を避け損ねて吹き飛ばされる。


「デリック!?」

「ブブッ!ブオォォォ!」


遠くから駆けてくるのは、全身に血を浴びた様な真っ赤な牛頭人だ。

短い牛の脚は太くがっしりとしており、長い両腕は人の腕だった。

通常のミノタウロスと違って人面の甲羅を背負い、そこから生える捻れた角は赤黒いオーラを発している。


「ぐっ…くそがっ!」


口元の血を拭い起き上がったデリックは、歪んだ胸鎧を引き剥がし捨てると、その見慣れぬ存在に挑んでいく。


「だめだ!迂闊に近づいては!」


牛頭人は上段から振るわれた斧槍に対し、長い両腕で頭を庇うと、旋回する水の盾が現れて弾き返した。

直後に水の円盤は、斧槍を振り切った姿勢でいるデリックへ放たれる。

ミリアンが水の槍を伸ばして防ごうとするも、旋回する水流の威力に負け、円盤が斧槍の石突きを絶ちきったところで、デリックは後ろへ引っ張られるように飛んだ。


「無茶をしますね。相手を見極めなければ、勝てる相手にも屈することになりますよ」


いつの間にかミリアンの隣には、ドレス状の鎧を着た紫髪の美しい女性が現れていた。

彼女の翳した左手からは、複雑な模様をした光る魔法陣が空中に展開されていて、デリックを牛頭人から引き離すと消えた。


牛頭人が両手を動かして水流の円盤を操つり、飛んでいった先から舞い戻って来ると、女性が右手に持った星印が付いた銀色の筒を向け引き金を引く。

魔銃からは光弾が放たれ、旋回する水の円盤を霧散させた。


「私はアメリア。お力添えいたします」




西風は北西の方角へ移動しながら、エルフ戦士団の後をついていく。北から押し寄せる魔獣の中には、西の大川へ合流する支流に乗ってきた大型の水棲生物が多い。

ゴライオ達も水鉄砲を乱射する水蜥蜴に苦戦していた。


「ジェスター!さっさと凍らせろ!」

「わーてる!うおっ!?」


三メートルを越える水蜥蜴は陸上では素早く動けないようだが、大きな口から吹き出される水鉄砲は、周辺の木々を根こそぎ吹き飛ばしていた。


エルフ達は空を浮遊してくる真っ黒な棘玉を撃ち落とすのに忙しく、アーシェとレインは負傷した者の治療を優先している。


ジェスターが身を寄せていた木に水鉄砲が直撃して中程からへし折れると、飛び出した先に黒い棘玉が落下してくる。それを間一髪避けて氷炎の波を起こせば、黒棘玉は高速で回転し始め粉砕した。


「次から次に初見な魔獣ばかりだ!魔の森はいったいどうなってんだろうね!」


氷炎で築いた壁に黒棘玉が衝突し、ガリガリと削りながら横へ逸れていく。アーシェが治療の合間に放った矢は弾かれて効果がなかったが、当たった直後に起きた電撃に回転速度が僅かに落ちる。


そこへゴライオの大剣がフルスイングされて、打ち据えられた黒棘玉は木にめり込む。

割れた様に思えた黒棘玉は、アルマジロのような外見をしていて、棘が木に刺さってもがいているところを、追撃を受けて完全に止まった。


急に静かになった戦場に辺りを見渡すと、水蜥蜴は眠っているかのように目を開いたまま、事切れていた。


「なんだ?ジェスターなにかしたか?」

「俺じゃないぜ?…あれか?」


ジェスターの指差す先には、小川の向かいからゆっくり近づいてくる人影があった。

その影はひどく平面的で、視界の一部が人の形に抜け落ちた様な、距離感のつかみ難いものだった。

エルフ戦士団の者はそれを見ると、何事も無かったように北へ移動していく。


「ちょっと待て!いいのか?なんだかわからないものが来たんだぞ?」

「あれは大丈夫だ。大精霊様が放置してよいと仰られた」


水蜥蜴が死んでいる事を確認したエルフ戦士は、北へ向かっていく。その間も空からは翼持ちの魔獣が自然と落下してきて、前から突進してきていた鎧犀は、途中で躓いたかのように崩れ落ちた。


「どうなってやがる?」

「わからないわよ…それより置いてかれちゃう!」


近づいてくる人影の異様さに、西風もその場を離れた。




加勢に来たというアメリアの協力を得て、デリック達は牛頭人に対して攻勢に出る。しかし牛頭人も腰に吊るした角笛を吹き鳴らし、多数の獄犬を呼び寄せた。


デリックの振るう斧槍は、牛頭人の作り出す水の盾に阻まれて届かない。ミリアンとアメリアは北から次々現れる獄犬相手に連携が取れないでいた。


アメリアが扱う小型の魔銃は、高威力の光弾を放ち獄犬を跡形もなく消し飛ばしている。しかし六発放つ度グリップに付いている光玉を付け替えなければならないようだった。

その隙をついて接近してくる魔獣へ、ミリアンの水の魔槍が振るわれ、炎のブレスを防いだ。


三度デリックは水の盾を叩き、牛頭人の守りを越えた一撃は、そのまま全体重を乗せた突きへと変わる。

余裕を見せていた牛頭人が慌てた様子で背中を見せ、向けられた人面甲羅は閉じていた目を見開き、口から炎を吹き出した。


「デリック!」

「うおぉぉぉ!!」


炎のブレスを受けても怯まず踏み出した一突きは、人面の口から入り、激しい振動を起こして亀裂を生じさせる。


――ブオォォォ!――


雄叫びを上げながら吐血した牛頭人へ、限界まで振動の力を高めるデリック。甲羅が完全に砕かれると、牛頭人は燃え上がり前のめりに倒れた。


「敵に背を向けた時点で、てめぇの負けだ!」


全身火傷で死んでいてもおかしくないデリックが、軽い火傷を負っただけで炎の中から現れる。

最後の獄犬を倒したミリアンが振り返ると、アメリアの左手の甲に光る魔法陣を見た。


「まったく…後先考えない戦い方をしますね」




戦場と化した北の森では、マンティコアの姿をした魔神がカーマイン達と睨み合っていた。


「愚かな人の言葉も時には役立つものだな。おぬしらを蹴散らして、未だ世界の管理者面をする馬鹿な娘どもを食い殺すとしよう」

「おしゃべりな奴だな。さっさとかかってこい」

「クックックッ…頭の悪い愚人め。わしは相手が誰であれ、万全を期して挑むのよ」


赤い目をした老人が僅かに後ろを見る。

背後からは分身したかのようにもう一体、頭の右側に角を生やしたマンティコア魔神が現れた。


「カーマイン!準備しろっ!」


アリエルの声に不死鳥の杖を構えて詠唱を始めるカーマイン。二体のマンティコア魔神は同時に左右へ飛び退くと、口を大きく開いた。


サナティナ達は風と水の精霊に呼び掛け、前面に魔法の障壁を展開する。直後に獄犬とは比較にならない程のブレスが迫り、精霊の守りを容易く越えた。


それを見たアリエルは、腰の袋から青い結晶を取り出して打ち砕く。すると精霊達の力が増して、炎のブレスを防ぎきった。


「お返しだ!」


ブレスの終わりにカーマインの頭上から、炎の鳥が羽ばたき右角の魔神へ向かって急降下する。

魔神は飛び立とうとするも、上から押さえつける風の力に出遅れ、正面から炎の鳥と衝突した。


――ガアァァァ!――

「放て!」


左角の魔神が無詠唱に放つ水弾の雨が炎を消し去るが、代わりに数本の矢が獅子の巨体に刺さる。

上半身に火傷を負った魔神はエルフ達へ飛び掛かり、蠍の尾でサナティナを庇ったオルティスの背中を刺した。


「兄さん!」

「下がれ!精霊よ!どうか力を貸してくれ!」


身震いしただけで矢を落とした左角魔神が、今度は氷の雨を降らせる。アリエルが呼び寄せた風の精霊は、サナティナ達へ止めを刺そうとする右角魔神を、氷の雨の射線上へ吹き飛ばす。すると蝙蝠の羽はボロボロになり、右角魔神はのた打ち回った。


「鬱陶しい精霊め!ゴガァァァ!」


左角魔神が吼えると、アリエルの傍に寄り添っていた風の精霊が苦しみ出して、姿が見えなくなる。

続けて炎のブレスを放射する左角魔神に、カーマインから再び飛び立った炎の鳥が迎え撃ち競り合いになった。


アリエルが精霊を静める笛を吹くも精霊達は反応せず、炎と氷に晒されボロボロになった右角魔神が、サナティナ達へ蠍の尾を振り下ろす。


サナティナはオルティスの上に身を伏せるが、予想された衝撃は訪れず、見上げれば蠍の尾は根元から断ち切られていた。


そして頭上には輝くフラウの姿があった。


「せ、聖霊様!?」

「魔神よ、帰って伝えるがいい!私達はお前達侵略者を決して許さない!必ずこの世から滅ぼすと!」

「隠れていた小娘が何を言う!――っ!?」


天に掲げた右手からは眩しく輝く鎖が幾筋も走り、マンティコアの魔神達を次々と貫いていく。

その鎖は暗い森の中を駆け巡り、数十の光が繋がると、フラウは右手に集束した鎖を眼前に構えて砕いた。


――グオオォォォ!――


光輝く鎖は魔神や森に広がった魔獣達の急所ごと砕け散り、一瞬にして森に静寂が訪れた。

魔神の身体からは黒い靄が吹き出したが、フラウが純白の外套を翻すと、浄化されて消えていく。


「皆よく頑張った!遅れてすまない!」

「聖霊様!ありがとうございます!!」


赤黒い血を背中から流すオルティスの傷を癒し、両手を打ち合わせた音を響かせて、精霊達を負の魔力から開放する。


「もう大丈夫だ。さぁ北の砦にいる同胞達を救いに行こう」




北の砦は大きな大木を幾つも重ねて築かれた砦だった。

弓なりの形をした砦の裏には多くの負傷者が横たわり、西風の面々が治療に当たっている。至るところに転がった魔獣を確認しながら歩いていたケイエスと出会う。


「聖霊様!?お手を煩わせてしまい申し訳ございません!」

「それより皆の様子は?」

「砦の守備に当たっていた戦士団は半数を失いました。魔獣の群れは突然目の前に現れたそうで、砦の結界も打ち砕かれた様です」

「目の前に?大規模な転移魔法?…いや、今は新たな守りを呼び寄せよう」


そう言うとフラウは十メートルの高さはある砦を軽々と飛び越え、一番高い場所に着地する。見下ろした北の森は酷い有り様だった。


両手を上げて何かを抱える様な姿勢をとると、ちょうど真上に登った太陽から、白い球体がゆっくりと降りてくる。

それは目に映った風景の中に白い絵の具を落としたかのような点だった。


「ホワイトアウト。白の聖霊シャーリィが命じる。魔獣の侵攻から世界樹の森一帯を守れ」


フラウの言葉に白点は瞬くと、次の瞬間には遥か北の先に移っている。新たに南下してきた魔獣達がそれに気付いた様子はなく、その場にいた皆の視界の中で白点と重なると跡形もなく消えてしまった。


「せ、聖霊様…あれはいったい?」

「私達聖霊がそれぞれ創作した守護者の内の一体だ。普段は世界を維持する為の重要な場所を守ってる」


アリエルの問いに答えていると、西からは風景が人型に抜け落ちた様な人影が現れて、北へ向かっていく。


「あの人影も?」

「私の姉妹が創作した守護者ブラックアウトだ。あれらは守護者の中でも特別な存在だ。北の守りは大丈夫だろう」


東の木々の間からはデリックに肩を貸したミリアンが現れ、少し遅れてアメリアが姿を現す。


「皆集まった様だな」


フラウが両手を合わせると光が満ちていき、空へ向かって解き放つ。光の雨が周囲に集まった者達に降り注ぐと、傷は瞬く間に癒えていった。


「す、すごい…」

「聖霊様!ありがとうございます!」

「戦士達の亡骸を集めよう」

「あとは私達が!聖霊様は世界樹へお戻りください」


ケイエスの言葉に負傷していた者達も立ち上がり訴えるので、カーマイン達を連れて戻ることにした。

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